このページでは最近の関心について、ということで理論モデルや計量分析の研究で得た結果を高校生や大学生、専門外の方々に向けてわかりやすく紹介してみます。経済学の論文では分析手法が高度化しており、読むために一定のトレーニングが必要であると言われることがあります。拙いものではありますが、ここでは論文のエッセンスをお話しベースでご紹介できればと思います。2026.1
目次
特殊詐欺を経済学で考える-なぜ人はいっしょに犯罪をするのか?
経済学で犯罪をやめさせる?
デフォルトの法と経済学-新しいiPhoneに飛びつく人、嫌がる人-
D&O保険が企業価値に与える影響の経済分析-保険料負担の隠れた効果-
特殊詐欺を経済学で考える―なぜ人はいっしょに犯罪をするのか?
:ニュースで「特殊詐欺グループが摘発された」という報道を目にする機会が、ここ数年でずいぶん増えました。こうしたニュースに触れると、ふとこんな疑問が浮かぶかもしれません。
「なぜ一人でやらず、わざわざ複数人で犯罪をするのだろう?」
人数が増えれば、そのぶん誰かが裏ぎったり、情報がもれたりして、発覚のリスクも高まりそうです。それでも現実には、被害額の大きい犯罪ほど、共犯で行われる傾向があります。特殊詐欺は、その代表例です。この疑問を考える手がかりとして、経済学の考え方が役に立ちます。
■チームで動くとなぜうまくいく?
経済学では、人が協力する理由として「分業」や「比較優位」という考え方を使います。簡単に言えば、それぞれが得意な作業に特化したほうが、全体として成果が大きくなる、という発想です(高校の教科書で見たことがあるかもしれません。気になる方は「アダム・スミス 分業」「リカード 比較優位」などで調べてみてください)。
私の世代でいえば、プロの強盗集団を描いた映画が思い浮かぶかもしれません。計画を立てるプロ、機械に強いエンジニア、爆発物の専門家、変装の達人――それぞれに「持ち場」があります。アニメでも、コック、医者、航海士、戦闘員など、役割分担をするチームがよく登場します。現実の犯罪も、(残念ながら、)これと似た構造をもっています。
特殊詐欺を例にとると、「指示役」「掛け子」「受け子」「出し子」といった役割分担があります。一人ですべてをこなすよりも、電話で人をだますのが得意な人は電話を担当する「掛け子」に、現金を受け取りに動ける人は「受け子」や「出し子」に専念したほうが、うまくいく確率は高くなります。これが、分業の効果です。最近読んだ小説でも、やはり演技が上手い人物が掛け子を担当している、という描写がありました。
■数字で考えてみよう
ここで、少し数字を使って考えてみましょう。
仮に、一人で詐欺を行った場合、成功する確率が20%、得られる金額が100万円だとします。このとき、期待できる平均的な利益は20万円になります。これは、高校数学(数Aだったでしょうか)にも出てくる「期待値」という考え方で、確率×得られる利益(0.2×100万円)で計算します。この「20万円」を、ひとまず覚えておいてください。
ところが、三人で分業することで、成功確率が50%に上がり、被害額も600万円に増えるとしたらどうでしょうか。特殊詐欺では、役割分担をすることで被害者がだまされやすくなったり、より規模の大きな計画が実行できるようになったりします。成功した場合に均等に分けても、一人あたり200万円ですから、期待できる平均的な利益は100万円(0.5×200万円)になります。先ほどの20万円を大きく上回っていますね。つまり、
一人でやったときの期待利益(20万円) < 三人で共犯したときの期待利益(100万円)
となります。このように見ると、共犯のほうが各人にとって「割に合う」、つまり経済学の言葉でいえば合理的な選択になる可能性があることがわかります。一緒に犯罪をする理由の一つは、この「効率性のアップ」にあるわけです。
■効率的な犯罪は、なぜ問題なのか?
