年会費:2千円。
総会までにお振込をお願い致します。
毎年総会出席者のみならず沢山の会員の
方々から会費納金のご賛同を頂き、
ありがとうございます。
厚くお礼申し上げます。
令和7年度から支部長は和田直人(昭和41年化卒)
1、 関東支部の沿革
関東支部の前身は「長工同窓会京浜支部」であり、平成12年(西暦2000年)定期総会にて改名決定した。
京浜支部は昭和23年12月に発足(今年で70周年)した。
その活動につ いては『長工70年史』に譲ることとして、本内容はそれ以降の関東支部の歴史や活動についてまとめたものです。
支部総会の会場を見てみると、当初は東京駅丸ビル地下の花月食堂や毎年変わった場所で行われてきましたが、昭和45年からは新橋の「蔵前工業会館」で固定して実施されてきました。
その後、蔵前工業会館は建て替えのため、はあといん乃木坂「健保会館」や「霞が関東京会館」、「アルカディア市谷私学会館」で実施され、平成29年からは千代田区の「日本教育会館平安の間」で行われています。
支部長(会長)は初代中村順内、二代中村辰二、三代中村喜一郎、四代梅山久夫、五代竹内政義、六代関要吉、七代羽生田三郎、八代仁科義忠(関東支部初代)、九代山口久福、十代(現在) 古谷利夫と引き継がれてきました。
長工関東同窓会「関東支部」に改名された翌年に八代仁科義忠会長のもとで関東支部会報「すそばな関東」が発刊されました。
創刊号では当時2千500余名の会員を擁していたが新卒業生の関東地域への就職は毎年10名に満たなく年々衰微の傾向があったようです。
その頃から 会員の交流や情報交換の場が年一回の総会だけであり会報の必要性があったのでした。
関東支部に改名された当初は70名程の参加者でしたが「すそばな関東」の会員への配布や情報交換 の甲斐があって、翌年は初参加者が20名増と毎年増員の方向となりました。
4年後の平成16年には『第八十五回全国高校野球選手権記念大会』に長野県代表で出場したことによる母校回帰で各支部が一丸となりその結果、平成16年の関東支部総会出席者は130人を超 える勢いでした。
会員が増えたことにより翌年からは総会会場をアルカディア市谷「私学会館」 に移動しました。
その後の14年間は会員の出席者が減少(年5~6人減少)に歯止めがかからずに平成30年は50名を超えることができませんでした。
そこで幹事・役員全員で減少に 歯止めをかけるべく、新規会員の募集や支出費用の削減・会場変更等実施してきました。
100周年記念事業も無事完了して一段落となったところで更に新しい企画を検討したいと考えています。
なお各支部においても会員の高齢化や同窓会自体の関心度の希薄さみたいなものも近頃感じています。
一時期はバブル期で会員の多さで分離・分割してきた同窓会もここいらでそろそろ合併・統合形に移行する時期かもしれません。
またそのためにも他支部との交流が必要となるでしょう。
お互いに近くに住みながら全く交流もなく総会に出席しなければわからないのではなく、情報 交換のツールとして会報は大切であり、年一回総会の案内と同時に最近では千部を超えて会報を発送しています。今年で会報は18号になりました。継続して発行するためにも会員のご協力 なくてはできません。先輩たちが連綿と繋いできた長工関東同窓会「関東支部」を継続させなければなりません。
2、長野県高等学校同窓会東京連合会(略称:東京同窓連)の活動
長野県に母校を有する高等学校の関東地区同窓会をもって組織して北信・東信・中信・南信 の4区に分け各地域に連合会をおき、「関東支部」は北信地区高等学校同窓会連合会(北信同窓連)に両方に加盟して活動を行なっています。
東京同窓連は長野県内106校中57校が加盟、北信同窓連は31校中11校が加盟して活動を行なっています。
「北信同窓連」においては歴代会長には五代竹内政義・七代関要吉氏が歴任して、十六代(現在)古谷利夫が担当しています。
また「東京同窓連」では副会長として活動しています。
近年は少子化の煽りを受けて高校の閉鎖や統合により同窓会活動が縮小・廃止・低迷傾向にあり同窓連の運営にも影響が出てきています。
同窓連は平成27年に50周年を迎え、母校長 工を北信同窓連で記念訪問しました。