現在は主に、陸水環境における化学物質の挙動や循環、環境影響に関する研究を中心に行っています。特に、環境中で分子レベルで起きている化学物質の反応や媒体間での分配・相互作用といったミクロな現象を把握し、それがマクロな環境に対してどのようなインパクトを及ぼしているか明らかにすることを、重要な学術的目標に掲げています。
研究の対象としては、いわゆる環境汚染物質と呼ばれる有機物質に着目することが多いのですが、無機イオンや天然の腐植物質、金属元素の水圏における循環機構にも興味があります。また、野外での採水や調査を行う一方で、フィールド調査と同じくらいラボ実験に重きを置いています。なかでも最近とくに注力しているのは、微小プラスチックを反応場とする汚染物質に関する研究や、都市河川をフィールドにした溶存有機物・残留医薬品類に関する研究です。
1. 微小プラスチックに関する環境化学的研究
水環境を始めとするマイクロプラスチック(MPs)による環境汚染の問題が世界中で注目されています。MPsについては多くの観点から研究や調査が進められていますが、その環境影響の1つとして、MPsを吸着反応場とした有害物質による汚染が懸念されています。特に水溶解度が低い物質は、水中濃度が低くても疎水性相互作用によってMPsへ高濃度で蓄積する現象が過去に報告されています。また、汚染物質の吸着量は水質やMPのサイズ、材質、劣化度など複数の条件によって変化すると予想されます。したがってMPの存在量や発生源を調査していくのと同時に、そうした汚染物質の吸着プロセスも評価・解明していく必要があると考えています。現在、様々な方面の方々と知見の共有を模索しつつ、水圏におけるMPの存在や発生源特性、汚染物質の分析、吸着メカニズム等について、河川や海での調査、室内実験を行いながら検証を試みています。
2. 医薬品類の環境動態と除去方法の開発
近年、薬や化粧品類に含まれる合成化学物質(PPCPs)による水環境汚染が国内外で問題視されています。これらの物質は主に下水処理場を介して恒常的に水環境へ流入していると考えられており、その動態把握や生物へのリスク評価が求められています。最近の研究では、PPCPsは水環境中を移動する過程で自浄作用によって徐々に分解することが報告されており、その要因の1つとして太陽光による光化学分解が挙げられています。環境中では直接的な光分解のみならず、硝酸イオンや溶存有機物を介した間接的な分解も生じるため、PPCPsが主にどのような過程を経て分解しているのか明らかにする必要があります。最終的にはPPCPsの分解メカニズムを明らかにすることによって、PPCPsのリスク評価やPPCPsの低コストかつ有効な除去手法の開発を目指しています。具体的には、擬似太陽光照射装置を用いたPPCPs分解に関する室内実験を中心に進めています。
3. 都市河川における溶存有機物のキャラクタリゼーションと環境化学的役割
都市河川の特徴として、流量に対する下水処理水の割合が高いという点が挙げられます。下水処理水の中に含まれる溶存有機物(EfOM)は、消毒副生成物の前駆体となるほか、光の遮断や金属との錯形成、疎水性物質の可溶化等を通じて生態系や物質循環に大きな影響を与えると予想されます。例えば、EfOMと錯形成した重金属は、生物利用可能性が低下することによって水生生物に対する毒性が低下すると考えられています。また、溶存有機物はトリハロメタン類を始めとする消毒副生成物(DBPs)の前駆物質にもなります。そこで、EfOMの化学的な性質を調べるとともに、それらが河川を流下していく過程でどのように振る舞うかを研究することで、都市河川における物質循環システムの解明を試みています。また、3次元蛍光分光光度法(EEM)を用いた水質評価手法の構築にも取り組んでいます。