2. Research/ 研究概要

概要リスト (2024.03.25更新)


「かわいい」言語学/音声学

    1.「かわいい」子音 (2020, 2022)

    2.  女性アイドルのニックネームにおける「ちゃん」のバリエーション (2023)

    3.  /p/(パ行) =「かわいい」(2019)

    4.「ぴめ呼び」ニックネーム (2023)

    5.  ゆるキャラの名前と女性アイドルのニックネームの比較 (2024)

赤ちゃん用オムツの名前

    1. 両唇音 (2020) 

    2. 音韻・形態構造 (2023)    

「ポケモン」シリーズの名付け研究 (2018~)

「ハリー・ポッター」シリーズの呪文 (2021)

「ファイナル・ファンタジー」シリーズの呪文 と「デジタル・モンスター(デジモン)」の名付け (2020)

コンビ名「マナカナ」「みうみま・みまひな」の付け方 (2018)

「かわいい」言語学/音声学


1.「かわいい」子音 (2020, 2022)


日本語に「かわいい」という言葉があります。辞書を引くと、「かわいい」意味がたくさん載っています。しかし「かわいい」の意味をリスト化しても「かわいい」とは何かについて、理解できた気がしません。ただ、我々は日常的に「かわいい」と感じる体験をしています。つまり、「かわいい」という感情にさせる要因があるようです


今まで「かわいい」を対象にした研究は、いくつかありました。例えば、心理学の研究成果は『「かわいい」のちから』(著者:大阪大学の入戸野宏先生)で、工学研究成果は『「かわいい」工学』(著者:大倉典子先生)で、それぞれ見ることができます。しかし、言語学(音声学・音韻論)の分野において「かわいい」が研究対象になることはほとんどありませんでした。

 

そこで「音象徴(おんしょうちょう)」という現象(音がある特定の意味やイメージを喚起する現象)の観点から、どんな音が「かわいい」というイメージと結びついているのか実験を行いました。今のところ、音の中でも子音に注目しています。子音について、音声学では、3つの観点(調音場所・声帯振動の有無/周波数・調音方法)から記述されます。例えば、[p]という音は、調音場所が両唇音で、声帯振動は無く(周波数は低い)、調音方法は破裂音です。この3つの観点から、「かわいい」というイメージと結びついている特徴を検証しました。その結果、調音場所は両唇音、周波数は低い音、調音方法は共鳴性の高い音であることがわかりました(Kumagai 2022)。


具体的には、/p/(パ行), /m/(マ行), /r/(ラ行)などが「かわいい」というイメージと結びついていそうです。「かわいい」というイメージを持たせたいキャラクターには、これらの子音を入れるといいかもしれません。 サンリオ(Sanrio)に「ポムポムプリン」というキャラクターがいますが、名前は/pomupomu purin/で、/p/, /m/, /r/が全部入っていますね!



論文・関連記事はこちら↓

「ポムポムプリン」の響き、かわいいと感じるのはなぜか…研究者に聞いた「最強のニックネーム」は  【読売新聞オンライン, 2024

“カワイイ”と感じる音がある? 音とイメージが結びつく「音象徴」【ほとんど0円大学(ホトゼロ), 2023

音声学の観点から「かわいい」名前の特徴を研究する関大先生チャンネル, YouTube, 2023

「かわいい」音を求めて  マ行やパ行  ネーミングに効果的 【東京新聞, 2022】

Kumagai, Gakuji. 2022. What’s in a Japanese kawaii ‘cute’ name? A linguistic perspective. Frontiers in Psychology 13. no.1040415. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.1040415 [data]

Kumagai, Gakuji. 2020. The pluripotentiality of bilabial consonants: The images of softness and cuteness in Japanese and English. Open Linguistics 6. pp.693707. https://doi.org/10.1515/opli-2020-0040 [lingbuzz


2. 女性アイドルのニックネームにおける「ちゃん」のバリエーション (2023)


日本には女性アイドルがたくさんいます。彼女たちはそれぞれニックネームを持っています。ニックネームは多種多様ですが、この研究では「◯◯ぽん」「◯◯たん」「◯◯みん」(◯◯には名前が入るのようなニックネームに注目しました。これらのニックネームは「◯◯ちゃん」のバリエーション(変異形)と仮定します。そして、このようなバリエーションはどのくらいあるのか、あるいは、それらはどのような特徴を有するのか、音象徴の観点から分析しました(「ちゃん」のバリエーションを/CVn/(C=子音、V=母音、n=撥音)として、子音(C)にはどのような音が現れるのか分析)。


