橋本和也・京都文教大学名誉教授のホームページ

2021年木津川アート

2021年木津川アート

「大地の芸術祭」2018年

「大地の芸術祭」2018年

 2018年3月末に京都文教大学を定年退職し、2020年の夏に2期6年務めた観光学術学会・会長を無事に退任いたしました。目下のところ、観光研究に新たな領域を拓くべく、ゆっくりと歩みを進めております。2020年-2021年は新型コロナウイルス感染症による大変な日々が続いておりますが、全国で開催されているオンライン・シンポに顔を出させていただいて、見聞を広めております。2022年は、本と論文がいくつか出版されました。

写真は、前2枚が2018年「大地の芸術祭」と2021年「木津川アート」。後の2枚も「大地の芸術祭](うぶすなの家の水落さんに『地域文化観光論』を贈呈した写真)、その後の4枚は「瀬戸内国際芸術祭」(小豆島)の作品です)。2021年はじめての信濃大町「原始感覚美術祭」です。アーティストが中心になった手作りの「地域芸術祭」です。

 2021年1月に(1)共著書で宇治での20年近くにわたる活動の紹介と分析・考察を、(2)「コロナ禍における観光」を一般生活者・観光者の民俗的視点から述べた 論文を書きました。

2021年12月「観光研究の存在論的転回 ー非‐人間的存在(新型コロナウィルス)と観光」『アフターコロナの観光学』(新曜社)に書きました。

2022年6月に新曜社から『旅と観光の人類学 ー「歩くこと」をめぐって-』(単著)を出版いたしました。南太平洋のフィジー、日本の「観光まちづくり」や「地域芸術祭」の体験(足跡)を、インゴルドの「徒歩旅行者」の「旅」に刺激を受けながら振り返り、「旅と観光のハイブリッド」を模索する本になりました。

2023年11月 「『感染症とともにある観光学』の試み――感染症の人類学を参照して」『立命館地理学』第35号 pp.1-13       論文では、コロナ禍の「新しい日常」において「観光者」と「地域」はともに「ケアされるべき」存在として措定されるべきであると考えました。

2024年3月 「観光研究のアフェクト(情動)論的転回 ――「感情ネクサス」の生成変化について」『立命館大学人文科学研究所紀要』    138, pp.1-26 この論文では、アフェクト(情動)論的に地域芸術祭の作品制作時の過程の分析を試みました。

 

2024年3月 「観光における「ものがたり」の研究」『地域協働研究ジャーナル』第3集 pp.3-19 京都文教大学地域協働研究教育センター  観光におけるナラティヴについての論考です。事例として遠野、久留米まち博、下条うぶすなの家、津南町クローブ座、そして信濃大町の原始感覚美術祭で語られたものがたりを紹介しています。 


[略歴]


神奈川県川崎市出身 1947年生まれ

川崎市立平間小学校

平間中学校(1期生、一年次は小学校に間借りをし、体育の時間は運動場の土を運んでました)

神奈川県立、多摩高校卒業(サッカー部,3年次、生涯最初の賞神奈川県のベストイレブンに選出されるも、いまではその面影がないとのもっぱらの評判である)

國學院大學文学部卒業(2年次終了で退学、数年後3年次再入学しました)

埼玉大学教養学部文化人類学講座聴講生(はじめて文化人類学の講義を受けました)

大阪大学大学院博士課程前期 人間科学研究科人間学専攻(文化人類学)

  同 博士課程後期  単位取得後 満期退学

博士(人間科学)(1995年)

京都文教大学名誉教授(2018年ー現在)

立命館大学客員教授(2019年)

立命館アジア太平洋大学客員教授(2020年ー2022年)

立命館大学客員教授(2022年)


 

[職歴]


1987年

静岡県立大学短期大学部講師、助教授(1987年~1996年)

担当:文化人類学、文化学概論、民俗学、社会調査、文化教養総合演習)

1996年4月

京都文教大学人間学部文化人類学科 教授

(文化人類学基礎演習、開発人類学、観光人類学、地域文化学(オセアニア)、卒論担当 )

1999年12月

文部省教員資格審査 ○教授適格 (京都文教大学文化人類学研究科申請)

(宗教と民族、宗教と民族演習、観光と開発、修論担当)

2000年4月

京都文教大学文化人類学研究科 教授(兼担)

(宗教と民族、宗教と民族演習、観光と開発、修論担当)

