◆ はじめに
昆虫の研究をしていると、昆虫の写真を撮る必要に迫られる。プレゼンテーションで写真があるのとないのでは話の理解に雲泥の差が出るからだ。たとえばマメゾウムシの実験をしました、というときに、マメゾウムシの写真があると聞き手も「ああ、こんな虫なのか」と納得しやすい。簡単なことのようにおもえるけれど、実験をしているときにいちいち手を止めて写真を撮ることは意外と難しい。なぜかというと「写真撮影」という手順を事前に組み込んでいないからだ。それで学会直前になってあれこれ写真を探しても、それらしい写真がなくて困ることがよくある。そんな経験を繰り返して、最近はなるべく写真を撮っておくようにしている。これはマクロ撮影に限らず、調査地の写真や調査中の写真も同様である。写真は大事だ。
昆虫の写真を撮るにはマクロ撮影をすることが多い。マクロ撮影とは対象にぐぐっと近づいて写真を撮ることである。小さなものを大きく写すにはそれなりの機材や技術が必要になってくる。代表的なものがマクロレンズだ。普通のレンズは一定の距離以下では合焦しないようにつくられているため、大きく写そうとするとぼけてしまう。しかしマクロレンズはかなり近い距離でも合焦するように作られているため、小さなものを大きく写すことができる。いま市販されているマクロレンズのほとんどは等倍撮影が可能だ。等倍というのは、撮影対象が画像素子に同じ大きさに写ることをいう。たとえば長さ20 mmの昆虫を等倍に写したら画像素子に20 mmの大きさで写る。画像素子の大きさはAPS-Cサイズの一眼レフでも23.4×16.7 mmだから、相当に大きく映るだろう。最近では、等倍以上に映るようなマクロレンズもいくつか発売されている。インターネット上のフリマ(フリーマーケット)サイトの拡大が原因と思う。昆虫の研究にも使いやすいのはありがたい。
昆虫を撮影するには焦点距離が50 mm以下のマクロレンズだと苦労することが多い。もちろん撮影する対象にもよるし一概に言えないのだけど、50 mm以下のレンズだと十分にワーキングディスタンスをとれない。ワーキングディスタンスというのは、レンズの先から撮影対象までの距離のことで、焦点距離が短いほどこの距離が短くなる傾向がある。野外では昆虫は動くし、カメラが近づいてくれば逃げることも多いから、なるべくワーキングディスタンスを確保したい。だから50 mm以上を使うのがいいことになる。ぼくはSigma Macro 70 mm (F2.8)を使っている。100 mmでもよかったかと思うこともある。かといって焦点距離がこれ以上に長くなると、今度は合焦範囲(ピント)がどんどん薄くなるので、動く昆虫を撮影するのは難しくなる。マクロレンズ以外のレンズを使ってマクロ撮影をする方法については後述する。
しかし昆虫の写真を美しく撮るにはマクロレンズだけではなかなか難しい。初めはマクロレンズだけで撮っていてもそのうちストロボがほしくなると思う。研究で使う写真は、昆虫をくっきりはっきりと撮ることが重要で、そのためには合焦範囲をできるだけ深くしたい。このとき絞りをできるだけ絞り込んで使うことになるが、そうすると光量が少なくなってしまうため、シャッタースピードが遅くなってしまうのである。ストロボはこの問題を解決してくれる。
私が使っているペンタックスは正直なところ、マクロ撮影には向いていない。マクロ撮影をしたい人がこれからカメラをそろえるなら、他社にしたほうがいいと思う。他社にはリングストロボだけでなくツインフラッシュの純正品(ニコン、キャノン、オリンパス、ソニー)がある。ツインフラッシュはリングストロボに比べて光の当て方の自由度が高い。オリンパスには2台のストロボを合体させたようなツインフラッシュブラケットというパーツもある。オリンパスはフィルム時代からマクロ撮影向け機材が充実していることで有名だった。
ペンタックスにはツインフラッシュがなく、リングストロボしかない。しかもその頼みの綱であるマクロリングストロボAF160FCも生産中止になってしまった(2016年12月現在)。ぼくはフィルム時代からペンタックスを使い続け、そのままデジタルに移行したのでマクロ撮影もペンタックスでなんとかしたい。とりあえずAF160FCは持っているから、これを使うことにする。
