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構成主義? 構築主義? 社会構成主義? 社会構築主義? 社会的構成主義? 社会的構築主義?

心理学に限らず,哲学や数学,芸術などの領域で,「構成主義」という用語が,”constructivism”の訳語 として長い間使われてきた。日本の心理学では,「構成主義」という用語は,19世紀後半ごろからWundtやTichenerが提唱した”structuralism”の訳語として使われることもあるが,これは,万物を要素の集合から構成されるという考え方を指し,直接的な歴史上の接点をもたない。また昨今,日本でも出版が相次いでいる”social constructionism”とも区別可能である。だが,訳者によっては,これを「社会(的)構築主義」と訳したり,「社会(的)構成主義」と称する場合もあり,これが構成主義について誤解や混乱を招くことも少なくない。

もっとも,Gergen(1985)は,”constructivism”という用語が,Piagetの理論や芸術分野での特定の運動を指すためにも使われていることから,それらとの概念の混乱を避け,またBerger & Luckmann(1966)とのつながりを示すために,”social constructionism”という用語を使いたいと明言している。最近は,この区別のほかに,”social constructivism”,”sociological constructionism”との区別まで行なっている(Gergen, 1999)。

このような主張を尊重するならば,少なくとも翻訳するときは,それらを訳し分けたほうがよいだろう。以前から他分野でも,”constructivism”が,「構成主義」と訳されてきているため,”social constructionism”を限定的に指す場合は「社会的構築主義」とでも訳すほうが適切であるように思われる。

ここで「的」を入れるか否かという議論もあるが,「的」は必要だと考える。構成主義を「現実構成主義」と表記すると,現実を構成する思想だという意味に理解されるように,「社会構築主義」と書くと,社会を構築する考え方だという誤解を生みやすい。それに ,知識が社会的に構築されるというニュアンスも伝わりにくい。また単に「構築主義」と訳される場合もあるが,視覚的に構成主義と構築主義を見間違えやすいため,あまり適切ではない。

しかしながら,この問題は,訳語によって解決できるほど容易ではない。海外でも,内容が明らかに社会的構築主義的であるにもかかわらず,構成主義と呼ぶことが以前から少なくなかった。また,海外では,構成主義という用語が普及し,またその用語が次第に多義的に使われはじめ,社会的構築主義を含む大きな動向の総称となりつつある(Golinski, 1998)。

実際,構成主義に関しては,専門誌,Journal of Constructivist Psychologyが1988年より刊行され,また1996年には構成主義の国際学会が創設され,Constructivism in the Human Sciencesという学会誌も発行されている。社会的構築主義の専門誌はないが,その動向もこれらの雑誌で多く発表されている。この傾向は,とりわけ臨床心理学領域において顕著であり,構成主義が上位概念として使われ,社会的構築主義やナラティヴ心理学はその一派と考えるのが一般的になってきた。

こうした流れを踏まえると,構成主義とは,原則的に,”constructivism”を訳出したものとし,社会的構築主義については,特にそれとの差異が重要となる場合を除き,構成主義が包摂する動向の一部と考えたほうがよいと思われる。

 

参考文献

  • Mahoney, M. J. (2003). What is constructivism and why is it growing? Retrieved 2007, May 14, from http://constructingworlds.googlepages.com/what
  • Neimeyer, R. A. (2004). Constructivist psychotherapies. In J. Scheer & B. Walker (Eds), The Internet encyclopaedia of personal construct psychology. Retrieved 2007, May 14, from http://www.pcp-net.org/encyclopaedia/const-psther.html?new_sess=1
  • 菅村玄二(2004)臨床心理学における構成主義とは何か?:基本主題をめぐって 臨床心理学,4(2),273-278.
  • 菅村玄二(2007)構成主義とは何ではないのか? 現代のエスプリ,475,87-94.

 

 

マインドフルネスとは何か?

