榎木 亮介(えのき りょうすけ)
北海道大学大学院医学研究科 光バイオイメージング部門
『“光”で探る生物時計中枢細胞ネットワークの作動原理』
私はこれまで海馬シナプス可塑性や、網膜アマクリン細胞の樹状突起活動、視交叉上核の概日リズムの可視化解析などを行ってきました。最近生物時計の分野に参入してきましたが、一貫して光イメージング観察技術を用いて神経細胞の機能解析を行っています。実験で得られるイメージング像は美しく、時に目を奪われることがあります。光イメージング観察では「Seeing is believing」とよく言われますが、しかし時には、「Seeing is perturbing / questioning」となってしまうことがあります。例えば光イメージング観察の為の励起光が、細胞死を起こさないレベルであっても細胞特性を変えてしまうことがあります。本セミナーでは、最近私が取り組んでいる生物時計中枢の概日カルシウムリズムの研究を中心に、光イメージング観察の知見についてお話したいと思います。
これまで私は3度、研究対象(脳部位)を変えてきました。研究対象が異なると研究の歴史も常識も少なからず異なり、また当初は分らない事だらけでデメリットと思いましたが、最近ではこの経験は私にとって大きなメリットであること感じています。本セミナーでは私のこれまでの経験についてもお話できればと思います。
<略歴>
2002年 東京薬科大学大学院生命科学研究科 博士短期取得修了
2002年 慶應義塾大学医学部生理学教室 助手
2003年 英国国立医学研究所 博士研究員
2005年 ダルハウジー大学医学部 博士研究員
2008年〜現在 北海道大学大学院医学研究科光バイオイメージング部門 助教
時間医学講座(兼任)、細胞生理学講座(兼任)
<受賞歴>
2013年 北海道大学大学院医学研究科 優秀論文賞
2012年 日本生理学会 ポスターアワード
2011年 日本時間生物学会 優秀ポスター賞
2010年 北海道大学大学院医学研究科 優秀論文賞
<参考文献>
[1] Enoki R, Kuroda S, Ono D, Hasan MT, Ueda T, Honma S, HonmaKI. Topological specificity and hierarchical network of the circadian calcium rhythm in the suprachiasmatic nucleus. PNAS. 2012;109(52):21498-503.
[2] Enoki R, Ono D, Hasan MT, Honma S, Honma KI. Single-cell resolution fluorescence imaging of circadian rhythms detected with a Nipkow spinning disk confocal system. J Neurosci Methods. 2012; 207(1):72-79.
[3] Enoki R, Hu, Y, Hamilton D, Fine A. Expression of long-term plasticity at individual synapses in hippocampus is graded, bidirectional, and mainly presynaptic: an optical quantal analysis. Neuron. 2009; 62.242-253.
志賀 向子(しが さきこ)
大阪市立大学 大学院理学研究科
『虫たちの多様なリズム―野外生態から脳へ―』
生物に普遍的に存在する概日時計は概日リズムを作り出すだけではなく、様々な生命現象に利用されると考えられます。たとえば、光周性機構では概日時計は日長を測定し季節を読むことに使われます。また、概日時計を時計のサイクル数カウンターと組み合わせることにより、n日周期のリズムを生み出すことも可能でしょう。しかし、概日時計がこれらの現象にどう使われているのか、その実体はほとんどわかっていません。私たちは、動物の個体レベルに視点を置き、様々な昆虫を用いて比較生理学的に生物リズムの研究を行っています。本講演では、私たちが長年研究してきたルリキンバエ光周性機構について、光周性神経ネットワークに対し概日時計ニューロンがどう関わるのか、また、最近研究を始めた、オオクロコガネのユニークな二日周期の地上への出現リズムと野外生態について紹介します。
<略歴>
1993年 岡山大学大学院自然科学研究科後期博士課程修了 博士(理学)
1993年 大阪市立大学 助手
1997-1998年 アリゾナ大学客員研究員
1998年 大阪市立大学 講師
2001年 大阪市立大学 准教授