2013年4月

京都文教大学総合社会学部総合社会学科(名称変更)教授

2018年3月

京都文教大学定年退職 

2018年5月

京都文教大学名誉教授

 

非常勤講師・客員教授としての活動


1997年4月

阪南大学国際コミュニケーション学部非常勤講師 (文化観光論、地域観光文化論担当)

2000年4月

大阪外国語大学外国語学部非常勤講師 (オセアニア文化研究担当)

2000年4月

関西大学文学部(文化人類学担当)

2001年4月

関西大学文学部地理学科(観光地理学担当)

2002年9月

大阪市立大学大学院アジア都市文化学集中講義(観光)

2013年4月ー2018年3月

立命館大学文学部非常勤講師(地域観光学概論Ⅱ)

2013年8月

大阪市立大学大学院アジア都市文化学非常勤講師集中講義(観光)

2019年10月

立命館大学文学部客員教授(地域観光学特殊講義)

2020年4月ー2023年3月

立命館アジア太平洋大学客員教授(イベント・マネジメント)

2022年4月-2023年3月

立命館大学文学部客員教授(地域観光学特殊講義)

 [業 績]


<著書>

1984年

「タムブア(鯨歯)の象徴分析-フィジーにおける儀礼的交換の意味-」(共著)『象徴人類学』青木保編 至文堂 pp.198-208

  フィジー社会・文化に特徴的な交換(社会的・儀礼的交換)のあり方を概観し、とくに象徴的な交換財として最も重要な鯨歯の交換に焦点をあて、交換の過程を記述し、分析を行なった。 


1993年 7 月

「フィジー」(共著)『世界の民 光と影』下巻 綾部恒雄監修 信濃毎日新聞社編 明石書店  pp.9-18

 フィジーの歴史的概観である。現在抱えている民族問題の源を 1830年代のキリスト教の上陸と受容、英国への統治権の移譲、そして英国行政府の方針でインドから契約労働者を大量に移民させてきたことに遡って説明した。1987年にフィジー系住民よりなる軍隊のクーデターが提示した問題は、現在の「民主主義」の本質を示していた。先住民の土地が脅威に晒される様な「民主主義」とは何であろうか。移民の子孫であってもインド系住民はフィジー国民である。民族によってハンディを負わされても「民主主義」であろうか。多民族社会の「民主主義」の問題がここにある。


1994年

「スポーツとエスニシティ」(共著)『マタンギ・パシフィカ 太平洋島嶼国の政治・社会変動』熊谷圭知・塩田光喜編 アジア経済研究所 第9章 pp.283-310

 植民地体制を経験した民族にとって、スポーツが自己を表現し、その勝利が民族的自信を獲得する画期的な契機になっている例が少なくない。フィジーに住むインド系住民が如何に自分達の「サッカー協会」を「経営」し、役員に積極的になろうとするのかを解明する。競技人口は圧倒的にインド系住民が多いが、一部リーグや国の代表になるとその7割をフィジー系選手が占める。サッカー協会は民族主義的な感情よりもむしろ協会の「経営者」としてより質の高い選手を使い、観客を集められる競技にすることに意義を見つけているように思える。サッカー協会とサッカーはインド系住民にとって自らのアイデンティティの大きな基盤となっている。


1996年7月

「フィジーにおける民族文化の演出 -新たな「観光文化」の可能性を求めて-」(共著)『観光人類学』山下晋司編 新曜社 pp.160ー168

 観光に外貨獲得を頼っている第3世界の小国は多いが、成功している例は少ない。ホスト社会が享受している「民族文化」が無媒介に提示されることで、地元の文化的コードを知らない観光客がそれを楽しめずに戸惑う場合も多い。そこで「観光文化」というジャンルを意識的に創造し、ホスト側とゲスト側の両者の文化的基準を満たし、新たな「真正性」を獲得できるような新たな試みが期待される。その理論的な可能性を検討した。


1996年12月

『キリスト教と植民地経験 - フィジーにおける多元的世界観』(単著) 人文書院 (平成8年度文部省科学研究費補助金研究成果公開促進費による出版)

 フィジー人のほとんど100%がキリスト教徒である。しかしそのキリスト教はフィジーに「土着化(または文脈化)」した様相を呈している。その原因を探ると、宣教戦略および植民地下の政治体制などと深い関係が見られる。本書では、認められ難い旧来の信仰、積極的に評価される「伝統」的儀式や制度、およびキリスト教会が織りなす現在の多元的な信仰世界を、文脈の概念を導入した新たな「社会劇」理論を駆使して解明する。


