Projet Coméca 2018-2024

在来知と生態学的手法の統合による革新的な森林資源マネジメントの共創


【プロジェクト概要】

京都大学アフリカ地域研究資料センターは、2018年4月から2024年7月までの年間あまり、JST-JICAによる地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)プログラムの枠組みのもとで、カメルーン東部州の森林地域にて「在来知と生態学的手法の統合による革新的な森林資源マネジメントの共創」プロジェクト(JPMJSA1702,研究代表者:安岡宏和)を実施しました。カメルーン国立農業開発研究所(IRAD)を主たるカウンターパートとして、生態学や文化人類学をふくむ幅広い学問分野の研究者が国際共同研究をおこない、研究成果の社会実装をめざす、トランスディシプリナリーなプロジェクトです。

背景とねらい

コンゴ盆地を中心とする中部アフリカには、世界第二の規模をもつ熱帯雨林が広がっています。そこでは、森林の産出する多様な資源を利用しながら、たくさんの人々が生活しています。元来、家畜飼養に適さない熱帯雨林では、野生動物の肉、いわゆるブッシュミートが、人々のタンパク源となってきました。ところが、近年、狩猟圧の高まりとともに、その持続性が疑問視されるようになり、ブッシュミート・クライシスとして国際的な関心をあつめています。

カメルーン東南部では1990年代から輸出向けの木材生産が拡大しました。その過程で整備された道路網を利用することで、外来のハンターや商人のアクセスが容易になり、ブッシュミートの生産量が広域の需要におうじて急速に増大したのです。こうして狩猟圧が高止まりしている現状は、生物多様性や生態系サービスを損なうというだけでなく、、地域住民の主たるタンパク源の消失という観点からも懸念されています。

目下のところ、この問題にとりくむうえで障壁となっているのは、保全当局(森林・野生動物省)や関連アクター(保全活動を推進するNGOなど)と地域住民との信頼関係にもとづく協働が、きわめて困難になっている点です。カメルーンにおける法制度上、自給目的の狩猟は、厳しい条件を満たせば合法になるものの、多くの場合、象牙目的の狩猟と同様に「密猟」とされてしまいます。住民はこれまでどおりの生活をしているつもりでも、エコガードによる取締りの対象になるわけです。それは住民にとって暴力的に映ることも多いし、一部の住民は強く反発したり、象牙目的の密猟者を手引きしたりもします。他方、エコガードたちは、少ない人数で外来の密猟者と地域住民との両面に対応しなければなりません。

そもそも村内での小規模な売買をふくむ自給目的の狩猟は、人々の生活と文化をかたちづくってきた〈生業〉であり、外来者による密猟とは性質の異なるものです。この〈生業〉としての狩猟実践を尊重し、法制度的にも正当なものとして認めることこそが、保全当局と地域住民の信頼関係を醸成し、効果的な保全活動を推進するための出発点となる、というのが本プロジェクトの目論見です。

ただし「地域住民は持続的な資源利用を心得ているので余計な介入は無用である」というのでは、保全アクターを納得させることはできません。熱帯雨林で暮らす人々が、結果として持続的な狩猟をつづけてきたことは事実ですが、それは長いあいだ人口が希薄であったという条件において実現していました。そのような歴史的背景もあって、野生動物をはじめとする資源利用のガバナンスはルースなものにとどまっており、交通網が発達して外来のハンターや商人が自由に往来するようなったとき、ブッシュミートの狩猟・交易が野放図に拡大してしまったのです。もはや伝統的な資源利用でありさえすれば無条件に称揚される時代ではなく、〈生業〉を実践する人々にも、その持続性やガバナンスのあり方に関するアカウンタビリティが要請されることは避けられそうにもありません。

ところが、住民が日々の生活のなかで活用している「在来知」は、概して身体をとおして学んだ暗黙的な知識であり、体系的な記述や説明にはそぐわないのです。それは保全アクターが依拠する「科学知」と簡単には通訳することができない(しかし、不可能ではない)ものであるため、保全アクターとのあいだに持続的な資源利用にかかわるコミュニケーションを確立することは容易ではありません。

本プロジェクトは、このような背景をふまえて、住民自身による住民自身のための森林資源マネジメントを構築するために構想されました。それは、住民の経験や知識が十全に発揮されるように、また彼ら自身が運用しやすいように、在来知や慣習的な資源利用のあり方を尊重しながら構築されたものであり、同時に、保全アクターが納得できる水準で科学的信頼性検証されたものでなければなりません。そうして在来知と科学知の双方に根ざすことで、地域住民と保全アクター両者にとって、自給的狩猟のサステイナビリティが観察可能で報告可能(アカウンタブル)なものになるようなマネジメント〈共創〉が求められているのです。

そうして〈共創〉したイノベイティブな森林資源マネジメントを実装することで熱帯雨林とそこに暮らす人々が現にもっているポテンシャルを、在来知と科学知をになう諸アクターが協働しながら持続的なかたちできだしていくことができると考えています

上位目標

プロジェクト終了後5~10年内の目標は、コンゴ盆地における熱帯雨林生物多様性保全の優先ランドスケープの一つで、本プロジェクト地域を一画にふくむTRIDOMにおいて、生物多様性の保全と住民生活の向上が両立できるよう、地域住民の主体的参画にもとづく森林資源マネジメントが確立されることです。

プロジェクト目標

プロジェクト終了時の目標は、野生動物の持続的利用モデルと森林産品の生産・加工モデルが組込まれた、地域住民の主体的参画にもとづく森林資源マネジメントの導入プロセスが保全関係機関に提案され、カメルーン東南部における実装の道筋が示されることです。

研究題目

(1) 在来知と科学知を統合した持続的野生動物利用モデルの考案

地域住民の主体的参画にもとづく野生動物マネジメントを実現するために、カメラトラップ法を洗練させて高精度の野生動物分布密度推定法を確立したうえで、科学的根拠をもち、同時に地域住民がみずから運用できる野生動物のモニタリング方法を考案し、それにもとづく利害調整と意思決定のメカニズムをふくむ、持続的野生動物利用モデルを構築します。

(2) ブッシュミートの代替現金収入源となる森林産品生産の確立

狩猟圧の調整による減収を代替するとともにモニタリング活動の運営基盤ともなる現金収入を確保するために、カメルーン国内および国際市場において優位性をもちうる非木材森林産品を選定したうえで、それらの現存量・生産量と地域住民の生計活動を勘案しながら、生産・加工、品質管理法を標準化して、持続的な商品供給を可能とする森林産品生産モデルを構築します。

(3) マネジメントの主体となる住民の育成と実装プロセスの策定

題目1・2で考案した持続的野生動物利用モデルと森林産品生産モデルを組み合わせた、住民の主体的参画にもとづく森林資源マネジメントを定着させるために、在来知と科学知の媒介者として持続的資源利用のアカウンタビリティを担う人材を育成し、試行をとおして地域の状況にあわせてモデルを調整したうえで、その実装プロセスを策定し、保全関連機関に提言します。

プロジェクトサイト

カメルーン東南部にある、ブンバ・ベック国立公園、ンキ国立公園、および周辺地域