超新星爆発、γ線バースト、連星中性子星の合体などの激しい天体現象ではニュートリノが発生します。ニュートリノのは相互作用が弱く検出が困難ですが、天体内部の情報を直接我々へ伝えます。また、重力波も天体内部での情報が得られます。ニュートリノでは天体内部の熱力学的特性を反映しており、重力波は運動学的特性を反映しており、両者は相補的なものです。
我々は神岡地下1,000mに設置された1kt液体シンチレータ型ニュートリノ検出器(KamLAND)のデータを使い天体起源ニュートリノの探索や宇宙暗黒物質の対生成や原始ブラックホールの蒸発で発生するニュートリノなどの探索を行っています。今まで、超新星ニュートリノの探索から天の川銀河の星生成率に(17.5–22.7) M⊙ yr−1の制限を与えることに成功しました[ApJ 934, 85, 2024]。KamLANDはSuper-Kamiokandeと比べると低エネルギーニュートリノに感度があります。この特徴を活かし、γ線バースト、重力波、太陽フレアに同期したニュートリノ探索を行い低エネルギーニュートリノで最も強い制限を与えてきました[ApJ 927, 69, 2022, ApJ 909, 116, 2021, ApJL 829, L34, 2016, ApJ 806, 87, 2015, ApJ 924, 103, 2022]。さらに、過去の超新星ニュートリノの宇宙論的な重ね合わせである超新星背景ニュートリノ, 暗黒物質の対生成で発生する背景ニュートリノ, 太陽反電子ニュートリノなどの探索においても13.3MeV以下では最も強い制限を与えています[ApJ 925, 14, 2022]。
KamLANDによる背景ニュートリノへの制限 (左図)とKamLANDによる暗黒物質対消滅断面積への制限(右図)
超新星爆発以前のコア燃焼フェーズにおいても星は(超新星前兆)ニュートリノを放出していることが知られていました。我々はKamLANDにおいてベテルギウスなど近傍超新星爆発の場合には、超新星前兆ニュートリノが検出可能であることを示し、爆発前アラームシステムを整備してきました[ApJ 818, 91, 2016]。近年は、Super-KamiokandeはGdを溶かし込むことで低エネルギーニュートリノに対する感度が向上し、Super-Kamiokandeでも前兆ニュートリノが検出可能になりました。そこで、我々はKamLANDとSuper-Kamiokandeの共同解析による感度評価を行い、共同アラームシステムを構築しました[ApJ 973, 140, 2024]。
上図はSuper-KとKamLANDの統合アラームシステムの概要
宇宙物理学の理論研究者や素粒子物理学の理論研究者と協力して、アクシオン-超新星スコープの提案[JCAP11, 059, 2020]、ニュートリノ集団振動の検出可能性[PRD 101, 063027, 2020]、現代的な恒星進化モデルに基づく超新星前兆ニュートリノの計算[PRD 93, 123012, 2016]、超新星前兆ニュートリノを用いたONeコア超新星爆発とFeコア超新星爆発の識別可能性[ApJ 808, 168, 2015]などの研究もしています。
初期宇宙では対生成により物質と反物質が等量作られました。しかし、我々の住む宇宙には物質で構成されており、反物質はありません。この物質-反物質の非対称性 (物質優勢宇宙)の謎を解く鍵はニュートリノにあります。ニュートリノがマヨラナ性という性質を持てば、レプトジェネシスにより物質-反物質の非対称性の謎を自然に説明できます。それどころか素粒子物理学の大きな謎である異常に軽いニュートリノの質量の謎もシーソー機構を介して自然に説明できるようになります。
ニュートリノのマヨラナ性を実験的に検証する現実的な方法はニュートリノを放出しない二重ベータ崩壊(0νββ)を検出することです。そのために、我々はKamLAND検出器の中心に二重ベータ崩壊核である136Xeを導入し、136Xeの0νββ崩壊探索を進めています。我々は濃縮Xeを約400kg使用したKamLAND-Zen400フェーズのあとに、その反省を踏まえて極めて放射性不純物量の低い容器を自分達自身で開発[JINST 16, P08023, 2021]し、それを用いて濃縮Xeを約800kg使用したKamLAND-Zen800フェーズを開始しました。KamLAND-Zen800フェーズで世界で初めて発見の期待できる感度で0νββ崩壊探索を行いました。残念ながら発見には至りませんでしたが、136Xeの0νββ崩壊半減期に対して最も厳しいT>3.8x10^26 yrという制限を与えました[arXiv:2406.11438]。この半減期はニュートリノ有効質量に直すと28-122 meVという制限になります。この不定性は核行列要素の不定性によるものです。
KamLAND-Zenのエネルギスペクトル (左図)とニュートリノ有効質量への制限(右図)
2024年10月現在、KamLAND/KamLAND-Zenは終了しており、感度向上のための大規模改造が進んでいます。改造のポイントはニュートリノを放出する通常の二重ベータ(2νββ)崩壊と0νββ崩壊を期別するためにエネルギー分解能を改善することと、宇宙線ミューオンによるXeの核破砕で生じる不安定核の判定効率の向上です。後者の実現のためには、核破砕で生じる中性子の数を正確にカウントすることが重要です。そのために、5G時代の最先端技術であるRFSoCを用いたフロントエンド電子回路[JINST 9, P03013, 2024]と人工知能を応用したハードウェアトリガーの開発を進めています。
開発中のフロントエンド電子回路
近年、超伝導センサーの性能向上には著しいものがあります。そこで、超伝導センサーを二重β崩壊や暗黒物質などの極稀事象探索へ応用することを計画しています。我々はKinetic Indactance Detectors (KIDs)に注目して、以下の3つの可能性を検討しています。
超伝導薄膜中の電子と暗黒物質との反応を利用したMeVスケールの軽い暗黒物質探索
KIDsをフッ化カルシウム基板に作成して、フッ素のスピン依存する相互作用によるsub-GeVスケールの暗黒物質探索
KIDsにタンタルや錫などを取り付けて、タンタルや錫の稀崩壊探索
現在までのところKIDsをフッ化カルシウム基板に実装し、放射線の検出に成功しました[PTEP 103H02 2023]。
一方で、超伝導転移端センサー (TES)の応用にも興味があります。実際、産業技術総合研究所のガンマ線TESを用いて錫の二重電子捕獲が探索可能であること実証しました。また、TESSRACTグループのHeLARDモジュールを借りて神岡地下でTESを用いた軽い暗黒物質探索を計画しています。この計画実現のために、東北大学とKEK QUPは協力して神岡地下で低放射能希釈冷凍機を整備を進めています。
シカゴ大学を中心とするQUIET (Q/U Imaging ExperimenT)実験に参加して、南米チリのアタカマ高地において宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の偏光観測探索を行いました。QUIETは世界最大のHEMTアレイを武器にQ-バンドとW-バンドのCMB偏光観測へ挑みました[ApJ 760, 145 2012]。私はW-バンドのデータ解析にsky dipという方法で検出器の相対校正や統計誤差の評価などで貢献しました。また、QUIET Phase-IIへ向けてADCシステムの開発[IEEE TNS 59, 647-655, 2012]や新しい復調方法の提案[RSC 82, 054501, 2011]などを行いました。
地上レーザー干渉計型重力波検出器は10 Hz以下の低周波で急激に感度を失います。そこで、私たちはTOrsion-Bar Antenna (TOBA)と呼ばれる新しいタイプの検出器を提案しました [PRL 105, 161101, 2010]。また、プロトタイプ検出器を開発し実際に0.1 Hzでは重力波探索を成功させました[PRL 106, 161101, 2011]。