1997年3月

「『政府』への模索 -『外来王』の変遷-」(共著)『海洋島嶼国家の現像と変貌』」塩田光喜編 アジア経済研究所  第3章  pp.109-145

 フィジー人の「統治体制」(マタニトゥ)に関する概念と実体が「海」との関係でいかに変遷してきたかを検討した。神話時代では「海」からきた「外来王」が「土地の神」として統合され、外来の首長を頂点とする統治体制が成立した。それ以降、英国植民地の役人から、フィジー人海外出兵経験者、今日の海外留学経験者まで、常に「海」からの「威力(マナ)」を取り込んだ「外来王」によってフィジーが統治されてきた。この外来の力がいかに現代に影響しているかを明らかにした。


1997年5月

『講座 文化人類学』第11巻「宗教の現代」 青木保編 岩波書店(共著)第5章 「キリスト教の文化変容」 pp.135-157

 キリスト教の歴史は文化変容の歴史である。18世紀にはいってキリスト教世界から「発見」され、宣教活動の成果を得て、多くのキリスト教徒を抱えるオセアニア地域におけるキリスト教の受容と地域独自のキリスト教に発展していった様子を考察した。特に独立前後にフィジーの社会状況を反映して創設された「貧者の会派」と現在の信者の中に見られる習合現象、多元的な世界を事例として地域独自に発展・変容するキリスト教会のあり方を分析した。


1997年11月

‘Transition of Indo-Fijians from Indentured Labourers and the Football Association as a Symbol of Unity’Contemporary Migration in Oceania : Diaspora and Network ed. by Ken'ichi SUDO, Shuji YOSHIDA The Japan Center for Area Studies National  Museum of Ethnology Osaka (共著) pp.133-150

 英国植民地体制下ではインドから東西に契約労働者という名目で多くの人々が母国を離れた。しかし実態は奴隷同様の労働であった。英国植民地フィジーに移民した人々の契約労働時代、自由民となってからの労働争議、世界大戦中の反英運動、インド人の統合を目指しながら指導者不足で解体する運動などの記述を通して、今日のインド系フィジー人の抱える問題を明確にした。その一方でインド系住民が支援し運営にも成功している「サッカー協会」が、フィジー系選手を積極的に採用している現状が、民族統合の糸口になるかどうかを検討した。


1999年2月

「西からの視線、南からの視線 -オセアニアに見られるオリエンタリズム-」(共著)『オセアニア・オリエンタリズム』春日直樹編 所収 pp.104-129 世界思想社

 西からの視線に対抗する南からの視線の必要性が主張されるが、実現は容易ではない。食人で名高いフィジー島民をキリスト教に改宗させた白人宣教師が、後年キリスト教化による文明化策を反省したり、また植民地政府が山地民の「トゥカ運動」に異常なまでの危機感を抱いたのは、そこにキリスト教とは似て非なる信仰が秩序に浸透し、それを破壊する力を発見したからである。未開の地に赴いたフィジー人宣教師や、第1次世界大戦中労働隊として仏に派遣されたフィジー人兵士は、母国フィジーにキリスト教の真の姿を見、いままでフィジーが辿ってきた道のりの正しさを確認した。植民地主義の遺産として民族対立を抱えるフィジーで、インド系の作家が国民統合のために「新たな想像力」を求めるのは、自民族内部にあるオリエンタリズム的視線からの脱出を意図してのことであった。


1999年4月

『観光人類学の戦略 -文化の売り方・売られ方-』(単著)世界思想社

 観光人類学に関する著書が近年出版されるようになったが、周辺領域に関する報告が中心で何が観光特有の問題かに触れるものが少ない。観光と周辺領域との関係を明確にし、いかなる特徴が周辺領域の問題を観光の領域に介入させるのかを明らかにする必要がある。そのために本書では新たな観光研究のための戦略的な定義に基づき、周辺領域の巡礼や祝宴における訪問・接待と観光との相違や、民族文化の「真正性」は観光では問題にならないことなどを明らかにした。さらに民族的対立が観光開発に反映するインドネシアや中国、観光開発の鏡となるハワイ、そしてハワイを批判・参照しながら観光開発に取り組むフィジーなどを事例として取り上げる。

 近年大衆観光への批判と自然保護を唱えてはじまったエコ・ツーリズムが、辺鄙な場所に観光者をはじめて迎えることができる地元民には、単なる「観光開発」の一形態としてしか受け取られていない現実を指摘した。


