Research Objective

当チームが目指すところを簡単に紹介してみます。(Japanese only)

① タンパク質が合成される仕組みをちゃんと理解したい。

What is Life? 生命と非生命の狭間としてのPURE system

PURE systemとは無細胞タンパク質合成システムの一つのフォーマットです。無細胞タンパク質合成システムとは、文字通り、細胞を用いずに試験管の中でタンパク質をつくる技術で、通常は細胞を破砕して得られる細胞抽出液を試験管の中に入れ、そこにDNAまたはmRNAを入れて鋳型となる核酸依存的にタンパク質をつくる方法です。PURE systemはこの細胞抽出液を用いずに、タンパク質合成に関わる酵素や因子だけでタンパク質をつくる技術です。機能未知なものを含む多数の分子が存在する細胞や、細胞抽出液と異なり、PURE systemの中に入ってるものは全てわかっているため、システムに対する操作の自由度が高く幅広い応用性をもっています。

構成要素が全てわかっているとはいえ、PURE system自体は100種類程度の分子が協調してタンパク質を作っていく仕組みで、細胞ほど複雑ではないにしろ、分子ほど単純でもない「システム」です。「システム」である以上は、それを効率よく利用するためには、内部で起こっているあるいは起こりうる全ての事象を予測し、かつ人為的に制御できるようにすることが重要です。QBiCの目指すところは、”細胞まるごとモデリング”、つまり超複雑な「生命システム」を予測可能なモデル下において、制御したいというところですが、もう少し単純な「システム」であるPURE systemでどの程度それができるのかといったところを考えていきたいと思っています。

とはいえ、実際にPURE systemの中で、ある事象が起こった時に、それがどのような理由で起こっているのかは細胞同様なかなかわかりづらいところがあります。その理由の一つとしては、タンパク質合成のメカニズムについていまいちわかっていない部分が残されているといった点があります。このあたりをきちんと解明しつつ、タンパク質合成の仕組みをちゃんと理解することによって、PURE systemを理解していこうとしています。

② PUREシステムで生化学の世界を変えたい。

PURE systemで手っ取り早くタンパク質を調製する!

セントラルドグマに記述されるように、細胞内に保存された遺伝情報の大部分はタンパク質として翻訳・合成されます。細胞で起こる事象を「知る」ためにはタンパク質の研究がかかせません。また、タンパク質のことを「知る」ためには様々な変異体を調製して、アミノ酸の違いによって機能がどのように変化するのかといった解析を行うのが一般的です。現在こうした生化学の分野でタンパク質を調製するためには、目的の遺伝子をプラスミドにクローニングして、それを細胞に導入し、培養し、その後、細胞を破砕して、精製していくといった工程が必要です。一方、PURE systemを用いると、遺伝子をPCRで増幅して、それを系に放り込むだけでタンパク質ができてしまうので、最短で1日でタンパク質の調製が可能です。このような利便性をより高めるために、合成効率の向上や、遺伝子合成技術との親和性を高める研究を行っています。

また、PURE systemは単にタンパク質を合成するだけでなく、天然にはないアミノ酸の導入や、リボソームディスプレイという技術を用いたタンパク質の進化を行うこともできるため、様々な有用タンパク質を合成することができます。そのような無細胞タンパク質合成システムに関連した技術をさらに高度化するために、有機化学や遺伝子合成技術、Micro-fluidics技術などとの融合を深め、全体として生化学の世界を変えていけるような技術開発を目指しています。

③ 自己増殖するPUREシステムを作りたい。

複製する自己

(Image by サイエンスグラフィクスリバネスBioGarage Vol. 14の表紙絵として作製していただきました。)

①でも述べましたが、PURE systemは生命と非生命の狭間にいるようなシステムと考えています。生命とは何か、どのように定義すべきかといった命題に対する明確な答えはまだありません。しかしながら、生命の大きな特徴の一つとして、細胞分裂によって同一の遺伝情報を持つ細胞を増殖させる「自己複製」というものがあります。その他にも外環境から取り込んだ物質を、エネルギーやアミノ酸、脂質など、細胞にとって有用な物質へと変換する「代謝」や、それら外環境の物質を取り込むための「運動」、また、外環境の変化に対応するために遺伝情報を書き換える「変異」や「交配」など様々な特徴がありますが、結果的にこれらすべての特徴は、「生命であること」をできるだけ維持・保存するための営みに費やされているという考え方もできます。特に「自己複製」という機能は、自分自身のコピーを作り出すということで、「生命であること」を維持していくために、必要不可欠な機能であるといえます。

PURE systemの中で活躍する物質はリボソームや翻訳因子、tRNAなど、タンパク質やRNAで構成されていますが、PURE system内では、鋳型DNAさえあれば、両者を合成することが可能です。つまり、基質を供給し続けることによってPURE systemの主要な構成要素を合成し、PURE system自体が増殖することも原理的には可能であると考えられます。こうした仕組みを再現することによって、生命を構成するために必須な最小要素を同定し、生命と非生命の境界線を考える足がかりにするとともに、人工細胞の材料として使ってみたり、基質を供給し続ける限り永遠に生き続けるPURE systemの構築を目指したいと考えています。

④ (いつの日か)生命の起源についてしたり顔で語りたい。

タンパク質合成システムひとつをとっても、その構造やメカニズムの緻密さに、これが地球上で無から発生したと考えると、その過程に興味が湧くのは人情です。とはいっても、何十億年という長い月日で達成されたその過程を実験で明らかにするのはなかなか難しく、アクセスしづらい難問です。いつの日か、生命はこうして発生して今に至るんだよとしたり顔で語れる日が来るのを夢見て、生命の神秘について思いを巡らしていきたいと考えています。