2010年 大阪市立大学 教授
<受賞歴>
1997年 国際比較内分泌学会The Jimmie Dodd Memorial Prize(ポスター賞)
2002年 日本比較生理生化学会吉田奨励賞
<参考文献>
[1] Shiga, S. Plausible neural circuitry for photoperiodism in the blow fly, Protophormia terraenovae. Acta Biologica Hungarica 63 (Supple.2), 36-47.(2012)
[2] Muguruma, F., Goto, S.G., Numata, H., Shiga, S. Effect of photoperiod on clock gene expression and subcellular distribution of PERIOD in the circadian clock neurons of the blow fly Protophormia terraenovae. Cell and Tissue Research 340, 497–507. (2011)
[3] Shiga, S., Numata, H. Roles of PER immunoreactive neurons in the circadian rhythm and photoperiodism in the blow fly, Protophormia terraenovae. Journal of Experimental Biology 212, 867-877. (2009)
末次 正幸(すえつぐ まさゆき)
立教大学 理学部 生命理学科
『バクテリア染色体複製のリズム』
生命が自己複製を繰り返すための“リズム”すなわち細胞周期は、原始的なモデル生物である大腸菌においても見られます。大腸菌の細胞周期進行の引き金となる制御ポイントは染色体DNAの複製開始段階です。複製が開始すると、複製装置の構成因子でもあるリング蛋白質“クランプ”がDNA上に導入され、つづくラウンドの複製開始が起こらないようネガティブフィードバックがかかります。一定時間の後、複製が終結するとクランプはDNAから外れるので、フィードバックは解除され、再び次のラウンドの複製を開始する事が可能となります。このクランプ動態に依存した染色体複製のフィードバック経路をうまく再構成して、染色体複製の周期的な繰り返し、すなわち“染色体複製リズム”を人工的に再現できないか?と考えており、今回、そのためのアプローチについてお話ししたいと思います。
<経歴>
2002年 九州大学大学院薬学府 博士課程 中退
2003年 九州大学大学院薬学研究院 助手
2008年 英国ニューカッスル大学CBCB ポスドク
2011年 九州大学大学院薬学研究院 助教
2011年 JSTさきがけ研究員兼任
2013年 立教大学理学部生命理学科 准教授
<参考文献>
[1] Su'etsugu, M. and Errington, J. The replicase sliding clamp dynamically accumulates behind progressing replication forks in Bacillus subtilis cells. Mol. Cell, 41, 720-732 (2011)
[2] Su'etsugu, M., Nakamura, K., Keyamura, K., Kudo, Y., and Katayama, T. Hda monomerization by ADP binding promotes replicase clamp-mediated DnaA-ATP hydrolysis. J. Biol. Chem., 283, 36118-36131 (2008)
[3] Su'etsugu, M., Harada, Y., Keyamura, K., Matsunaga, C., Kasho, K., Abe, Y., Ueda, T. and Katayama, T. DnaA N-terminal domain interacts with Hda to facilitate replicase clamp-mediated inactivation of DnaA. Environ. Microbiol. (in press)
二階堂 愛(にかいどう いとし)
独立行政法人理化学研究所 情報基盤センター
バイオインフォマティクス研究開発ユニット
『リズムが消えた先に残る細胞状態ゆらぎはどこからくるのか?』
