TimeTravel

時間旅行SF映画にツッコんでみた

2021年8月4日 ©羽部正義

はじめに

 SF映画のSはScienceなので、科学から大きく逸脱した場合はSFとは呼べません。そこで特に時間旅行を含むSF映画が、どれだけ当時の科学知識に沿っているかという視点でツッコみます。筆者はこうした映画が大好きなので、楽しみ方のひとつとしてのツッコみをご覧ください。

 前半で取り上げたSF映画は全部で11作品で、古い物から発表準に並べてあります。続編がある映画は、主にその初回作を取り上げています。テレビドラマやアニメ版は除いて、実写版のみを対象に選びました。これらはすべて有名な映画です。

 後半では時間旅行SFに特有の「パラドックス」の取り扱いを中心に、現代の科学知識に沿った時間旅行が可能かをマジメに追求します。でもSF映画のFはFictionなので、話の面白さも含めて筆者に納得のいくSFの境界はどこかを探ります。


番号 題名 公開年

1 タイム・マシン 1960年

2 猿の惑星 1968年

3 タイム・アフター・タイム 1979年

4 ターミネーター‎ 1984年

5 バック・トゥ・ザ・フューチャー 1985年

6 スタートレックIV 故郷への長い道 1986年

7 インターステラー 2014年

8 X-MEN: フューチャー&パスト 2014年

9 アベンジャーズ/エンドゲーム 2019年

10 TENET テネット 2020年

11 トゥモロー・ウォー 2021年

1.タイム・マシン 1960年

 SF作家として有名なH. G. ウェルズが1895年に発表した「The Time Machine」が原作で、未来の人類が廃退した無力なグループと獣化したグループのふたつに分かれるというディストピア物語です。筆者が子供の頃にテレビで放送があり、主人公が自分で発明したクラシックなタイムマシンに乗って未来に時間旅行する場面を覚えています。

 日本だと明治時代末期に相当する19世紀末に、すでに時間が第四の次元であると指摘したり、その次元の中で移動できる機械をタイムマシンと呼ぶなど、原作は今に続く時間旅行SFの元祖となっています。さらに資本主義の行き着く先がディストピアであるという、当時の作者の考え方も原作に現れています。映画は原作に少し脚色が加えられているものの、基本的な筋書きは変わっていません。

 1905年に発表した特殊相対性理論で、アインシュタインは3次元の空間に1次元の時間を足した4次元の時空間という考え方を利用しています。その10年前に発表されたウェルズの原作が、4次元空間を先取りしている点で画期的です。映画の中では、3次元的には動けないタイムマシンが未来に進む事で岩の中に閉じ込められるなど、面白い描写もあります。主人公は現在に戻って友人に未来の話をするけど、誰にも信じてもらえず再び未来に旅立って帰って来ない、というシーンで映画は終わります。

 タイムマシンが時間を移動中に外の風景がどんどん変化するシーンは映画ならではの表現で、時間旅行がどのようなものかをよく表しています。また80万年後という遠い未来に移動するので、過去に戻る物語と違ってパラドックスの心配はありません。19世紀末の科学知識と較べて明らかに矛盾する点はないので、ツッコみどころもありません。そのかわりタイムマシンの原理やエネルギー源などは説明がなく、筆者には物足りなさが残ります。


2.猿の惑星 1968年

 シリーズものの初回作で、筆者も子供のころテレビで観ました。どこか遠くに行ったアメリカの準光速宇宙船が、自動操縦で地球に帰る途中に猿が支配する惑星に不時着するという話で、チンパンジーが人間化したような猿が英語をしゃべるのが衝撃的でした。ラストのシーンで地上に突き出た「自由の女神像」が示唆するように、主人公は実は未来の地球に帰っていたというのがオチです。

 準光速宇宙船なので、船内時間が地球時間よりずっと遅く進むというウラシマ効果(昔話の「浦島太郎」より)を使っています。これは1968年の科学知識と較べて正しく、ここにツッコみどころはありません。主人公たちは、あらかじめ700年後の未来の地球に戻る事を理解した上で宇宙旅行に出かけており、準光速宇宙船が未来に行くタイムマシンとしても使える事を示した始めての映画です。700年ないしは2000年後の未来なので、チンパンジーが進化して言葉をしゃべるのも、ぎりぎりでアリとします。猿と人間の対比は現代の人種問題を示唆するので、原作者は本作を社会的ファンタジーだと考えていました。

 強いて言えば、なぜ猿の知能が向上して言葉をしゃべるようになったのかが曖昧で、これが続編を生み出す原動力になります。でも20世紀フォックスは続編の中で、これを「未来から知能化した猿が過去の地球にもどった」ことにして、本当の理由を提示しませんでした。このように過去へ行くとパラドックスが起きるので、続編の4本はどれも初回作を上回る内容とはならず、筆者も映画館で観た覚えがありません。


3.タイム・アフター・タイム 1979年

 タイム・マシンの原作を書いたウェルズを主人公とし、彼が実際にタイムマシンを発明した事にして、1888年に起きた未解決の「切り裂きジャック」事件と絡めた物語です。この映画の中でウェルズは、1979年のサン・フランシスコに時間旅行しています。ところがこのタイムマシンは空間移動できないので、英国にあったタイムマシンは、サン・フランシスコで開催された「ウェルズ展」の陳列物のひとつという形で米国に運ばれた事になっています。ハラハラどきどきのサスペンス映画で、主人公のウェルズと銀行員のエイミーとのロマンスも物語の柱になっていて、大ヒットした作品になりました。

 1979年の科学と較べて、明らかに矛盾する点はタイムマシンそのものです。ここでもタイムマシンの原理やエネルギー源などの説明はなく、「もし本当にウェルズがタイムマシンを発明したら」という視点で物語が進みます。過去の人であるウェルズが現在のサン・フランシスコで遭遇する数々のエピソードが笑いを誘い、「切り裂きジャック」の犯人が起こす凄惨な事件とバランスを取っています。初見の時には気付かなかった点として、タイムマシンが長持ちするという発見があり、作ってから80年以上経つタイムマシンが1979年にもちゃんと動くという点が不思議です。大きなパラドックスもなく、よく練られた脚本が光ります。何度観ても楽しめる作品です。


