研究紹介
http://shochou-kaigi.org/interview/interview_61/
https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2022/3462_03
すぐにわかる原虫病 - 世界の原虫病を監視・制圧する -
https://www.youtube.com/watch?v=iN3lRus_3PQ
目次
研究室員募集:
当研究室に興味のある方(学部生、大学院生、ポスドク)は、お気軽にお問い合わせください。
帯広畜産大学・原虫病研究センター
創薬研究部門 先端治療学分野
教授・副センター長 西川 義文
〒080-8555
北海道帯広市稲田町西2線13番地
E-mail: nisikawa@obihiro.ac.jp
researchmap:
https://researchmap.jp/read0136808
ResearchGate:
https://www.researchgate.net/profile/Yoshifumi-Nishikawa
X :
帯広畜産大学
http://www.obihiro.ac.jp/index.html
原虫病研究センター
http://www.obihiro.ac.jp/~protozoa/index.html
国立大学附置研究所・センター会議
西川研究室の研究テーマ
原虫とは癌細胞と同様に単一の真核細胞で構成され、動物体内で無限に増殖する感染病原体のことを指します。当研究室では次に示す病原性原虫に関する基礎研究を行っています。
医学分野で重要なマラリア原虫(Plasmodium spp.) は、世界で年間3~5億人が罹患、年間200万人もの命を奪っています。トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)は世界人口の30%に感染しており、その感染による流産や新生児の先天性トキソプラズマ症を引き起こし、少子化が進む現代社会には無視できない問題です。また畜産業界では、ネオスポラ(Neospora caninum)によるウシの流産、クリプトスポリジウム(Cryptosporidium parvum)による子牛の下痢が家畜の生産性を低下させ、農業経済に損失をもたらしています。また、トキソプラズマが感染している食肉動物由来の肉、クリプトスポリジウムが含まれる牛の糞便は、ヒトへの感染源になります。
トキソプラズマの顕微鏡観察
https://www.facebook.com/yoshifumi.nishikawa/videos/1506841893126589
https://www.facebook.com/yoshifumi.nishikawa/videos/680832896795853
細胞内寄生性原虫の感染ダイナミクス
宿主細胞寄生性の原虫は、宿主細胞を巧みに利用することにより感染、増殖する事が可能です。これら原虫は能動的に宿主細胞に侵入し、宿主の免疫機構からの逃避と宿主細胞から栄養物質取り込むために寄生胞を形成します。
これまでに、宿主細胞への接着や侵入に関わる原虫側の因子が研究され、MIC、ROP、GRAなど数多くの分泌蛋白質の存在が明らかにされてきました。原虫が感染した宿主細胞は、原虫由来の分子により宿主細胞で分裂・増殖するために宿主のシグナル伝達経路を巧みに変化させ、宿主側のストレス応答に対して抵抗性になります。さらに、原虫にとって有害な免疫担当細胞を死滅に追い込む機構が存在すると考えています。
私たちは、この原虫の生存戦略の謎を解明するために、新規原虫由来因子の探索を進めています。
トキソプラズマ症の発症機序の解明
トキソプラズマは、免疫機能の低下した患者に致死的な肺炎や脳炎を引き起こし、妊娠中の女性においては流産や先天性障害の原因となる細胞内寄生原虫です。本原虫はネコ科動物を唯一の終宿主とし、ヒトを含むほぼ全てのほ乳類や鳥類を中間宿主として感染します。トキソプラズマは宿主の神経や筋肉細胞に「シスト」と呼ばれる囊胞を形成し、持続的な潜伏感染を続けます。健康な免疫システムを持つヒトには通常無害であるとされているが、慢性感染は動物の行動に影響を及ぼすことが示され、ヒトにおいても精神疾患のリスク増加や自傷行為、交通事故のリスクが高まるとの報告がされています。
当研究室では、トキソプラズマ症の病態発症機序を解明するために、脳炎、眼の障害、先天性感染の病態モデルを作出して基礎データを蓄積してきました。この過程で得られた興味深い知見として、トキソプラズマがマウスの行動変容を引き起こすことが挙げられます。
トキソプラズマ感染による宿主の行動の変化は以前から知られており、この行動変化がトキソプラズマの生活環を活性化しているという推測は興味深いと思われます。迷路学習の実験モデルで、トキソプラズマ感染マウスは学習能力や記憶に劣ることが示されました。さらに、感染マウスは未知のものに対する警戒感が希薄となり、ネコの匂いにも鈍感になります。感染マウスあるいはラットのこのような行動変化は、補食動物であるネコから逃げるのには致命的でありますが、原虫側から見ればより効率的に終宿主に到達できることになります。トキソプラズマ感染によるヒトの行動変化の研究も歴史があります。トキソプラズマに感染している人は、統合失調症、性格の変化、交通事故のリスク増加に関与しているという報告もあります。男女間で多少の差はあるものの、精神運動に支障をきたし、不安な状態になりやすく、幻覚、認知障害などを示す場合もあります。トキソプラズマ感染による宿主動物の行動変化に関するメカニズムについては一定の見解が示されているものの、その多くは謎のままです。
私たちは原虫感染による宿主操作のメカニズムと脳病態に着目し、その関連性を明らかにするための研究を進めています。これまでに、感染マウスの脳では広範囲の領域(皮質、線条体、海馬、扁桃体、視床)に原虫が検出され、特に皮質に壊死性の病変が認められました。また、感染脳内では大規模な遺伝子発現の変動が起き、神経免疫系の異常な活性化と神経細胞の機能低下が示唆されました。以上の研究結果により、トキソプラズマ脳症の発症には原虫側の病原性因子と神経免疫の相互作用が引き金になっていることが考えられます。同様に、原虫側の病原性因子は眼の障害や妊娠期感染による母子への悪影響に関与していることが推測され、トキソプラズマ症の発症機序の解明を進めています。
参考:学術変革A 共進化表現型創発
https://www.extended-phenotype.org
参考:原虫はエイリアン?