その結果、「ちゃん」のバリエーションは30種類以上ありました。そして、子音(C)は、その上記の「かわいい」子音の研究で明らかになった3つの特徴である両唇音周波数が低い音(無声音)、共鳴音のいずれか、あるいは1つ以上を有していることがわかりました。例えば「ぽん(pon)の/p/は両唇音、「◯◯たん(tan)」の/t/は周波数が低い音(無声音)、「◯◯みん(min)」の/m/は共鳴音です。他にもバリエーションはたくさんありますが、ほとんどすべてのバリエーションはこれら3つの特徴のいずれかを有しています。


もし女性アイドルのニックネームには「かわいい」イメージを持たせていると仮定すると、これら3つの特徴のいずれかを有する子音が「ちゃん」のバリエーションの子音(C)として現れるという仮説はあり得そうです。そこで、新種(実在しない)の接尾辞を用いて、この仮説を実験的に検証した結果、この傾向を示す結果を得ることができました。接尾辞「ちゃん」のバリエーションは多様で生産的ですが、そこに現れる子音(C)は決して「何でもあり」ではなく、音韻的な制約が関わっていることが明らかになりました。 


上記の研究の後、見られる接尾辞/CV/、/CVː/、/C1VC2V/(例:りこ→りこ、れい(あ)→れいちー、るり→ るりもふ)における子音(C)について分析しました。 その結果、上記の結果と同様の傾向があることがわかりました。また、「かわいい」子音がいくつあればよいかということを明らかにするために、実験的検証も行いました。その結果、接尾辞/C1VC2V/において、どちらの子音(C1,C2)も「かわいい」子音であることが望ましいということがわかりました。つまり、アイドルのニックネームにおける接尾辞には、なるべく「かわいい」子音を使った方が望ましいと言えそうです。



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熊谷学而. 2023/11/11.「ニックネームの接尾辞において「かわいい」音韻素性はいくつ必要か? 」第167回日本言語学会. 同志社大学.

熊谷学而. 2023/06/17.「女性アイドルのニックネームにおける接尾辞「ちゃん」のバリエーションに関する音象徴的分析」第166回日本言語学会. 専修大学.


3. /p/(パ行)=「かわいい」(2019)


秋元康さんがプロデュースした、「会いに行けるアイドル」として一躍有名になったグループとしてAKB48がいます。その中で島崎遥香(しまざきはるか)さんというメンバーがいましたが、彼女は「ぱるる」という愛称で親しまれていました。また、女優で歌手の中山美穂(なかやまみほ)さんは「みぽりん」と呼ばれていました。さらに、吉本坂46というアイドルグループの元メンバーである三秋里歩(みあきりほ)さんは「りぽぽ」と呼ばれていたそうです。 これらのニックネームをよく見ると、もともとの名前にある「は」や「ほ」が、それぞれ「ぱ」や「ぽ」に変化していることがわかります。音声学的に分析をすると、[h]が[p](ハ行がパ行)に変わっています。

 

日本語において、[h]が[p]に変わる過程(以下「h→p交替」と呼びます)は、決して珍しくはありません。例えば「素」[su]と「裸」[hadaka]、「横」[joko]と「腹」[hara]をそれぞれ複合させると「素っ裸」[suppadaka]、「横っ腹」[jokoppara]となります。 このように、日本語では語と語を複合させたとき、2番目の語(「裸」や「発」のこと)の先頭の子音において「h→p交替」が起こることは知られています。しかし、ニックネームの「ぱるる」の例では「h→p交替」が語の先頭で起きています(haruka → paruru)。また「みほ」「りほ」は日本人女性の典型的な名前ですが「みぽ」や「りぽ」が元の名前であるという人はそうはいません。ニックネームに限って、それらが「みぽりん」や「りぽぽ」となるのです。 


このようなニックネームにおける「h→p交替」は、従来の「h→p交替」と比べて、適用される環境が異なることがわかります。そして、主に女性のニックネームに適用される例が多いことから、かわいいイメージを引き起こすための「h→p交替」であると考えました。論文では、日本語話者にとって、[p]自体がかわいいイメージを喚起するのか、無意味語を用いて実験検証してみました。 その結果、日本語において、[p]は子音の中でかわいいイメージを想起することがわかりました。確かに「ぴー」「ぽん」「ぱん」などがニックネームに見られるのも納得します。