4.ターミネーター‎  1984年

 ムキムキの元ボディビルダー、アーノルド・シュワルツェネッガーが悪役のターミネーターを演じたこの映画も、予想に反して大ヒットとなり複数の続編が作られました。その初回作では、45年先の未来から殺人ロボットと未来の人間が1984年のロサンジェルスに時間旅行し、死闘を演じます。時間旅行をするには生物の外皮が必要という制約があり、ロボットも外見上は屈強な人間の姿をしています。

 時間旅行の原理についての説明はなく、1984年の科学知識と較べてツッコめるのは「サラの息子の父親が未来から来た人間」という部分と、「時間旅行できるのは生物の外皮をまとったものだけ」という部分です。サラの息子は未来の人類の指導者ジョン・コナーなので、因果関係に輪ができてしまい、鶏が先か卵が先かという状況になっています。ただし人間の外見をもったロボットがどうしても必要なので、科学的説明はないけど時間旅行に生物の外皮が必要というのは許しましょう。場所をロサンジェルスにした事でロケ費用も節約でき、7億円という低予算に対してその十倍以上の売り上げを得ています。

 このシリーズには続編が5本も作られ、初回作にどれだけ人気があったかが分かります。ただし話としては初回作で完結しているため、続編では初回作にあった未来が変わったり、肝心のジョンが少年の時にターミネーターに殺されたりと、初回作を否定するような筋書きも出てきました。ファンとしては複雑な心境です。

 もちろん機械側にタイムマシンを作れるほどの科学力があれば、わざわざ指導者の母親を狙わなくても、人間との負け戦の直前に殺人ロボットを送り込めば良さそうですが、それでは映画にならないので、やはり後知恵で続編を作ると失敗するという例になってます。


5.バック・トゥ・ザ・フューチャー‎ 1985年

 スケボー少年のマーティンが、天才科学者ドクの発明した自動車型のタイムマシンを試験中に、テロリストに襲われて30年前の過去に時間旅行するお話です。独身時代の自分の父と母に会うなど、笑える場面もたくさんあります。これも大ヒットした事で続編がふたつ作られました。初回作の終わり方が良くて、無理なく次回作に続いています。

 1985年の科学知識と較べて、一番の突っ込みどころはタイムマシンの動作原理でしょう。フラックス・キャパシタなる装置や時間旅行に必要なエネルギー量も不可解です。でも全体がコメディー調なので違和感がありません。また自動車がタイムマシンなので時間だけでなく空間も移動でき、話の幅が広がっています。時速88マイルになると時間旅行ができるという点もなぜかという説明はないので、受け入れるしかありません。

 マーティンが過去を変えた事で自分が生まれなくなるという危機があり、それを映像的に表すために写真の中のマーティンが消えかかるという表現がありました。もちろんそうなるとタイムマシンを試験するマーティンもいなくなるので、これはパラドックスの入り口です。でも観客は既にマーティンの調子に乗せられているので、一緒になってハラハラします。映画の最後は、マーティンが過去を少し変えた事で彼にとっての現在も変わり、ハッピーエンドになっています。


6.スタートレックIV 故郷への長い道 1986年

 日本でもかつて「宇宙大作戦」の名前でテレビ放送されたドラマを映画化したもので、その4番目にあたります。テレビシリーズは筆者も子供の頃よく観ていました。6本製作された映画の中で一番ヒットしたのが、4番目の「 故郷への長い道」です。

 23世紀の地球に謎の探査船が近づき、海中のザトウクジラと交信しようとします。ところがザトウクジラは21世紀に絶滅していたため、主人公カーク提督とそのクルーたちが宇宙船をタイムマシンとして使って、1986年の地球を訪れるという話です。

 太陽のごく近くを通る軌道を超光速のワープスピードで駆け抜ける事で時間旅行できるというアイデアは、この映画で始めて使われた訳ではありません。テレビシリーズのエピソードのひとつに「宇宙歴元年7・21」(Tomorrow Is Yesterday)があり、やはり宇宙船エンタープライズ号を同様の方法でタイムマシンとして使っています。このエピソードは過去を変える事がどれだけ危険な事かという教訓にもなっていて、テレビシリーズでは安易に時間旅行を使いません。

 1986年の科学知識と較べると、スリングショットという質量の大きな惑星の近くを宇宙船が飛ぶ事で加速したり減速したりする方法が目新しく、これとワープスピードを使って時間旅行ができるという筋立ては悪くありません。もちろんワープ航法は20世紀には実現せず、過去に戻る時間旅行も不可能とされていて、飛躍がある事は確かです。でも最新の科学知識になるべく沿った形で時間旅行を行うという姿勢は立派です。


7.インターステラー 2014年

 いきなり2010年代の映画となり、これなら観たことあるよという人も多いでしょう。近未来の地球が異常気象に襲われ、人類が地球以外の居住可能な惑星をさがすというお話です。2017年に重力波の検出でノーベル物理学賞を受けたキップ・ソーン博士というアメリカの理論物理学者が映画の科学コンサルタントを務めており、映画に登場する巨大ブラック・ホールの映像は2014年の科学知識に基づいています。映画は大ヒットし、クリストファー・ノーラン監督の代表作になりました。

 主人公のクーパーとそのクルーは、土星付近にある「彼ら」が設置したワームホールを通って遠くのブラックホールの近くにある水の惑星を探査します。強い重力場では時間がゆっくり進むという一般相対性理論の示す通り、水の惑星における1時間は地球時間の7年間に相当すると知りながら、事故により水の惑星上に足止めされ、地球時間の23年後に探査から戻って地球とワームホール経由で交信します。つまり惑星探索の結果として未来に時間旅行してしまった訳で、ツッコみどころは「そんな強い重力場の中にある惑星から短期間で宇宙船が戻ってこられるのか」という点です。

