水葬式

 頬に潮風を感じる。 ともなれば風さえも暑く、家を出たばかりなのに首筋が汗ばんできた。もう数時間すればさらに気温は上がるだろう。 握っていたスマホに澄依子から「起きた」とメッセージが入った。「家出たところ」と返信し、ついでに時間を見るとさほど余裕はなかった。列車を一本逃せば三十分は待たねばならないので早足になる。周囲では海辺から山手へ、山手から海辺へと鳥たちが羽を滑らせていた。 道の十数メートル先でアオサギが飛びあがり、ひときわ大きな翼で旋回をはじめた。さっき彼が立っていたところに何かが落ちていて、近寄ればそれは地味な色をした魚だった。まだ口をぱくぱくと開閉させている。鰓には突き刺されたような傷があって苦しげだった。アオサギの方は遠く離れた土手からこちらを見ている。あなたの食事を邪魔する気はないよ、と再び歩きだす。 海沿いの車道への分岐を過ぎ、消えかけの自転車マークが地面に描かれただけの駐輪場を過ぎ、青瀬駅に至る。ホームと粗末な待合室があるだけの無人駅だ。かつては海水浴場へ行く夏の利用客がいたらしいけれど、ここ十数年は見る影もない。 ときに秘境駅とも呼ばれるこの駅に、澄依子も何度か来たことがある。彼女は私たちの通っていた高校附近の公営住宅に暮らしていたので、わざわざ運賃を払って青瀬まで足を運んだことになる。そういう日は自販機で缶コーヒーなんかを買って、時間の許す限りトタン屋根の待合で話をした。雨漏りで腐れた木製のベンチでなく比較的新しいスチールの椅子に並んで、ずっと昔に誰かが植えた南国の植物を手折り、列車を何本も見送った。翌日も会えるとわかっているのに名残惜しくなって追い縋るような、じゃあね、の後で振り返ってくれるのを待ってしまうような日々を過ごしていた。 トンネルに反響した列車の音が近づいてくる。鈍色に青いラインが入った車体がホームに止まった。開閉音の合間に乗り込むと、車内に乗客は疎らだった。列車が動き始めスピードが出てくれば、車窓を葉緑素と海面の銀粉が流れていく。普通列車でゆっくりと四方線を進み、通っていた高校の最寄り駅で本線に接続する。そこから県の中心にあたる駅までさらに四駅。 改札を抜けて路面電車に乗り換える。「市電に乗った」とメッセージを入れておく。休日だからか四方線とはうってかわって若者たちで溢れている。断続的な揺れ、曲がり道では車体が傾く。殻縞町、殻縞町。 運賃を払って、ホームまでの隙間を跳んだ。信号機の真横に澄依子を見つける。彼女の方も私に気づいたようで、半妖みたいに白い手をひらひらと振った。「久しぶり」「うん、半年ぶり」 前に会ったのは澄依子が一年遅れで高校を出たばかりの春だった。二年生のとき、入院したり家に籠ったりしたせいで彼女は留年してしまった。学年が別になることも、一緒に卒業できないことも受け入れ難くて、事情があるのだから進級要件を緩和しろと担任に言い、あえなく一蹴された覚えがある。 久々に会った澄依子はいつになくシンプルな服装だった。高校生から遠いのは私のはずなのに、彼女の方が洗練された大人に見えた。経済的な自立はひとを成長させるのだろうけれど、腑に落ちない。「で、どこ行くの?」 事前に決めていたのは映画をみること、その前に昼食を済ませることくらい。集合する電停を殻縞町にしたのは映画館に近いからで、特に行く宛ては決めていない。飲食店街に近い電停に集合してもよかったかもしれない。澄依子はどこでも行きたいところに行けばいいと言うので困ってしまう。とりあえず本屋に行くことにして、横断歩道を三つほど渡った。電停近くの広場には「バングラディッシュ・フェスタ」の旗が掲げられている。