生命は「リズム」を巧みに利用し、細胞周期や概日時計などの仕組みを達成している。これらについては、分子レベルの仕組みが理解され、さらに再構成をも目指している。一方、生命は、リズムではなく「ゆらぎ」を積極的に利用することもわかってきた。例として、ミオシン分子の移動や、脳の情報処理、細胞内シグナル伝達などがあり、生命現象の様々な階層に渡って報告されている。近年、細胞集団のなかに「細胞状態のゆらぎ」が存在することが、様々な研究者から報告されている。しかしながら、その分子メカニズムや意義については、明らかにされていない。細胞状態ゆらぎを理解するには、細胞状態を、集団の平均値として観察するのではなく、1細胞ごとに計測しなければならない。そこで、我々は1細胞の全転写産物をDNAシーケンサーで計測する技術、Quartz-Seqを開発した。本講演では、我々の手法が、細胞のゆらぎをどの程度捉えることができるのかを示し、細胞周期の影響を除いてもなお観察される「ゆらぎの源」について、オミックスとインフォマティクスから考えてみたい。
<経歴>
2004年に横浜市立大学大学院を修了。博士 (理学)。在学中、連携研究所の理化学研究所ゲノム総合研究センターでマウス完全長cDNA配列決定計画に参加し、機能アノテーション、Microarrayデータ解析手法を研究。埼玉医科大学ゲノム医学研究センター、理研発生・再生科学総合研究センターで研究員として、ChIP-seq, 1細胞RNA-Seqのデータ解析・実験技術を行う。
2013年より理研情報基盤センターバイオインフォマティクス研究開発ユニットリーダー。「インフォマティクスから始まるライフサイエンス」を目指し、シーケンスデータ解析技術と実験技術の研究開発を行なっている。
http://HackingIsBelieving.org/
<参考文献>
[1] Sasagawa Y*, Nikaido I*, Hayashi T, Danno H, Uno KD, Imai T and Ueda HR. Quartz-Seq: a highly reproducible and sensitive single-cell RNA-Seq reveals non-genetic gene expression heterogeneity. Genome Biology. 14. 2013 (*Equally contributions)
福田 弘和(ふくだ ひろかず)
大阪府立大学大学院 工学研究科 機械系専攻
『シンプルなモデルを産業テクノロジーに変える試み-植物工場技術開発』
植物システムに特有の自己組織化現象やそれを司る創発原理の解明は,植物の高度な環境適応機能の解明とその工学的応用,ならびに植物生産技術イノベーション(農業イノベーション)の視点から重要です.特に,分子機構が解明されその生理的重要性が指摘されている概日時計に着目することは,応用面で大きな利点があります.本研究では,一つ一つの細胞に備わった概日時計が近接・長距離の相互作用を通じて様々な時空間パターンを形成する様子を解析し,その形成機構を数理モデル化することを試みました.また,外部摂動に対する概日リズムの位相応答に着目し,時空間パターンの制御法についても研究を行いました.本講演では,植物の概日システムが形成する多様なリズム現象とその数理モデルを紹介しつつ,シンプルな数理モデルを農業分野における産業テクノロジーに変える試みを紹介します.
<経歴>
2003年4月~2005年3月 日本学術振興会・特別研究員(所属:九州大学)
(研究分野:振動子集団の同期現象とノイズの効果に関する非線形物理学)
2004年3月 九州大学・大学院工学府・博士後期課程修了 博士(工学)取得
2005年4月~2013年3月 大阪府立大学・生命環境科学研究科/工学研究科・助教
2009年10月~2013年3月 科学技術振興機構・さきがけ研究員 兼任
2013年4月~ 大阪府立大学・工学研究科・准教授
<受賞歴>
2009年10月 日本時間生物学会 優秀ポスター賞「概日リズムの精密制御」など
2012年9月 日本生物環境工学会 論文賞「時計遺伝子の発現解析による早期診断法」
<参考文献>
[1] H. Fukuda, K. Ukai, T. Oyama: Self-arrangement of Cellular Circadian Rhythms Through Phase Resetting in Plant Roots. Physical Review E 86, 041917 (2012).
[2] Fukuda, H., et al., Controlling Circadian Rhythms by Dark-Pulse Perturbations in Arabidopsis thaliana. Sci. Rep. 3, 1533 (2013).
