ここでは研究の内容を簡単に説明します。
私が行なってきた研究は大きく2つにわかれます。1つは食糞性コガネムシ類(フン虫)の繁殖行動の研究であり、もう1つは繁殖干渉の研究です。この2つにわけて説明します。最後に共同研究者の方々を挙げます。
食糞性コガネムシ類の繁殖行動
コブマルエンマコガネOnthophagus atripennisのオス(左) と 糞球(右)
哺乳類の糞をエサにして生活するコガネムシ(コガネムシ科Scarabaeidae)がいます。かれらのことをフン虫(食糞性コガネムシ類)といいます。私はエンマコガネ(エンマコガネ属 Onthophagus)というフン虫を材料に用いて研究を行いました。研究に用いたのは3種のエンマコガネ(クロマルエンマコガネ O. ater、フトカドエンマコガネ O. fodiens、コブマルエンマコガネO. atripennis)です。これら3種のエンマコガネは春から夏に繁殖期を迎えます。オスとメスがペアになって地中に穴をほり、穴の先に糞を詰めて固めることによって糞球をつくります。メスは最後に糞球の先端にある卵室に産卵します。糞球1個につき1卵ずつ産みつけます。孵化した幼虫は親成虫が用意した糞球のみをエサにして成長します。
1 Kishi, S. & Nishida, T. (2006) Adjustment of parental investment in the dung beetle Onthophagus atripennis (Col., Scarabaeidae).
Ethology 112:1239‒1245. DOI: 10.1111/j.1439-0310.2006.01284.x
コブマルのペアに3種類の糞を与えて、糞球の大きさを調べました。与えた糞はサル糞、ウシ糞、そしてこの2つを混ぜたものです。その結果、コブマルのペアは栄養の高いサル糞では小さな糞球を作り、栄養の低いウシ糞では大きな糞球を作りました。混ぜた糞ではちょうどその中間の大きさの糞球を作りました。したがって、コブマルの親成虫は子のためのエサ(糞)の質を適切に評価し、糞球の大きさを調節することがわかりました。
2 Kishi, S. & Nishida, T. (2008) Optimal investment in sons and daughters when parents do not know the sex of their offspring.
Behavioral Ecology and Sociobiology 62:607‒615. DOI: 10.1007/s00265-007-0485-0
コブマルを用いて30年以上実証されていなかった子1個体あたりの最適投資量を実証しました。おもしろいことに、コブマルの親は子の性がわからないにもかかわらず、最適投資量を予測するためには子の性を考慮することが必要でした。コブマルはXY型の性決定をしているのでメスは次に生まれてくる子が息子なのか娘なのかわかりません。しかし親から見て最適な糞球の大きさは息子と娘で違います。息子は将来メスを巡って闘争するので糞球は大きくする必要がある一方、娘はそれほど大きな糞球は必要ありません。このような状況でコブマルの親はどのくらいの大きさの糞球をつくるのがよいでしょうか。いくつかの実験の結果、コブマルの親は息子用の大きさの糞球を息子にも娘にもつくっていることがわかりました。つまり、コブマルの親は娘に過剰に大きな糞球をつくっていることになります。
3 Kishi, S. & Nishida, T. (2009) Adjustment of parental investment in sympatric Onthophagus beetles (Coleoptera: Scarabaeidae).
Journal of Ethology 27: 59‒65. DOI: 10.1007/s10164-008-0084-1
京都の嵐山モンキーパークにはクロマルとフトカドという非常に近縁な2種のエンマコガネがいます。この2種のペアに4種類の糞を与え、糞球の大きさを調節するかどうか調べました。与えた糞はウシ糞、シカ糞、サル糞、イヌ糞です。やや結果は複雑だったのですが、2種の投資量調節戦術は異なっていました。すなわち、クロマルは糞の種別に応じて糞球の大きさを調節している一方、フトカドは糞の種別に応じて糞球の大きさを調節していないことがわかりました。フトカドはクロマルよりもサル糞に特化しているらしいことが示唆されました。
10 Kishi, S. (2014) Brood ball size but not egg size correlates with maternal size in a dung beetle, Onthophagus atripennis.