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Kumagai, Gakuji. 2019. A sound-symbolic alternation to express cuteness and the orthographic Lyman's Law in Japanese. Journal of Japanese Linguistics 35(1). pp.3974. https://doi.org/10.1515/jjl-2019-2004 [download] [lingbuzz]


4.「ぴめ呼び」ニックネーム (2023)


ニックネームにおける「h→p交替」の例は、他にもあります。ネットで検索すると「姫(ひめ)」という語を「ぴめ」と呼ぶようなニックネームを使ったブログを見かけます。例えば「あゆ」という女性が「あゆぴめ」と自分自身のことを呼んでいる、もしくは呼ばれています。他にも「かぐやぴめ」「かなぴめ」「まなみぴめ」「もゆぴめ」「ななぴめ」「さくらぴめ」「ゆかぴめ」「ゆりぴめ」などが見つかりました。これを「ぴめ呼び」と呼ぶことにします。これらのブログなどの中で、最も古い記事は2010年に書かれているので、少なくとも10年以上前から「ぴめ呼び」は存在していたと想像できます。


これらは女性向けのニックネームとして使用されている例が多く、「ぴめ呼び」には音象徴的な「h→p交替」が適用されていると言えそうです。そこで、この「ぴめ呼び」のニックネームは本当にかわいく感じるのかどうかを確かめるために、2021年頃、20~30歳代の日本語母語話者を対象に、無意味語を用いた実験を行いました。その結果、個人差はありますが、「ぴめ」のほうが「ひめ」よりもかわいいニックネームであると感じる日本語母語話者は一定数存在することがわかりました。やはり、これは[p]が持つ音象徴的効果の影響かもしれません。 



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Kumagai, Gakuji. to appear. EXPRESS[p] in expressive phonology: Analysis of a nicknaming pattern using ‘princess’ in Japanese. Phonology. [data] [lingbuzz]


5. ゆるキャラの名前と女性アイドルのニックネームの比較 (2024)


「ゆるキャラ」とは、都道府県や市町村などの地方自治体から一般企業にいたるまで、それぞれの宣伝活動に登場するキャラクターのことで、常に新しいキャラクターが誕生しています。ゆるキャラはそれぞれ名前を持っていますが、女性アイドルのニックネームと比べて、「かわいい」イメージと結びつく子音は現れているのか調べてみました。その結果、ゆるキャラにおいて、接尾辞「ちゃん」のバリエーションは15種類ありました(例:もずやん、くまモンしまたん、のぎのん 、つるりん 、ふじぴょん )。しかし、その変異形の子音は、必ずしも「かわいい」子音ではありませんでした(例:ひこどん、つるゴン)。これは、ゆるキャラの名前には、必ずしも「かわいい」要素が含まれているわけではないということがわかります。


また、名前の一部において、女性アイドルなどに見られる[h](ハ行)を[p](パ行)に替えるプロセス(例:はるか→るる)が適用されるかどうかも調べて見ました。その結果、そのような名前はほとんどありませんでした。ゆるキャラの名前には、その都道府県や市町村名の一部(アピールポイント)が含まれていますが、もし[h]を[p]に替えるプロセスを適用させてしまうと、宣伝したい地名がわからなくなってしまいます。例えば、東京都羽村市の「はむりん」の「はむ」は、羽村市(はむらし)の「はむ」を残しています。もし、このキャラクターの名前をパ行変化させ、「ぱむりん」にしてしまうと、その地名がわからなくなってしまいます。


このように比較すると、ゆるキャラの名前と女性アイドルのニックネームでは、「「かわいい」名前にせよ!」という制約(A)と「基の名前を変えるな!」という制約(B)の優先順位が異なることがわかります。ゆるキャラの名前では、制約(B)が制約(A)より優先されます。一方で、女性アイドルのニックネームでは、制約(A)が制約(B)よりも優先されます。すると、2種類の名づけは、制約の優先順位(あるいは制約の重み)の違いということになります。このような制約の重要性の違いは、最近の言語理論である最適性理論(OT)や調和文法(HG)の枠組みで分析できることを示しています


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熊谷学而. 2024/03/07.「ゆるキャラの名前は「かわいい」か?アイドルのニックネームとの比較」第19回音韻論フェスタ. 関西大学.