しかし、話はここで終わりません。経済学は、単に人の行動を説明するだけでなく、社会として何が望ましいかを考える学問でもあります(これを「規範的な分析」と呼びます。「どうあるべきか」「何をすべきか」を考える視点です)。その社会的な観点から重要なのは、加害者にとっての効率性の向上が、そのまま社会にとっての被害拡大を意味するという点です。成功しやすく、被害額も大きくなる犯罪は、社会により大きな損害をもたらしてしまいます。だからこそ、共犯、とりわけ分業型の特殊詐欺に対しては、単独犯以上に強い抑止が必要になるのです。
では、どうすれば「一緒に犯罪をする」という選択を思いとどまらせるルールを設計できるのでしょうか?「首謀者が悪いのだから、首謀者を重く罰すればいい」という意見もあるでしょう(江戸時代の刑罰はそのような趣旨をもっていたようです)。しかし、私がいま考えているのは、末端役として加わる「受け子」も含めて、共犯という仕組みそのものをどう抑止するか、という問題です。この話は機会があるときにまた書いてみたいと思います(2026年1月1日)。
経済学で犯罪をやめさせる?
:一見、関係のなさそうなこの二つの単語。しかし、じつは経済学でも犯罪を抑止するための刑罰のあり方を考える分野があります(経済学はどこでも顔を出します)。
なぜ経済学で犯罪抑止を考えるの?と思った人もいるかもしれません。それは、経済学の視点が犯罪の抑止に役立つ可能性があるからです。経済学は、人々が合理的であると仮定し、「なぜそういう選択をしたのか?」を分析します。もちろん、いうまでもなく犯罪は必ずしも合理的ではありません。とはいえ、わかりやすくお金を狙った犯罪を考えると、例えば経営者による横領や、詐欺グループの犯行、万引きや空き巣などの窃盗は、犯人が「どれくらいの利益を得られるか」「捕まるリスクはどの程度か」「有罪になった場合の刑罰はどれくらいか」といった要素を考慮し、犯罪を「選択」しているようにも見えます。こういった観点からは経済学も貢献ができるかもしれません。
私が特に関心を持っているのは、「いくつかの犯罪機会があるとき、社会とって比較的害の少ない犯罪を選ばせるにはどうすればよいか?」という問題です。これは限界抑止とよばれ、古くは1700年代にベンサムやベッカリーアなどが論じており、200年の時を経て1970年ごろに経済学でも考えるようになりました(特にベッカーという人が1968年にした研究が有名です)。
では、限界抑止を実現するにはどうすればよいのでしょうか?
結論を大ざっぱにまとめると、犯罪の重さに応じて比例的に刑罰を重くしよう、という刑罰ルールの採用することです(ここからは、合理的で道徳観念の欠いた人を想定しましょう)。たとえば、消しゴムを万引きしても罰金1万円、プレステ(ゲーム機)を万引きしても罰金1万円だったら、多くの人は価値の高いプレステを選ぶでしょう。
しかし、もしプレステを万引きしたら罰金10万円にすれば、「やめておこうか…」という人も現れる、すなわち、犯罪の抑止ができるかもしれません。このような比例的に罰則を重くしていくルールは、やはり1700年代にもすでに言及がありました。
私はさらに踏み込んで、「そもそも犯罪をする人は本当に合理的なのか?」と考えています。衝動的に犯罪を犯してしまう人もいるのではないでしょうか。実際、近年の脳科学や犯罪行動の研究によって、衝動性が犯罪に影響を与えることが明らかになっており、これは私の単なる思いつきではありません。。
では、そんな衝動性をもった人にも、犯罪の重さに応じて刑罰を比例的に重くするルールは有効なのでしょうか??