2003年2月

『観光開発と文化 - 南からの問いかけ』(共編著)橋本和也・佐藤幸男編著 世界思想社

 観光に関する文献が出版され、観光の経済的効果や地域の活性化について多く語られているが、文化の問題として観光をとらえる視点が欠如している。本書は観光開発の現場における文化、観光推進者の文化と受容する人々の文化に焦点を当てた研究の成果である。沖縄、ヴァヌアツ、ソロモン、ニューカレドニア、フィジー、タヒチなどのオセアニアの各地の観光開発の現場が提示する文化的な問題を扱っている。

 橋本担当 第2章「観光開発と文化研究」『観光開発と文化』pp.54-82

 観光者と彼らを迎える第三世界の人々との間に存在する経済的・文化的ギャップに焦点を当てた。近年盛んになってきた生態環境観光における「自然」の認識に大きな相違がある。それを明らかにするためにいかに「観光文化」が生成するのかを明らかにし、現地にとってはエコ・ツーリズムも現金収入をもたらす開発の一形態にすぎないという認識を得てはじめて現実的なエコ・ツーリズム開発が進むという認識が必要であることをフィジーの事例から明らかにした。>


2005年10月

『ディアスポラと先住民 - 民主主義・多文化主義とナショナリズム』(単著)世界思想社 (京都文教大学出版助成)

 移民・ディアスポラが民主主義を唱え、先住民がナショナリズムを唱えるとき、何が起こっているのだろう。まず世界のインド人ディアスポラが移民先での「統合」を達成しない現状を紹介し、おもに南太平洋のフィジー諸島共和国のインド人ディアスポラと先住のフィジー人の葛藤の歴史と現状を分析し、新たな国民和解と国家再建の道を探る。


2006年9月

『ラグビー&サッカーinフィジー スポーツをフィールドワーク』(単著)風響

 フィジーにおけるインド系住民が支持するサッカーとフィジー系住民だけでなく国民スポーツとなっているラグビーを比較し、それぞれが抱える社会的な問題と民族性を明らかにした。スポーツ研究のためには支持をする人々の文化的・経済的・政治的な背景への理解を深める必要生を強調した。


2011年2月

『観光経験の人類学 みやげものとガイドの「ものがたり」をめぐって』(単著)世界思想社

 観光者がつむぐ「ものがたり」には、観光現場におけるあらゆる経験が関わる。観光地を「換喩的凍結化」するといわれるみやげものは、現地を翻訳するだけの品物ではなく、事物が語るものがたりが観光者にとっての「真正性」の重要な基準になる。

 本書では、観光ガイド、地域文化観光開発における地域民の役割に注目し、地域民の「真摯な対応」が観光者の観光経験を「真正な」ものにすることを明らかにした。


2011年6月

『フィールドワーカーズ・ハンドブック』(共編著)鏡味治也・関根康正・橋本和也・森山工編著 世界思想社

   日本文化人類学会監修の出版物である。はじめてフィールドワークを試みようとする高校生や大学生が1日で体験できる「1日フィールドワーク」プログラムを紹介し、未経験者にとっての初めてのフィールドワークとそこでの「発見」について考察した。

橋本担当 第2章「1日フィールドワーク」、コラム「フィールドでの謝礼・謝金」


2012年8月

「ポスト『ポスト・コロニアル』状況下のフィジー -四度目のクーデターのあとで-」(共著)『グローカリゼーションとオセアニアの人類学』須藤健一編 風響社 pp.183-211

   独立後に先住民と移民との民族対立が現在かするという構図は、世界的に共通する「ポスト・コロニアル」状況の特徴である。しかし2006年の四度目のクーデターではもはや民族対立の図式は崩れた。そこで表面に現出したのが同一民族内での対立・葛藤であった。本論では、1874年からの植民地時代、1970年の独立から三度目の2000年クーデターまでの民族対立が主題となった「ポスト・コロニアル」状況、そしてそれ以後顕著になった民族内対立を「ポスト、『ポスト・コロニアル』状況」として分析した。


2014年3月

「キリスト教とナショナリズム ―フィジー・イメージの出現」(共著)『キリスト教文明とナショナリズム 人類学的比較研究』杉本良男編 国立民族学博物館論集2 風響社 pp.243-262 