賑わいは程々だけれどスパイスのにおいに空腹を刺激される。 銀行を過ぎたところで脇道に入っていく。書店は古びたビルの二階にあった。ひと部屋は書店とカフェが合わさった空間で、もうひと部屋はギャラリーになっている。ビルの入口の「橘書店」という文字は常連の作家が書いたものらしい。地元にいた頃は有名人の筆跡を目にしたようで嬉しくなったものだけれど、小都会に住んでいるうちにそういった感動は失われつつあった。 澄依子がギャラリーの方を先に覗いたので、展示された陶器たちを眺めることにした。どれも表面は艶がなく色はくすんでいるものの、無骨な感じはせず、実際の重さより軽そうに見える。ただし焼き物を見る目はないので、温かみがあるとか素朴だとか、薄っぺらい感想しか出てきそうにない。誰かと美術館なんかに行ったときは、いつも話していいのか駄目なのか、話すなら何を言えばいいのかわからなくなる。今は澄依子と喋るリズムが思い出せないから二重に苦しい。 そっと彼女から離れて小物ばかりの棚を見る。展示箱の赤いベルベットの上には、ブローチやイヤリングが並んでいて、それぞれの作品の脇に値札が置かれていた。小さいものであっても三千円以上する。 「ねえ」と澄依子に呼ばれた。彼女は笠のないキノコに目がついたような置物を気に入ったようだった。どうやら展示品であっても売り物ではないらしく、作品解説はあっても値札は見当たらなかった。 ギャラリーを出るとき、出入口の机に置かれたDMと名刺とを一枚ずつ取った。澄依子と出かけたときのチラシや写真はファイリングしていた。高校時代のメールなんかも印刷して綴じている。 書店の扉、流木のような形をした持ち手を引けば、背の高い書架が奥までずらりと聳え立っている。棚には大型書店ではなかなか見かけないような翻訳書、インディペント誌、郷土作家の著作たちが並び、この書店が発刊している文芸誌は創刊号から最新号まですべて平積みされている。 澄依子はハードカバーの本を手に取って緑色のスツールに深く腰掛けた。ぱらぱらとページを捲りはじめたのを見て、私も文芸誌を眺める。四号まで持っているから、五号以降は未読だった。結局、五号から最新号まで買うことにした。澄依子は本を開いたまま、うつらうつらと船をこいでいた。授業中の居眠りを思い出す。彼女はよく膝掛けを背に被って机の下で丸まって、あまりに大胆に寝ていた。 頬を突いて起こすと、彼女は「寝てた」と恥ずかしそうに笑って、うたた寝したまま抱えていた本をレジに持って行った。有名な、東京の作家の本だった。 カウンターの店主に目配せして、窓際の席につくと簡素なメニュー表とお冷が運ばれてきた。喉が渇いていたので水を飲み干してしまう。「レモン水だ」と澄依子が言うまで風味がついていることに気づかなかった。 殻縞公園のバングラディッシュ・フェスタのせいで、私のお腹はすっかりカレー用になって、チキンカレーを頼まずにはいられなかった。澄依子はスパイス舌になった私をからかいながら同じものを頼んだ。 昼食後、お腹が落ち着いてから店を出た。結局、文芸誌とは別の文庫本を追加で買った。今日だけで月の書籍代を使い切ってしまったけれど、たまの散財くらい許されるだろう。 電停に戻り。アーケード街を歩く。大通りに面したパルコで買い物をしたけれど、時間が微妙に余ってしまった。歩き疲れて休みたいのは二人の総意で、隣接するドトールに向かった。映画まで一時間弱くらい。トレーに乗った飲み物を奥の席に運んで、足を自重から解放してやる。「もう年かも」「歩いただけなのに疲れちゃうよね」「走ったら肺が死ぬ」 そう言いながらも、ちゃっかり灰皿は持ってきていた。