赤ちゃん用オムツの名前


1. 両唇音 (2020)


ポケモンの名付け研究が生まれた2016年の川原繁人先生による集中講義の後から、私は慶應義塾大学の言語文化研究所での研究会にたびたび参加していました。ある日、ある学生がオムツの名前には[p, m]が多いという発言があったことを川原繁人先生から伺いました。確かに、日本で市販されているオムツには「ムーニー」[muːniː]、「メリーズ」[meriːzu]、「マミーポコ」[mamiːpoko]など[p]や[m]が含まれています。[ː]は長音(伸ばす音)を表します。


これらの音は上下の唇を使って発音されるので、調音場所の観点から両唇音と言われています。両唇音の[p, b, m]は、赤ちゃんが言葉を発する前段階に現れる喃語(なんご)に現れやすいことが知られています。また、両唇音は赤ちゃんが獲得しやすい音として知られています。父親や母親を表す「パパ」[papa]、「ママ」[mama]はいずれも両唇音[p]や[m]が使われています。


赤ちゃん用オムツの名前には両唇音が含まれている傾向がありそうです。そこで、両唇音が含まれている名前は赤ちゃん用オムツの名前にふさわしいかどうかを検証するため、実験を行いました。 方法は、実験参加者に、新しい赤ちゃん用のオムツの名前と、比較のために化粧品の名前も考えてもらうことにしました。


その結果、化粧品の名前と比べて、赤ちゃん用のオムツの名前には多くの両唇音が現れました。例えば「パーニー」「パピー」「べべパン」「マパル」「モコモン」「フワリー」など。また、興味深かったことが、赤ちゃん用のオムツの名前には反復語の名前が多かったのです。例えば「ポムポム」「メルメル」「パワパワ」「モコモコ」。一方、化粧品の名前にはそのような反復語は一つもありませんでした。このような反復語はオノマトペで観察されます。オノマトペは幼児語によく現れます。例えば「お腹」のことを「ポンポン」、「狐・雪」のことを「コンコン」など。このような幼児語で現れやすい反復語が赤ちゃん用のオムツの名前に見られたことは興味深いと思います。



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「かわいい」音を求めて  マ行やパ行  ネーミングに効果的 【東京新聞, 2022】

● 熊谷学而・川原繁人. 2020.「音韻素性に基づく音象徴:赤ちゃん用のオムツの名付けにおける唇音」『言語研究』157. pp.149161. 日本言語学会.

(Kumagai, Gakuji & Shigeto Kawahara. 2020. Feature-based sound symbolism: Labiality and diaper names in Japanese. Gengo Kenkyu [Journal of the Linguistic Society of Japan] 157. pp.149-161. https://doi.org/10.11435/gengo.157.0_149


2. 音韻・形態構造 (2023)


赤ちゃん用オムツの名前を別の角度から見てみると「パンパース」「メリーズ」「ムーニー」「マミーポコ」「グーン」「ゲンキ」のように、長音(伸ばす音)や撥音(はつおん)「ん」などの特殊拍(特殊モーラ)が含まれています。この特殊拍は、幼児語/育児語(子どもに対して使用する語彙)においてよく観察されます。例えば「お腹」のことを「ポンポン」、「車」のことを「ブーブー」、「寝る」ことを「ねんね」と言いますが、これらの語彙には撥音や長音の特殊拍が含まれています。幼児語/育児語における特殊拍が含まれているという特徴と赤ちゃん用オムツの名前に特殊拍が含まれているという特徴が一致するというのは興味深い仮説です。そこで、無意味語を用いた実験の結果、特殊拍が含まれている名前赤ちゃん用オムツの名前としてふさわしいということがわかりました。しかも、実在する赤ちゃん用オムツの名前には含まれていない促音「っ」という特殊拍が含まれている名前も、赤ちゃん用オムツの名前にふさわしいということがわかりました。


専門的に言うと、特殊拍は単独で音節を形成できず、先行する母音と音節を形成します(このような音節を重音節と言います)。上記の結果は、実在する赤ちゃん用オムツの名前は長音や撥音を含んでいることを踏まえて、日本語話者は「重音節」という抽象的な音韻概念を利用して、一般化を行っている可能性が浮かび上がります。


