「メトニミー/シネクドキーフェスティバル」
発表要旨
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10:00-10:30 口頭発表(Zoom)「小説の中のメトニミー ―川上未映子の『ヘヴン』の事例―」 伊計拓郎(帝塚山学院大学)
【要旨】
小説とは客観的事実によってのみ構成されるわけではなく、語り手の解釈といった主観を反映した表現も含まれる。語り手は現実の世界では起きそうにない事柄も経験し、修辞的技巧を駆使した言葉を用いて世界観を構築していく。そのように日常言語からかけ離れたように思える詩的言語も、Lakoff and Turner(1989)は認知言語学の視点から共通した要素で成り立っていることを明らかにした。一方でこれまでの認知文体論(認知詩学)の領域では、メタファーによる分析が中心であり、メトニミーに基づいての分析は手薄であった印象である。
そこで本研究では、メトニミーをLangacker(1999)の参照点構造を反映した言語現象と位置付け、メタファーだけでなくメトニミーも同様に日常言語も詩的言語も共通の認知基盤での解釈が可能であることを明らかにする。つまり、日常的にはあまり見かけないような小説中の修辞的表現をメトニミーの観点から分析することで、語り手の認知プロセスが日常言語と詩的言語の共通性を考察する。
なお、今回の分析は芥川賞作家として知られる川上未映子の『ヘヴン』を対象とする。この作品は斜視にコンプレックスを抱えており、学校でイジメをうける「僕」の視点で語られる一人称小説となっており、情景描写や心情描写に多様な比喩表現が用いられている。
【言語資料】
川上未映子(2012)『ヘヴン』講談社
【参考文献】
Langacker, Ronald W. (1999) “Grammar and Conceptualization” Mouton de Gruyter.
Lakoff, George and Mark Turner (1989) “More than Cool Reason: A Field Guide to Poetic Metaphor” The University of Chicago Press.
谷口一美(2013)『認知意味論の新展開 メタファーとメトニミー』研究社
山梨正明(2015)『修辞的表現論』開拓社
山梨正明(2023)『小説の描写と技巧 言葉への認知的アプローチ』ひつじ書房
【発表者プロフィール】
伊計 拓郎(いけい たくろう)。帝塚山学院大学専任講師。専門は認知言語学、英語教育。
10:35-11:05 口頭発表「時間と出来事のメトニミーに関する日英語対照研究―情報構造の観点から―」 椹木幹人(東北大学[院])、スワスティカ・ハルシュ・ジャジュ(東北大学[院])
【要旨】
Lakoff and Johnson (1980: 44)は時空間メタファーにおける、観測者への時間の移動と、観測者による移動という二つの発想を提起した。これに関する多くの研究では、観測者の明示に関する議論が数多くなされてきた。本発表では研究対象を広げ、時間を表す名詞が出来事を表すメトニミーの構文について考察した。時間と出来事のメトニミーは椹木・上原(2023)で構文的特徴が指摘されたが、本発表では英語においても時間と出来事のメトニミーを伴う文を考え、容認性を調べた。そこでは、動詞の種類がapproachに集中している先行研究に対し、passやcomeなど他の動詞についても調査した。調査方法としては、母語話者33名に対しアンケート調査を行い、例文に対し自然さを5段階で判断して貰った。結果、(2a-b)では(2a)の方が自然という結果が得られた。
(1) 山に秋が近づいた。
(2) a. A terrible winter is approaching Mt. Everest.
b. Mt. Everest is approaching a terrible winter.
さらにこれを、本稿は出来事のメトニミーではなく観測者を明示する表現と比較した。椹木・上原(2023)は時間と際立ちの関係を指摘したが、情報構造の点から(1)と(3a-b)を比較すると、そこには焦点が関わっていると考えられる。この点は、(2a-3a)の比較ではusが総称的用法であることからも、容認性が文構造のみならず意味的な動機付けに基づくと考えられ、従来の経験基盤に加えて情報価値の観点が重要な役割を担うことが分かる。
(3) a. ?Christmas is approaching us.
b. We are approaching Christmas.
【主要参考文献】
Ertechik-Shir, Nomi. (2007) Information Structure. Oxford: Oxford University Press.
