裏出 令子
講演要旨
食品の美味しさはとても複雑です。味や香りだけではなく、食感として認知される物性、見た目、温度など複数の要素の組み合わせが、食品の美味しさを決めています。これらのうち歯ごたえ・舌触り・喉越しのような口腔全体で感じる物性は、無意識のうちに食品の嗜好性を左右する重要な因子です。
では、食品の物性は何によって生み出されているのでしょうか。食品に限らず物質の物性はそれらの構成成分が作り出すものであり、特有の物性は構成成分が持つ特有の構造に依拠しています。例えば、洋菓子でよく使われるゼラチンゲルと蜜豆に入っている寒天ゲルは、それぞれコラーゲンというタンパク質あるいはアガロースという多糖が、集合し絡み合ってつくる網目構造をした物質です。同じように網目構造を形成しているにもかかわらず、ゼラチンゲルは柔らかくて弾力性に富み、寒天ゲルは硬くて脆く、物性は随分異なります。これは、構成成分であるコラーゲンとアガロースの分子の構造が異なるからで、その構造の違いがゲルの網目構造に反映され、ゲルの粘性や弾性、強度、離水性など様々な物性に影響するのです。そして分子の構造は、加熱・冷却・他の成分との相互作用といった食品加工・調理の過程でうける物理的及び化学的な環境変化によって変化し、それに伴って物性が千変万化に影響されます。食品の美味しさ・物性・構成成分の構造との関係は、古くから食品科学者が挑んできた研究課題の一つです。
この講演では、放射線を用いて食品タンパク質の構造の変化を明らかにする方法を紹介します。具体的には、パンや饂飩(うどん)などの身近な食品の物性がタンパク質の構造と深くかかわっていることを理解していただけるようなお話をしたいと思っています。
図1 試料に照射したX線や中性子線の散乱放射線を解析することによって、タンパク質の集合体の状態を知ることができます。
図2 小麦粉で作った生地に特有の物性を付与するグルテンは、小麦粉の主なタンパク質であるグリアジンとグルテニンが生地を捏ねる過程で混ざり合って作られる網目構造を持つ複合体です。
講演者略歴
裏出 令子(うらで れいこ)
学歴
1977年3月 大阪府立大学大学院農学研究科修士課程 修了
1985年3月 京都大学農学博士
職歴
1978年8月 京都大学 文部技官(食糧科学研究所)
1988年10月 米国ロッシュ分子生物学研究所 博士研究員
1989年10月 京都大学 助手 (食糧科学研究所)
1993年4月 京都大学 講師 (食糧科学研究所)
1994年4月 京都大学 助教授 (食糧科学研究所)
2000年4月 京都大学 助教授 (大学院農学研究科)
2010年4月 京都大学 教授 (大学院農学研究科)
2018年4月 京都大学 名誉教授
京都大学 特任教授(複合原子力科学研究所)現在に至る
2019年3月 日本電気硝子株式会社 取締役(社外)現在に至る
研究テーマ
食品科学と生化学の研究を行っています。食品科学では、特に小麦タンパク質の構造と小麦粉でつくる食品の物性(食感)との関係を探求しています。生化学では、動物や植物の細胞内でのタンパク質の構造形成(フォールディングといいます)の仕組みに関する研究を、行っています。