論文では、赤ちゃん用オムツの名前におけるアクセント型にも着目した実験も行いました。これらの結果と赤ちゃん用オムツの名前に関する研究結果(熊谷・川原 2020)を合わせると、赤ちゃん用オムツの名前としてふさわしいと判断される音声的・音韻的要素は「両唇音・重音節・アクセントあり」であることがわかってきました。これらの結果が、新しい赤ちゃん用オムツの名前の名付けに活用されることを期待したいと思います。 


 

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● 熊谷学而・川原繁人. 2023.「音韻・形態構造およびアクセントの音象徴:赤ちゃん用オムツの名前を題材とした事例研究」『音声研究』26. pp.97-108. 日本音声学会. [data]

(Kumagai, Gakuji & Shigeto Kawahara. 2023. Sound symbolic values of phonological/ morphological structures and accentedness: A case study of Japanese baby diaper names. Onsei Kenkyu [Journal of the Phonetic Society of Japan] 26. pp.97-108. https://doi.org/10.24467/onseikenkyu.26.3_97)

「ポケモン」シリーズの名付け研究 (2018-)


2016年頃、「音象徴(おんしょうちょう)」という現象(英語の“sound symbolism”にあたる一般的な日本語訳で、音がある特定の意味やイメージを喚起する現象)に魅了されました。このきっかけとなったのが、慶應義塾大学の川原繁人先生による集中講義でした。その集中講義中に生まれた研究が、音象徴の観点から「ポケットモンスター(ポケモン)」の名付けの傾向を捉えるという内容でした。「ポケモン」とは、プレーヤーがポケモンというキャラクターを捕まえて、他のプレーヤーのポケモンと戦わせながら、ポケモンのレベルをあげていくというゲームです。1995年頃、任天堂からゲームボーイのソフト「赤・緑」として発売され、151匹のポケモンが登場しました。それ以来、新しいシリーズが次々に誕生し、その都度、新しいポケモンが登場しています。最新ヴァージョンは2019年に発売した「ソード・シールド」で、ポケモンの総数は現時点で800匹を超えています。また、2016年頃「ポケモンGO」というアプリも大流行し、「ポケモン」は世界中で知られるようになりました。

 

「ポケモン」の設定における重要な点は、ポケモンのキャラクターはあるレベルに達すると「進化(しんか)」をし、名前も変わります。そして、重さや体長、攻撃力なども増え、これらの数値は公式に決まっています。例えばおたまじゃくしのような「ニョロモ」というポケモンは進化をすると「ニョロゾ」「ニョロボン」のように名前が変わります。それに加えて、重さや体長、攻撃力も増えていきます。


ポケモンの名付け研究でわかったことの1つは、ポケモンが進化していくとその名前の中の濁音が増えることでした(Kawahara, Noto & Kumagai 2018)。これを音声学の用語でいうと、ポケモンが進化すると、名前の中の有声阻害音が増えると言えます。例えば「ニョロモ」には濁音が1つもありません。しかしその進化形の「ニョロ」「ニョロン」には濁音が1つずつあります(下線部は濁音を表します)。また「ゴース」というガスを描写したポケモンがいて、進化をすると「ースト」「ー」と名前を変えていきますが、この進化形の名前には濁音が1~2つ含まれています。


この傾向は、架空のポケモンの名前を使用した、日本語母語話者を対象にした実験でも観察されました(Kawahara & Kumagai 2019)。

 

また、実際のポケモンの名前では強い傾向が見られなかったのですが、その後、架空のポケモンのイラストを用意して、母音の効果を検証する実験を行いました(熊谷・川原 2019)。例えば「カーカ」と「キーキ」という名前を用意して、どちらが進化後のポケモンの名前としてふさわしいか日本語話者に尋ねてみました。その結果、低母音「あ」を含んだ名前は、高母音「い」を含んだ名前よりも進化後のポケモンの名前としてふさわしいということがわかりました。



論文はこちら↓

2019年以降の論文については、こちらを参照(慶応義塾大学の川原繁人先生による研究発展図ポケモン言語学に関する概観論文)。

● 熊谷学而・川原繁人. 2019.「ポケモンの名付けにおける母音と有声阻害音の効果:実験と理論からのアプローチ」『言語研究』155. pp.6599.  日本言語学会.