煙草片手に、もう片方でスマホを触る。私が同じ事をすれば画面を焼いてしまうに違いない。 ホームボタンが押されて明るくなったロック画面には、誰かの写真があった。私が画面を凝視していることに気づいたのか、澄依子はわざわざスマホの向きを変えた。「大学生、ふたつ上」 テラス席で洒落たランチプレートを前にした少年の写真だった。ややぎこちない表情で写っている彼は、中高生がめいっぱい背伸びしたような恰好に見えた。丸い目、不揃いの歯列、童顔。よく日に焼けているのも運動部の子みたいだ。背だって澄依子の方が高いのではないだろうか。とても成人男性には見えない。「澄依子、年下のお姉さんだ……」「老けてみえるって?」「大人っぽい、ですね」「よろしい」 聞いてもいないのに、澄依子は彼との間柄を喋った。入社した会社に学生アルバイトとして写真の彼がいたらしい。会社の近くで一人暮らしをはじめた澄依子の家に、その彼が居ついて二ヶ月になるという。 澄依子に彼氏ができるのは一度目の高校二年生以来だろうか。そうと信じたい。開放病棟に入院したとき、年上の患者と付き合ったらしい。規則違反で強制退院になったのだから笑えない。「その人とは、上手くいってる?」「まあまあ」 澄依子は、彼の人柄についても、二人の関係のディティールも話さなかった。訊けば答えてくれたかもしれないけれど、踏み込んだ内容を知るだけの余裕なんかなかった。アイス豆乳ティーは甘さが足りなかったから、蜂蜜入りのラテにすればよかった。 天気館には上映の十分前に着いた。科学館の展示室みたいな名前をしているけれど、歴としたミニシアターだ。澄依子と街中で会うときはここで映画をみるのが定番だった。 三方の壁にびっしりとポスターが貼られたエレベーターで、受付のある二階へ。私は学生料金、澄依子は一般料金を払う。ラックに並んだチラシを物色して、これから私たちがみる映画のものだけを貰った。写真の中の浅黒い肌の子どもたちが、水辺の植物の陰からこちらを覗っている。 館内にある珈琲屋の新メニューが気になったけれど、ついさっきお茶したばかりなので素通りして、シアター後方の席をとった。直接は冷風の当たらない位置。でも、適度に涼しい。 だんだんと照明が落ちていった。光の粒が集まって四角いスクリーンを作り上げる。粒子は私たちの方にも向かってきて、澄依子の睫毛でちらちらと踊りはじめた。 光の粒は湯と米粒の白に変わった。茹でた米の残り汁が湖面に捨てられる。片足を器用に櫂に絡ませた子がボートを漕いでいる。昼食の場面。まだ熟していないトマトの和え物、赤い汁で煮込まれた魚。賑やかな昼食のなかで、黙した少女の瞳が左右へ揺れている。 子どもたちは水上菜園の隙間を縫うようにボートを走らせる。木々も茂るような奥まったところで、彼らは湖水に飛び込んだ。ざぷん、と音がくぐもる。体表の汗、顔に塗った白い模様が水に溶けていく。頭上には水草の塊が浮かんでいる。脳天を誰かの足に蹴られた。沈んでいく。薄っすらと目を開けると、魚の群れが逃げていくのがわかった。似たような光景を知っている、と浮力を感じた。 昼下がりだった。 水面下には黒い魚影がいくつか見えた。わたしと澄依子が落とした影に気づいたのか、彼らはしゅるりと藻の中に隠れてしまった。流れのほとんど無い水路は魚たちが姿を潜めた途端につまらなくなった。 食べれるんかな、と半分冗談で言ってみた。 旬は冬らしか。何の魚なん。マゴイ。 澄依子は通学鞄から食べ残した売店のパンを出して、千切って水路に放った。波紋が歪な形に広がって、藻の中から二匹のマゴイが泳ぎ出でた。