Ecological Entomology 39:355‒360. DOI: 10.1111/een.12102
ひさしぶりにフン虫の論文を出版することができました。親から子への最適投資に関するものです。コブマルを用いて、母親の大きさが卵の大きさと糞球の大きさにどのように影響するか調べました。その結果、卵の大きさは母親の大きさに関係なく一定でしたが、糞球の大きさは母親の大きさとともに大きくなりました。つまり、投資する成分に応じて母親の大きさの影響が異なることがわかりました。なぜこのような違いがでるのか、その理由ははっきりしませんが、有力な説明として、親が投資量を調節する能力が関係しているのではと考えています。コブマルの親成虫は糞の質に応じて糞球の大きさを調節することがわかっています(Kishi and Nishida 2006)。しかし大きな母親と、小さな母親では糞球をつくるスピードが異なるでしょう。そのため、糞球の大きさと母親の体の大きさには正の相関がでてしまうのではないでしょうか。ちなみに、父親の体の大きさは糞球の大きさに影響を与えていませんでした。
14 Kishi S, Takakura KI & Nishida T (2015) Sexual shape dimorphism accelerated by male-male competition, but not prevented by sex-indiscriminate parental care in dung beetles (Scarabaeidae). Ecology and Evolution DOI: 10.1002/ece3.1558 (open access)
多くの動物において、オスとメスは体つきも体の大きさも異なります。オスとメスの体つきの違いを性的二型 sexual dimorphism、体の大きさの違いを特に性的サイズ二型 sexual size dimorphism といいます。オスとメスのこのような違いは性選択によって生じるといわれてきました。すなわち、性選択が強いほど、形態的な性的二型も性的サイズ二型も顕著になるといわれてきました。しかし実際にはさまざまなバリエーションがあります。たとえばエンマコガネ類は、形態的な性的二型は顕著ですが、性的サイズ二型はほとんどありません。なぜこのようなことが生じるのかあまりわかっていません。
わたしたちはエンマコガネの親による子の世話に着目し、親による子の世話が形態的な性的二型と性的サイズ二型に異なる影響を与えるのではないかと考えました。そこで個体ベースモデル(Individual-based simulation model)を用いて調べたところ、親から子への投資は、性的サイズ二型を制限する一方、形態的な性的二型の進化を制限しないことがわかりました。親が子の性をわからず、オス同士が闘争するときには、親は息子の最適投資量を息子にも娘にも与えるのが進化的に安定な投資戦略です。したがって、親の世話によって息子と娘の体の大きさは同じになるけれども、息子は十分に闘争用の形態を発達させることができます。実際、日本のフン虫を調べると、性的サイズ二型はほとんどありませんでしたが、形態的な性的二型は他のコガネムシ科と同じ程度に発達していました。この研究は、動物たちの体つきや体の大きさがオスとメスでなぜこんなに違い、そしてさまざまなのか、という疑問に一部だけですが答えています。
繁殖干渉
アズキゾウムシのオス(左)、ヨツモンマメゾウムシのメスに求愛するアズキゾウムシのオス(右)
繁殖干渉(Reproductive Interference)とは、種を超えた " 性的な " 相互作用によってメスが負の影響を被るものをいいます。繁殖干渉には種間交尾や種間交雑も含みます。しかしそれらは繁殖干渉のごく一部にすぎません。直接的な交尾が起きなくても、メスが負の影響を受けるものは多くあります。たとえば近縁異種のオスがメスを追いかけるだけでもメスは捕食リスクが上がったり、産卵機会が減少したりすることでしょう。このような負の効果は、メスに対する異種(オス)の頻度に依存して大きくなります。すなわち繁殖干渉は、少数派ほど不利になる効果です。これを正の頻度依存効果といいます。
したがって繁殖干渉は種の絶滅を簡単に引き起こします。
(原典はKuno E. 1992. Competitive exclusion through reproductive interference. Res Popul Ecol 34:275–284)
4 Kishi, S., Nishida, T. and Tsubaki, Y. (2009) Reproductive interference determines persistence and exclusion in species interactions.
