開発の理由

【作業選択の難しさ】

作業選択の意思決定をするための面接や会話は,作業療法実践の正否を左右する,またクライエントと作業療法士の信頼関係を左右する重要なプロセスです.にもかかわらず,作業選択の意思決定に関する「面接や対話」において明確な手順はなく,作業療法士個々人の経験,価値観,信念に合わせた独自のコミュニケーションによって,比較的任意に実施されているのが現状ではないでしょうか.したがって,時にクライエントと作業療法士の間に認識のズレが生じてしまいます.分かりやすい例を以下に挙げます.

作業に関してクライエントとセラピストの間に共通認識が持てなかった場合

「病院では1年半リハビリをやったかな.リハビリって1学期修了,2学期修了とかないじゃん.先生のカンだけで進められるさ.成績書もないし,いつになったら終わりかなと思ってた.ある時手芸みたいなことをやってみないかと言われたので,そんなのイヤだと言った.(別の利用者さんから:私は手芸をやって集中力 が高まって靴のひもを結ぶのが上手くなったよ.だから手芸はいいと思うよ).だから何のためにやるのか説明されればオレだってするさ.よくなりたいんだもん.言えばいいんだよ.でも,そうですかって引っ込んでさ.堂々としてないとこっちだって信頼できないんだよ.別に責めてるわけではないんだよ.悪い人でもなかったし.お互い話し合いながら切磋琢磨すればいいんだよ」 ある通所サービスに通う男性利用者さんの話

クライエントが行ってきた作業を把握していなかった場合

「病院では祖父にパンのバターの塗り方を教えていた.断言してもいいが,祖父はそれまで自分のトーストにバターを塗ったことなど一度も無かった.何と言う無駄なことをするのだろう.毎日は新鮮で新しい経験だというのに.また,祖父が自分で洋服を着られるようにするために多くの時間とスタッフの注意が向けられていた.私が手伝えば10分でできるのに2時間もかけて着させられていたのであるSwanson 1997)」 Mary Low 他, 著 宮前珠子,長谷龍太郎 訳:クライエント中心の作業療法.協同医書.2000.

コミュニケーションの不足によって信頼関係が築けていない場合

「リハビリの世界って,何か変だと思わないか?(中略) プロのリハビリスタッフにすべてをお任せしていれば何も問題はないのだと思っていた.(中略)だからスタッフサイドの一方的なアイデア・プランの通りになってしまう.それも,まだ当初はリハビリのスタッフと いえば,われわれ患者からすればドクターの存在と同様に,ある種「絶対的」に近い存在だと信じてきた.しかし,ずっとリハビリを続けてきて,それはかならずしもそうではないのかもしれないと思い始めた.いま,自分が感じているのは私が生きてきた世界とは大分違うのではないかということを実感している.もっと言うなら,患者に対してもう少しきめのこまかい管理が必要なのではないか? 例えば,患者や患者の家族を含めたお互いが掲げたハードルの高さを確認し合 うこととか,リハビリの進捗状況を確認する際,リハビリ治療を始めるにあたって当初決めたことに対しての自分自身に対する警戒心とか疑念とかを頭の隅っこのほうに感じているか? とかね.」

池ノ上寛太:リハビリの結果と責任.pp96-98.三輪書店.2009.

もちろん,担当した作業療法士だけを責めているわけではありません.そもそも,作業選択の意思決定は両者のコミュニケーションを通して成り立つものであり,非常に難しいものです.多くの先行研究でも,作業選択の意思決定に関してクライエントとセラピストの間にはズレがあることが指摘されています.中でも Maitraら(2006)は,クライエントと担当作業療法士の双方に面接調査を行った結果,作業療法士の100%はクライエントに十分な説明を行い,90%は意思決定にクライエントの参加を促したと回答したのに対して,クライエントの23%は自分の作業療法目標が全く分からないと回答し,46% は意思決定に全く関わっていないと回答したと指摘しています.