 そのあとクーパーとロボットはブラックホールに落ちていき、「彼ら」が作った超空間の中で過去の自分や娘を発見します。クーパーやロボットが潮汐効果でバラバラになる事なく超空間に入れたのは奇跡です。ここでクーパーは、ロボットが集めたデータを成人した娘に送り、人類が宇宙で生き延びる手助けをします。するとこの超空間が消えて、クーパーは宇宙服のまま土星の近くに漂っている所を人類に助けられるという筋書きです。この場合過去に送ったのはモールス信号で、クーパー自身は時間旅行をしていません。もっとも「彼ら」が未来の地球人だとすると、過去にもどってワームホールを作った事になるので、曖昧にされた「彼ら」は実は過去への時間旅行ができる可能性があります。でもそこは謎のままなので、ここでは追求しません。そのかわりにツッコむのはワームホールです。2014年の科学知識によるとワームホールは作成可能だけど、莫大なエネルギーが必要とされています。またワームホールは不安定なため、その中を宇宙船が通過する事も不可能とされています。映画の都合上、ここは「彼ら」と同じく謎です。


8.X-MEN: フューチャー&パスト 2014年

 センチネルというロボット軍団に追い詰められた2023年の超能力者たちは、過去を変える事で人類との戦いを回避すべく、キティ・プライドの超能力を使ってローガン/ウルヴァリンの精神だけを1973年のローガンに送り、その体を乗っ取ります。 実質的にローガンは時間旅行者となり、超能力者が普通の人間と共存できるように歴史を変えます。それに成功した瞬間、ローガンの精神はもとの体にもどり、かつての仲間と新しい現実にいる自分を発見します。

 この映画のツッコみどころは、精神だけを超能力で過去の自分に送るという発想そのものです。2014年の科学知識には、そうした超能力についての記述がありません。超能力そのものが科学を越えた存在なので、ファンタジーとして受け入れるしか手がありません。


9.アベンジャーズ/エンドゲーム 2019年

 強敵サノスと戦う中で、アベンジャーズは量子力学を利用して過去に時間旅行し、6個のパワーストーンを集めます。前作で消された生物をパワーストーンで復活させた後アベンジャーズはサノスに勝利し、キャプテン・アメリカが6個のパワーストーンを過去に返しに行くと、なぜか彼は現在に戻ってこず、近くのベンチに年老いたキャプテン・アメリカが座っていたというお話です。

 2019年の科学知識と較べて、量子力学を使った時間旅行という点が斬新です。詳しい説明はないので、量子レベルまで小さくなれるピム粒子とともにその過程は謎となっています。ツッコみどころとしてはタイムラインでしょうか。時間旅行で過去に行ったアベンジャーズは実際に過去を変えています。ロキが地球上から逃げたり、キャプテン・アメリカが時間旅行から戻らなかったため、複数のタイムラインが出来ています。これは次の複数の映画につながる伏線になっており、今後どうこの伏線を回収するかが楽しみです。

 複数のタイムラインがあるという事は平行宇宙があるという事なので、それ自身は2019年の科学知識と矛盾しません。ただし平行宇宙の間を誰かが行き来できるとなると、それは科学を越えた空想です。そもそもパワーストーンが科学を越えているので、SFよりもファンタジーに近い映画です。


10.TENET テネット 2020年

 新型コロナ・ウイルスが感染症を拡げる中で封切りされた、クリストファー・ノーラン監督の映画です。未来の地球人が発明した最終破壊兵器「アルゴリズム」と、物体のエントロピーを逆転させて時間を逆行できるようにするターンスタイルという装置が登場します。主人公は謎の組織TENETにスカウトされて、第3次世界大戦を阻止すために「アルゴリズム」を探します。いわゆるタイムマシンは登場せず、1週間前の過去に戻るには1週間分の時間を使って逆行する必要があります。なお順行しても未来に行くことはできません。

 まず映画の根幹をなす「時間を逆行する」という部分は、2020年の科学知識と較べると矛盾します。エントロピーが時間とともに増大するのは経験則で、科学的には可能性の数つまり確率で説明されています。なんらかの方法でこれを逆転するというのは、映画の中で説明もないし科学的にも不可能です。そもそも時間とは何かが分かっておらず、未来の地球人に聞かないとこの矛盾は解消できません。

 ただしこの映画においては、時間を逆行する事でパラドックスは起きていません。すべては運命のように進み、主人公が何をしても結果的にそれは伏線に沿った既知の出来事になります。時間に逆行するチームと順行するチームが同時に敵をやっつけるシーンは秀逸で、映画を見終わったあと内容について考える時間がたっぷり必要です。


11.トゥモロー・ウォー 2021年

 30年後の未来の地球はホワイトスパイクというエイリアンに侵略されており、劣勢の人類は過去の地球から兵士を集める事でエイリアンとの戦争に勝とうとしていました。陸軍特殊部隊出身のダンは、徴兵検査において自分が自動車事故で7年後に死ぬ事を知らされ、娘の未来のために徴兵仲間と一緒に未来にジャンプします。

 2021年の科学知識と較べると、ワームホールを使った時間旅行をほんの30年後の人類が実現した事に驚きます。それだけの科学力があれば、猛獣のようなエイリアンなどすぐに退治できそうというのが最初のツッコみです。次のツッコみは、空も飛べないエイリアン相手になぜ核兵器を使わなかったのかという点です。なお映画の中で未来人は過去に人を送る時に30歳未満の人を選び、徴兵検査では30年以内に死ぬという記録がある人だけを選んでいます。これは過去や未来で自分自身と出会うと生じるパラドックスを避けるためだと映画の中で説明されています。

 でも主人公たちは1週間の兵役のあと自動的に30年前の地球に戻り、2023年においてエイリアンが乗っていた宇宙船をツンドラの中で発見し、1匹を除いて爆薬で冬眠中のエイリアンを全部、乗っていた宇宙船ごと爆破します。残った1匹も未来から持ってきた毒薬で殺すと、ハッピーエンドになります。でも実はここでパラドックスが起きており、2023年にエイリアンを退治したため、2051年にはエイリアンとの戦争は起きず、2022年のダンが徴兵される事もなくなります。これが一番大事なツッコみです。