  フィジー系住民とインド系住民が長年対立してきた歴史をもつフィジーにおいて、先住のフィジー人のアイデンティティが問題になるときには、なならずキリスト教徒であることが叫ばれる。しかし、フィジー人という国民イメージが形成されるのは、フィジー人がキリスト教徒となり英国の植民地状況下においてであるという皮肉な結果が見られる。フィジー・イメージがキリスト教の影響下でどのように出現してきたかについて明らかにした。


2014年4月

『観光学ガイドブック 新しい知的領野への旅立ち』(共編著)大橋昭一・橋本和也・遠藤英樹・神田孝治編著  ナカニシヤ出版

橋本担当人類学の視点」pp.28-33, 「観光経験」pp.132-137, 「みやげもの」pp.234-237


2018年2月

『地域文化観光論 新たな観光学への展望』(単著)ナカニシヤ出版 全243頁

 「地域文化観光」という概念を提示し、「現代アートプロジェクト」のような外部からもたらされたイベントなどが地域のものとなっているのか、その「地域化」を6項目から検証する基準を提案している。現代アートをめぐり様々なモノとヒトがアクターとなって形成されるネットワークが「地域芸術祭」である。


2019年1月

『現代観光学 ツーリズムから「いま」が見える』遠藤英樹・橋本和也・神田孝治編著 寺岡伸悟・山口誠・須永和博・森正人著 新曜社 全289頁

橋本担当「観光とは何か オルタナティヴの試みをのみ込む大衆観光」pp.18-23、「観光者の観光経験 真正性の議論を超えて真摯な交流へ」pp.64-69、「オルタナティヴ・ツーリズムの現在 地域のためになる観光を実現するには」pp.158-163、「宗教ツーリズム 神聖・真正性を獲得する過程に注目」pp.172-177、「スポーツ観光 パフォーマー・観光者と真正性」pp.178-183、「コラム 観光研究におけるスポーツとオリンピック」pp.218-220、「観光人類学の現場から① 人・アート・コト・地域」pp.240-246。


 2019年6月

『人をつなげる観光戦略 人づくり・地域づくりの理論と実践』橋本和也編著 遠藤英樹・堀野正人・金武創・森正美・片山明久・滋野浩毅・山田香織著 ナカニシヤ出版 全190頁

 橋本担当「序 人をつなげる観光戦略」pp.1-12、「8章 人づくり・地域づくりのための理論の構築に向けて」pp.168-188

 科研基盤研究C2013~2017年の基盤研究(C)「観光まちづくりと地域振興に寄与する人材育成のための観光学理論の構築」 の成果をこの本に掲載した。


2021年3月

「宇治・伏見観光とまちづくり実践の地域文化観光論的考察——物語としての地域との協働」(共著)『旅行者と地域が創造する「ものがたり観光」——宇治・伏見観光のいまとこれから』片山明久編著 pp.187-214

 『人をつなげる観光戦略』(2019年)第8章で提案した人類学の理論で、20年近くにわたる宇治・伏見でのフィールドワーク・ゼミ活動を分析・考察した。


2021年12月

観光研究の存在論的転回 非‐人間的存在(新型コロナウイルス)と観光(共著)『アフターコロナの観光学 COVID-19以後の「新しい観光様式』遠藤英樹編著 新曜社 pp.102-116

 新型コロナウイルスの世界的蔓延によって、観光のあり方と観光研究は大きな変容が求められている。それは、コロナウイルスのみならず、ときに災いを引き起こす自然(海・山・川)や霊的存在などの「地のもの」(非ー人間的存在)がもつ視点から世界を見直す存在論的思考への転回を求める。またそれは、地域の「民俗的世界」に<住まう>あらゆる存在が主体となり、相互に対話・交渉をするなかで立ち現れてくる「地域文化資源」に、地域で発見・創造したストーリーを付与し、発信する観光となる新たな「地域文化観光」の考えを促すものとなる。本論では「普通の生活者・観光者」の生活の立場から、今回のコロナ禍と観光について、「地のもの」の民俗的世界観を基盤に据えた存在論的考察を試みた。


2022年4月

  「存在論的世界とフィールドワーカーの実存」(共著)『フィールドワークの現代思想 パンデミック以後のフィールドワーカーのために』遠藤英樹編著 ナカニシヤ出版 pp.53-63

 調査地においてフィールドワークをするという営みには、2つの側面がある。1つは対象とする人々や社会をホーリスティックに記述するという民族誌的な営みである。もう1つは、その過程で、その世界の人間や非ー人間のあり方に触れつつ自分もその世界の一部となり、ともに生き、かつ同時にそれらを観察する営み、すなわち存在論的に認識されるべき世界において「人類学をする」という実存的な営みである。本論では、後者を中心に述べる。