藤本 仰一(ふじもと こういち)
大阪大学 理学研究科 生物科学専攻
『細胞社会の集団的な意思決定のデザイン』
微生物も動物も植物も、細胞間コミュニケーションを通じて、細胞分化などの多様な意思決定を行います。各細胞の生化学反応回路が、細胞集団レベルでの意思決定を制御する仕組みに、私たちは興味をもっています。この集いでは、同期やペースメーカーなどの概念も含めた細胞集団のリズムに注目して、社会性アメーバを用いた実験と理論の共同研究や[1]、さらには、意思決定を左右する回路の設計原理について様々な生物に共通しうる理論[2]をご紹介します。
同時に、数理科学と生命科学の越境についてもお話したい。私は、複雑系科学[3]という数理科学の研究教育をうけた後、多細胞システムのリズムやパタンなどの自己組織化の研究を志し、現在は生物科学科に属しながら生物実験を行わない理論研究室を主宰しています。私は数理科学の発想で生命を眺める一方で、学生達は生物学の発想で数理モデルを眺めています。私たちが、どんな興味を持ち、どのように研究を進めているかについても簡単にふれます。
<略歴>
2001年 東京大学総合文化研究科 博士後期課程修了 複雑系の物理
2001〜2006年 同研究科 助手 社会、生態、細胞などに研究分野を模索
2006〜2008年 科学技術振興機構 ERATO複雑系生命プロジェクト(総括 金子邦彦教授)
グループリーダー 細胞レベルの生命現象の理論研究を本格的に開始
2009〜2013年 大阪大学 生命科学研究独立アプレンティスプログラム 特任准教授
2013年〜 大阪大学 理学研究科 准教授
<参考文献>
[1] T. Gregor, K. Fujimoto, N. Masaki, and S. Sawai. “The Onset of Collective Behavior in Social Amoebae.” Science 328: 1021 (2010)
http://www.sciencemag.org/content/328/5981/1021
[2] K. Fujimoto and S. Sawai. “A Design Principle of Group-level Decision Making in Cell Populations.” PLoS Comp. Biol. 9(6): e1003110 (2013)
http://www.ploscompbiol.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pcbi.1003110
[3] 研究会「複雑系」、物性研究 68(5), (1997)
http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN0021948X/ISS0000412748_ja.html
柳沢 正史(やなぎさわ まさし)
筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構
『睡眠覚醒制御の謎に挑む』
睡眠覚醒の障害は単独でも現代社会におけるメジャーな問題であるのみならず、生活習慣病・メタボリック症候群や、抑うつなどの精神疾患のリスクファクターとしても近年注目されています。しかしながら、睡眠覚醒調節の根本的な原理は不明のままで、例えば、そもそも『眠気』が脳内でどのように表現されているのか、全く分かっていません。
昨年12月に文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラムに採択され、筑波大学に国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)が設立されました。つくばに、「睡眠」をメインに基礎研究を行う国際的な拠点が立ち上がり、世界から優秀な研究者が集まってきています。IIISでは、睡眠・覚醒というブラックボックスをこじ開けるため、フォワード・ジェネティクスを用いた野心的なプロジェクトが進行しています。突然変異を誘発したマウスを大量に作成し、脳波測定により睡眠覚醒異常を示すマウス家系を選別してその原因遺伝子変異を同定するというアプローチは、リスクの高い手法ではありますが、それだけに睡眠覚醒制御の根本を担う重要な遺伝子が発見される可能性が高いと考えられます。本講演では、我々の最新のアプローチや進行中の結果を含めてご紹介します。
<経歴>
1985年 筑波大学医学専門学群卒業
1988年 筑波大学大学院医学研究科 博士課程修了(医学博士)
1989年 筑波大学基礎医学系薬理学 講師
1991年 京都大学医学部第一薬理学 講師
1991年 テキサス大学サウスウェスタン医学センター 准教授 兼 ハワードヒューズ医学研究所准研究員
1996年 テキサス大学サウスウェスタン医学センター 教授 兼 ハワードヒューズ医学研究所研究員
1998年 テキサス大学サウスウェスタン 医学センター
The Patrick E. Haggerty Distinguished Chair in Basic Biomedical Science 就任
2001年 独立行政法人科学技術振興機構(JST/ERATO)総括責任者(2007年3月まで)
2003年 米国科学アカデミー正会員に選出
2010年 内閣府 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)中心研究者(2014年3月まで) 筑波大学教授
2012年 文部科学省 世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI) 拠点長
<受賞歴>
・茨城県科学技術振興財団 つくば賞
・国際腎臓学会 The Donald Seldin Award
・日本心血管内分泌代謝学会 高峰譲吉奨励賞
・米国薬理学会 The J. J. Abel Award
・Robert J. and Claire Pasarow財団 Medical Research Award
・米国心臓学会 The Novartis Award
・米国生化学・分子生物学会 The Amgen Award
・東京テクノフォーラム21 ゴールドメダル賞
・ブレインサイエンス振興財団 塚原仲晃記念賞
・Bristol-Myers Squibb Achievement Award in Cardiovascular Research
・米国睡眠学会 Outstanding Scientific Achievement Award
・日本心血管内分泌代謝学会 高峰譲吉賞