◇ 運動負荷試験の理解に必要な生理学的基礎
図1 細胞(内)呼吸と肺(外)呼吸の連関に対するガス輸送機構を説明する模式図
歯車は系の生理学的要素の機能的な相互関係を示している。筋における酸素消費量(QO2)の増大は、筋を灌流している血液から抽出した酸素量の増加、末梢血管床の拡張、心拍出量[一回拍出量(SV)と心拍数(HR)の積)]の増加、肺血管の動員と拡張による肺血流量の増加、および換気量の増加などによって達成される。酸素は、肺血流量や肺血液のヘモグロビン酸素不飽和化の程度に比例して、肺胞から摂取される(VO2)。定常状態においてはVO2 = QO2となる。換気量[一回換気量(VT)と肺呼吸数(f)の積)]は、新しく産生されて肺へ達する二酸化炭素量及び動脈血の二酸化炭素と水素イオンのメスとス他紙巣に至る進行に比例して増加する。これらの指標は下記の式による。
VCO2=VA・PaCO2 / PB
ここでVCO2は二酸化炭素排出量、VAは肺胞換気量、PaCO2は動脈血CO2分圧、PBは大気圧である。
歯車は同じ大きさで示してあるが、このような連関の各成分における変化が同じであることを意味するものではない。たとえば、心拍出量の増加は代謝率の増加よりも小さい。この結果、著しく激しい運動中では血液から筋への酸素抽出が増加し、筋から血液への二酸化炭素排泄が増大することになる。一方、中等度の運動強度では換気量は静脈還流によって肺に運ばれる新生の二酸化炭素にほぼ比例して増加する。激しい運動中は、代謝性アシドーシスが発生し、この代謝性アシドーシスを呼吸性に代償するために換気量の増大を招くことになる。
図2 呼気ガス分析からATを決定する際に使用するVO2-VCO2関係、VO2-VE関係の生体内代謝機構図
無気的代謝で産生されたピルビン酸は、TCA回路に続く電子伝達系に必要なO2が供給されないとTCA回路に入れず乳酸となる。これは重炭酸イオン(HCO3-)で緩衝され、その結果CO2が産生され、動脈血PCO2の増加を防ぐための換気亢進が起こってVEが増加する。さらにCO2が増えると動脈血HCO3-が減少しH+イオンが増加、これが主に頸動脈正体を刺激してさらに換気を増加させると考えられている点 [呼吸性代償点;Respiratory Compensation point(RC point)] が観察される。尚、ATについて、Wassermanらは、『有気的代謝に無気的代謝が加わりそれに関係したガス交換の変化が生じる直前の運動強度または酸素摂取量』と定義した。運動強度が増加し、有気的代謝で産生されるエネルギー(ATP)だけでは不十分になると解糖系でのATP産生が高まり乳酸が産生される。このことにより過剰のCO2が排出されCO2濃度の増加による刺激は換気を亢進させ、換気量の非直線的上昇を生じさせる(図参照)。
◇ 運動負荷試験の意義
呼吸循環器疾患患者に対する運動負荷検査の目的の一つは、安静時には異常が見られなくても運動を行わせた時、労作時に顕性となる運動制限因子から、これらのどこに障害が存在するかを検出することにある。また、スポーツ選手や、子ども、おとな高齢者に至るすべての世代、対象において、呼吸循環系機能の総合的かつ正確な評価が可能である。したがって、以下に示すような、患者の重症度の評価、トレーニング効果の判定や、運動処方におけるトレーニング条件(強度、時間)の策定に用いられ、運動負荷試験の実施により評価判定が可能な項目を以下にまとめた。
● 虚血性心疾患の早期診断、その重症度の評価・判定
● 呼吸器系疾患の早期診断、その重症度の評価・判定
● 労作時息切れの鑑別
● 治療効果の評価・判定
● 呼吸循環機能の総合評価・判定
● スポーツ・運動トレーニング効果の評価・判定
● 心臓リハビリ、呼吸リハビリにおける運動処方の指針策定
● 運動トレーニング条件(強度、時間)の策定
◇ 運動負荷試験の方法
運動負荷試験前のメディカルチェック
A 病歴、身体的検査および臨床検査
血圧
コレステロールおよびリポ蛋白
★★血液成分測定値★★肺機能検査
B 運動試験の禁忌
C インフォームドコンセント p47
運動負荷試験および運動プログラムへの参加前に参加者から十分なインフォームドコンセントをとることは、倫理的にも法律的にも重要な配慮である。
インフォームドコンセントには運動負荷試験の目的や運動に伴う危険などを被験者が知り、納得できるような十分量の情報を含めるべきである。
Japan Arteriosclerosis Longitudinal Study (JALS)
公益信託・日本動脈硬化予防研究基金の助成の下に、全国各地で行われている循環器コホート研究の個人データを統計的に統合し、日本人の循環器疾患発症リスクとリスク因子の影響を定量的に評価することを目的として開始された研究です。
記録表の無料配布ダウンロードサイトの紹介
方法
プロトコール
漸増負荷法(負荷watt値、歩行・走行速度、傾斜を変化させ負荷量を変化させる方法)
● 多段階漸増負荷試験(マニュアル操作でも可能)
● Ramp負荷試験(直線的漸増負荷法;コンピュータ制御が必要)→臨床の現場では主流。Whippらにより提唱された運動負荷法で運動強度を直線的に増加させる方法。
Whipp BJ, Davis JA, Torres F, Wasserman. A test determine parameters of aerobic function during exercise.J Appl Physiol 50:217-221,1981.