(Kumagai, Gakuji & Shigeto Kawahara. 2019. Effects of vowels and voiced obstruents on Pokémon names: Experimental and theoretical approaches. Gengo Kenkyu [Journal of the Linguistic Society of Japan] 155. pp.6599. https://doi.org/10.11435/gengo.155.0_65)

● Kawahara, Shigeto & Gakuji Kumagai. 2019. Expressing evolution in Pokémon names: Experimental explorations. Journal of Japanese Linguistics 35(1). pp.338. https://doi.org/10.1515/jjl-2019-2002 [download] [lingbuzz]

● Kawahara, Shigeto, Atsushi Noto & Gakuji Kumagai. 2018. Sound symbolic patterns in Pokémon names. Phonetica 75(3). pp.219244. http://doi.org/10.1159/000484938 [wired] [lingbuzz]

「ハリー・ポッター」シリーズの呪文 (2021)  


イギリスの作家であるJ.K.ローリング氏が執筆した大ベストセラー小説に「ハリー・ポッター」があります。主人公のハリーは12歳のとき、自分が魔法使いであることを知らされ、ホグワーツ魔法学校に通うことになります。そして、そこで起きる様々な問題を友人らとともに解決していくストーリーです。 


「ハリー・ポッター」シリーズにはよく呪文が出てきます。シリーズ第4弾「炎のゴブレット」では魔法界で最も強力で邪悪な呪文が「許されざる呪文」として話題になります。その中に「アバダ・ケダブラ」(Avada Kedavra)(息耐えよ!)というものがあります。これは死を招く呪文です。この名前は古代の呪文のアブラカダブラ(abracadabra)が由来であるそうですが、そのことを知らなかった私はこの呪文を耳にしたとき、聴覚的な印象としてとても強そうな呪文だなと思いました。そこで「ポケモン」の名付け研究の結果を踏まえて「ハリー・ポッター」シリーズに登場する呪文における有声阻害音や低母音([a], [ɑː])の数を調べてみました。


その結果、有声阻害音を最も含んでいた呪文は「アバダ・ケダブラ」(Avada Kedavra)でした(下線部が有声阻害音で全部で4つ含まれていました。同数1位の呪文は他にあり)。また、低母音を最も多く含んでいた呪文も「アバダ・ケダブラ」(Avada Kedavra)でした(下線部が低母音([a], [ɑː])で全部で2つ含まれていました。同数1位の呪文は他にあり)。この結果を見ると「アバダ・ケダブラ」(Avada Kedavra)は強そうだという私が最初に感じた感覚は当たっているような気がしました。ポケモンの名付け研究でみたように、有声阻害音と低母音はそれぞれ強いイメージを喚起する可能性があるからです。

 

ところで、もしこの「アバダ・ケダブラ」(Avada Kedavra)は強そうだという印象が有声阻害音と低母音が喚起するイメージから来ているとしたら、一般の英語話者もそのような感覚を持っているはずです。そこで、次に実存しない単語(無意味語)を使用して、一般の英語話者にとって有声阻害音や低母音を含む名前がそれぞれ強いイメージを喚起させるどうかを実験検証してみました。その結果、有声阻害音を含む名前や低母音を含む名前をそれぞれ強い呪文だと感じることがわかりました。 



論文はこちら↓

Kumagai, Gakuji. 2021. Analysing spells in the Harry Potter series: Sound-symbolic effects of syllable lengths, voiced obstruents and low vowels. Open Linguistics 7. pp.511530. https://doi.org/10.1515/opli-2021-0025

「ファイナル・ファンタジー」シリーズの呪文 と「デジタル・モンスター(デジモン)」の名付け (2020)  


ファイナル・ファンタジー (FF)


小説や物語だけではなく、ゲームやアニメにも呪文がよく出てきます。例えば、日本発の人気ゲーム「ドラゴン・クエスト」(Dragon Quest)(通称「ドラクエ」)では、プレーヤーが呪文を使いますが、呪文にはレベルが決まっています。この呪文について、音象徴の観点から分析している研究があり、呪文のレベルが上がるごとに有声阻害音やモーラ数が増えることが報告されています(川原 2017)。


この先行研究を基にして、私のゼミ生らが取り組んだ研究を紹介します。スクウェア・エニックス(Square Enix)から発売されたゲームの1つに「ファイナル・ファンタジー」(通称、FF)があります。プレーヤーはアイテムや「魔法」と呼ばれる呪文を使って、モンスターと戦います。その呪文には強さのレベルが設けてあり、例えば「Cure」という呪文において「ケアル」「ケアルア」「ケアルラ」「ケアルダ」「ケアルガ」「フルケア」のように呪文のレベルが上がっていきます。そこで、FFの呪文において、レベルが上がるごとにそこに含まれる有声阻害音の数が増えるかどうか調べてみました。 その結果、レベルが上がるごとに、呪文の数は少なくなっていきますが、有声阻害音の平均の数が増えていくことがわかりました。 