タイムスリップもの

 ここまでで取り上げた11本の映画では、主人公が意図して時間旅行をしています。これに対して、主人公が意図せず過去や未来に送られてしまうという「タイムスリップもの」という映画もあります。超自然現象に巻き込まれて、気が付いたら別の時代にいたという話です。例えば「戦国自衛隊 1979年」では、21名の自衛隊員が戦車やヘリコプターごと戦国時代にタイムスリップして、戦国武将たちと近代兵器で戦います。同様に「ファイナル・カウントダウン 1980年」では、アメリカの原子力空母ニミッツが第2次世界大戦の真珠湾攻撃の前日にタイムスリップして日本海軍と戦います。

 「タイムスリップもの」にはタイムマシンは存在せず、なぜタイムスリップが起きたのかの説明もほとんどありません。SFではなくファンタジーに分類される話で、もし別の時代に飛ばされたら主人公たちはどうするのか、またそれはなぜなのか、というのが主題の映画です。低予算でも面白い映像が作れるので、映画だけでなくテレビドラマや漫画にもよくこの設定が使われます。例えば、現在の医者が江戸時代末期にタイムスリップする「JIN-仁- 2009年」が有名です。現在の医学知識を持った主人公は幕末で自らペニシリンを作るなど、患者を助けるために孤軍奮闘します。その結果彼は過去を変えてしまい、再びタイムスリップで現在に戻った時に、以前とは違う現実に驚きます。


予知能力

 たった1秒でも未来で何が起きるかを予知できるなら、時間旅行と同等の影響があります。他にも夢で見た事が実際に起きるとか、未来から情報のみが現在に送られて、例えばこれから起きる第3次世界大戦を現在の人々が阻止するというような話も時間旅行に近い話となります。情報だけを送る場合は大がかりな装置は必要なく、そのぶん科学的な説明も省けるので、「マイノリティ・リポート 2002年」のような独創的な設定が可能です。


パラドックスの扱い

 時間旅行を含む映画やドラマで大事なのがパラドックスの扱いです。例えば「祖父殺しのパラドックス」では、主人公が過去に戻って自分の祖父をまだ子供の頃に殺してしまうと、自分が生まれなくなり自己矛盾が生じます。このようなパラドックスは未来に行く場合には生じません。でも未来に行ったきりで過去に戻れないと話としては面白くないので、ほとんどのSFでは過去への時間旅行があり、パラドックスが生じます。

 パラドックスの扱いには主に3種類の方法が使われてきました。まず最初は「①どうがんばってもパラドックスが起きない」というもので、自分の祖父をまだ子供の頃に殺そうとしても、かならず失敗するという筋書きです。次の方法は「②自由意思を否定する」というもので、主人公は知らないけれど過去に祖父殺しは既に起きており、主人公はただ運命のようにそれを過去にもどって実行するという筋書きです。当然ここには祖父が子供の頃に殺されているにもかかわらず、主人公が生まれているという現実の説明が必要となります。(例えば祖父のクローンが存在するなど。)そして最後の方法が「③複数のタイムラインを許す」というもので、主人公が過去に戻った段階で宇宙がふたつに分岐し、もとの宇宙では祖父も主人公も存在するけど、新しい宇宙では祖父が殺され主人公は生まれないという新しい現実になります。これはどんな事でもなかった事にできるので、使い方を誤るとむちゃくちゃな話となります。

 大体の映画やドラマが採用したのは最後の「③複数のタイムラインを許す」という方法で、過去に戻って主人公が問題を解決すると、問題が解決した宇宙と解決しなかった宇宙のふたつに分岐します。ハッピーエンドの裏で、問題が解決しなかった宇宙も存在すると観客が気付いてしまうと興ざめなので、そこをどう誤魔化すかは脚本家の腕にかかっています。では前半で取り上げた11本の映画について、それぞれのパラドックスの扱いを見てみましょう。


1.タイム・マシン 1960年

 この映画ではパラドックスが起きていません。主人公は80万年後の未来で活躍し、その話を現在に戻って友人に披露します。でもその結果何も変わらないので、パラドックスを回避しています。最後のシーンで主人公が未来に行ったきり戻ってこない事が明らかにされ、主人公が現在に戻れなくなった事を示唆しています。


2.猿の惑星 1968年

 この映画でもパラドックスは起きていません。主人公たちは未来の地球に行ったので、過去には行ってないからです。準光速で飛ぶ宇宙船をタイムマシンと呼ぶかどうかはさておき、現代の科学知識でも可能な未来への時間旅行はパラドックスとは無縁です。同じような時間旅行は人工冬眠でも実現でき、ハインラインの名作小説「夏への扉」に登場します。


3.タイム・アフター・タイム 1979年

 この映画には直前の過去に戻るシーンがあり、主人公とヒロインが悲劇を避けようとして努力するものの、やはりこの悲劇は起きてしまいます。つまり「①どうがんばってもパラドックスが起きない」という筋書きです。また最後のシーンでヒロインが主人公と一緒に19世紀末に戻り、当時としては革新的な考え方を広めたという説明が入ります。これも①の考え方と同じです。


4.ターミネーター‎  1984年

 この映画では主人公のサラ・コナーは時間旅行せず、ターミネーターが過去を変えようとして失敗します。その意味では「①どうがんばってもパラドックスが起きない」を採用したように見えます。でも「②自由意思を否定する」の可能性もあり、最初からサラ・コナーがジョン・コナーを生み育てる事がターミネーターの前提になっているので、ターミネーターにもし自由意思があれば、それが否定されたと解釈する事も出来ます。ジョン・コナーの父親がサラ・コナーを助けるために未来から送られてきた人間なので、ここに因果関係の輪ができており「②自由意思を否定する」形になっています。