装置・器具
● 自転車エルゴメータ(一般的な臨床検査にてよく用いられる)
● 陸上トレッドミル(トップアスリートの測定やフィールド研究によく用いられる)
● 腕エルゴメータ(脊髄損傷、呼吸器疾患患者の臨床検査や臨床研究によく用いられる)
● 中トレッドミル (水中運動療法や肥満者を対象とする研究に用いられる)
測定の手順について
● 電磁制御型自転車エルゴメータ(エアロバイク)に跨ってもらい、サドルの高さを調整する。
● 内蔵の自動制御コントローラを用いて、運動負荷方法及び運動負荷量(Watt数、運動時間)を決定する。
● 被験者モニター用心電図電極を前胸部に取り付け監視テレモニターで観察する。必要に応じて、上腕動脈に動脈血ガス分析および血中乳酸測定のための採取用カニューラを留置して,絆創膏でしっかり固定する。
● 呼気ガス分析はbreath by breath方式のrespiromonitorにより連続的に行う。
● 呼気ガス測定の際には、マウスピースとフェイスマスクのどちらか一方を装着させる。どちらも一長一短がある。前者は口腔内やマウスピース付近に唾液がたまりやすいし、後者は死腔がやや大きくなること、マスクのサイズや装着方法によっては機密性に問題が生じる。
負荷のかけ方
自転車エルゴメータを用いた運動負荷
● 軽い運動強度でウォーミングアップを行わせた後に主運動を実施する。安静3分後、20wattで3分間の定負荷を実施し、その後、2秒毎に1wattの漸増の主運動(30watt/分ランプ負荷)に入り、負荷量を漸増して被験者が耐えられなくなる自覚的最大負荷まで行う。
● 自転車エルゴメータによる運動はペダリングの回転速度が大切で、主運動の時はスピードを60±5rpmの一定に維持する。それには、メトロノームを毎分120回のリズムに合わせるとよい。
● 運動負荷中ペダリングの正しい頻度を維持するよう、被験者を激励し、被験者がペダル回転数50rpm以上を維持できなくなったときは運動を中止する。
● 運動負荷テストに要する時間は、運動強度の増加が早すぎるとテストが早く終わりすぎてデータが十分に得られない。運動強度の増加が小さすぎるとテスト時間が長くなり、呼吸による運動制限の前にテストに飽きたり、シートに座る尻の痛みや大腿四頭筋の疲労などで運動を終わってしまう。健常被験者で運動強度の漸増時間の部分が6分から12分で終わるようなプロトコールが望ましい。
● 運動終了後は直ちにペダルの回転を止めずに、無負荷のまま最低2分間ほどマイペースでペダリングを続ける。これにより、激しい運動を突然中止した際にまれにみられる低血圧を予防できる。
その他の注意事項
● 検査を行う前に運動に対する危険因子がないか、適切な不可であるかなどの患者の病歴、身体所見、臨床検査について十分なメディカルチェックを行う。また検査の内容の説明と支持を十分にして、患者の不安感を除き最大限の能力を発揮できるようにする。
● 呼気ガス測定のためのノーズクリップやマウスピースあるいはフェイスマスクについては、絶えず空気漏れに注意を払う必要がある。通常、私たちの研究室では、装着時の空気漏れに、十分注意した上で、フェイスマスクを利用した測定を行っている。
● 自転車エルゴメータのサドルの高さは、ペダルが最下位にある場合測定部を水平に乗せた時、足がほぼ伸展位となるよう調整する。
● 心電図モニターで不整脈の出現、STの3mm以上の低下、平均血圧の10mmHg以上の低下を見た場合、運動強度に注意する必要がある。
運動時自覚的呼吸困難の程度の判断
運動時の自覚的呼吸困難の程度を知ることも運動制限因子の鑑別に重要である。
これまでにはHugh-Jonesの分類がよく用いられてきたがこの5段階では大まかすぎるため、近年、これをより細かに定量的に評価する方法が広く用いられるようになってきた。これは運動中に被験者が表示してある呼吸困難の程度を指先やスケールで示すもので、VAS(visual analogue scaling)法とcategory scaling(Borg Scale)法がよく用いられる。これによると詳細な段階に呼吸困難の程度を分類して評価できる。
◇ 諸指標と評価の仕方