2022年6月

 『旅と観光の人類学 「歩くこと」をめぐって』(単著)(新曜社)

 観光とは「地域を歩く」ことから始まる。歩くことは迷うことでもある。著者自身が歩き廻った南太平洋のフィジー、日本の「観光まちづくり」や「地域芸術祭」の体験(足跡)を、インゴルドの「徒歩旅行者」の「旅」に刺激を受けながら振り返り、「旅と観光のハイブリッド」を模索する。


2023年12月

 「アート さまざまな「移動」を促す地域芸術祭」(共著)『移動時代のツーリズム 動きゆく観光学』神田孝治・遠藤英樹・高岡文章・鈴木涼太郎・松本健太郎編著(ナカニシヤ出版)pp.172-179  地域芸術祭において、「アートネクサス」から「観光ネクサス」への変換が見られることを指摘しています。


【翻訳著書】

 

1986年12月 『王権』  A..ホカート著  人文書院 単独訳  “Kingship

  創世期における国家の発展にとって王権にまつわる儀礼とそれを司る組織が重要であったことを明らかにした著作。王の葬式や即位式にあらわれる象徴は、社会のまとまりを認識する世界観を鮮やかに表現しており、フィジー文化研究にも先駆的な示唆を与えている。 全315頁  


1991年変化の旋律 ー ハワイアン音楽へのインパクト」 エリザベス・タタール著 橋本訳  『観光と音楽』 石森秀三 編集  藤井知昭監修  民族音楽叢書 東京書籍 pp.3767

   Strains of change 観光産業にとって第一の呼び物であるとともに、ハワイ文化の非常に重要な一部分でもあるハワイアン音楽に、観光が深く影響を与えている。中では、ハワイアン音楽の伝統的な形態の分類を示し、それが19世紀末の複雑な変化を反映し、更に 1920 年代以来の観光の劇的な増大によって拡大したことが指摘されている。また観光関連企業が音楽と踊りを販売促進のための商品として使ってきても、伝統に対する責任感をもっていないことが問題であると結んでいる。


1991年「黄金の国々への旅 ー クナ音楽と観光のインパクト」 サンドラ・スミス著橋本訳  『観光と音楽』 石森秀三 編集  藤井知昭監修  民族音楽叢書 東京書籍pp.153173 

  パナマ共和国のサンプラス諸島のクナ人社会における地元の人々と旅行者、それに旅行業者の三者の相互関係についての研究である。三者の世界観の相違、観光の企画方法などについて述べている。1980 年代に一時観光は盛んになったが、その後落ち着き、パフォーマンスも規則的になった。内容は地元の人々向けと同じものであった。興味深いことは1つの精霊に対して1つのダンスが創造されているが、それぞれの国の観光客向けのダンスが創造される可能性があることである。


 1993年12月『森を食べる人々』 ジョルジュ・コンドミナス著  橋本、青木寿江 共訳 紀伊国屋書店  668頁  Nous avons mange la foret

    ベトナム高地に住むムノング・ガル族の1949年から1年の農業年に起こった出来事を日記の体裁を採って記述した詳細な民族誌である。彼らは年を毎年変わる耕作地の名前で記憶する焼き畑耕作民である。社会的な威信はどれほどの水牛を供儀  したかで測られる。何よりも本書の民族誌学における意義は、35年前に既に対象社会における調査者の存在が「透明人間」ではなく、一人の人間として当該文化へ与える影響を意識的に反省し、調査者の行為・発言を記述し、「民族誌学的事実」とは何かを再考させるテキストとなっている。 


 1996年11月 『文化を書く』ジェイムズ・クリフォード、ジョージ・マーカス編     春日、足羽、橋本、多和田、西川、和迩訳    紀伊國屋書店 橋本担当 第5章「民族誌におけるアレゴリーについて」 ジェイムズ・クリフォード 

 民族誌は不可避的にアレゴリーとなる。アレゴリーの介入を考慮すると民族誌の記述法や読書法を変えざるを得なくなる。今まで主要な位置を占めてきた表象・象徴に疑義が挟まれ、「これはあれについての物語り」とだけしか言えなくなる。アレゴリーを認めることは、民族誌の書き方と読み方を豊かに複雑にしていく。特に他者と他者を通しての我々自身の体系的な構築に対する責任の問題を明らかにする。pp.183-226


201212『王権』 ..ホカート著 岩波書店  橋本単独訳 “Kingship” 425頁

 

