連帯と理解を、定員割れ大学に!
啓上
春到来とはいへ、全国の大学中少からざる大学、特に地方の私立大学が現在陥りつつあるこの苦境は、洵に吾人が憂慮に堪へぬ事態であります。即ち、大学へ の進学率の向上と、“少子化”の結果として、所謂“大学全入”が現実に到来したにも拘らず、多数の大学においては相当の定員割れが生じ、今後の運営はもと よりその存続に関してすら深刻な危惧が生まれつつあるのが現状であります。このまま推移するならば、遠からずして将棋倒しが現象することさへ懸念されざる を得ません。
然し、戦後、“新制大学”制度が発足して以来、改編または創立された全国の各大学は、国家的または国民的要請に応へて、たとへば、学部学科の新設や特に 定員増のため、筆舌に尽くせぬ努力を払ひ、以って国家社会に多大の貢献をして参りました。とりわけ各地方の大学においては中央や大都市に出て学ぶだけの経 済的余裕のない青年に、地方におゐて高等教育を受ける機会を提供し、かくして全国的に教育水準を向上せしめたことは紛れもない歴史的事実であり、高く評価 せらるべき功業であります。
にも拘らず、定員割れとなった大学が、今後不幸にして閉鎖・閉校の事態に立ちいたるならば、それは由々しき国家的社会的損失であるとともに、社会的徳義 の問題でもありませう。即ち、大学の閉鎖は先づ、(一)当該大学において長期にわたり推進され蓄積されてきた学術研究の中断、中絶、ないしは停滞と、膨大 な知識やデータの少くとも当分の間の無力化、またはそれらを活性化すべき教員、学生、事務員の四散を惹起します。(二)ついで当該地方の(比較的低収入の 家庭の)青年が高等教育を受ける可能性を著減させます。また当該地方の社会的経済的生活に与へるマイナス効果も決して少くない、と思はれます。(三)第三 に、各大学がそれぞれに、創立以来学生を教育する間におのづと形成して来た学風ないし校風ないし伝統は、閉校によって必然的に消滅します。しかし、かかる 無形の気風(即ち“精神”)が青年を培ひ育てる教育力(、、、)は、到底人為的手段によって代へうるものではありません。組織を新たに創設しても、その中 から“精神”が現象するまでいかに久しき年月を要するかを思へば、各大学に独自の気風は、やがて上にも淳化されたうへで長く継承されゆくべきものと信じら れます。(四)特に学窓を去り、実社会に身を投じた一般の社会人にとって、母校こそは生家と同様、一切の世俗的打算を超越してただひたすらなる懐郷のその よすがであり、その伝統は社会的良識の底流となるものであります。―― 国家ならびに国民の意志に応へ、かくも長らく有形無形の貢献をなしてきた諸大学を、現下の状況において。たとへばただ経済的原理にもとづいて篩ひ分けるな らば、それは曽つて国家的要請に従って祖国をあとにした満蒙開拓民、更にはドミニカ移民等々のその後の悲運に対し、最近まで何らなす所なく、十分の救援を 実行しなかった責めに等しい責めを新たに、しかし再び吾々は負ふことになるのではないでせうか。
ただ幸ひにして、国立大学法人はほとんどが運営努力が実り、少くとも、平成十六、十七年度の収益面では格別将来への不安がない、と伝へられてをり、その 点では黒字決算となった私学と同様、大慶のいたりであります。もとよりそれらの大学においても、施設および研究の一段の充実と発展、優秀人材の登用と招聘 等々、将来計画のために収益の相当部分を内部に保留せねばならぬことは当然であります。
然し、全国の大学の全体によって、教育および研究の現行の水準が保たれてゐるとすれば、その相当の大学が落伍したとき、“生き残った”大学に、少くとも 長期的に見て好影響が出るとは到底考へられません。問題は国公私立の枠をこえた国家の将来に関はる全国的視野の問題であります。今こそ、当面の経営の好調 を持する大学が同じ使命を帯びつつも苦闘する他大学に対して、何らかの具体的方法により、義侠の助力を申し出、同甘共苦の気運を醸成し、苦境の同友のため 尽力すべきときではないか、助け合ふことこそ何よりも大学の品格を高め、ひいては国家を美しくする所以ではないか、と思はれます。さういふ声を挙げ、その ために実際的連帯の方策を講ぜられ実施されますことを、各位におかれて御一考いただけますならば、洵に幸甚と存ずる次第であります。
敬具
付記
連帯のための具体策は種々あり得ませうが、法改正はもとより、学則の大幅改正も恐らく必要としない可能的な素人案をひとつ考へて見ました。
―― 一般科目(たとへば、教養科目または専門への概論)の単位中、相当単位を、“地方”の(国公私立を問はないが、定員割れの)大学において内地留学ないし委 託研修の形式により、六ヶ月ないし一年で履修するやう設定し、その単位履修期間中の受講料を、履修先の大学に払ひ込む。(“義務”としてではなく或る種の ボランティア活動のごとく理解さるべきものとする)
効果としては、(1)“留学”先の大学の経営へのプラス効果以外に(2)“留学”中の学生本人には(i)地方文化との邂逅によって、当該地方の歴史や文 化に対してのみならず日本全体の歴史と文化とに対する関心が培はれること、(ii)また、たとへば、内陸育ちの青年が、太平洋の波涛を日々目のあたりにし 長期間生活することからくる好影響が、(3)また多数の青年が生活することから地元に波及する形而上下の活気なども十分期待される。
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