K5+Sigma 70mm (F2.8)+AF160FCの組み合わせでひとまずいろいろと撮れるのだけど、小さな昆虫を撮影するとなると、等倍でもものたりないようになってきた。そこでペンタックスで等倍以上に撮影するにはどうすればいいか、最近考えてきた。以下ではその軌跡を書いておく。
リバースアダプターK
リバースアダプターとはレンズを逆向きにくっつけるパーツである。このパーツを使ってレンズを逆向きにくっつけると、マクロ撮影ができるようになる。このパーツを純正で出しているのはほかはニコンだけと聞く。ニコンのBR-2Aリングがそれだ。純正以外ではいろいろとあるみたいなので、それを使ってもいいかもしれない。リバースアダプターKにはφ49 mmとφ52 mmがあって、ぼくは52 mmのものを持っている。
逆付けするレンズは標準のズームレンズが向いていると思う。レンズを逆付けしたときの難点はピントが動かせないことだが、ズームレンズならば画角を動かすことでピント位置や撮影倍率を多少動かすことができる。でももちろん無限遠はでないけれど。レンズを逆付けすると広角レンズほど、倍率が高くなる。28 mmでは等倍を優に超えて約2倍の撮影ができるようになる。ちなみにリバースアダプターを介せばマウントが関係なくなるから、フィルター径さえ合えばどんなレンズでもくっつけることができる。
K5にFA28-70mm(F4)を逆付けしたところ。このズームレンズはMZ-3についてきたキットレンズなのだけど、F値が変わらないので逆付けにしても都合がいい。70 mm側と28 mm側で撮った写真を比べてみよう。
左が70 mm側で撮ったもので、右が28 mm側で撮ったものだ。28 mm側では絞りの数字が大きく写し出されている。物差しを撮影して確認したが、12mm程度が横幅いっぱいに写ったから、やはり約2倍程度であった。意外と写りも悪くない。これはいいと思ったが、問題はストロボがくっつかないことと、絞りが連動しないことである。上にも書いたが、レンズを逆付けするとマウント部が前にくるので、マクロストロボをくっつけることができない。ニコンは気が利いていて、BR-3リングというパーツがあり、逆付けしたレンズのマウント側につけるとフィルターやリングストロボを付けられるようになる。ペンタックスでも以前はリバースリングライトホルダーKという同等の商品があったそうだが、残念ながら今はない。マウントアダプターなどを使って自作する人もいるが、なんだかめんどうな気がする。また、絞りが連動しないのもやっかいな問題である。昆虫のマクロ撮影ではできるだけ合焦範囲を広くするために、F16以上に絞り込んで撮ることが多い。しかし、レンズを逆付けし、F16以上に絞り込んだ状態でファインダーをのぞくと絶望的に暗い。昆虫のマクロ撮影では暗い場所での撮影もよくあるから、そんなときは暗がりのなかでもがいているような気持ちになる。できれば明るい状態でピントを合わせたい。そのために、こんなものまで買ってしまった↓
フレキシブルアームのフラッシュアームホルダーとスマートフォン用のLEDライト×2である。アームホルダーはたぶん中国製。アームの根元を触っていたら簡単にねじ切れてしまったのでアロンアルファでくっつけた。LEDライトはUSB充電式でなかなか明るい。ただ点灯時間が30分くらいで、もうすこしもってくれたらいいなと思う。
しかし2灯つけてもF16以上にはぜんぜん足りないので、結局ストロボがほしい。そこでうちに転がっていたペンタックスの昔のストロボを改造することにした。
みにくくて申し訳ないが、ストロボの発光部を外に延長してレンズの前まで持ってきた。百均で買った小さなタッパーの内側にアルミホイルを貼り付けたものをリフレクター代わりにし、そこに発光部をくっつけた。これで簡易のリングストロボのように使えるようになった。