運動負荷試験の臨床
D 心肺機能 p64
最大酸素摂取量: Maximal oxygen uptake (VO2max)
最大酸素摂取量は被験者の運動に関与する、心臓、肺、運動筋の総合的な予備能力を評価する最もよい生理学的指標である。VO2maxとpeakVO2は定義が異なっている。VO2maxは負荷量をさらに増やしても、VO2がもはや増加しなくなった時点のVO2とされている。一方、peakVO2は特定の漸増運動負荷試験で精いっぱいの努力をした時に得られた最高のVO2である。したがってどのような対象にでも呼気ガス分析さえ正確に行っていれば必ず得られる指標である。VO2maxはより客観的で生理学的意義のはっきりした指標であるが、酸素摂取量がプラトーに達したことを確認する必要があり、すべての対象に求めることは困難である。健常人の場合には殆どの場合漸増負荷で下肢疲労の限界のところで得られたpeakVO2はVO2maxにほぼ近い値と考えられている。peakVO2は年齢、性別、活動レベルによって基準値が異なる。また負荷方法によっても異なり、トレッドミルでは自転車エルゴメータと比較して高値をとる。
最大心拍数: Maximal heart rate (HRmax)
最大心拍数は年齢とともに減少することが知られている。男女間に一定の差はなく、運動の種類による差もない。運度トレーニングによっては、最大心拍数は変化しないとされている。最大心拍数は心循環系の限界を知る有用な指標ではあるが、漸増負荷での最高心拍数が予測値より10から20拍少なめの場合、本当に心循環系の限界に達していたかどうかに苦慮することがある。血中乳酸値、分時換気量、自覚症状なども参考にする。運動時の心拍数の反応は交感神経刺激薬、βブロッカーなどの薬剤の影響、心疾患、末梢血管障害、内分泌疾患等々の影響を受けることにも注意すべきである。
自覚的運動強度: Rate of Perceived Exertion (RPE)
自覚的運動強度(RPE)とは,運動時の主観的負担度を数字で表したもので,Borg Scaleが代表的である.Borg Scale は,数字を 10 倍するとほぼ心拍数になるように工夫されているが,年齢などにより差異があることに注意が必要である.13 が AT レベルと考えられる.また,New Borg Scale では数字を 10 倍すると,その運動が自分の持っている能力の何%程度かを示すように設定されている。
無酸素性作業閾値: Anaerobic Threshold (AT)
漸増運動負荷をかけていくと、ある負荷量を境として血液中の乳酸レベルが急に上昇してくる。その負荷量を酸素摂取量で表わしたものがATである。活動筋への酸素運搬能の指標と考えられており、健常人においては体力(fitness)の重要な指標である。Wassermanらによると「ATとは代謝性アシドーシスと、それによるガス交換の変化が起こる直前の仕事量、または酸素消費量」と定義されている。すなわち、AT以上の運動に必要なエネルギーが好気性代謝で不足した時、それを補うために嫌気性代謝が必要となる。この場合、エネルギーの供給は筋細胞内のピルビン酸を乳酸に変えることによりなされる。したがって、ATを越えて運動量が増せば増すほど乳酸は増加し、乳酸/ピルビン酸比は増加し、乳酸アシドーシスは進行する。
一方、換気においては、pHの低下により呼吸中枢が刺激され換気量が増し、また炭酸ガス排泄量も増すが、酸素摂取量は平衡状態となる。したがって、理論的にはAT以下の運動量では長期に運動ができるが、AT以上になるとアシドーシスのため容易に運動が制限される。このため、ATは運動療法の処方にあたって大切な目安となっている。最近、呼気ガス分析の精度とデータ解析が進歩しATを呼気ガス分析から非侵襲的にしかも迅速に測定(図V-slope法など)できるようになっている。
ATは最大酸素摂取量と同様、個々の運動能力、特に全身持久力の指標となる。種目によっては、最大酸素摂取量よりもスポーツ選手の運動パフォーマンスを反映する優れた指標であることが示されている。その求め方には、直接血中の乳酸を測定する方法と、上記のような換気の変動点から求める方法の二つがある。通常、健常者でのATはVO2maxの50~60%である。