5.バック・トゥ・ザ・フューチャー‎ 1985年

 この映画ではパラドックスの修正が主題になっていて、主人公はやたらと過去を変えています。ただし致命的なパラドックスは避けているので、パラドックスの取り扱いには問題がありません。ドクがテロリストの銃撃を生き延びたのは、マーティが過去のドクに警告するメモを残したからで、ここには「②自由意思を否定する」が透けて見えます。


6.スタートレックIV 故郷への長い道 1986年

 主人公とクルーは過去の地球に時間旅行し、透明アルミニウムなど未来の知識を過去に残していきます。それでも致命的なパラドックスは回避しているので、テレビシリーズの名作エピソード「宇宙歴元年7・21」や「危険な過去への旅」から十分な教訓を得ているものと考えられます。

 なお酸化アルミニウムの結晶はサファイアであり、純粋な結晶として作れば無色透明になります。従って透明アルミニウムは、コストも無視すればサファイアとして実現可能です。


7.インターステラー 2014

 この映画には深刻なパラドックスはないけど、過去の自分や娘に向けて主人公が超空間から信号を送るというシーンがあり、因果関係の輪が閉じていて「②自由意思を否定する」に相当します。でもそれを観客に感じさせない筋立てが良く出来ています。あくまでも主人公がベストを尽くした結果、過去の自分や娘に向けて信号を送ることができたという流れです。


8.X-MEN: フューチャー&パスト 2014年

 この映画のパラドックスは、ローガンが過去を変えた事で超能力者と人類との戦いは回避され、ローガンは過去に行く必要がなくなったというもので、精神だけが過去に送られたという設定をうまく使い、ハッピーエンドに収めています。実際に過去を変えたため、ローガンにとっての現在も変わっています。ただし、以前の歴史を覚えているのはローガンとプロフェッサーXだけというオチがあります。パラドックスは確実に起きており、その扱い方が特殊です。超能力のおかげで見事に不都合な過去がリセットされています。


9.アベンジャーズ/エンドゲーム 2019年

 この映画は「③複数のタイムラインを許す」を採用しています。原作のコミックがそうなっている以上、映画にはあまり自由がありません。でも平行宇宙の間を自由に行き来できれば色々なヒーローを登場させる事ができるので、あまり頻繁に過去に行かなければ面白い展開が期待できます。どんな事もなかった事にできるので、さじ加減が大切です。


10.TENET テネット 2020年

 これは「②自由意思を否定する」を採用した映画です。主人公は最後になって自分がTENETの創始者だったと分かり、そこで因果関係の輪が閉じます。相棒のニールが運命に従って殺されるのも、すでに起きた事だから受け入れるしか手がありません。でも映像が圧倒的に素晴らしいので、観客はノーラン監督が見せる世界について行くのがやっとで、パラドックスについて考える暇がありません。


11.トゥモロー・ウォー 2021年

 この映画は「③複数のタイムラインを許す」を採用しています。映画の中でわざわざパラドックスの危険について説明しているにもかかわらず、最後でエイリアンを倒すために致命的なパラドックスを起こしており、主人公は問題が解決していない宇宙に自分の娘を残しています。問題が解決した宇宙では主人公が生き方を改めたので、7年後の自動車事故も回避したと思われます。筆者としては、エイリアンに負けた人類のその後が心配です。


パラドックスと因果関係

 パラドックスとは矛盾した因果関係の事です。祖父がいるから親が生まれ、親がいるから自分が生まれるという因果関係に対して、自分が過去に戻って祖父を子供のうちに殺してしまうと、この因果関係に矛盾が生じます。自分がいるから祖父が死ぬという形で因果関係を閉じてしまうと、祖父殺しのパラドックスになります。

 ところが致命的でない因果関係の輪は、時間旅行を含むSFにはよく登場します。例えば「インターステラー」では主人公が過去の自分と娘に信号を送って、過去の自分が秘密の場所でロケットを発見する原因となっています。因果関係の輪があるというのは「②自由意思を否定する」と同等で、人はただ運命に従って生きるという考え方になります。そこでは未来はすでに決まっていて、人はただ神様が定めたシナリオに従って動くだけです。同じ事は「TENET テネット」にも見受けられます。主人公は未来の主人公が創設した組織TENETの指令を実行し、すでに決まっている未来のために命を賭けて戦います。


 実は相対性理論で有名なアインシュタインも、未来はすでに決まっていると考えていたひとりです。彼は「神様はサイコロを振らない」という言葉で量子力学を批判しました。「観測される現象が偶然に選ばれるという量子力学のあいまいさ」に納得せず、量子力学的現象が確率によって起きるという考えに反対しました。すべての変数の現在の値が分かれば未来は計算できるというのが古典力学の考え方で、隠れた変数があってその値が分からないから確率的に起きるように見えるという主張です。

 量子力学の考え方を説明する思考実験が「シュレーディンガーの猫」です。外から中は観測できない箱の中に、猫と放射性物質が入っています。この放射性物質は1時間あたり50%の確率で原子崩壊して、同じく箱の中にあるガイガー検出器でこの崩壊が分かります。この箱には物騒な事に毒ガスの入ったガラス瓶もあり、ガイガー検出器が崩壊を検出するとハンマーが毒ガスのガラス瓶を割るので、中の猫はたちまち死んでしまいます。箱の中の空気は猫が数時間生きられるぐらいたくさんあります。ではこの箱に哀れな猫を入れてから1時間後に、この猫は生きているのか、それとも死んでいるのかというモデルです。

 外から中は観測できないので、1時間後にこの猫は50%の確率で生きており、50%の確率で死んでいます。量子力学の立場からは、箱の中には生きている猫と死んだ猫が重なって存在していると見なします。箱を開けたとたん猫の運命が決まり、それまでは猫の生死は確率でしか表せません。ここでは放射性物質の崩壊が確率でしか決まらないので、巨視的な現象である猫の生死まで確率が左右するという例です。

