主に教育経済学の実証研究に取り組んでおり、特に「教育の地域格差」や「教育に関する知識や情報の影響」に関心を持っています。具体的には、学区制度や学費援助、学校情報の公開といった政策的・制度的要因に注目し、これらが教育機会や学力格差にどのように関わるのかを分析しています。
また、従来の政府統計や業務データとは異なるオルタナティブ(非伝統的)データの活用にも関心があります。位置情報データ、衛星画像、購買記録、不動産取引履歴、気象データなどを経済学の実証研究に応用し、政策課題に新たな角度からアプローチする方法を探っています。
研究の中心は教育経済学ですが、公共経済学、医療・福祉経済学、地域科学といった隣接分野とも接点を持ちながら、幅広いテーマに取り組んでいます。
良い学校に通うことに対して、人々はどの程度の対価を支払うのでしょうか。また、人々はどのような要素を重視して学校を選択しているのでしょうか。
学校は単なる教育機関ではなく、「選択される財」と考えられます。家計(保護者や生徒)は、自らの所得や能力を考慮しながら学校の特徴を比較し、居住地や進学先を決定します。このような文脈において重要なのは、「人々が本当は何を求めているのか」「どのような情報をもとに意思決定を行っているのか」を理解することです。政策や制度の効果は、最終的には家計の意思決定を通じて現れます。家計がどの情報に反応し、何を重視して選択するのかを理解することが、政策の帰結を正しく予測・評価するために重要となります。
例えば、学校選択制度、情報公開、授業料政策などは、世帯の選択肢を広げたり情報を提供したりすることで、競争原理による教育の質の向上や、より適切なマッチングによる教育成果の改善を促すことが期待されています。しかし、家計の行動を十分に把握しないまま制度を設計すれば、政策は意図せざる効果をもたらす可能性があります。学校選択制度の導入は家計の選択肢を増やしますが、もし家計が「提供される教育の質」を正確に把握・判断できない、あるいはそれを重視しない場合、学校は立地や設備、ブランドといった「見えやすい要素」で競争を行い、必ずしも教育の質や学生の能力の向上につながらない可能性があります。また、テストスコアなどの学校情報の公開は透明性を高める一方で、「良い」と評価された学校に意欲的な家庭が過度に集中し、学校間格差を拡大させるおそれがあります。さらに、過度な競争が不正や過剰な試験対策を誘発する可能性もあります。加えて、授業料の引き下げや私立学校への補助拡充は進学機会を広げる政策ですが、進学のハードルが下がることで努力と進学成果の結びつきが弱まり、結果として学力向上への動機づけが低下する可能性もあります。
この研究課題では、このような意思決定メカニズムを実証的に解明することを目的としています。Kuroda (2018) は、小学校区境界を用いた回帰不連続デザインにより、学力水準の高い学校区で住宅家賃が上昇することを示し、日本の地方都市の公立学校においても学校の質が不動産市場に資本化されていることを明らかにしました。Kuroda (2022) は、学力情報の公表前後を比較し、情報公開によって資本化の程度が変化し、居住地選択を通じた調整が生じることを示しました。Takano, Kuroda, & Murayama (2025) は、高校選択の自由化により立地条件の良い学校に成績上位層が集中し、学校間の学力格差が拡大することを明らかにしました。
現在は、私立高校の地域的役割の違いに着目し、私立高校に対する就学支援政策が中学生の学習行動や学業成績にどのような異質な影響をもたらすのかを分析しています。また、学校に関するアカウンタビリティ政策が学校や生徒にどのような影響を及ぼしてきたのかについても検証を進めています。
Research Outputs:
Kuroda, Y. (2018). The effect of school quality on housing rents: Evidence from Matsue city in Japan. Journal of the Japanese and International Economies, 50, 16–25.
Kuroda, Y. (2022). What does the disclosure of school quality information bring? The effect through the housing market, Journal of Regional Science, 62(1), 125–149.
Takano, K., Kuroda, Y., & Murayama, T. (2025). Location advantages and sorting in high school education. DSSR Discussion Papers, 147, 2025.
Ongoing Projects:
The different roles of public and private schools across the region and resulting educational disparities
The impact of educational accountability and school competition (joint work with Shinpei Sano)
大学に進学することは、本当に個人や社会にとって望ましいのでしょうか。また、人々はどのような要因を重視して大学進学を決めているのでしょうか。
日本では大学進学率が上昇していますが、地域や性別による差はいまだに大きく、その背景にあるメカニズムは十分に解明されていません。大学進学の意思決定は学力だけで決まるものではありません。家計の所得や大学までの距離、住宅費といった経済的・地理的制約に加え、本人や親、教員の考え方、学校や地域の進学規範、入試制度、将来の就職環境など、さまざまな要因が進路選択に影響しています。その結果、本来は進学によって大きな利益を得られるはずの生徒が進学しない場合もあれば、必ずしも高い収益が見込めないにもかかわらず大学に進学する場合もあります。進学行動の背後にあるこうした要因を理解しなければ、教育政策の効果を正しく評価することはできません。
また、「大学に行くこと」自体の価値を考えることも重要です。大学教育によって能力が高まり、それが将来の所得や社会への貢献につながるのであれば、進学率を高める政策には意義があります。しかし、個人の能力や大学の種類、およびその組み合わせによって教育効果や収益が大きく異なるのであれば、「進学率を上げること」だけを目標とする政策は必ずしも適切とは言えません。近年、日本では入学定員を満たさない大学も増えており、「大卒」という肩書の意味も多様化しています。大学進学率が低かった時代は「大学進学そのもの」が高い能力のシグナルとみなされることが多かった一方で、現在では大学間の差が広がり、「どの大学に進学するか」がより重要になっています。それにもかかわらず、政策や研究においては依然として「大学」や「大卒」を一括りにした議論が多く、大学の違いや役割の差を踏まえた実証的な検証は十分とは言えません。
この研究課題では、大学進学の決定要因と大学教育の価値を実証的に明らかにすることを目的としています。Kuroda (2023) は、非進学校から難関大学に合格する生徒の存在に着目し、そのような事例が学校全体の進学意識や行動にどのような影響を与えるのかを分析しました。現在は、大学周辺の家賃上昇が地方高校生の進学行動に与える影響や、選抜性の低い大学が労働市場においてどのように認識され、どの程度の収益をもたらしているのかを検証する研究を進めています。
Research Outputs:
Kuroda, Y. (2023). What do high-achieving graduates bring to nonacademic track high schools?, DSSR Discussion Papers, 138.