以下は,『マインドフルネス認知療法』(北大路書房,2007)の解題として書いたものの一部です。

 

1節 はじめに

 

本書の原書が世に出たのは2002年である。欧米では,その15年ほど前から徐々に「マインドフルネス」と呼ばれる仏教瞑想が大きな注目を浴び始めていた。その背景として,西洋における仏教思想への社会的関心が,以前とは比べものにならないほど高まりつつあったという状況がある。

たとえば,アメリカでは1978年に「Vajradhatu Sun」というチベット仏教に関する新聞が公刊されている。その新聞は,10年もしないうちに仏教への幅広い関心の高まりを受け,1991年に「Shambhala Sun」に誌名を変更してからは,仏教や瞑想法を専門に扱う一般誌に成長した。今日では,スーパーマーケットなどでも並べられるほど人気があり,年間50万部近い売り上げを誇っている1)。また,精神科医によるダライ・ラマ14世へのインタビューが書かれた『The Art of Happiness』2)は,1998年に出版されて以来ベストセラーになり,信仰の対象としてではなく,学問,また科学の対象として広く認められる大きな弾みとなった。

心理療法の分野で,そのような動向を象徴するようなイベントが,2005年にスウェーデンで行なわれた。国際認知療法会議と世界構成主義会議との共催によって実現したアーロン・T・ベック(Beck, A. T.)とダライ・ラマ14世(Gyatso, T.)との対談である。この対話では,認知療法で用いられる技法が,2500年以上も前から洞察瞑想として知られていることをベックが聞いて驚く一場面もあり,大いに会場が沸いた3)。ベックと並び称される認知的アプローチの重鎮であるアルバート・エリス(Ellis, A.)も,2005年と2006年に2度にわたって,自らのジャーナルでマインドフルネスの特集を組んでいる4)。
 このように欧米では,仏教と心理療法とがますます接近し,そこから新たな知が生まれたり,心理療法や日々の生活にも活かされたりしようとしている。しかし,仏教国である日本の心理学では,宗教を学問の対象とすること自体,いまだに抵抗が大きく,マインドフルネス瞑想法についても欧米の研究に大きく遅れを取り,ほとんど知られていないのが現状である。

本稿では,マインドフルネスの意味するところを明らかにしたうえで,マインドフルネス瞑想法を用いる心理療法とその背景となる仏教心理学の展開について概観することにしたい。

 

2節 マインドフルネスとは何か?

 

 「マインドフルネス」(mindfulness)とは,そもそも1900年にイギリスのリース・デービッズ(Rhys Davids, C.A.F.)5)が,パーリ語の《サティ》(sati)を英訳したことから使われるようになった。これは,サンスクリット語でいえば,《スムリティ》(smrti)であり,漢語では「念」,あるいは「憶念」とも訳される6)。その意味は,「心をとどめておくこと,あるいは心にとどめおかれた状態としての記憶,心にとどめおいたことを呼びさます想起のはたらき,心にとどめおかせるはたらきとしての注意力」7)である。

この言葉は,そもそも釈迦の最初の説法であり,原始仏教で重視される「八正道」8)に見られる。これは修行の基本となる8種の実践徳目であるが,その第7番目に「正念」9)があり,「邪心を離れ,真理を求める心を常に忘れないこと」10)が要件とされている。

しかし現在では,マインドフルネスという用語は,《サティ》が本来もつ「覚えておく」や「思い出す」という意味から離れ,一般に「ありのままの注意」という意味で使われている11)。この背景には,《ヴィパッサナー》(Vipassana)と呼ばれる仏教瞑想の影響があるといわれるが11),今日では多くの研究者がマインドフルネス瞑想法をサティ瞑想法ではなく,ヴィパッサナー瞑想法と同義のように用いている12)。

そもそも,《ヴィパッサナー》とは,《ヴィ》(直感的,分析的,洞察的に)という接頭辞と《パッサナー》(見る)という語根から成っており,仏教でいうところの「如実知見」(真理の会得)を表わしている13)。その意味で,ヴィパッサナー瞑想法は「洞察瞑想」14)とも呼ばれる。この瞑想法では,「洞察」を得るために気づきをはたらかせることが,《サティ》として重要な要素に位置づけられているため15) 16) 17),《ヴィパッサナー》があたかも「マインドフルネス」であるかのような図式が定着してきたのではないかと思われる。
今日,その心理学的な効果に注目が集まっているマインドフルネス瞑想法とは,このように「気づき」や「ありのままの注意」を重視とする洞察瞑想であると考えてよいだろう。

 

3節 マインドフルネス心理療法の展開


ベアー(Baer, R. A.)は,臨床的介入としてのマインドフルネス瞑想法を展望18)するなかで,マインドフルネス訓練に基づいた介入と,マインドフルネス訓練を組み込んだ介入という区別を設けている。そして,前者として「マインドフルネスストレス低減法」と「マインドフルネス認知療法」,後者に「弁証法的行動療法」,「アクセプタンス・コミットメント・セラピー」などをあげている。
このうち,後者の弁証法的行動療法とアクセプタンス・コミットメント・セラピーについては,翻訳書19) 20)や専門書21)がすでに日本で刊行されていることもあり,ここでは,マインドフルネス瞑想法の臨床的研究として,前者の2つのアプローチをごく簡単に解説しておく。