 未来は確率に左右されるのか、それともすでに運命として決まっているのかは筆者にも分かりません。自由意思があると思えば運命論は受け入れられないので、未来はひとつとは限らず、タイムマシンが到着するのはもっとも確率が高い未来となります。逆に未来がひとつしかないとすれば、複数のタイムラインは存在できないので「③複数のタイムラインを許す」という方法が使えず、多くのSF作家は困ってしまうでしょう。


現代の科学知識と時間旅行

 現代(20世紀以降)の科学知識を使うと、未来に行く一方通行の時間旅行はウラシマ効果により可能です。これは「猿の惑星」で使われた方法で、光速に近い速度で飛ぶ宇宙船の中の時間は、地上の時間と較べてゆっくり進みます。同様に強い重力場の中でも時間はゆっくり進むので、「インターステラー」でもウラシマ効果が登場します。つまりタイムマシンがなくても、宇宙船を使えば未来に行く事は可能です。ただし過去には戻れません。

 それではワームホールはどうでしょう。ワームホールとは時空間の一点を別の一点と結ぶトンネルのようなもので、高次空間を通る事で近道ができるというアイデアです。「インターステラー」の制作陣にも名を連ねるキップ・ソーン博士が1988年に発表した論文では、「もし負のエネルギーをもつ物質が存在するならば、通過可能なワームホールはアインシュタイン方程式の解として存在しうる」となっているので、これを使えば未来にも過去にも行けそうです。SF作家はさらにワームホールを使って平行宇宙に行く事も空想しています。

 これに対して「スタートレックIV 故郷への長い道」では、太陽の近くでワープスピードでスリングショットをすると過去または未来に行けるとされています。普通スリングショットは惑星に対して宇宙船が行うもので、公転軌道上の惑星に背後から近づけば宇宙船の速度が上がり、前から近づけば宇宙船の速度が下がります。惑星をもっと重力の大きい太陽に置き換えて、ワープスピードでスリングショットすれば時間旅行ができると言うミスター・スポックが正しいとすると、過去に行くか未来に行くかはどうやって選ぶのでしょう。残念ながらその点は明らかにされていません。

 ここまでは宇宙船を使って時間旅行するというアイデアでした。でも地球上でタイムマシンを使って地球の過去や未来に行くにはどうしたらいいでしょう。「タイム・マシン」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー‎」のように天才科学者がタイムマシンを発明してくれるか、あるいは「TENET テネット」や「トゥモロー・ウォー」のように未来の地球人が特別な機械を発明してくれるのを待つのでしょうか。すると、まだだれも未来の地球人と会った事がないので、いつまで待ってもそんなタイムマシンは出来ないと考えるのが妥当です。もちろん、そうした未来の地球人が現在にいても気付かれないように隠れているという可能性はあります。あるいはパラドックスの危険があるので、地球の過去には来ないというルールがあってもおかしくありません。いずれにせよ他力本願では時間旅行はできません。

 時間の進み方が速度や重力によって違うので、少なくとも時間の進み方を遅くする方法なら我々は知っています。そのかわり時間の進み方を加速する方法や、進む方向を逆転させる方法は知りません。またエントロピーを増やしたり減らしたりする方法なら知っているけど、エントロピーを「逆転」させる方法を我々は知りません。


 物体の速度の上限が光速度であり、その速度では物体の質量が無限大になるので、そこまで物体を加速する事はできません。ただし、もし光速度より速く飛ぶ宇宙船があれば、その中では時間が逆転する可能性があります。でもそうなると宇宙船が時間をさかのぼるので、いずれは部品に分解されてしまいます。「タイム・アフター・タイム」でもタイムマシンは未来に行く場合それだけの時間存在した事になっており、そうするとタイムマシンはそれが作られた時点より過去には行けないという設定も可能です。

 浦島太郎の物語では、主人公の浦島が玉手箱を開けたことで急に歳を取り、おじいさんになってしまいます。同様にもしタイムマシンで未来に行けても、時間を加速した事で自分も急激に歳をとってしまうと困ります。これを避けるには、タイムマシンとその中にいる人の時間は加速も逆転もしない、という設定が必要です。現代の知識では、光速に近い速度で飛ぶ宇宙船や強い重力場の中では時間が減速するので、宇宙船も乗組員も若いままとなり、未来に行っても歳はとりません。


エネルギー保存の法則

 エネルギー保存の法則は別名熱力学第一法則とも呼ばれ、孤立系のエネルギーは質量も含めれば時間とともに増減しないという経験則です。実はこれは時間旅行と矛盾しません。まずウラシマ効果を使って現在から未来に行く場合を想定しましょう。現在ある宇宙船は未来にも存在します。宇宙船とその中の時間の流れが遅くなっただけなので、タイムマシンのように現在から未来にジャンプした訳ではなく、現在と未来の間でエネルギーの差はありません。次にタイムマシンを使って現在から未来にジャンプする場合を考えましょう。タイムマシンが現在世界から「消えて」未来世界に「現れる」と考えると、タイムマシンの質量分だけ現在世界のエネルギーが減って未来世界のエネルギーが増えるように見えるので、エネルギー保存の法則に反します。でもタイムマシンがワームホールを使っている場合、現在世界と未来世界はひとつの世界としてワームホールでつながっているので、両者を合わせたエネルギーは変わりません。つまり「孤立系」としてどこまでを含めるかがカギです。同様にタイムマシンで何らかの方法を使って現在から過去に行く場合、やはり現在と過去がどこかでつながるので両者を合わせたエネルギーは変わりません。


ワープ航法

 スタートレックで有名になったワープ航法とは、一般的には宇宙船を包む時空間を泡と考えて、この泡の前方の時空間を縮小し、泡の後方の時空間を拡大することで泡ごと前進するという方法です。泡の中では宇宙船が光速未満の速度で進むので、物体の速度の上限が光速度という制限には引っかかりません。でも時空間を縮小するには強力な重力が必要で、逆に時空間を拡大するには強力なダークエネルギーが必要です。どちらも今の物理学では不可能なので、このまま2063年にゼフラム・コクレーンがワープ航法を発明するまで待つか、あるいは別の方法でワープ航法を手に入れるしかありません。