世界のトキソプラズマ分離株の解析から病原性因子を見つける
トキソプラズマは地域ごとに遺伝的特性が異なり、その遺伝子多型が病原性に関与することが推測されています。日本本土のトキソプラズマと中国(ユーラシア大陸)および北アメリカの系統間での大陸をまたいだ独自の遺伝的交流が明らかとなり、沖縄固有のトキソプラズマと中南米型株との遺伝的なつながりも確認されています。特に中南米に見られるトキソプラズマは、正常な免疫機能を持つヒトにも視力障害や肺炎を引き起こすケースが報告されて強毒株の存在が示唆されていますが、その病因はまだ解明されていません。従って、病原性の強い南米株、日本株、中国株、東南アジア株、北アメリカ株をゲノムと病原性の観点で比較解析することで、日本株と関わりのある原虫側病原性因子の発見につながると考えています。
ネオスポラ症の発症機序の解明
ネオスポラは犬科動物を終宿主とし、ウシ、ヒツジ、ヤギ、シカなどを中間宿主とする細胞内寄生性原虫です。本原虫は宿主細胞に感染後、原虫の分泌オルガネラから様々なタンパク質を放出して寄生胞を形成し寄生を成立させます。自然界では経口的に感染が成立し、消化器系から全身へ伝播していき、中枢神経系や筋組織で潜伏感染に至ります。本感染症は、終宿主の糞便中に排出されるオーシストによる水平感染や中間宿主における垂直感染により伝搬されます。特にウシには流産、死産或いは子牛の神経症状を主徴とする異常産を高率に引き起こします。ネオスポラの垂直感染は何世代にも渡り成立するため、本原虫の感染拡大と流産発症の最大の原因となり、ワクチン開発の障壁となっています。そこで我々は、ネオスポラの垂直感染を実行させるメカニズムの全貌を解明することを目的とし、「原虫伝搬因子が妊娠子宮・胎盤の環境をハイジャックすることで垂直感染が成立する」という仮説を立て研究を進めています。
原虫病のワクチン開発
原虫感染症に対するワクチン開発は、マラリアなど一部を除き、まだ多くの課題が残されています。病原性原虫の多くは宿主の免疫を巧みに回避するため、有効なワクチンの開発が難しいのが現状です。近年の研究により、マラリア原虫は赤血球内に寄生し、免疫複合体の形成や脾臓内のマクロファージなどによる貪食作用により宿主の防御機構が働くこと、トキソプラズマやネオスポラはマクロファージを含む様々な細胞内に寄生し、Th2免疫と共にマクロファージのT細胞依存性活性化等のTh1免疫が重要な排除エフェクターとなることが明らかにされています。従って、“如何にして原虫に特異的なTh1免疫を強力に誘導できるか”が直面する次の重要研究課題であると考えます。すなわち、Th1免疫を人為的に誘導できる技術シーズこそが原虫ワクチンの開発を成功させる鍵を握っています。また、クリプトスポリジウムによる子牛の下痢を予防できる効果的なワクチンは存在しないので、挑戦的な研究課題です。私たちは、ワクチン抗原を封入した脂質ナノ粒子や多機能性リポソームを作製し、これら原虫病に対するワクチン開発を進めています。
日本学術振興会 最先端・次世代研究開発支援プログラム
「難治性原虫感染症に対する新規ワクチン技術の開発研究」
http://www8.cao.go.jp/cstp/sentan/index.html
原虫病に対する創薬研究
家畜原虫病は世界の畜産業に多大な経済的損失を引き起こしていることから、緊急の対策の確立が常に求められてきましたが、原虫は複雑な生活環、動物細胞との類似性、複雑な慢性病態、巧妙な免疫回避能、薬剤耐性の獲得能などを特徴とし、またベクターは殺虫剤による耐性種の出現や環境・食物への汚染が問題となっていることから、原虫病・ベクター対策は困難となっています。我々は、これまでに積み上げてきた基盤研究「原虫の感染と病気を知る」の成果をもとに、In vitro薬剤スクリーニング評価系、ベクター・モデル動物感染評価系、ミクロ・マクロ病態解析モデル評価系からなる連動評価系を学術的に整備し、かつ国際連携機関と共同で自然宿主を対象とした病態評価を実施することにより、社会実装の実現を視野に入れた“家畜原虫病創薬研究拠点”を構築しました。すなわち、実際の治療標的となる感染病態を特異的に抑え込む化合物を本研究拠点より見出すことで、原虫病に対する完全治療薬の開発につなげる基盤研究を推進しています。
社会実装可能な感染症診断システムの開発
フィールドでの診断・疫学調査に適応可能な診断システムの開発を進めています。現場(農場、臨床獣医師、家畜保険衛生所)と連携し、社会実装可能な感染症診断システムを現場へ提供することで、日本をはじめ世界のネオスポラ、トキソプラズマ、クリプトスポリジウムの汚染状況の把握と、対策提言を行っています。
動物の原虫病・寄生虫病診断サービス
トキソプラズマの電子顕微鏡像
マウス脳内のトキソプラズマ(シスト)
トキソプラズマ(緑)と
初代神経細胞
ネオスポラの蛍光染色像