デジタル・モンスター(デジモン)


ポケモンの研究では、ポケモンが「進化(しんか)」すると名前の中に有声阻害音の数やモーラ数が増える傾向があることがわかりました。この「進化(しんか)」ですが、他のゲームにもその概念が使われています。その1つに、「デジタル・モンスター(通称、デジモン)」がありますが、このゲームに登場するモンスターの名前と「進化(しんか)」の関係を検証した研究も行いました。


「デジモン」は、1997年に「バンダイ」から発売されたゲームです。「デジタル・ワールド」というコンピューター・ネットワークにおいて人工知能を持ったモンスターを育てて、戦わせるというゲームです。ポケモン同様に「デジモン」においてもモンスターが進化します。進化のレベルは「幼年期I」「幼年期II」「成長期」「成熟期」「完全体」「究極体」の6段階あります。「デジモン」に登場するモンスターの名前はすべて語尾に「モン」がついています。


このような「進化(しんか)」の設定は、ポケモンと同様です。従って、モンスターが「進化(しんか)」するにつれて、有声阻害音の数やモーラ数が増えるという仮説を立てて、名前を分析してみました。その結果、進化(しんか)レベルが上がるごとに、有声阻害音の平均とモーラ数の平均が増えていくことがわかりました。つまり「デジモン」の世界においても「ポケモン」の世界と同様に、有声阻害音とモーラの音象徴効果が働いていることがわかります。  



論文はこちら↓

Kumagai, Gakuji, Kazuaki Yoshitake, Hiromu Tanji & Takuya Matsuhashi. 2020. Sound-symbolic effects of voiced obstruents and mora counts on the monster names of Digital Monster and Monster Hunter and on the spell names of Final Fantasy. 『音声研究』24(2). pp.63-70. 日本音声学会. https://doi.org/10.24467/onseikenkyu.24.0_63 [lingbuzz]

コンビ名「マナカナ」「みうみま・みまひな」の付け方 (2018)


1996~1997年頃「ふたりっ子」というNHKの朝ドラが放送されていました。このドラマで主演を演じたのが双子の女優「三倉茉奈(みくらまな)」と「三倉佳奈(みくらかな)」です。この双子は「マナカナ」と呼ばれており、タレント活動を行っています。

 

 ところで、彼らはなぜ「マナカナ」というコンビ名を付けられたのでしょうか。茉奈さんは姉で、佳奈さんはその妹なので、姉・妹の順で名付けたというのはありえるでしょう。ただ、妹・姉の順で名付けても問題ないわけで、別に「カナマナ」と呼んでもいいはずです。


音声学的に分析すると「マナカナ」は[manakana]、「カナマナ」は[kanamana]とそれぞれ表記できます。2つの呼び方における名前の間の鼻音に注目してみると「カナマナ」は鼻音が連続します([kana-mana])。一方で「マナカナ」は、そのような連続が生じません([mana-kana])。この同じ(似た)種類のものが連続していることが嫌われているのではないかと考えました。 


他にも、鼻音の連続を避ける例があります。例えば、卓球のダブルスのペアである平野美宇(ひらのみう)さんと伊藤美誠(いとうみま)さんは「みうみま」[miu-mima]と呼ばれています。このペアが「*みまみう」[mima-miu]と呼ばれない理由は、語境界で鼻音の[m]が連続してしまうのを避けたのかもしれません。さらに卓球のダブルスのペアである伊藤美誠(いとうみま)さんと早田ひな(はやたひな)さんのペアは「*ひなみま」[hina-mima]ではなく「みまひな」[mima-hina]と呼ばれています。「*ひなみま」は鼻音が連続していることが原因で、避けられているのかもしれません。 論文では、日本語において鼻音連続が避けられるかどうか、架空のグループ名を作らせて、実験的に検証しました。



論文はこちら↓

Kumagai, Gakuji & Shigeto Kawahara. 2018. Stochastic phonological knowledge and word formation in Japanese.『言語研究』153. pp.57-83. 日本言語学会. https://doi.org/10.11435/gengo.153.0_57 [lingbuzz]