【お知らせ】
【お知らせ】
2025年度 立教英米文学会
【講演】
小河舜(上智大学助教)
「初期中世イングランドのAngelcynnをめぐって――後期古英語期における「イングランド人」の意識」
【内容】
ブリテン島へ侵入と定住を行った5世紀以降、各地で諸王国を築いたアングロ・サクソン人は、10世紀初頭のWessex王Æthelstanに「イングランド人の王」としての呼称を与えた。以後、10世紀後半から11世紀初頭にかけて、「イングランド人」としての民族意識は、激しさを増すデーン人による侵略を受ける中で、次第に顕在化する。本発表では、10世紀後半以降の文献に見られるAngelcynnを手掛かりに、初期中世イングランドにおける民族意識の芽生えとその特徴について考察を行う。従来、アングロ・サクソン人の民族意識は、charter等を扱う歴史学の文脈で盛んに議論されてきた。発表では、Ælfric of Eynsham(c.955–c.1010)とWulfstan(d. 1023)による作品を軸として、10世紀後半から11世紀初頭に執筆された古英語とラテン語による文献を分析の対象とする。作品に見られる民族名をそれが使用される文脈とともに考察することで、この時代の「イングランド人」としての意識がいかなるものであったかを明らかにしたい。
【略歴】
1992年、東京都生まれ、宮崎県育ち。立教大学文学部文学科英米文学専修を卒業後、同大学院文学研究科英米文学専攻博士課程前期課程を修了。最優秀論文賞TN賞を受賞。2018年、同大学院後期課程に進学し、2023年、博士(文学)を取得。フェリス女学院大学、武蔵大学他での非常勤講師を経て、2024年、上智大学文学部英文学科助教に着任。後期古英語期の聖職者であるWulfstanの作品を中心に、古英語の言語、文学を専門とする。現在はWulfstan作品の言語的、思想的特徴、歴史的意義について、語彙、文体、リズム、写本、文字などの面から研究を進めている。主要論文に “Developing Use of lagu in Wulfstan’s Homilies: From Godes lagu to woroldlagu.” (Studia Neophilologica, 2022)、「後期古英語期の聖職者ウルフスタンのリズム—two-stress phraseの『例外』的箇所にみる文体の通時的変化」(『英文学と英語学』,2025)など。これまでに “Harmony and Conflict: Blended Borders of the Dene and the Engle in the Late Old English Period” (Leeds International Medieval Congress, 2022)、“Wulfstan’s Style and Rhythm in the York Gospels: An Analysis of the Manuscript Punctuation” (34th International Conference of the Spanish Society for Medieval English Language and Literature, 2024) など、海外での研究発表も多数。
【特別記念講演】
新妻 昭彦(立教大学名誉教授)
「トマス・ハーディの最後の小説を考える――「恋の霊を求めて」を求めて」
【内容】
「『恋の霊』は、ハーディの最後の小説であって、最後の小説ではない」というパトリシア・インガムの言葉は、代表作である『ダーバヴィル家のテス』(1891)と『日陰者ジュード』(1895)を含む、小説家トマス・ハーディ(1840–1928)の最終期における『恋の霊』(The Well-Beloved)(1897)という小説が持つ曖昧にして不安定な位置を端的に言い表している。まずは代表作との関連から、現在では単独の作品としてハーディ研究において存在感を増しつつあるこの小説に関して、その執筆刊行の事情やプロット構成、反復する主題、研究上の関心の推移などを考察することで、まずはその研究上の意義を確認したい。その上で、その曖昧さと不安定さに関して拙論を加えることになる。その際、ほかのハーディ小説のあらましを伝え、その魅力まで示すことができれば申し分がない。
【略歴】
1987年に東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専門課程を修了後、1987年に帝京大学法学部講師、1989年に埼玉大学教養学部専任講師、1990年に同助教授を経て、2000年に立教大学文学部教授に就任。2024年に同名誉教授。論文に ‘William Greenslade Degeneration, Culture, and the Novel 1880-1940’ (『英国小説研究』 18 [1997] pp. 147-158)、「Henchardの変貌――The Mayor of Casterbridge試論」(『埼玉大学教養学部紀要』30 [1995] pp. 1-13)、「Jude the Obscureの位置」(『日本ハーディ協会会報』20 [1994] pp. 114-128)、「反響の時代――A Passage to India論序説」(『埼玉大学教養学部紀要』29 [1994] pp.27-47) など。
【傍聴記】
2025年12月20日に行われた立教英米文学会の特別記念公演は本校名誉教授であり、長年英文学研究の発展に寄与されてきた新妻昭彦先生をゲストスピーカーとしてお迎えし、Thomas Hardyについての講演を拝聴しました。先生の授業に参加していた参加者から「当時の先生の授業そのものである」というコメントが出るほど和やかな雰囲気の中で講演は進行しました。
新妻先生はハーディの「恋の霊を求めて」を取り上げ、ハーディ小説におけるこの作品の位置づけと新たな読み方を提示なさいました。ハーディの小説作品の出版の流れとヴィクトリア朝イギリスの出版状況に触れながら、「恋の霊を求めて」を作家の最後の小説と見てよいのかという問いを立てられました。この小説には‘The Pursuit of the Well-Beloved’ (1892)とThe Well-Beloved:A Sketch of a Temperament (1897)の2つのバージョンが存在しています。しかし1897年に改訂版が出版されるまでの間に、作家の代表作の一つであるJude the Obscure (1895)が出版されたことにより、The Well-Belovedが出版年としては最後であるにもかかわらずJudeをハーディの小説作品の最後として見る研究があることを新妻先生は指摘されています。
新妻先生は出版をめぐる諸事情を考慮すれば、「恋の霊を求めて」をハーディ最後の小説執筆の試みと見るべきだと結論づけられました。さらに先生は ‘The Pursuit of the Well-Beloved’と改訂版のThe Well-Beloved:A Sketch of a Temperamentには内容に大きな差があることに言及され、その違いに触れながら、「恋の霊を求めて」を考察する際には二つのバージョンを精読することが必要であると述べられました。
ハーディに注目された今回の講演は、文学研究における版による作品の変化という重要な研究の視座を教示してくださるものでした。版による内容の違いを丁寧に跡づけることで作品読解はより緻密になり、それによって作品と作者への理解がいっそう深まるということが新妻先生のご講演を通して参加者に共有されたのではないでしょうか。
2026年2月19日 立教大学大学院文学研究科英米文学専攻 修士4年 飯田咲希
【過去の講演】