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研究業績を更新しました。


好評につき『難民の人類学―タイ・ビルマ国境のカレンニー難民の移動と定住』のKindle版が刊行されました。

本書は、東南アジアのタイ王国、ビルマ(ミャンマー)連邦、そしてアメリカ合衆国での複数地でのフィールドワークをもとに、ビルマを出身とする難民の移動と定住プロセスについて人類学の視点から論じたものです。本書では「カレンニー難民」という個別具体的な事例を扱いつつ、難民とはなにかという普遍的な問題に迫ることを試みています。

難民に関する研究の多くは、かならずしも難民を主語にしたものではありません。それらの多くは、難民をとりまく政治的背景、法制度、支援体制、政府や国連の対応などを論じる傾向にあります。難民と国民国家は不可分であるように、難民の問題とは「難民ではないもの」の問題である観点にたてば、難民の外延について論じることには一定の意義があります。しかしそうした研究は、難民自身が当事者をとりまく様々な環境やアクターにいかに対処しているのかといった難民の生きる姿を見逃すことにもなりかねません。

三部構成からなる本書では、「第一部 〈分離〉越境する難民」で、人びとがどのようなプロセスを経て難民となるのかを論じます。「第二部 〈過渡〉難民として生きる」では、難民キャンプの生活世界と難民の帰属意識について考察しています。「第三部 〈再統合〉国民国家のなかの難民」では、一次庇護国のタイに定住する難民、タイの難民キャンプからアメリカへ再定住する難民、そして本国ビルマへの帰還の可能性の三点を論じています。

本書では、難民の移動と定住を、越境としての〈分離〉から、難民状態としての〈過渡〉、そして国家への〈再統合〉を単線的な移行としてとらえるのではなく、各段階の相関関係にも着目し、特定の地域の研究をこえた包括的な難民理解に迫ります。人類学の視点にたつ本書では、難民の帰属意識や生活戦略などを論じることで、無力な難民というステレオタイプをしりぞけますが、難民の脆弱性を否定するわけではありません。むしろ、難民としての脆弱性がいかにつくられるのかに光をあて、その脆弱性とともに生きる難民の実像に迫ります。

表紙のデザインは、難民の故地であるビルマのカヤー州の山頂から、彼らが越境していったタイの方向を撮影した遠景を絵画風にしたものです。それぞれの故地からタイの難民キャンプへ、タイの難民キャンプからアメリカや日本などへ難民は再定住していきます。この空の向こうに人が移動していることを暗示して、この表紙になりました。

刊行にあたり、多くの方のご支援を受けました。この場を借りて御礼申し上げます。