2018年6月 『ホスト・アンド・ゲスト 観光人類学とはなにか』ヴァレン・L・スミス 市野澤潤平/東賢太郎/橋本和也監訳 ミネルヴァ書房 “Hosts and Guests  The Anthropology of Tourism”   (Second edition) 全449頁(本文367+参考文献82頁)



これまでの特徴的な論文と最近の論文


1981年11月 「メラネシアの他界観」(単著)『南方文化』Vol.8 天理南方文化研究会  pp.109-131 


1981年 "LE CULTE DES MONTAGNES AU JAPON  L'EXEMPLE DU PELERINAGE AU MONT ONTAKE” (単著) L'Ethnographie  No.85 1981-2  La Societe  d'Ethnographie de Paris  pp.103-123 


1984年 6月 「フィジーのveiqaravi  -  Feasting の意味論的分析に向けてー 」(単著)『民族学研究』  日本民族学会 49巻 1号 pp.27-62 


1985年 5月  「フィジーの火渡り ーツーリズムの人類学的研究ー 」単著)『社会人類学年報』Vol.11  弘文堂  pp.167-181 


1988年 3月  「『観光』人類学の問題点」 単著  『日本文化研究』  第1号 静岡県立大学短期大学部本文化研究室  pp.37-46 


1989年3月“ Fijian Christianization : A Multidimentional Approach to Third World Christianity" Man and Culture in Oceania, Vol.5. pp.1-19. The Japanese Society for Oceanic Studies. 


1992年3月“Redefining the Image of Fiji : The Anthropology of Tourism” 単著) MAN AND CULTURE IN OCEANIA  VOL.8(The Japanese  Society for Oceanic Studies) 


1994年 3月  「スポーツ人類学の可能性」『日本文化研究』第6号 (単著)(静岡県立大学短期大学部日文化学会) 


2001年6月  「観光研究の再考と展望」(単著)『民族學研究』Vol.66 No.1 pp.51-67 日本民族学会 


2001年7月 "Fijian Christianity and Cultural Drama" (単著)People and Cutlture in Oceania Vol.17 pp.67-82. The Japanese Society for Oceanic Studies 


2002年5月「スポーツにおける語りと土着性 -近代スポーツの土着性-」(単著)『スポーツ人類学研究』第3号 pp.1-17 日本スポーツ人類学会


2002年10月文明かマナか」(単著)『福音と文明化の人類学的研究』杉本良男編 国立民族学博物館 調査報告 pp.249-269 


2003年12月「国民和解と国家再建 -フィジーにおける2000年クーデターをめぐる論争-」(単著)『オセアニアの国家統合と地域主義』 山本真鳥・須藤健一・吉田集而編 国立民族学博物館 地域研究企画交流センター(JCAS)) pp.161-187


2008年3月「地域文化観光と地域性 -真正性の議論を超えて-」(単著)『京都文教大学人間学部研究報告』 第10集 pp.19-34


2009年3月「観光経験と真摯さ -実存的アプローチに向けて-」(単著)『京都文教大学人間学部研究報告』第11集 pp.1-15  


2013年3月「観光学の新たな展望 ―なぜ、いま『観光経験』なのか」(単著)『観光学評論』Vol.1-1 観光学術学会 pp.19-34


2016年3月「スポーツ観光研究の理論的展望 ―『パフォーマ-・観光者』への視点―」(単著)『観光学評論』Vol.4-1  観光学術学会 pp.3-17 


2017年12月 Local Art Festivals and Local Culture Tourism: Is Local Art ‘indigenized’ as local culture? (単著)In ASIAN JOUNAL OF TOURISM RESEARCH  Vol.2, No.3 Dec. pp.25-50


2020年3月「オリンピアンが拓く観光の新領域 ―アスリート・パラアスリートをめぐって」(単著)観光学評論』Vol.8-1 pp.27-43 


2021年1月「コロナ禍以後の観光 -「一般生活者・一般観光者」の民俗的視点から」(単著)『立命館大学人文科学研究所紀要』No.125  pp.125-150 

 「一般生活者・一般観光者」の生活の立場から、今回のコロナ禍と観光について、「地のもの」の民俗的世界観を基盤に据えた考察を試みた。


2022年1月 「フィールドワーカーの人類学 ー歩くことをめぐって-」(単著)『立命館大学人文科学研究所紀要』No.131 pp.63-89 

 フィールドワーク(=参与観察)は人類学的な鍛錬であり、フィールドの人々とともに「歩く」ことで成し遂げられる。人類学は、誰かとともに研究し、そこから学ぶことであり、人生の道を前に進み、その過程で「生成変化」をもたらすものである。フィールドワークでは存在論的なコミットメントが重視されるべきであり、フィールドにいる自分とホームにいる自分を常に往還しながら「生成変化」するフィールドワーカーのあり様についての人類学的な考察をおこなった。


