私は、生物の行動が作り出すパターンに興味があります。具体的には、統制の取れた群れ行動や、社会性昆虫の作り出す巣の構造、歩行軌跡や活動リズムなどです。このような規則的なパターンはどのようなメカニズムで生じるのか、また進化の過程でどのように獲得されたのかについて、生物が従う行動ルールに着目することで、研究を行っています。
上記のテーマについて、計算機シミュレーションと、主にシロアリを用いた実証研究とを組み合わせることでアプローチしています。
シロアリは1つの種のみを観察していても、初期の巣を作る前の単独個体としての行動から、成熟したコロニーによる数万個体に及ぶ集団行動にいたるまで、その生活史において実に多様なスケールの行動をみることができる点で大変興味深いです。そのため、パターン形成とは直接関係がなくとも、シロアリの行動ついても積極的に研究を行っています。1つ1つのテーマで扱っている内容は一見バラバラに見えていても、それぞれのテーマから得られた知見が、互いにヒントを与え合ってくれます。
社会性昆虫の作り出す構造物は、種間や種内で大きく異なることがある一方で、系統的に大きく異なる種間で似たようなパターンが生じる場合があります。このような進化的収斂や構造物の多様化の裏に潜む行動メカニズムについて明らかにするために、シロアリの建設行動について、種間比較研究を行っています。
アリゾナの3種のシロアリのトンネル形成行動において、個々の個体の行動と、その結果であるトンネルの構造の関係を調べました。その結果、近縁の2種(Reticulitermes tibialis と Heterotermes aureus)は、同じ行動レパートリーを持っているものの、その使い方の違いで全く違う分岐パターンをつくることを見つけました。また、トンネルを独立に進化させた2種(Paraneotermes simplicicornis と Reticulitermes tibialis)では、同じようなトンネルのパターンを全く違う行動で作ることを見つけました。これは、同じような巣の構造を持っていても、その背景にある行動は全く異なる可能性があるという、個体レベルの行動と集団レベルの構造の複雑な関係を浮き彫りにし、詳細な種間比較の重要性を示したものです。
また、脚を使いバケツリレーでトンネルを掘るというParaneotermes simplicicornisの行動は、シロアリにおいてはかなり斬新で驚きの結果です。
化石は過去に絶滅した生物の生態や行動を知るうえでの唯一の直接的な情報源です。本研究では、魚の絶滅種Erismatopterus levatus の集団が保存されている化石を解析し、その中から、群れ行動に必要な行動ルールが残されていることを発見しました 。化石に保存された状態から次の瞬間に何が生じるかを推測することにより、離れた個体には接近し、近すぎる個体からは離れることで衝突回避を行う2つの行動ルールの痕跡を見出しました。
下記の研究テーマであるオスとメスの最適な探索戦略に関する理論予測について、シロアリが配偶者探索の際に、状況に応じて動きのパターンを変化させることに着目して、実証研究を行いました。行動観察から、シロアリは、相手がどこにいるか全く分からないときには、オスもメスも活発に動いて探索する一方で、相手が少なくとも近くにいると分かっている場合には、オスが動き、メスがその場に留まることを発見しました。さらに、シミュレーションにより、観察された歩行パターンの切り替えが、実際に遭遇効率上昇に寄与していることを示しました。
Mizumoto and Dobata 2019 Science Advances
また、はぐれた際のオスの動きのパターンが周囲のメスの密度に応じて変化することも見つけました。東南アジア原産で、アメリカフロリダ州に侵入したCoptotermes gestroiは様々な個体密度条件で配偶者探索を行います。周りにほとんど他の個体がいない場合には、はぐれたメスは大切な資源なので、オスは慎重にゆっくりとはぐれたメスを探します。一方で、周りにたくさん個体がいる場合には、他のメスと出会うこともできるため、オスの動きは素早くなります。そしてこのオスの速度の変化が、遭遇効率の上昇に寄与していることを、データベースのシミュレーションにより示しました。
オスとメスは、相手がどこにいるかわからないときに、それぞれどのように動くと効率よく出会うことができるでしょうか。 この問いに対し、計算機シミュレーションを用いた理論研究により、雌雄が異なる動き方で探索すると最適な戦略になる条件を発見しました。また進化シミュレーションを行い、雌雄で異なる動きのパターンを持つ集団が、一様な動きのパターンを持つ集団から生じうることを示しました。これはつまり、動きのパターン以外のものがすべて同じであると仮定したとしても、相互探索の最適化の結果、動きの性差が進化するという、性的二型の進化に関する新規の理論を確立したことになります。
Mizumoto et al. 2017 J Roy Soc Interface, Mizumoto and Dobata 2018 Scientific Reports,
Poster: The 31th Annual Meeting of the Society of Population Ecology(Poster award)
Simulations
多くの生物は、約24時間の周期のリズムを持つ体内時計の働きにより、配偶者探索の時刻が決定されます。一方、洞窟や地中などの変動が少ない環境に生息する生物には、活動が体内時計にあまり支配されないものも存在します。生活のほとんどを光環境の変動の無い地中や材中で過ごすシロアリでは、これまで概日リズムに従う行動は観察されてきませんでした。しかし、配偶飛行の時期には、シロアリの生殖虫は巣の外に出て配偶者探索を行います。群飛した日に配偶パートナーを得られなかったシロアリは、数日にわたって探索する必要がありますが、どのようなスケジュールで探索活動を行うのでしょうか。本研究では、ペア形成に失敗したシロアリの探索行動を観察し、シロアリの配偶者探索行動に概日リズムがあることを明らかにしました 。
