本講演では、「今」の時代に求められることばの教育は、学習者の自律性と批判性を培うことであるという立場から、ことばの教育の意義、また、ことばの教室でできることを具体的な事例を見ながら考えていきたい。
今現在、ことばの教育は様々な過渡期に直面していると言えるだろう。2020年、世界は新型コロナウィルスの猛威にみまわれ、日常生活で「当たり前」とされていたことのほとんどがその再考を強いられた。教育現場においては、対面授業からオンライン授業への移行を余儀なくされ、効果的な「教え方」や「ツールの使い方」に関する情報が注目をあびている。また、コロナ禍で人の移動が制限される中、留学の規制を引き金に外国語教育の意義が問われ、世界中のあちこちで言語プログラム存続の危機も起きている。さらには、AIの発達により、「道具」としての言語スキルはAIやオンラインツールなどで代替が可能であるという議論もみられ、ここでもなぜ外国語教育が必要性なのかの説明が求められている。インターネットやモバイルデバイスのめざましい発展も「今」の時代の大きな特徴である。様々なコニュニケーションツールの発達は、瞬時にありとあらゆる情報へのアクセスや自分の関心のあるオンラインコミュニティへの参加などを可能にした。しかし、その一方で、SNSの発達は、誤情報や偽情報の氾濫を巻き起こし、自分と意見や信条を異にする「他者」に対する排除の感情やグループ間の分断の溝も助長している。
このような一連の社会状況を背景とした「今」の時代において、私たちことばの教師にできることは何なのだろう。ことばによって行使され助長される様々な偏見や差別を問題視し、「他者」と共に生きる公正な社会を想像/創造するために、ことばの教育が果たすべき役割は大きいはずである。「今」、私たちことばの教師がめざすべきことは、テクノロジーを用いた有効な教授法や留学の代用を開発することだけではない。ことばの教育は、学習者自身の好奇心や疑問を出発点とした探究の場や、学習者が「他者」のことばを学ぶ経験を通して「自分」を振り返ることができるような場を提供したり、情報過多社会における情報の信頼性や信憑性を批判的に読み解く力や、責任をもって自ら情報を発信する力を育む機会を作り出すことにあると主張したい。本講演では、そのような信念を礎に大学の日本語教室で行った「言語景観プロジェクト」と「日米共修SDGsマガジンプロジェクト」を紹介する。プロジェクトにおいて、学習者は自らの興味や問題意識を引き金に探究の焦点や研究のテーマを決定し、教師・クラスメートや提携校の学生との対話を重ね、コミュニティへの貢献を目的とする最終成果物を作り上げた。両プロジェクト共、プロセスの大半を学習者自身の自律性と批判性に委ね、教師の役割は大枠の作成と対話の場の提供とした。これらのプロジェクトを事例として、ことばの教育のめざすべきことは、学習者の自律性と批判性を奨励すると同時に、さらなる自律性と批判性を育むことであるという議論をデータも交えながら展開したい。
Dr. Yuri Kumagai has been teaching Japanese to US college students for more than 25 years. She has been developing a content-based as well as project-based language and culture learning curriculum by collaborating with other language teacher-researchers worldwide. She specializes in critical literacy and multiliteracies in foreign language education, and incorporates those principles into classroom practices. She has been active in presenting her research findings nationally and internationally, and her publications appear in numerous journals and edited books both in English and Japanese. Her most recent publications include: “‘Ekkyō-bungaku’ as crossing the border of language: Implications for learners of Japanese” (in Doerr (Eds.), Global Education Effect, Routledge, 2020), “Translingual Practices in a Monolingual Society: LanguageLearners’ Subjectivities and Translanguaging” (co-authored, Journal of Bilingual Educationand Bilingualism, 2020), and “Collaborative Curricular Initiatives: Linking Language and Literature Courses for Critical and Cultural Literacies” (co-authored, Japanese Language and Literature, 2018).