彼らはパン屑を奪い合って開いたり閉じたりする口同士をぶつけた。どちらが撒き餌を食べたのかはよくわからなかった。澄依子がわたしの耳を引っ張った。彼女は残りのパンを咥えていた。 水路脇を離れるとき、二人とも白い柵にもたれかかったせいで、セーラーの袖が白くなっていた。甘いパンの味や一瞬の感触を言葉にしようと思っているうちに、四方線の終点まで行ってしまった。 私の掌はじっとりと湿っていた。高温反復浴をしているみたいに熱が溢れはじめる。指を伸ばせば手の甲があった。皮膚と皮膚の間に神経が集まって、繋がった。澄依子の方を見れば、眼にためていた光の粒をこちらに放っていた。彼女は落ち着き払っているのに、なぜか私の方が動揺してしまっていた。握っていた澄依子の手がくるりと返される。互いの指は自然と絡んだ。 まだ夕方にも満たない街、路地裏の歓楽街へと入っていく。 どこでもいいと澄依子が言うから、最初に見えたホテルに入ることは決めていた。時間と料金が書かれた看板を見つける。「三時間でいいかな」「たぶん」 部屋に入ると甘ったるいにおいがした。よくわからない彫刻が施された木のボードとか、ベッドを囲う真っ白い布とか、さっきみた映画の舞台が商業化された成れの果てみたいな部屋だ。 ソファに荷物を置いた流れで、それぞれに服を脱いでいく。私がTシャツを脱皮したとき、彼女のブラウスがとろりと落ちた。肩甲骨と背骨がくっきりと浮き出た背の、ちょうど真ん中あたりに星雲のような痣があった。強くなにかを打ちつけられたように、周縁から青緑、紫、赤に染まっていて、健康な肌がところどころ恒星が放つ光の線みたいに走っている。「あの人が?」「うん」 あどけない少年のような男がこんな仕打ちをするのかと目を見張った。細い棒や鞭で叩かれたのではない、湧き水が丸くじわじわと広がっていくような痣だ。なにか重い球をぶんっと投げつけられたのだろうか、それとも片膝を乗せて全体重をかけたのだろうか。 触ってもいいか訊いてから、痣の中心を避けてそっと指をのばした。皮膚を隔てた向こう側に真っ暗な虚無を感じるような神秘を想像したけれど、実際には薄い脂肪と筋肉と骨と内臓の気配しかなかった。ちょっと退屈に思ったものの、やがて澄依子の裸体に興奮を覚えはじめた。それも、ただの裸じゃなくて、無邪気の皮を被った男に痛めつけられた痕が残っているのだ。私だって彼女に頼まれたなら、もっと鮮やかな星雲をつくってあげるのに。「これ、されて嬉しいの?」「別に嬉しくはないけど、タトゥーみたいで気に入ってる」 澄依子が気に入っているなら仕方がなかった。誰につけられたかにかかわらず、彼女は痣の頽廃を愛している。昔から何か贈り物をされても、そこに込められた他人の気持ちには無関心だった。彼女はそういう人間だった。 毛細血管や老いた星の死骸を二人して好きでいられる関係。稀有なこの関係を四枚の掌ですっぽり包んでしまいたい。今しか許されない一時的なものだからこそ撫でてやりたい。 こちらを振り向いた澄依子と目を合わせられなくて、肩口に顔を埋めるように抱きついた。彼女も私の腰に腕をまわしてきた。「あんた、やわらかいね」「褒めてるの?」「率直な感想」 たとえ彼女に褒められても、こんな生き物でいるのは嫌だった。本当はもっと硬くて、皮下脂肪もほとんど無い、鱗や殻で覆われたような生き物のはずだった。あるいは、発芽しない種子、冷蔵庫のにおいがついた保冷剤、ビオトープの水に浮かぶアオミドロ、誰かの睫毛。間違って人間の姿に生まれていなかったなら、神経のない生き物か生きてすらいないモノのはずだった。 