Journal of Animal Ecology 78:1043‒1049. DOI: 10.1111/j.1365-2656.2009.01560.x
アズキゾウムシCallosobruchus chinensis とヨツモンマメゾウムシC. maculatus の2種は種間競争の実験材料です。私はこの2種の繁殖干渉を調べました。まずオスの求愛行動を調べたところ、オスは2種ともに同種のメスにも異種のメスにもみさかいなく求愛することがわかりました。しかしそのときメスが被る負の効果は異なっていました。アズキゾウのメスはヨツモンのオスから求愛されても産卵数はほとんど減少しませんが、ヨツモンのメスはアズキゾウのオスから求愛されると産卵数が急激に減少しました。次に、連続世代の種間競争を観察した結果、種間競争はアズキゾウが勝ちのこりやすいことがわかりました。初期頻度を変えて種間競争を観察したところ、結末は頻度に応じて逆転しました。すなわち、種間競争の結果は繁殖干渉の結果と一致しました。幼虫間の資源競争を調べたところ、ヨツモンが生きのこりやすいことがわかりました。この研究は、種間競争の結末が繁殖干渉によって決定することを実証した初めての研究です。
6 鈴木紀之・本間淳・岸茂樹・京極大助 (2012) 特集にあたって:繁殖干渉の歴史的な位置づけと行動生態学的な背景.
日本生態学会誌 62:217‒224. (even contribution) ISSN: 00215007 (CiNiiにリンクしています)
日本生態学会の和文誌に繁殖干渉の特集を掲載していただくことができました。これは企画特集のイントロの論文です。繁殖干渉の簡単な説明をしました。繁殖干渉の生態学的な意義や繁殖干渉が生じるしくみについて概略を述べました。
7 岸茂樹・西田隆義 (2012) 繁殖干渉の視点から競争実験を再検討する.
日本生態学会誌 62:225‒238. ISSN: 00215007 (CiNiiにリンクしています)
これまでの競争実験の総説です。繁殖干渉という視点からこれまでの競争実験を再検討しました。種間競争をくわしく調べるために多くの競争実験が室内で行われてきました。マメゾウムシの競争実験も多く調べられてきました。しかしこれまでの競争実験には繁殖干渉が考慮されていません。過去に行われた競争実験のなかに繁殖干渉が疑われる結果がいくつもあります。それらの結果が繁殖干渉によって合理的に説明できることを示しました。
8 Kishi, S. & Nakazawa, T. (2013) Model analysis for interspecific interaction co-mediated by resource competition and reproductive interference.
Population Ecology 55:305‒313. DOI: 10.1007/s10144-013-0369-2
数理モデルの論文です。近縁な2種がであったとき、資源競争と繁殖干渉の両方が起きることが予想されます。資源競争と繁殖干渉の両方が起きると仮定したとき、2種の共存と絶滅がどのように変わるか調べました。その結果、資源競争と繁殖干渉は「相乗的に」種の絶滅を促進することがわかりました。さらに、資源競争と繁殖干渉の非対称な関係についても調べました。その結果、資源競争に強くても、繁殖干渉に極端に弱ければ、絶滅してしまうことがわかりました。この結果は外来侵入種の問題に大きく貢献する可能性があります。
自然淘汰はその環境にもっとも適した個体を選択します。したがって在来種と外来種を比較すると、その環境により適しているのは在来種のはずです。それにもかかわらず外来種が侵入し、近縁な在来種を駆逐してしまうことがあります。繁殖干渉はこのような現象をうまく説明できると考えています。
9 Kishi, S. & Tsubaki, Y. (2014) Avoidance of reproductive interference causes resource partitioning in bean beetle females.