Evans, Vyvyan. (2013) Language and Time: A Cognitive Linguistics Approach. Cambridge: Cambridge University Press.
Lakoff, George. and Johnson, Mark. (1980) Metaphors We Live By. Chicago: University of Chicago Press.
椹木幹人・上原聡 (2023)「日本語時空間メタファーの包括的研究―認知意味論の観点から―」山梨正明編『認知言語学論考17』東京:ひつじ書房, 63-87.
【発表者プロフィール】
椹木幹人。東北大学大学院国際文化研究科博士後期課程。専門は認知言語学、メタファー。
スワスティカ・ハルシュ・ジャジュ。東北大学大学院国際文化研究科博士後期課程。専門は社会言語学、翻訳。
11:10-11:40 口頭発表「日本語における換喩および提喩の用例と分布」加藤祥(目白大学)・菊地礼(長野工業高等専門学校)・浅原正幸(国立国語研究所)
【要旨】
日本語における比喩表現の実態調査を目指し,均衡性を有した日本語比喩表現コーパス「BCCWJ-Metaphor」が構築されている(近日公開予定)。BCCWJ-Metaphorは,MIP(The Pragglejaz Group 2007)に基づき,BCCWJ-WLSP(加藤他 2019)の約35万語に対しMRWを認定した日本語比喩表現コーパスである。比喩性の認定に際し比喩種別の分類を付与したことで,これまで用例収集の行われにくかった隠喩をはじめ換喩や提喩の用例が収集可能となり,日本語比喩表現における種類ごとの分布と用例の傾向を調査できるようになった。
BCCWJ-Metaphorでは,MRWの判定において生じたWIDLII(Steen他 2010),短単位レベルで基本義の付与が困難な比喩表現(慣用表現・文脈比喩:C型把握など)を取得し,比喩性の把握(中村 1977)として MFlags(Steen他 2010,指標等の形式:A型把握)や結合(文脈上の選択制限違反:B型把握)を抽出し「何らかの転換(カテゴリー間の移行)」があった比喩表現に分類を付与した。特に,中村(1995)の「典型的でない」転換のうち,「質的」転換については隣接性(換喩),「量的」転換についてはカテゴリー包含(提喩)とする分類を付与した。
本発表は,比喩性の把握による分類結果と典型的・典型的でない転換の分類結果,比喩性の種別による分類結果を示し,日本語比喩表現における換喩や提喩の分布状況を明らかにする。換喩や提喩は,文字数の制限のある新聞において多い傾向が確認されるほか,ごく一般的な文脈(会話文など)において出現する傾向があるとわかった。実例と分布傾向を示す。
【参考文献】
Pragglejaz Group. MIP: A method for identifying metaphorically used words in discourse. Metaphor and Symbol, 2007, 22(1). 1-39.
Steen, Gerard J., Dorst, Aletta G., Herrmann, Berenike, Kaal, Anna, Krennmayr, Tina, and Trijntje Pasma. A Method for Linguistic Metaphor Identification; From MIP to MIPVU, John Benjamins Publishing Company, 2010.
加藤祥, 浅原正幸, 山崎誠. 分類語彙表番号を付与した現代日本語書き言葉均衡コーパスの新聞・書籍・雑誌データ. 日本語の研究, 2019年, 15(2). 134-141.
中村明. 比喩表現の理論と分類. 国立国語研究所報告 57, 1977年, 秀英出版.
中村明.『比喩表現辞典』, 1995年, 角川学芸出版.