 ではワープ航法をタイムマシンに応用する方法を考えてみましょう。太陽の近く、つまり強い重力場をワープ航法で駆け抜けると時間旅行になるという方法には、何の理論的根拠も提示されていません。ミスタースポックもそこまで説明する必要はないと考えたようで、彼を全面的に信頼するカークやスコットは、この方法をあっさり受け入れています。

 タイムマシンは過去にも未来にも行けるのがミソなので、過去に行く方法があるなら未来に行く方法も必要となり、なんらかの方法で選べるようにしなければなりません。そこで太陽が自転している事を利用して、その自転と反対の方向で太陽に近付けば過去にジャンプし、自転と同じ方向で太陽に近づけば未来にジャンプすると仮定します。回転する太陽はまわりの時空間を引きずるので、引きずられた時空間の中でワープ航法を使うと時間旅行ができるという算段です。惑星に対するスリングショットからの類推です。

 あとはワープ航法と引きずられた時空間の相互作用で、宇宙船のワープエネルギーが時間旅行するエネルギーに転換されると仮定すれば、映画の描写とだいたい辻褄が合います。時間旅行した宇宙船は目的の時代に到着すると宇宙に浮遊しており、ワープ航法で使ったエネルギーを失っていると考えられます。



時間とは何か

 筆者は学者ではないので時間の厳密な定義は知りません。空間内の移動には必ず時間がかかります。また時間内を過去から未来に移動する時にも、移動した分だけの時間がかかります。そう考えれば我々は常に過去から未来に行く時間旅行をしていると見なせます。ただし10年後の未来に行くのに10年かかるのでは、便利なタイムマシンとは呼べません。同じく「TENET テネット」では、ターンスタイルを通過する事で自分や物体の時間を逆行させる事ができるけど、10年前の過去に行くには10年かかります。これもあまり便利なタイムマシンとは言えません。

 つまり移動に時間は不可欠で、空間内の移動だけでなく時間内の移動にも時間がかかります。もしゼロ時間で空間内を移動できないと仮定すれば、同じくゼロ時間で時間内を移動できないと考えるのが自然です。ただしSFの世界には「テレポート(瞬間移動)」というアイデアがあるので、超能力者にとってはゼロ時間での空間内移動も可能です。ところで電子など素粒子のレベルでは波としての振る舞いがあり、一定の確率でポテンシャルの壁を抜けて反対側に行く事ができます。トンネル効果と呼ばれる物理現象で、ゼロ時間ではないものの「テレポート」に近いものがあります。


 少し脱線すると、スタートレックに登場する転送装置は超能力を使わないテレポートです。こちらの転送装置で生物や物体を情報に分解し、転送ビームに乗せてむこうの転送装置に送り、そこで情報から元の生物や物体を再現します。分解や再現にはそれなりの時間がかかるのでゼロ時間とはいきません。そのかわり転送装置の外にあるものを転送する事もでき、現代の科学知識では最も不可解な技術となっています。エンタープライズ号と地球との間の移動に使われるだけでなく、他の星系にある惑星と地球との間の移動にも使われるなど高度な技術なので、その故障は時に致命的となり、また平行宇宙へ移動する手段ともなります。そこまで出来るなら時間旅行もできそうな気がするのは筆者だけでしょうか。


 それはさておき、時間とは何かという問いに戻りましょう。移動と時間は不可分だと考えると、時間とは何かの移動を使って表すものとなります。時計の針が移動する角度や、太陽の位置を使って人は時間間隔や時刻を決めています。ではすべてのものが静止している世界には時間はないのでしょうか。少なくとも時間を表す移動がない以上、その世界には実質的に時間を測るすべはありません。すべてのものが静止している世界は、ミクロでみれば絶対零度の世界です。でも放射性物質は絶対零度でも崩壊するので、やはり時間はあります。さらにマクロで見れば太陽系ですら天の川銀河の中を回転しており、すべてのものが静止している世界はありません。

 我々が知る限り時間が減速する場所はあるものの、時間が加速したり逆転したりする場所はありません。これについて「時間の矢」が一方向に進むという表現を聞いたことがありませんか。英語には「Time flies like an arrow.」という諺があって、「光陰矢のごとし」という表現に相当します。「月日が経つのはあっという間で、二度と戻ってこない。」という意味です。時の流れを矢が飛ぶさまになぞらえたものです。相対性理論が発表される前は、時間はどこでも常に未来に向けて一定の速度で流れる川のようなものだと考えられていました。


 「TENET テネット」に登場したエントロピーは、物の乱雑さを表す量で熱容量と同じくエネルギーを温度で割った次元を持ちます。例えば分子が規則正しく並んだ固体と分子が自由に位置を変えられる液体とでは、固体の方がエントロピーが少ないと表現します。閉じた世界においてエントロピーは時間とともに増大するという経験則があり、熱力学の第二法則になっています。例えばお風呂を沸かすと上の方にお湯が溜まり下は冷たい水のままです。これは外部からお風呂に熱エネルギーが加えられているので、閉じた世界ではなく、お風呂のエントロピーは小さくなっています。次にお風呂を沸かすのを止めて断熱すると、対流が起こって風呂水の温度はぬるま湯になり、お風呂のエントロピーは大きくなります。最初のお湯と水の状態からぬるま湯になる過程では、お風呂は断熱してあり閉じた世界です。その中でエントロピーは時間とともに増大し、決して自然にぬるま湯がお湯と水に分離する事はありません。なぜならお湯と水では密度が違うので、地球上では対流が起きるからです。では無重力状態ではどうでしょう。宇宙ステーションのような場所では対流の代わりに分散という現象でぬるま湯ができます。水の分子は他の分子にぶつかりながら常に動いているので、お湯の分子が水の分子にぶつかる事で運動エネルギーが分散され、平均的な温度に落ち着くからです。ここでも自然にぬるま湯がお湯と水に分離する事はありません。