生物にとって「動く」ことは、他の生物と出会うための重要なプロセスです。この際、それぞれの生物の持つ動きのパターンが、どのくらい他の個体と遭遇するのかを決める要素となります。では、生物の持つ動きのパターンはどのように計測すればいいでしょうか。
これまで生物の動きを計測する装置としては、1) 実験室環境におけるシャーレのような有限空間で、比較的小さな動物を自由に歩行させ、その行動を録画して画像ベース追跡するというものと、2) 野外環境において、GPSを有する小さなデータロガーを動物に取り付け、空中や地上、海水中の生物の動きを記録するというものの2つが存在しました。しかしながら、前者の方法では、歩行は壁に遮られますし、後者の方法では、歩行パターンは環境から影響をうけます。そのため、従来の方法では、動物の動きを長時間にわたって追跡することや、自発的な行動と環境要因によって引き起こされた行動との区別をすることは難しいという問題がありました。
そこで本研究では、球上全方位運動補償装置(サーボスフィア)上で微小動物の動きのパターンを計測しました。これは球の上に動物個体を置き、その歩行移動に合わせるように球を回転させることで、動物に均一かつ仮想的な無限空間を与えるものです。ダンゴムシにおける、サーボスフィア上での自由歩行行動と、4m×4mという広い平面での自由歩行行動を比較することにより、微小昆虫の自由歩行行動を計測する上で、サーボスフィアが有用であることを示しました
自然界において、同性のカップルはさまざまな分類群で見られます。しかし、このような繁殖につながらない行動の存在は、行動生態学における大きな謎の一つであり、多くの場合、オスとメスを間違えることにより生じる偶発的なものであると考えられてきました。シロアリのコロニーは、一夫一妻のペアが新しい巣を創設することで新しく作られます。本研究では、メスと遭遇できなかったオスは、オス同士のペアで、通常の一夫一妻のペアと同じように、巣の創設を始めることを見つけました。このようなオス同士のペアは、互いに協力することで、単独でいるよりも長い期間生存することが可能でした。そして、生存したオス同士のペアは、周囲のオスとメスのペアが創設した初期コロニーへ侵入することで、繁殖機会を得ることを、行動実験と遺伝子実験から明らかにしました (Mizumoto et al. 2016 Anim Behav)。 Press release
Poster: The 32th Annual Meeting of the Society of Population Ecology(Best poster award)
A pair of males. They can survive more than 2 years by corperation.
精巧で複雑な構造を持つアリ塚や張り巡らされた地下トンネルのように、社会性昆虫の集団は洗練された構造物を作り出します。この際に用いられるメカニズムは、人間のものとは大きく異なります。我々人間は、全体の状況を参照し、設計図やリーダーによる指示に従って構造物を作り上げます。一方で社会性昆虫では、個体の行動は周囲の局所的な情報と、各々が持つ単純な規則にのみ基づきます。そして、個体間の相互作用の結果、全体の構造が形成されます。これは自己組織化と呼ばれ、単純なアルゴリズムから洗練された構造が構築されるメカニズムが理解されてきました。
社会性昆虫の建設行動では、単純な建設ルールから、種内において様々な形や大きさの構造物ができあがります。この多様さは、どのようにして生じるのでしょうか?これまで構造物の建設に影響を与える要因として、集団サイズや、温度・材料といった環境の違いが考えられてきました。では、このような条件を同じにした時に、同じ種の集団は同じような構造物を作るのでしょうか。本研究では、ヤマトシロアリの集団による蟻道建設行動に着目し、同一環境下での蟻道形成パターンをコロニー間で比較しました(Mizumoto and Matsuura 2013 Insect Soc)。
その結果、同じ環境においても、由来コロニーが異なれば作られる構造も大きく異なるという明確なコロニー特異性を発見しました。ここで見られたコロニー間差は、同じ環境条件、同じ個体数のもとで生じた種内変異であるため、外的要因によって生じたのではなく、むしろそのコロニーに内在する違いそのものを反映した結果であると考えられます。そこでMizumoto et al 2015 RSOSでは、シロアリの蟻道形成行動を模した格子モデルを構築し、解析することにより、構造物のコロニー特異性がどのような個体レベルの違いから生じるのかについて調べました。
ヤマトシロアリの蟻道建設は、材料となる木片を次々と張り合わせることで作られていきます。ワーカー達はそれぞれの建設場所で、セメントフェロモンと呼ばれる揮発性物質によって建設途中であるという情報を共有していると考えられています。セメントフェロモンは木片と同時に塗布され、塗布された場所にさらに次の木片が張り付けられるように誘引します。つまり、同じ場所への木片の蓄積は、フェロモンの蓄積につながり、さらに多くのワーカーを引き寄せることになります。このような雪だるま式の加速は正のフィードバックと呼ばれ、建設行動においても重要な役割を果たします。このような行動アルゴリズムを組み込んだモデルのもとで、様々な建設行動に関わる個体の性質を変化させて、どのような構造物が出来上がるかを確かめました。
シミュレーションの結果、セメントフェロモンへの感受性の強さと、建設行動に参加する個体の割合を変化させることによって、実験で見られた構造物のパターンと非常によく似たパターンを再現することができました。この結果は、行動アルゴリズムは不変であっても、個体の性質が変化することによって、集団は様々な構造物をつくることができることを示しています。この単一のアルゴリズムから、そのほかの要因のちょっとした変化によって、多様なパターンを作ることができるという視点は、集団行動の進化可能性を考える上で重要な役割を果たすと考えられます。