Research

種内変異が進化・維持されているメカニズムは?

環境変動は個体群の特性にどのように影響するのか?

種内変異があることは個体群変動にどのように影響するのか?

そんな疑問に答えるため、イカ類の研究を行っています。


【ヤリイカの代替繁殖戦術】

ヤリイカ Heterololigo (Loligo) bleekeri の雄には、成熟サイズが雌より大きい大型雄と、雌より小さい小型雄の2型があります。雄の成熟サイズは、雌をめぐる雄間の競争や雌の好みを通じて、繁殖成功を決定する重要な形質です。ヤリイカの雄には成熟サイズ2型がみられることから、繁殖戦術の違いを伴う生活史多型があると考えられます。しかし、繁殖行動に関する知見はこれまでほとんどありませんでした。そこで、成熟サイズの異なる雄の行動を飼育下で観察することにより、雄のサイズと繁殖戦術との関係を調べました。その結果、より大型の雄が雌への求愛や他の雄への威嚇を行い、雌とペアを形成し、雄が雌を下から抱きかかえるmale-parallel交接により、雌の外套膜内部の輸卵管開口部に精莢(精子の詰まったカプセル)を受け渡しました。一方、小型雄は頭と頭が向かい合うhead to head交接によりスニーキングを行い、雌の口の近くにある貯精嚢の周辺に精莢を渡しました。

強いペア雄とこそこそするスニーカー雄、という代替繁殖戦術は様々な生物種でみられますが、「戦術によってまったく異なる場所に精子を受け渡す」というヤリイカ類にみられる代替繁殖戦術は、他に例がありません。


【繁殖戦術による繁殖成功の違い】

大型ペア雄と小型スニーカー雄それぞれの受精成功を、父性判定により定量化するため、マイクロサテライトDNA多型を用いた遺伝マーカーを作成しました(Iwata et al. 2003)。この遺伝マーカーを用い、飼育実験下で交接行動を観察した後に産まれた卵を父性判定しました。その結果、産卵直前にペアになった雄が高い受精成功を得ること、スニーキングした雄もわずかながら受精に成功することが明らかとなりました。本研究では、雄の受精成功には個体間で大きな差がみられること、その差は異なる繁殖戦術(ペアvs.スニーキング)によることを、頭足類で初めて定量的に実証しました(Iwata et al. 2005)。

上記の飼育実験による結果を野外自然個体群においても検証すること、生態は似ているが精子競争強度が異なると予測されるヤリイカ近縁3種において種間比較を行うことを目的とし、北海道沿岸および南アフリカ共和国St Francis湾、アメリカ合衆国カリフォルニアのヤリイカ産卵場において野外調査を行っています。この研究はDr Paul Shaw (Aberythtwyth University, UK), Dr Warwick Sauer (Rhodes University, South Africa) との共同研究として行っています。


【代替繁殖戦術に適応し、いろいろな形質に現れる2型】

代替繁殖戦術は、雄間に異なる精子競争のリスクをもたらします。ヤリイカは、大型雄はペアになって外套膜内部にある輸卵管の中に、小型雄はスニーカーになって雌の口の周りに、と代替繁殖戦術によって全く異なる場所に精子を受け渡します。この精子受け渡し場所の違いは、受精成功に明確な制約として働きます。このような状況下では、雄の間で精子の使い方に異なる適応がみられると考えられます。そこで、交接をめぐる行動的競争(交尾前性選択)・受精をめぐる精子競争(交尾後性選択)によって、外部形態・内部形態に適応が導かれているかを、詳細に分析しました。その結果、ヤリイカの雄は体サイズは2峰型を示すものの連続的であり、外部形態には明確な2型は観察されませんでした。一方、内部形態(精莢:精子の詰まったカプセル)は、明確な不連続2型を示しました。大型雄は相対的に長い精莢、小型雄は短い精莢を作っていました。このような明確な2型は、大型雄の長い精莢はペア交接で精子を受け渡す輸卵管、小型雄の短い精莢はスニーキング交接で精子を受け渡す口部貯精嚢というそれぞれの場所に適応し進化したと考えられました(Iwata & Sakurai 2007)。

さらに驚くべきことに、大型雄と小型雄では、精子のサイズまで異なることが明らかとなり、小型雄の精子は大型雄の精子よりも1.5倍も大きいことがわかりました。人工授精実験により、小型雄の大型精子・大型雄の小型精子ともに受精能力を持っていることも確かめられました。通常、同じ種の雄が作る精子の大きさはほとんど同じで、これまでは、「雄の個体間で作る精子の数は違っても、その大きさは変わらない」と考えられていました。同じ種の雄で、体の大きさによって繁殖行動が異なり、しかも精子の大きさも異なるという今回のヤリイカのような例が見つかったのは、生物群を通じて初めてのことです。体内と体外では、水の流れによる精子の拡散しやすさ、pHやO2・CO2の濃度といった物理的・生理的状況が大きく異なるので、それぞれの環境に最も適した形や大きさに進化したのではないかと考えられます。これまで精子の形態は主に卵の受精をめぐる精子間の競争により進化したと考えられてきましたが、本研究によって精子の進化における受精環境の重要性が指摘されました(Iwata et al. 2011)。この精子二型の研究は、広橋教貴博士(島根大学)との共同研究として行っています。

ふたつの精子受け渡し場所を持つ、というヤリイカの特徴的な繁殖システムは、生活史多型や交尾後性選択のすばらしい研究モデルとなるでしょう。現在も、繁殖戦術の2型とその適応的意義に関する更なる研究を進めています。