 このように外部とのエネルギーの出入りがない閉じた世界では、エントロピーは自然に増大します。言い換えると、時間はエントロピーが増大する方向に流れるという事です。次になぜ風呂水のエントロピーが自然に増大するかと言うと、温度に応じて水の分子がランダムに動くので、その動きの結果ぬるま湯になる確率が一番高いからです。ものすごく小さい確率で温度の高い(動きの速い)分子がぜんぶ一カ所に集まる可能性はあるものの、その確率は小さすぎて現実には起こりません。最も高い確率の未来が実現し、その結果としてエントロピーが自然に増大します。量子力学にある確率という考え方が時間の流れを決めているという結論です。

 ここで、時間旅行のパラドックスを扱うために「③複数のタイムラインを許す」という方法があった事を思い出してください。 自分がいるタイムラインの中で最も高い確率の未来が実現すると考えると、それより低い確率の未来は別のタイムラインの中では最も高い確率の未来として実現している可能性があります。量子力学は平行宇宙の存在と矛盾しないので、エントロピー増大の法則は複数のタイムラインが存在する間接的な証拠となり、時間は閉じた世界では一方向にしか流れません。

 ここでのミソは「閉じた世界では」という部分です。つまり外部とのエネルギーの出入りがある開かれた世界では、時間が逆転する可能性もあるという事です。身近な例で言うと、電気で動くヒートポンプ(エアコンみたいな物)を使えば風呂のぬるま湯をお湯と冷たい水に分離できます。外部のエネルギーを使えばエントロピーを時間とともに減少させる事は可能です。エントロピーを減少させる事ができるなら、エネルギーを使って時間を逆転させる事もできるのではないかと考えるのがSF作家なので、タイムマシンにはエネルギーが必要となります。例えば「バック・トゥ・ザ・フューチャー」では必要なエネルギーは「1・21ジゴワット」(ギガワットの誤り)とされ、プルトニウムや落雷からエネルギーを得ていました。

 ただし、時間の流れを逆転させる事は過去に時間旅行する事とは微妙に違います。例えば箱の中に大人の猫を入れ、外部からエネルギーを加えて箱の中の時間を逆転させると、箱の中の猫が子猫に戻ります。若返りの方法としては有望でも、猫にとっては自分が過去に時間旅行したわけではありません。つまりエントロピーを利用する時間旅行では過去には行けません。これは「TENET テネット」を否定する考え方なので、時間に逆行する状態を作り出す方法をぜひノーラン監督に教えてもらう必要があります。

 「TENET テネット」の中で時間逆行状態の人間は、同じく時間逆行状態の酸素を呼吸する必要があります。またエントロピーが時間とともに減少するので、本来であればエントロピーを増大させる熱エネルギー(火)が、主人公に火傷を起こすのではなく凍傷を起こすと描写されています。つまり分子レベルでエントロピーの性質が逆転しているので、ターンスタイルの中では分子以下のレベルで何かが変わっているという事です。映画から筆者に分かるのはそこまでです。


話の前提

 人間は昔から過去をどうにかできないかと考えて来ました。その一方で未来の様子を知りたいという要求もあり、そこからタイムマシンや時間旅行の物語が生まれ、パラドックスを扱う方法を編みだしてきました。最近人気がある「③複数のタイムラインを許す」を使うと映画の続編を作るのが楽になるので、2009年の映画「スター・トレック」でも役者を入れ替えるために利用しています。この方法ならどんな事でもなかった事にできるので、映画をリブートするにはもってこいです。そのかわり宇宙が分岐するタイミングや分岐に必要なメカニズムは説明が不足しています。

 そもそも宇宙はそんなに簡単に分岐するものかという疑問もあり、その時の宇宙というのは一体どこまでの範囲なのかも分かりません。タイムマシンで人間が過去に戻ると新しい宇宙が分岐するなら、タイムマシンに宇宙を分岐させる力がある事になります。平行宇宙を生み出すのがタイムマシンとは信じられないので、過去に戻れるけど「複数のタイムラインを許す」というSFは、説得力という点では「自由意思を否定する」SFに劣ります。

 過去に戻って因果関係の輪を作る映画の場合、「自由意思を否定する」代償として「インターステラー」や「TENET テネット」のような筋立てが可能になっています。SFでは因果関係の輪を作る事で、未来がひとつしかないという世界を構築しています。現実世界には決まった未来がひとつしかないのか、それとも無数の未来の可能性があるのかは筆者にも分かりません。もし無数の未来の可能性があるとすると、タイムマシンで未来に行く時に最も可能性の高い未来に着いてしまうので、前回行った未来と今回行った未来が違う事も考えられ、話が複雑になります。タイムマシンで行く未来はひとつしかないと決めて、過去を変えたけど結果的に何も変わらないという話の方が筆者には説得力があります。ただし、これは「②自由意思を否定する」そのものなので、気に入らない人もいるでしょう。因果関係の輪という、始まりや終わりのない構造は認めないという立場からすると、量子力学的な「③複数のタイムラインを許す」という方が自然です。


おわりに

 時間旅行SF映画にツッコんでみた結果分かったのは、設定として未来がひとつなのか複数あるのかという違いが大きいという事です。前者は因果関係の輪が閉じていて、パラドックスを避けるのに「②自由意思を否定する」という方法を使っています。主人公の未来はあらかじめ決まっていて、主人公が過去に戻って問題解決に成功しても、結果的には未来は変わりません。これに対して後者は「③複数のタイムラインを許す」という方法であり、問題を解決した世界と問題を解決していない世界が出来てしまいます。もちろんこの他に、未来に行くだけなのでパラドックスは起きないという映画も少数あります。

 現代の科学知識では未来に行くのは原理的に可能です。自分の時間の流れを遅くするには準光速で飛ぶ宇宙船に乗るか、強い重力場で暮らせば良いのです。ただしどちらも簡単には実現できません。可能だけど必要な技術がないという状態です。これに対して過去に行くのは原理的に不可能に見えます。パラドックスの発生も厄介で、まともな科学者なら絶対に手を出さない研究分野です。でも一部の科学者はワームホールを使って時間や空間をジャンプする方法を考えており、これはSFの世界と紙一重です。