Ongoing Projects:
The Impact of Rental Housing Costs on University Choice (joint work with Tsubasa Hemmi)
An empirical study of the returns to non-selective universities (joint work with Yuta Kikuchi)
人々の行動や厚生は、周辺環境から大きな影響を受けています。気温や天候、騒音、大気汚染、花粉、感染症などの環境要因は、労働生産性や学習成果、健康状態、さらには屋外行動全般にも影響を及ぼす可能性があります。また、こうした環境要因を人々がどの程度認識し、どのように回避・適応するのか、そして実際にどの程度の影響を受けるのかには、大きな異質性が存在します。
多くの環境要因には、その影響を受ける人と原因を生み出す人が必ずしも一致しないという特徴があります。例えば、より多くの消費を行い、結果として汚染物質を排出しやすい高所得層ほど、安全で環境の良い地域に住みやすい傾向があります。一方で、消費水準が相対的に低く、必ずしも多くの汚染を生み出していない低所得層ほど、騒音や大気汚染の影響を受けやすい地域に住まざるを得ない場合があります。また、猛暑や大気汚染の影響は、体の弱い人や高齢者、子どもなどにより強く現れる可能性があります。さらに、空調設備や医療へのアクセスなど、環境リスクを回避する手段の利用可能性にも差があるため、同じ環境変化であっても受ける影響は人によって大きく異なります。
このような差は、健康状態だけでなく、学習成果や労働生産性にも波及し得ます。例えば、猛暑や花粉、騒音の影響を強く受ける人は、授業中に集中力が続かなかったり、睡眠の質が低下したりすることで、長期的な学力や能力の蓄積が損なわれる可能性があります。また、体調が環境の影響を受けやすい人や、日によって体調の変動が大きい人にとっては、入試や資格試験のような「一発勝負」の場面で本来の能力を十分に発揮できないことも考えられます。こうした影響が特定の人々に偏って生じる場合、環境条件の違いが見えにくい形で学業成績や評価、制度設計に反映され、不公平や不平等が拡大する可能性があります。そのため、環境要因が誰にどのような影響を与えるのかを明らかにすることは、より公正で効率的な政策を考えるうえで重要です。
この研究課題では、環境要因が人々の行動や市場価格にどのように反映されるのかを実証的に分析しています。Kuroda (2022) は、購買記録データを用いて花粉曝露が家計の消費行動に与える影響を明らかにし、花粉の大量飛散によって人々の外出や購買行動が阻害されることを示しました。Kuroda & Sugasawa (2023) は、衛星画像データを用いて詳細な都市緑地データを構築し、都市に点在する小規模な緑地(街路樹や庭木など)が住宅価格に資本化されていることを示すことで、都市環境の質が市場を通じて評価されていることを明らかにしました。これを発展させたKuroda & Sugasawa (2025) は、緑地に対する選好が地域や家計属性によって異なることを示し、環境価値の評価における異質性を明らかにしました。さらに、Kuroda, Sato, & Matsuda (2025) は、コロナ禍の位置情報データを用いて、感染症リスクに対する回避行動が地域特性によって大きく異なることを明らかにしました。また、Sugasawa et al. (2024) は、羽田空港の新飛行経路導入を利用して航空機騒音が住宅市場に与える影響を分析し、騒音という負の外部性がどのように住宅価格に反映されるのかを検証しました。
現在は、近年の異常気象や猛暑に対する回避行動の異質性に着目し、人々が環境ショックにどのように適応するのかを分析しています。
Research Outputs:
Kuroda, Y. (2022). The effect of pollen exposure on consumption behaviors: Evidence from home scanner data. Resource and Energy Economics, 67(101282), 101282.
Kuroda, Y., & Sugasawa, T. (2023). The value of scattered greenery in urban areas: A hedonic analysis in japan. Environmental & Resource Economics, 85(2), 523–586.
Sugasawa, T., Kuroda, Y., Nomura, K., Yasuda, S., & Yoshida, J. (2024). The impact of flight noise on urban housing markets: Evidence from the new landing flight paths of Haneda Airport in Japan. DSSR Discussion Papers, 144.
Kuroda, Y., Sato, T., & Matsuda, Y. (2025). How long do voluntary lockdowns keep people at home? The role of social capital during the COVID-19 pandemic. Japanese Economic Review, in Press.
Kuroda, Y., & Sugasawa, T. (2025). Heterogeneous preferences for urban scattered greenery: Evidence from two-stage hedonic estimation in Tokyo. DSSR Discussion Papers, 148.
Ongoing Projects:
Heterogeneity of avoidance behavior in response to extreme weather and temperature