やわらかい生き物だから澄依子の背中に星雲をつくれない。もし体脂肪率が一桁とか十数パーセントとかで、少年みたいな体で、筋や関節の目立つ硬い生き物で、もっと後に彼女に出会っていて、すこし母性を擽るようなヤツになれたらよかったのに。望んだ姿形になれたらよかったのに。 澄依子は私の体表にすべらかな掌を這わせた。そして指を一本、体内に沈ませた。彼女の細指の感覚を、私の体内は初めて知った。 水分補給のために、パルコのヴィレヴァンで買った古生物を模したティーバックでお茶を淹れた。コンビニで買ってきた二リットルの水に三葉虫が泳ぎ、腹部からじわじわと橙色の靄が出てくる。今回買ったのは四種のデボン紀生き物セット。澄依子が「虫だ」「魚だ」「よくわかんないやつだ」と言うのが面白かった。「私、これになりたい」 茶色に変わりつつある水中で、三葉虫は浮かびも沈みもしない。未来の技術で化石から一匹だけ復元された後、孤独に閉じ込められてしまったみたいだ。「ええ、虫じゃん。なんか夏休みの観察キットで育てるやつ」「いいなあ」「飼われたいの?」「うん、飼われたい。水槽のむこうから覗いてほしい」「じゃあ見といてあげるよ」 ガラス張りの浴室を澄依子が指差した。私はごくりと唾を飲んだ。ここで、やっぱりやめると言ってはいけないことを直感した。今この瞬間を逃せば二度と、なりたい生き物に擬態できないかもしれない。 澄依子はベッドに寝転んで、浴室が一番よく見える位置に頭を置いた。意を決して彼女の星雲に唇を落とし、「ちゃんと見ていて」と念を押した。乾いた浴室の床を踏み、浴槽に湯を張るために蛇口を捻った。お湯ではなく水の方がいい気がして、温度設定を低いままにする。 まだ浅いうちに爪先をつけたものの、冷たくて躊躇してしまう。澄依子がこちらを見ていた。薄い陰毛、なだらか過ぎる胸のふくらみ、太腿を覆うボコボコした脂肪を見られている。情けない私の体を見られている。 冷たさを我慢して浴槽の床に座った。澄依子は肘をついて頭をもたげて、私を見ている。澄依子の目で私のかたちを変えてほしい。硬い生き物に変えてほしい。餌も空気もいらない。どうか、この水槽の中で飼い殺して。 背中を底につけるように寝転んだ。ゆるく膝を抱える。じゃぶじゃぶと注がれる水音の質が変わった。耳の中に水が浸入してきたのだ。窒息のラインは上昇してくる。口と鼻とが塞がれてしまえば息ができない。きっと澄依子はちゃんと私を見てくれている。顔が水没する前に大きく息を吸って、目を瞑った。髪の毛がほやほやと漂っているのがわかる。この髪は触覚、手足は腹で蠢いて、背は硬い殻で覆われている。私は液体に包まれても息ができる。 百年前も百年後も、一億年前も一億年後も変わらない姿。湖底の砂に潜った私の上で、マゴイが菓子パンの破片を食み、子どもたちが小舟に乗って競争をしている。溺死した少女が骨になるまで、私の群れは見守っている。 水底は幾重にも連なっている。百年の底でも、一億年の底でも同じことを繰り返してきた。いつか地球が星雲の塵のひとつになったなら、澄依子の背中からもう一度始めることにしよう。 不意に、腕を掴まれた。無理矢理に水から上半身を引き上げられる。肺と脳へと一気に流れ込んできた酸素によって、細胞が燃えるような絶頂を迎えてしまった。「観察ごっこは終わり。入水ごっこも終わり」 いつの間にか彼女は浴室に入ってきて、観察者の職務を放棄していた。全身の力が抜けてしまって、半身浴の姿勢になる。「私、すごく遠くまで、行っちゃった」 澄依子は私の片腕を、骨折しそうなくらいに強く握ったままでいる。そして、粘性の湿っぽい声音で「おかえり」と言うのだった。