【発表者プロフィール】
加藤祥(目白大学)・菊地礼(長野工業高等専門学校)・浅原正幸(国立国語研究所)
11:45-12:15 口頭発表「「寒い立話」の中核をめぐって―「状況」内での選択と「ことがら」の分節―」佐藤らな(東京大学[院])
【要旨】
本発表は、「形容詞文」における主語(中核)の選択に関わるメトニミー現象を取り上げ、川端文法の「ことがら」と認知文法の「状況」(situation)を分析し、両理論の融合の可能性を探るものである。川端文法では、文は「判断」に対応し、判断とは何事かを知ることであり、知られることは一つの「ことがら」であるとされる。知られる対象である「ことがら」が判断主体による承認において二項に分節され、その結果として二次的に「もの」が志向されることになる。一方、認知文法では、モノとプロセスが対等に扱われ、一方が特権的な地位にあるわけではない。そのことの反映として、例えば「寒い立話」(川端康成『雪国』)について、篠原(2002)は認知文法の観点からプロセスにおける経験者と刺激の関係を背景としたメトニミーとして説明するが、川端文法では「状態形容詞」と「情意形容詞」の中間態とされ、「立話の在り方」が情意を感じる主体に寒さをもたらすと分析される。両理論は相互補完的であり、認知文法に「ことがら」の概念を導入することで、概念化の主体との関係をより深く捉えることができる。一方で、川端文法では、文が分節する機序が説明されていない。認知文法の立場から百科事典的知識におけるメトニミーを掘り下げることで、この点を精緻化することができるだろう。
【主な参考文献】
川端善明(1979)「用言」服部四郎他編『日本の言語学第4巻文法Ⅱ』東京:大修館書店.p169-217.
篠原俊吾(2002)「「悲しさ」「さびしさ」はどこにあるのか―形容詞の事態把握とその中核をめぐって」西村義樹編『認知言語学Ⅰ:事象構造』東京:東京大学出版.p261-284.
Langacker, Ronald W.(2009)Investigations in Cognitive Grammar. Berlin: De Gruyter Mouton.
【発表者プロフィール】
佐藤らな(さとう・らな)東京大学人文社会系研究科博士課程。専門は認知文法。目下の関心は、程度性を持つ名詞表現、日本語の形容動詞の位置付けについて。主要論文That Guy Who Is Weirdly Unspecific: A Fictional Entity in Encyclopedic Knowledge(English Linguistics ,39(2), 191-203, 2023)
13:30-17:30 パネルセッション「いいウナギのつかみ方:持続可能なメトニミー/シネクドキー研究のアプローチ」
【要旨】
本発表では提喩現象の中でも、佐藤信夫が「意味の弾性」と呼んだ、カテゴリーの微細な伸縮を扱う。「動物を飼ってみたい」と言ったとき、どこからどこまでが動物の範囲に含まれるのかがはっきりしないように、私たちの使うカテゴリーの輪郭は常に明瞭であるわけではない。固定的な分類階層を前提とした意味観を鋭く批判した佐藤(1986)の議論をたどった上で、それを認知言語学的視点から再解釈し、具体的な分析に生かす道を探る。
【参考文献】
佐藤信夫(1986)『意味の弾性:レトリックの意味論へ』岩波書店.
【要旨】
本発表では、認知意味論の立場から、提喩を、あるカテゴリーの名称をそのプロトタイプの成員だけを表すように使用する「類の提喩」(例えば「草餅」)と、あるカテゴリーのプロトタイプの成員の名称を他の成員にも一般化して使用する「種の提喩」(例えば「お酒」)に分ける。提喩の理解に文化の知識が必要となる事例が数多く存在することを指摘し、具体例の分析にもとづいて、提喩が喚起する文化とは何かを記述する。提喩の分析が、文化の言語分析の1つのアプローチになることを論じる。
【要旨】
比喩を分類する際の基準として、A「話し手が提示した意味1と聞き手が理解する意味2に成立する関係」と、B「聞き手が意味1から意味2を導く手続き」の少なくとも2つを考えることができる。本発表では、先行研究において換喩や提喩とされてきた事例について、Bにおいて働く認知能力に着目して検討する。それにより、換喩は単一フレームにおける焦点移動として統一的に把握され、種による提喩と類による提喩は、カテゴリー形成とカテゴリー化という異なる認知能力の現れとして把握されることになる。
【要旨】
メトニミーの分析では長らく名詞の意味変化が重視されてきた。例えば「自転車をこぐ」という表現は「自転車」と「ペダル」の関係から WHOLE FOR PART のように分析される。
本発表では、名詞だけではなく述語の働きについても同程度に検討する必要があることを主張し、メトニミーが生じる言語要素(「自転車」、「こぐ」など)の意味構造について詳細に検討する。そしてメトニミーにおける意味の「ずれ」が両者を媒介するフレームによって解消されるというモデルを提示する。