マングローブスズ(バッタ目:ヤチスズ亜科)は、マングローブ林にのみ見られる地表性昆虫です。翅が完全に退化しているため、鳴きません。とても長い触角を持っています。
雌成虫
上が雄成虫、下が雌成虫
マングローブスズは、昼夜問わず、干潮時には地表面を徘徊して活動し、満潮時には幹の上などで休息しているのが観察されます。下の写真は、満潮時にオヒルギの幹で休息しているマングローブスズの写真です。真ん中より少し上あたりに大きい個体と小さい個体が見えるかと思います。
マングローブスズは、活動リズムを野外の潮汐サイクルに合わせているわけですが、私はマングローブスズは潮汐に合わせた体内時計を持っているのではないかと考え、野外より採集した個体を一定条件下(25℃・恒暗)におき活動リズムを調べてみました。その結果、約10時間の活動期と約2時間の休息期が交互に見られ、平均12.6時間の自由継続周期(n=11)を示しました。また、この内因性の活動リズムは明暗に同調しなかったことから、マングローブスズが概潮汐時計を持っていることが明らかとなりました(Satoh et al. 2008)。
次に、マングローブスズがどのような環境因子を用いて、体内の概潮汐時計が刻む活動リズムを野外の潮汐サイクルに合わせているのか調べました。例えば、私達人間の持っている約25時間周期の体内時計(概日時計)は毎朝浴びる光によって調整されています。野外の潮汐に関連した環境因子は、水温や水圧の変化などさまざまありますが、私は上げ潮への接触に注目しました。野外から採集した個体について、一定条件下(25℃・恒暗)でしばらく活動リズムを記録した後、人工的な満潮(飼育シャーレへの浸水)を12.4時間ごとに4回与えると、マングローブスズは人工的に与えた満潮サイクルに合わせて活動するようになりました。つまり、満潮の始めに生息地に流れ込んだ潮流に接触することで、体内時計を合わせていることが明らかになったのです(Satoh et al. 2009)。
現在は、マングローブスズの概潮汐時計を担う時計遺伝子について調べています。約24時間周期の体内時計である概日時計については,どのような時計遺伝子がどのようなメカニズムで約24時間の体内周期を作り出しているのか,ショウジョウバエやマウスをモデル生物としてかなり明らかになっています。一方で,概潮汐時計を司る時計遺伝子は,これまでのところどの生物においても明らかにされていません。そこで,マングローブスズの概潮汐時計遺伝子を解明することを最終目標として,まずは,マングローブスズの体内で約12時間周期(概潮汐リズム)で発現量が振動している遺伝子を網羅的に調べてみまたした。その結果,発現量が約24時間周期で振動する遺伝子よりも,約12時間周期で振動する遺伝子の方が多いことが明らかになりました(Satoh & Terai 2019)。約12時間周期で振動する遺伝子群の中に,概潮汐時計遺伝子が含まれる可能性が高いため,これらのデータをもとにさらに候補遺伝子を絞って研究する予定です。