Population Ecology 56:73‒80. DOI: 10.1007/s10144-013-0390-5
マメゾウムシの2種(アズキゾウムシC. chinensisとヨツモンマメゾウムシC. maculatus)がシャーレのなかでさえ資源分割(2種がそれぞれ異なる資源を利用すること)を起こしたことを報告しました。
資源分割が起きた決定的な原因は、ヨツモンマメゾウムシのメスが繁殖干渉を避けるために産卵行動を変化させたことです。資源競争と繁殖干渉の組み合わせによって資源分割が起きることは理論的に予測されていましたが(Kishi and Nakazawa 2013など)、実証研究はありませんでした。今回の研究はこの予測を初めて実証しました。また今回、資源分割が行動的な変化のみによって起きたことから、資源分割は進化をかならずしも必要としないことが示唆されました。
(2) 岸茂樹・深澤恵介・大野理恵 (2009) 繁殖干渉、アリー効果、環境変動を考慮した有性生殖種と無性生殖種の種間競争の解析.
数理解析研究所講究録1653:52‒68.
この論文は2008年に京都大学で行われた合宿形式のセミナー(生物現象に対するモデリングの数理)の成果です。このセミナーで得られた成果はすべて数理解析研究所講究録に発表するのが必須となっていました。そのため本論文は査読をされていませんが、内容は非常に重要と考えています。
この論文では、有性生殖をする種とそれに近縁な無性生殖をする種を想定しています。この2種に繁殖干渉、アリー効果、環境変動の3つが起きる状況を仮定し、結果を簡単な数理モデルで予測しました。まず、この2種に繁殖干渉が起きると、有性生殖種から無性生殖種に一方的に負の効果がかかります。一方、有性生殖種が繁殖するには配偶(交尾)を必要とします。密度が低いと交尾相手を探しだすのに苦労するでしょう(アリー効果)。このような系に環境変動が加わると結末はどのように変化するでしょうか。
解析の結果、予想通り、繁殖干渉は一方的に無性生殖種を駆逐することがわかりました。さらに、個体群が頻繁に絶滅するほどかく乱が大きい環境では、無性生殖種が有利になることがわかりました。一方、中程度以下の環境変動の下では有性生殖種が有利になりました。この結果は、野外においてなぜ無性生殖種が少ないのか、という重大な問いに答えています。すなわち、繁殖干渉は、無性生殖種が少ない原因になりえるということです。このような予測は、野外でみられる状況に矛盾しません。無性生殖種は環境変動の大きな場所にみられることは多く指摘されてきました。今後は野外で実証研究を行う必要があります。
12 Kishi, S. (2015) Reproductive interference in laboratory experiments of interspecific competition.
Population Ecology 57:283-292. DOI: 10.1007/s10144-014-0455-0
マメゾウムシ Callosobruchus、ショウジョウバエ Drosophila、コクヌストモドキ Triboliumは種間競争を観察するためのよい材料であり、これまでに多くの室内競争実験がおこなわれてきました。この論文では、これらの実験結果を繁殖干渉の視点から整理しました。その結果、いずれの種間競争にも繁殖干渉がみられ、種間競争の結末は繁殖干渉と資源競争(共食い含む)の組み合わせによって合理的に説明できました。
上述の岸・西田(2012, 日本生態学会誌)では室内競争実験における繁殖干渉の重要性を指摘しましたが、文献整理が全体に不十分でした。特に、ショウジョウバエやコクヌストモドキはほとんどレビューできていません。そこでこの論文で改めて整理しなおし、かなり踏み込んで議論しています。たとえば、この論文では繁殖干渉による進化や行動の変化(e.g., Kishi and Tsubaki 2014)についてもレビューをおこないました。あれほどやりつくされた感のある室内競争実験ですが、繁殖干渉の視点からみるとまだまだやれることがあります。
室内競争実験の結果はながらく議論されてきましたが決着がつかず、混乱が続いてきました。この論文によってかなり整理できたように思います。
共同研究者の方々 (敬称略)