それなりに写真がとれるようになった。とても楽しかった。だが、写真が楽しめるようになると、どんどん欲がでるもので、不満も出てきた。ストロボのTTL調光が効かないのである。TTL調光とは発光量を画像素子側で測って調節する仕組みである。改造したのが昔のストロボで、外光オートのみになっていた。そのため、小さな昆虫に光がまわっていなくても、ストロボのセンサーに光が返ってくれば、発光をやめてしまう。またF16以上に絞り込むこともできない。そこでストロボのセンサーを黒テープでふさいでみたが、今度はフル発光のみになってしまって明るすぎる。それに充電間隔が長くなるうえに電池の減りも早い。センサーに貼るテープを調節して、発光量を一定にし、絞りも固定にしてしまえばいいのだが、そうすると今度は下の接写リングとの相性が悪くなってしまうのである。
接写リングKセット
リバースアダプターとあわせて使っていたのが、接写リングである。ペンタックスの現行ではただのエクステンションチューブである接写リングしかないが、以前はオート接写リングという絞り連動のものも売っていた。どうせレンズを逆付けするなら絞りは効かないし、これでいいかと思って購入した。またペンタックスはヘリコイド接写リングという長さが調節できるものも売っていた。これはなかなかの優れものと思うが、現行でなく、中古でもあまりみかけないので購入を断念した。ちなみにこれも絞りは連動しない。
接写リングにはNo.1, 2, 3があって、番号順に長くなり、長いものほど接写倍率が大きい。逆付けしたFA28-70mmにNo.3を組み合わせると3倍程度の撮影ができる。複数を組み合わせ、より長くして使うこともできる。しかしこのとき、より暗くなってしまう。するとピントが合わせにくくなるばかりか、ストロボの必要な発光量が変わってしまうのである。上の自作ストロボを使って同じ発光量のまま、適正露出を得るには、絞りを変えてやるしかない。つまりNo. 1を使うときとNo. 3を使うときでは絞りを変える必要があるのである。No. 3ではより高倍率で撮影できるのに、絞りはより開けてやらないといけないことになって、これまた気持ち悪い。
さらに残念なことに、私の持っているシグマの70 mmのレンズは絞り環がないので接写リングと組み合わせて使うことができない。接写リングと組み合わせると常に最小絞りになってしまう。したがってこれを解決するには絞り環のあるマクロレンズを用意する必要がある。で、ペンタックスの現行品を見てみると、残念なことにDFA 100 mm (F2.8)には絞り環がない。DFA 50 mm (F2.8)には絞り環が残されているが、上記のように昆虫撮影には向かない。ペンタックスは接写リングとこの絞り環のないマクロレンズを並行して販売することをどう思っているのだろうか。ぐぬぬ。
前玉外し
あれやこれやで、解放絞りでのピント合わせやストロボのTTL調光がなんとかできないものか。そう考えていたところ、ネット上に書いてあったのがこの技術である。これは標準ズームレンズの前玉を外し、簡易マクロにするものである。詳細な仕組みはよくわからないが、確かにこの方法なら、絞りが連動するし、レンズの情報がボディ側に伝わるから、解放絞りのピント合わせもストロボのTTL調光もできそうだ。
そこで先日、中古カメラ屋でSigma 28-80 mm (F3.5-5.6)を買ってきた。このレンズはもともと80mm側で1/2マクロが可能だが、そもそも等倍以上の撮影にしか興味はない。そこでウェブサイトでみたとおりにレンズの前玉外しにとりかかった。
買ってきたレンズ。なんだかもったいない気もするが。。
レンズの銘板をはがすとこんな感じ。
ハサミの先を入れて、ぐいっと回す。
ぐるっとまわって前群が取れた。このレンズは前玉のすぐ後ろに絞り機構があった。
今回はインドネシアのお札50,000ルピアを使ってみる。
左が28 mm側で右が80 mm側である。28 mm側でほぼ等倍、80 mm側で約2倍程度の撮影倍率となった。写りも悪くない。かなりいいのではないかと思う。この写真はどちらもF16に絞り、カメラ側の内蔵ストロボを焚いている。そのままでは光がまわらずにケラレてしまうので、レンズの上に簡易のディフューザーをくっつけている。
リアコンバーター A2X-S
というわけで、レンズの逆付けはそれなりに撮影できることはわかったけれども、絞りやストロボが連動しない問題があることがわかった。私はプロの写真家ではないので、なるべく簡単に撮影できるシステムが組みたい。現状の70 mmマクロレンズと前玉を外した28-80 mm標準レンズの2本を活用することにすると2倍までの撮影がそれなりにできる。それではそれ以上のマクロ撮影はどうすればいいだろうか。アブラムシくらいの小さな昆虫の写真になると2倍でも厳しい。
