週刊東洋経済

経済学者が読み解く現代社会のリアル


『どのような格差が是正されるべきなのか』追加情報

週刊東洋経済2021年2月6日号 「経済学者が読み解く現代社会のリアル」『どのような格差が是正されるべきなのか

本稿執筆にあたって、参考にした文献を紹介します。一通り書きましたが、今後も参考のために説明などを書き足していきますので、関心のある方はご覧ください。


・ 本文で紹介している研究は以下になります。

  A Defense of Pluralist Egalitarianism under Severe Uncertainty: Axiomatic Characterization (with Akira Inoue)

 この研究では、不確実性下での分配を評価するための基準を、平等、効率性、合理性の価値原理から導き出しています。多元主義的平等は、どのような他の価値を組み合わせて平等を擁護する考え方ですが、どのような価値が両立可能なのかを明らかにする研究はこれまであまりなされてきませんでした。この論文では、両立可能な原理をより厳密に定式化して、それらの原理から分配評価基準を導き出す形での多元主義的平等の理論を提案しています。


平等主義・分配的正義論

 ・ 広瀬巌 (斎藤拓 訳)(2016)『平等主義の哲学』勁草書房(原著

  第二章で運の平等主義、過酷性批判、価値多元主義に関する説明があります。厚生経済学・社会的選択理論とも関連の深いトピックを扱っていて、経済学を勉強している人にも比較的読みやすいと思われます。原著には日本語版にはない時間や世代間衡平性を扱った章もあります。

 ・宇佐美誠 他 (2019)『正義論:ベーシックすからフロンティアまで』法律文化社

第5章で平等論における「責任」の役割、運の平等主義、過酷性批判、価値多元主義を紹介しています。全体として難しい本ですが、第5章は上掲『平等主義の哲学』の後に読むと、運の平等主義に関連する知識が深まると思います。

 ・ 広瀬巌 編・監訳 (2018)『平等主義基本論文集』勁草書房

 平等主義に関するpath-breakingな論文が日本語訳になって所収されています。巻末の訳者解説も役立ちます。 

 ・ R. Arneson (2013), "Egalitarianism", The Stanford Encyclopedia of Philosophy, Edward N. Zalta (ed.) 

無料で読める平等主義のサーベイです。


過酷性批判については、以下の2つが有名です。

 ・ M. Fleurbaey (1995), “Equal Opportunity or Equal Social Outcome?” Economics and Philosophy 11pp. 25-55.

 ・ E. S. Anderson (1999), “What Is the Point of Equality?” Ethics 109-2, pp. 287–337.

Anderson (1999)は、上掲『基本論文集』に日本語訳が所収されています。


不確実性下の多元主義的平等についてはあまり研究がなかったのですが、最近、以下の論文が発表されました

 ・  T. Rowe and A. Voorhoeve (2019), “Egalitarianism under Severe Uncertainty.” Philosophy & Public Affairs 46-3, pp. 239-268.

 

所得や資産の不平等について

 ・ エマニュエル・サエズ、ガブリエル・ズックマン(山田美明 訳)『つくられた格差ー不公平税制が生んだ所得の不平等』光文社


本稿で、平等に関してお金以外にも様々に考慮する要素があることを書きましたが、以下はお金以外の要素も考慮した平等について

 ・ アマルティア ・セン(池本幸生, 野上裕生, 佐藤仁)(1998)『不平等の再検討』 岩波書店

 ・ アンガス・ディートン(松本裕  訳)(2014)『大脱出ー健康、お金、格差の起源』みすず書房

 ・O. Blanchard and D. Rodrik eds., (2021), Combating Inequality: Rethinking Government's Role, The MIT Press.

コンファレンスがもとになっていて、そちらの動画や発表スライド、論文草稿などがこちらで入手可能です。

 

経済理論における分配的正義論

以下は、より数学的な分析を含んだ経済理論的な関連文献です。

 ・蓼沼宏一(2011)『幸せのための経済学ー効率と衡平の考え方』岩波ジュニア

 ・J. E. Roemer (1996),  Theories of Distributive Justice, Harvard University Press

 ・J. E. Roemer (1998), Equality of Opportunity,  Harvard University Press

鈴村興太郎、吉原直毅(2000)『責任と補償:厚生経済学の新しいパラダイム』 経済研究 51(2),  pp. 162-184. 

・M. Fleurbaey (2012), Fairness, Responsibility, and Welfare, Oxford University Press.


リスクや不確実性下の社会的選択理論

 ・  林貴志(2020)『意思決定理論』知泉書館

意思決定理論の大学院生向け教科書です(数学が得意なら、学部生でも読めると思います。)。第11章に不確実性下の社会的意思決定理論の紹介があり、この分野の端緒となった「ハルサニーの集計定理」の証明や、それに対する事前の公平性の観点からのDiamond (1967, JPE)の批判や「マシーナの母親」の例、その応答としてのEpstein & Segal (1992, JPE)の研究、人々の予測の異なる場合の集計問題など、広範なトピックについて数理的にしっかり解説されています。

以下の2つは、不確実性下の公平性、効率性、合理性の観点から、比較的テクニカルではないサーベイです。Fleurbaey (2010, JPE) が提案した期待平等等価アプローチなど、林 (2020)が扱っていないトピックもいくつか扱っています。

 ・P. Mongin and M. Pivato (2016), "Social Preference and Social Welfare Under Risk and Uncertainty." in Oxford Handbook of Well-Being and Public Policy, Oxford, University Press (Matthew Adler and Marc Fleurbaey, eds).

M. Fleurbaey (2018), "Welfare Economics, Risk and Uncertainty," Canadian Journal of Economics 51, pp. 5-40.

2本目の論文は、事前のパレート条件(本稿での「選好の尊重」)を弱めて、事後の公平性と合理性を追求する方向性を推奨しています。



謝辞

本稿を執筆するに際に、編集者の山本舞衣氏には丁寧な提案や助言などをいただき、大変お世話になりました。また、赤司日向子氏、井上彰氏、大矢江麻里氏、鈴木克実氏、遠山拓也氏、山下和歌子氏から有益なコメントをいただきました。もちろん、内容に関する責任は全て筆者にあります。