日常生活で安静がちの人はATは低値をとり、体力トレーニングにより新循環系の機能を増すとATも増加することが知られている。疾患の場合では心臓弁膜症、心筋症、慢性心不全などの心疾患、肺血管障害、貧血、などでATは低下する。慢性肺疾患では一般にATは低下しないとされているが、日常活動量が低下して、体力のdeconditioning が行っていることが多いため、ATも低下していることが少なくない。
E 運動負荷試験中の計測 p105
心拍数と血圧
心電図(ECG)のモニタリング
自覚的運動強度の表記法
ガス交換と換気応答
血液ガス
運動負荷試験の中止基準
最大酸素摂取量の概念
● 運動強度を徐々に強くしていくと、酸素摂取量は、運動強度にほぼ比例して増加していきますが、ある強度で呼吸器・循環器系の機能が限界に達して酸素摂取量が横ばい状態(プラトー)になり、その後、強度をいくら増しても酸素摂取量は増加しない状態が続きます。この時の酸素摂取量を最大酸素摂取量(VO2 max)と言います。
ヒトの最大酸素摂取量(VO2max)
● 人での最大酸素摂取量は、一流のマラソン選手で70-80 ml/kg/min、サーカー選手で60-70 ml/kg/min(安静時の20倍程度)、これらの値は、20歳の一般青年男子約35-45 ml/kg/minと比較すると、アスリートでは約2倍の酸素を取り込み、それを利用する能力があることを示してます。特にマラソンのような全身持久力を必要とする種目においては、最大酸素摂取量が大きいと有利になります。
プロングホーンの最大酸素摂取量(VO2max)
エランド(ウシ科) アンテロープの1種
もののけ姫のあしたかが乗っていた動物(ヤックル)のモデルになった動物
メリカ大陸に生息する大型獣(20-40kg) 「プロングホーン+アンテロープ≒カモシカ」の最大酸素摂取量は安静時の65倍ある。
チータがトップスピードを維持できるのは1分程度に限られます。一方、プロングホーンは基本的に長距離ランナーで、走るのが早く最高時速は88km(135km/時!とも書いてある) に達し、さらに時速70km以上の速度を維持しつつ長距離を走ることができるとされています。
Aerobic Scope とは最大酸素摂取量をMETSで表現する上限をあらわす用語
Bishop CM, The maximum oxygen consumption and aerobic scope of birds and mammals: getting to the heart of the matter. Proceedings of the Royal Society B Biological Sciences (1999). 266, 2275-2281
馬の最大酸素摂取量(VO2max)
● 平均的なサラブレッド競走馬は、140-170 ml/kg/min。安静時の40~50倍程度ある(J Equine Vet Sci,2003 Vol23, No7)。
JRA総研でも何百頭ものサラブレッドの最大酸素摂取量を測定してきた中で、その多くは
140-170 ml/kg/minの範囲で、時に、190 ml/kg/minを示す馬もいたそうです。
この能力は一流のマラソン選手の2.5倍にも達します。
サラブレッドに興味のある人は以下のHPへ
日本中央競馬会(JRA総研)競走馬総合研究所
● ちなみに、サラブレッド種と人の心臓を比較した資料によれば、
(1) 心(臓)重量:サラブレッドは4,500-5,000g、人は250-300g、サラブレッドの心臓体重比は約1%、人は約0.5%。
(2) 心拍数:サラブレッドの安静時心拍数は30-35拍/分(一流競走馬では25-30拍/分)、人は60-70拍/分(一流長距離選手:30-50拍/分)、サラブレッドの最大心拍数は220-240拍/分、人は180-200拍/分。最大心拍数/安静時心拍数はサラブレッドでは7-8倍、人は3倍。
(3) 1回拍出量::サラブレッドでは800-1000ml、人は70ml。(回答:久保勝義、運動生理専門家)