私たちの豊かな生活は、医薬・農薬・染料・プラスチック・電子材料などの様々な製品によって支えられています。日常生活で意識されることはほとんどありませんが、これらの製品にはいろいろな構造の有機化合物が含まれています。有機合成化学は、この「いろいろな構造の有機化合物」を作る学問であり、実は私たちの生活を形作る上で重要な役割を担ってきました。
有機合成化学の目標は、環境と調和した形式で私たち人類にとって有用な化合物を安価に効率よく合成する技術を創出することです。ここでいう「有用な化合物」は上述した医薬・農薬・染料・プラスチック・電子材料として用いられるものなどですが、それだけではありません。機能未知の新規化合物も含まれます。機能未知の新規化合物が合成され、その性質を調べた結果、有益な効能・機能があることが見出されて、その発見が医薬・農薬・染料・プラスチック・電子材料の開発につながってきたのですから。
私たちはこのような有機合成化学の貢献の歴史を踏まえて、新しい技術の「芽」を見つけるべく、全く新しい形式の反応を開発する研究や、斬新な構造を持った化合物を合成する研究、その性質を調べて革新的な機能を探求する研究を行っています。もう少し詳しい研究内容は以下のとおりです。
吸エルゴン反応の創出とユニークな化合物の探究
従来の有機合成に用いられている反応のほとんどは発エルゴン的です。一方、光を駆動力として利用することで吸エルゴン的な反応を促進できます。このような反応を合成戦略に組み込むことで、従来のものとは一線を画する合成経路を開拓でき、これまで想定すらされていなかったユニークな化合物群に出会うことができるはずです。また、無用であった化合物の資源化や、循環型の合成化学への転換にもつながることが期待されます。このようなビジョンのもとに私たちは吸エルゴン反応の開発に取り組んでいます。この研究の一環で私たちは最近、アルキルアミンとアルコールを、水素ガスの放出とともに結合させる反応の開発に成功しています。
(J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 17566.)。
新規π共役化合物の合成と革新的触媒反応の探究
π共役がつながった化合物はしばしば可視光を吸収します。この吸収した光をエネルギーとして活用して化学反応を促進することができます。また、π共役がつながった化合物は発光材料や電子材料、染料、蛍光プローブなどとしても期待されます。私たちは新規骨格「ジアザベンゾアセナフテニウム」に着目して、新規π共役化合物を合成し、光触媒としての機能評価研究を進めています。この研究に関連して、奥村助教は前職にて新規化合物N-BAPを開発し、それが未踏反応であったエステル多電子還元を促進する触媒として働くことを見出しています。
(J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 16990.)