2022年3月31日「観光学術学会の10年、そしてこれから」(単著)(10 years of the Japan society for Tourism Studies and its Future) 『観光学評論』Vol.10-1 pp.63-67


2023年1月 Rethinking Hosts and Guests:The Anthropology of Tourism and the Future of Tourism Studies(英語論文・単著) (『ホスト・アンド・ゲスト――観光人類学』再考と観光学の未来)『立命館大学人文科学研究所紀要』第131号 pp.217-273


 2023年11月 「『感染症とともにある観光学』の試み――感染症の人類学を参照して」『立命館地理学』第35号 pp.1-13 

  「新たな日常」における観光者は、「地域の人々<とともに>、他の観光者<とともに>、地のもの<とともに>、そして感染症ウィルス<とともに>」ある観光者である。「感染症<とともにある>観光学」は、COVID-19禍において困難な状況にある観光現象を通して、現在進行中の世界のあり方を明らかにすることが目的となるという提言を本論文で行っている。

2024年3月 「観光研究のアフェクト(情動)論的転回 ――「感情ネクサス」の生成変化について」『立命館大学人文科学研究所紀要』    138, pp.1-26 この論文では、アフェクト(情動)論的に地域芸術祭の作品制作時の過程の分析を試みました。

 

2024年3月 「観光における「ものがたり」の研究」『地域協働研究ジャーナル』第3集 pp.3-19 京都文大学地域協働研究教育センター  観光におけるナラティヴについての論考です。事例として遠野、久留米まち博、下条うぶすなの家、津南町クローブ座、そして信濃大町の原始感覚美術祭で語られたものがたりを紹介しています。

 

過去に参加した研究プロジェクト実績


2003年4月~2007年3月

 「『(人と人を結ぶ)地域まるごとミュージアム』構築のための研究」研究成果中間報告書 全106頁   科学研究費補助金基盤研究(B)(2)    課題番号 15320123

  研究代表者 橋本和也


2013年4月~2017年3月

科学研究費補助金基板研究(C) 平成25年~平成28

研究課題名「観光まちづくりと地域振興に寄与する人材育成のための観光学理論の構築」

   課題番号(25501025) 研究代表者 橋本和也 研究経費(直接経費4,000千円)

 

2017年4月~2020年3月

  科学研究費補助金基盤研究(B)

   研究課題 「現代社会におけるツーリズム・モビリティの新展開と地域」

   課題番号(17H02251) 研究分担者

   研究代表者 神田孝治 研究経費(直接経費)

 

2018年~2021年

  科学研究費補助金基盤研究(C) 平成30年~平成33年

   研究課題「地域における観光人材戦略の構築と理論化」

   課題番号(18K11853) 研究分担者 

研究代表者 片山明久 研究費(直接経費4,000千円)


2021年4月~2023年3月

  科学研究費補助金基盤研究(B)

   研究課題 「観光学3.0へ向けたツーリズム・モビリティの再考」

   課題番号(21H03724) 研究分担者

              研究代表者 神田孝治 研究経費(直接経費)


2024年~2027年

  科学研究費補助金基盤研究(C)

   研究課題 「地域の観光人材育成と新たな「観光ネクサス」の生成に寄与する「地域芸術祭」の研究」

   課題番号(24K15528) 研究代表者 橋本和也

 

2024年~2027年

  科学研究費補助金基盤研究(B)

   研究課題 「ツーリズム・モビリティーズの現在・課題・可能性――地域の持続可能性を志向する研究」

   課題番号() 研究分担者

研究代表者 遠藤英樹

 

 

bulahashimoto@po.kbu.ac.jp までご連絡ください。

2018 年「うぶすなの家」にて、水落さんに『地域文化観光論』を贈呈

「大地の芸術祭・うぶすなの家」

2019年「瀬戸内国際芸術祭」小豆島

2019年「瀬戸内国際芸術祭」小豆島

2019年「瀬戸内国際芸術祭」小豆島

2019年「瀬戸内国際芸術祭」小豆島

2022年原始感覚美術祭

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