経済学による数理モデルで分析した答えは「否」でした。この研究は現在進行中で、答え自体もまだまだ考える余地があります。しかし、もしこれが部分的にでも本当だとして、比例性ルールで衝動的な犯罪を抑止ができないとすると、いかにも経済学的な問題(!)がでてきます。
それは、懲役などにかかる社会的費用の問題です。もしも抑止ができないにもかかわらず、重い刑罰を科して長い期間刑務所に入れるとしましょう。この刑務所にいるあいだ、その犯罪者を収容するための費用を負担しているのはだれでしょうか…?それは国民になります、税金が投じられているからです。この問題が顕在化したのが、アメリカでした。アメリカでは刑務所に入りきれず、しかも維持コストも大変だということが社会問題になっています。
このような問題を解決するにはどうすればいいのか?アメリカがおこなうように早期釈放や刑期の見直しが必要かもしれません。法律の分野、社会思想の分野、哲学の分野、政治学の分野、さまざまな分野から知見で学際的にかんがえていかなくてはならないだろうと思います。私は理論的な根拠をもとに経済学の立場から研究をすすめてみたいと思います(2025年2月12日)。(その後、Review of Law and Economicsという「法と経済学」という学問分野の雑誌に掲載されることとなりました。機会があれば(?)ご覧ください。2025年12月31日更新)
デフォルトの法と経済学-新しいiPhoneに飛びつく人、嫌がる人-
:デフォルトとは、初期設定という意味があります。人が特に選択をしない場合には、自動的に初期設定が選択されます。行動経済学では、人々がデフォルトをそのまま受け入れる傾向があることを明らかにしています。たとえば、iPhoneの古いバージョンをそのまま使っている人や、契約しっぱなしの新聞やジムを解約していない人など…(どちらも私です)。いろいろな理由がありますが、「新しい選択肢を考えるためには調べなきゃいけないからめんどくさい」、「デフォルトからあえて外すと損するかもしれない」などといわれています。このデフォルトから新しい選択肢に移るときにかかる変更コストを、オプトアウトコストと呼びます。
さて、このデフォルトからのオプトアウトコストが私たちにあるとしたら、企業はどのように売り方を変えるでしょう?私と細江先生(九州大学名誉教授)は、このようにデフォルトからの変更を嫌がる人がいるときの企業の戦略について考えてみました。
例えば、古いiPhone を使っていて、新しいバージョンが登場したとします。ここで、二つのタイプに分かれるのではないでしょうか。
①すぐに買い替えたい人:新しいiPhoneのスペックを調べ、メリットがあればすぐに買い替える!(若い方はこちらかな)
➁変更を嫌がる人:「今のiPhoneで十分」「データ移行が面倒」「新機能とかよくわからん」と考え、買い替えをためらう(これも私ですね)。
Q.ここで企業が、この両方のタイプ全員に新しいiPhoneを売ろうとするとどうなるでしょうか?
変更を嫌がる人は、「面倒だから、なるべくお金を払いたくない」と考えがちです。そんな人に売るためには、価格をぐっと下げて売らなければいけないかもしれません。嫌がっている人に売るわけですから、価格は安く設定しないといけません。
これだと、企業は本当はもっと高く売れたはずの新商品を安く売らなければいけず、利潤が下がってしまいます。もちろん、企業はそんなことはしません。
では、どのようにすれば最も高い利潤が得られる売り方ができるでしょうか?
それは、「高く買ってくれる人にぎりぎりまで高い値をつけて売り、変更を嫌がるタイプの人はそのまま古いものを安く使っていただく」戦略です。こうすれば、新型iPhoneがほしい人にはめいっぱいの高値(20万円など…)をつけて売ることができます。
つまり、消費者をタイプごとに分けて、売り方を変えるんですね。マクドナルドで新商品を試す人と、いつものセットを頼む人。コンビニで新しいホットスナックを選ぶ人と、いつものおにぎりを選ぶ人。同じような行動の違いは、私たちの日常のさまざまな場面で見られます。
このように、「人が変えるのが面倒くさいかどうか」によって、企業の売り方が変わる可能性があることを経済理論モデルで示し、考えを深めました。この研究では、さらに、企業が情報提供を行うことで消費者自身が「自分がどちらのタイプであるか」を認識する状況も考慮し、より複雑なケースについても検討しています。消費者をタイプ別に分けて販売する企業戦略については、すでに優れた研究が蓄積されていますが、人間の心理に焦点を当てたアプローチについて、今後も掘り下げていきたいと考えています。
しかし、ここで疑問が生まれます。
企業が消費者をタイプに分けて販売することは、果たして社会にとって(私たちとって!)良いことなのでしょうか?