これらのことから,我々作業療法士は,作業選択の意思決定をするにあたり,クライエントに十分説明し,クライエントと共通認識を持ち,クライエントの参加を促す必要があると推察されます.

【これまでの面接評価法】

これまで,海外で開発されたCanadian Occupational Performance Measure(COPM; Law et al. 1990,吉川,2007)や,Occupational Self-Assessment (OSA; Kielhofner et al. 2001)などの半構成的な面接評価法を用いることで,自由な会話や面接の場合に比べて,作業選択の意思決定がかなり明確な手順で実施できるようになりました.しかし,これらの面接評価法でも,背景にある理論の理解や,ある程度の会話技術を要します.また東洋文化圏ではクライエントが作業療法士に対して明確に意思表示をしないことがあることや,我が国の作業療法が医療を基本としていることなどからも,クライエントが作業選択の意思決定に参加しやすいような工夫が必要です.

もちろん,私たちの経験からも,これらの半構成的面接は少し練習を重ねれば上手く出来る様になります.ただ,私たちがこれらの面接評価法を学生に教えたり,全くこれらの面接評価法を使ったことがないセラピストと会話した経験を通して,やはりビギナーにとっては興味はあるけど実施するには少し敷居が高いと感じているようでした.このようなビギナーの方々のファーストステップとして,筆者は作業選択の意思決定に関する面接評価法を,もう少し「仕組み化」する必要があると考えました.また,新人作業療法士が急増している中においても(2010年1月付けで全国の入学定員は7645名),作業選択の意思決定をするための面接評価法の「仕組み化」に関するニーズはますます高まると思います.

そんな中,私たちはアメリカの作業療法士であるBaumらが開発したActivity Card Sort(ACS)という評価法を知り,取り寄せて実際に使ってみました.

ACSでは,IADL,レジャー,社会活動などの様々な作業場面が写真で描かれた89枚のカードを,クライエント自身が「現在行っている作業」,「過去5年間行ったことがない作業」,「病気によってあきらめた作業」,などのカテゴリーに振り分けてきます.その過程において,クライエントの過去と現在の作業活動状況を照合したり,クライエントが現在どのような作業活動に興味を持っているか,作業療法士と対話をしながら具体的に整理することができます.さらに写真を使うことで,話題にする作業活動をイメージしやすく,言語のみで意思疎通を行う面接よりもクライエントの意思を引き出すことが可能になるのではないかと思われます.

ただし,ACSの適用にはいくつかの制約がありました.まず対象が高齢者に限定されていることです.またカードに描かれている作業活動も家事と趣味に限定されているため,他のセルフケアや移動など,日常生活全体の中から作業活動を選択することはできません.さらに,アメリカで開発されたため,我が国では比較的なじみの薄い作業も含まれていました.よって,ACSは写真を使って作業歴を整理するという点においては有効な面接評価法ではあるものの,上記の点において改善の余地があると考えました.

そこで私たちは,ACSの写真を使うという点にヒントを得て,作業選択意思決定支援ソフト(ADOC; Aid for Decision-making in Occupation Choice)を開発しました.ADOCでは,日常生活全般の作業を8カテゴリーの95項目に集約し,クライエントと作業療法士がパソコン上でイラストを振り分けていくことによって,作業選択の意思決定を行います.また,選択した作業に対する満足度や,作業全般の参加レベルを評価することによって,作業療法の成果(outcome)も検証できるようにしていく予定です.

【作業と健康】

諸家によって表現に違いはあると思いますが,作業療法の長所は,

「作業を通してクライエントの生きがい(健康)を支援すること」です.

この時の作業は,どの作業でもよいわけではありません.

クライエントにとって価値のある作業を行う必要があります.

そのためには

「この作業が好きだ」

「この作業ができるようになりたい」

「こんな生活を送れるようになりたい」 など

クライエントが意思決定に積極的に参加することが必要になります.

ADOCで,少しでも多くのクライエントが意思決定に参加する機会が増えれば,これ以上の幸せはありません.