今日のマインドフルネスの臨床的応用に関する研究のほとんどは,カバットジン(Kabat-zinn, J.)の一連の研究に端を発しているといわれる22)。彼は,マサチューセッツ大学の医療センターで,1979年に
マインドフルネスストレス低減法(mindfulness-based stress reduction: MBSR)を開発し23),マインドフルネスを用いたアプローチの実践と研究の火付け役となった。

MBSRとは,身体部位に注意を向けるボディスキャン,静座瞑想法,ヨーガ瞑想法などからなる8週間のプログラムである24)。MBSRは,もともと慢性疼痛への対処のために開発されたものだが,現在は内科的疾患から行動や感情の障害の治療,また生活の質の向上にいたるまで幅広く効果が認められている22)。MBSRを提供している病院やクリニックは,今や世界中で少なくとも300から400を数えるといわれる25)。

このMBSRをカバットジンのもとで学び,
マインドフルネス認知療法(mindfulness-based cognitive therapy: MBCT)を開発したのが本書の原著者らである(第3章参照)。本書の第3著者であるティーズデール(Teasdale, J. D.)は,以前は「注意コントロール・トレーニング」(attentional control training)という名称を用いていたが26),後にMBCTという名称に変更している27)。

もともとMBCTは,うつから回復したひとの再発予防のために開発されたものであり,そのプログラムの性質上,現在抱えている急性のうつには効果を奏しないと考えられている(第14章参照)。それに対して,本当に現在うつ状態にあるひとには効果がないのかどうかを調べた研究もある28)。抗うつ薬や通常の認知行動療法が効果を示さないうつ患者にMBCTを実施したところ,うつ症状は大きく軽減し,MBCTがうつの回復期にある場合だけでなく,その真っ只なかにいる場合にも効果があることが示されている。

本書の第15章には,MBSRのインストラクターになるための講習会は多くあるが,MBCTを体系的に学ぶことのできる場はない,と書かれてある。しかし,2008年よりアメリカで,カバットジンとティーズデールらによるMBSRとMBCTの専門家のための講習会が開催されることになった。9日間の集中コースであり,洞察瞑想学会(第15章参照)より詳しい情報を入手できる。マインドフルネスを用いる臨床家,研究者,教員などにとって,非常に有益な機会になるのではないかと期待される。

 

4節 仏教心理学の展開


カバットジンやティーズデールは,仏教瞑想を自ら実践していたことから,マインドフルネス瞑想法を用いた臨床的アプローチを開発したという経緯があるが,弁証法的行動療法のリネハン(Linehan, M. M.)やアクセプタンス・コミットメント・セラピーのヘイズ(Hayes, S. C.)は,仏教への関心から独自の臨床理論を作り上げたわけではない。しかし,リネハンもヘイズも,彼らが開発したアプローチが,仏教思想と多くの点で類似していることを認めており29) 30),何よりも,マインドフルネスの技法が欧米で多大な注目を集めた背景として,西洋における仏教思想への関心の高まりがある。

そのような土壌は,受容を重視し,仏教思想との親和性を早くから訴えてきた人間性心理学の貢献が大きいといわれる31)。たとえば,その主導的人物の1人であるウォルシュ(Walsh, R.)は,1970年代の半ばから仏教瞑想に着目し,その心理的・生理的効果,またセルフ・コントロールへの活用などについて繰り返し強調してきた32)。ウォルシュをはじめ,心理療法の教科書などではしばしば指摘されることであるが,実際のところ,瞑想の実験的研究の数は,心理療法のあらゆる学派のそれよりも,圧倒的に多いのである。

 

仏教に対する近年の学際的な関心は,・・・・・・・


・・・・・・続きは,ぜひ『マインドフルネス認知療法』(北大路書房)を買ってご覧ください。著作権の関係で全部は載せられません。なお,上記の半括弧つきの数字は文献番号です。本には文献リストも載せてあります。本文の出典は以下のとおり:

菅村玄二(2007)マインドフルネス心理療法と仏教心理学 越川房子(監訳・編)マインドフルネス認知療法:うつを予防する新しいアプローチ(pp. 270-281) 北大路書房.