そこで、リアコンバーター(通称:リアコン)を導入することにした。リアコンはカメラとレンズの間に挟んで使い、レンズの最短撮影距離を変えずに焦点距離を1.4倍や2倍に伸ばすことができる。つまり70mmのマクロレンズに2倍のリアコンをかますと、140mmのマクロレンズと同等となり、このとき最短撮影距離は変わらないから、撮影倍率が実質的に2倍になる。前玉を外したズームレンズなら、ほぼ4倍の撮影が可能になる。ちなみに2倍のリアコンを使うと絞りも2倍に暗くなる。F2.8のレンズはF5.6と同等になる。
ペンタックスの純正で2倍のものを中古で購入した。有名なケンコーテレプラスのペンタックス用は現行品がないようだ。このリアコンは絞りが連動し、また電気接点が設けられているので、シグマ70mmマクロレンズにリアコンをつけた状態でもボディ側で絞りを自由に制御できる。前玉外しのレンズにも問題なくリアコンはつけられ、さらにステップアップリングを介してマクロストロボをくっつけられるし、解放絞りでピントを合わせられる。これで等倍以上のマクロ撮影がすこぶる簡単になった。これにてだいたいマクロシステムが完成したものと思う。
PENTAX K5, Sigma 28-80mm(F3.5-5.6)(modified), Rear Converter A2X-S, F16, flash.
追記 2017. 1. 5
標本を撮影していたら、やはりいくつか問題点が出てきた。こういうものはいつまでもなくならないものだ。
まず、前玉をはずしたSigma 28-80mmにリングストロボAF160FCをつけて撮影したら、真っ白に白飛びしてしまった。理由がわからないので、「海野和男の昆虫撮影テクニック 増補改訂版(2014, 誠文堂新光社)」を読んだところ、ハレ切りしないと光がもれてしまうとのことであった。そこで手近にあった黒いファイル入れを切って、フィルターとステップアップリングの間に挟み込んだ。
この対策はまずまずの効果があり、ハレーションをだいぶ少なくできた。しかしそれでも調光がうまくいかない。露出補正を-3.0くらいにするとちょうどいいことがわかった。これで、前玉外しレンズにリングストロボをつけて撮影できるようになった。
前玉を外したSigma 28-80mm(f3.5-5.6)の写真をならべてみる。
Pentax K5, Sigma 28-80mm (f3.5-5.6)(modified), 28mm, AF160FC
Pentax K5, Sigma 28-80mm (f3.5-5.6)(modified), 80mm, AF160FC
なかなかよく撮れている。次に、リアコンをつけて撮影してみる。
Pentax K5, Sigma 28-80mm (f3.5-5.6)(modified), Rear Converter A2XS, 28mm, AF160FC
Pentax K5, Sigma 28-80mm (f3.5-5.6)(modified), Rear Converter A2XS, 80mm, AF160FC
一見、きれいに撮れているようだが、なんだか写真がだいぶ眠くなった気がする。リアコンを使うとこんなに写真が劣化してしまうとは思わなかった。2倍くらいで撮影するときには「70mmマクロ+リアコン」ではなく、前玉外しレンズだけで撮影するほうがきれいに撮れそうだ。それ以上の撮影倍率では、しかたなくリアコンを使うか、あるいは解放絞りでピント合わせができないエクステンションチューブを使うか、難しいところである。
70mmマクロでも同様の撮影をしてみた。
Pentax K5, Sigma 70mm macro (f2.8), AF160FC
Pentax K5, Sigma 70mm macro (f2.8), Rear Converter A2XS, AF160FC
このサイズではわかりにくいが、やはりリアコンをつけると画質が大きく劣化してしまうようだ。2倍以上で撮るときにはピント合わせが厳しくてもエクステンションチューブを使うほうがいいのかもしれない。