「いやいや、企業が私たちの好みや性格なんて分かるはずがない。自分自身だってよく分からないのに」と思うかもしれません。
ところが実際には、Amazonで商品を買う、YouTubeで動画を見る、Instagramでフォローする、ショート動画を眺める――そんな日々の行動データを集めることで、企業は時に、私たち自身よりも私たちのことを理解しているのです。そうなると、「他の人とおすすめ商品が違う」「同じ商品でも価格が違う」。そんなことがすでに起こっている「かも」しれません。
果たして、私たちは本当に欲しいものを自由に選んでいるのでしょうか。
それとも、知らず知らずのうちに「選ばされている」のでしょうか。
そして、それは良いことなのか、悪いことなのか。(そもそも、良いとか悪いとはどう測る?)
この問題は、単に企業戦略だけでなく、法制度や政治も含め、さまざまな視点から考えていく必要があるのです。
(2025年2月12日)。
D&O保険が企業価値に与える影響の経済分析-保険料負担の隠れた効果-
:D&O保険とは、企業の経営者などが不祥事等で訴えられ、損害賠償を請求されたときのリスクに備える保険のことです。企業の役員を守るために必要なシステムとして広まるD&O保険。しかし、このような保険の存在が、経営者のモラルハザードを引き起こす可能性があるという指摘もあります。つまり、「どうせ保険があるから」と考え、経営者が努力を怠ったり、場合によっては不祥事に手を染めやすくなってしまうことがあるのです。なぜでしょうか?
通常、経営者が不祥事を起こしたりして企業価値を損ねると、株主から「株主代表訴訟」が提訴されることがあります。これはその企業の株主が直接経営者を訴訟できますし、経営者を規律づけるためにも重要な仕組みになっています(=コーポレートガバナンス)。訴訟されて大きな損害賠償を支払うのは嫌だから真面目にがんばろう、という具合に。
しかし、こういう「保険」があるとどうでしょう?人はリスクを忘れて傍若無人な態度になってしまうことはよくあります。誰かに、あるいは何かに守られているあいだは自分事として取り組まないのは私たちも同じです。。。このようにして、D&O保険もまた、本質的にモラルハザードが生じてしまうことになるかもしれません。
さて、それでもこの保険料をちゃんと経営者に払わせていれば、「わたしもいつ訴えられるかわからないし、今月も気を引き締めて経営をがんばろう」と思ってくれるかもしれません。人はお金を払うことに苦痛を覚えますし、それによって、保険に入っていることを思い出さざるをえない。
ではもし、保険料を全額会社が払ってくれるとしたら?
そうしたら、経営者はすっかり保険のことも、将来訴えられるかもしれないリスクも忘れてしまって、真面目に働かず、自分の利益だけを考えようとしてしまうかもしれません。まるで親に守られている子供のように。
私と北星学園大学の南先生は、このことを数学を使って理論モデルで予測をし、データを使って「そんなこと」が本当にあることを実証することができました。つまり、D&O保険料を経営者に払わせると、それがあたかも「ちゃんと働いてますか?」「企業の価値を下げたら訴訟もありますよ」といったように「警告」をする効果をもち、経営者が自分で思い出して頑張ってくれるようになる。これにより、経営者への成果報酬(ストックオプション)の割合が下がる、ということが言えました。頑張ってくれるようになるから、わざわざ成果報酬まで導入して努力の動機付けをする必要がない、ということです。理論モデルで予測したことが実際のデータでも確かめられました(もう少し研究をつづける必要がありますが)。
この話のエッセンスは、日常生活にも役立つかもしれません。例えば、クレジットカードではなく現金で支払うと、出費のたびにちょっとした罪悪感が生まれて節約につながることがあります。また、大学生になって自分でスマホ代を払うようになると、親に口うるさく注意されるよりも、自ら使用を控えるようになることもあるでしょう。
ポイントは、「支払い」が「痛み」になることで、単なるコストではなく、「意識づけ」や「自己管理」のためのツールになり得る、ということです。こうした現象は、行動経済学の分野でも研究されています。この仕組みを知っていると、日々の生活を少し改善できるかもしれませんね。
最後に、D&O保険の話に戻ると、世界の主要な国では、さまざまな理由によりこのD&O保険の保険料は会社が全額負担することがほとんどです。今回の研究は日本独自の、特殊性に着目したのですが、なにか保険だけでなく、将来のリスクに対する人々の心理やお金の負担が及ぼす影響などが少しでも明らかになればよいなと思います(2025年2月12日)。