量子科学技術で見る植物の仕組み
河地有木
講演要旨
私たちが生きていく上で、植物は食料の供給や環境の保護にとても重要な役割を果たしています。その植物がどのようにして栄養を取り込み、体の中でどのように運び、使っているのかを知ることは、私たちの生活に直接関係する大切なテーマです。
植物の中で起きていることを直接見ることは簡単ではありません。そこで私たちは、「量子科学技術」という最先端の科学を使って、植物の体の中で栄養がどのように動くのかを観察する特別な方法「RIイメージング」を開発しました。
RIイメージングとは、放射線を出す特別な目印(RI:放射性同位元素)を栄養素として植物に取り込ませることで、その栄養が植物の中をどう移動するかを目で見ることができる技術です。植物の内部は複雑で厚みがあり、普通の光を使った方法では、光が途中で消えてしまって内部の様子を見ることができません。しかし、放射線は簡単に植物を通り抜けることができるため、植物の内部の様子をはっきりと捉えることができます。また、RIはもともと植物が使っている栄養元素と同じように動くため、自然な状態で栄養がどのように植物内を動いているかを正確に調べることができます。
私たちはこのRIイメージングという技術を使って、植物が光合成を通じて作り出した糖がどのように運ばれるのかを詳しく調べています。例えば、植物の葉に「C-11」という特別な炭素を含んだ二酸化炭素を与えると、植物はこの炭素を使って糖を作り出し、その糖を根や果実、成長している部分へと送ります。この動きをリアルタイムで画像にすることによって、植物の成長や栄養の使われ方がはっきりと分かります。
講演では、実際にRIイメージングを使ったイチゴや植物の根の研究を例に挙げながら、この技術が農業や私たちの生活、環境保護にどのように役立つのかを分かりやすくお話しします。
これは「科学の美」写真コンテストで最優秀賞をいただいた画像データです。RIイメージングで撮影したイチゴ果実内部の糖の動きを表しています。白黒で表現されているのはX線CTが捉えたイチゴの内部構造で、果実表面の種の一つ一つに維管束が伸びている様子がよくわかります。カラーで表現されている部分がRIイメージングによる画像データで、光合成で作られた糖に果実内部の特定の部分にのみ運ばれている様子が鮮明に描かれています。
講演者略歴
河地 有木(かわち なおき)
学歴
2002年 筑波大学大学院物理学研究科 修了 博士(理学)
職歴
2002-2004年 国立循環器病センター研究所 放射線医学部 流動研究員
2004-2005年 住重加速器サービス
2005-2016年 独立行政法人日本原子力研究開発機構 研究員
2016-2020年 東京理科大学アグリ・バイオ工学研究部門 客員教授
2016-現在 量子科学技術研究開発機構 プロジェクトリーダー/上席研究員
2024-現在 群馬大学大学院理工学府 客員教授
2024-現在 福島国際研究教育機構 植物イメージング研究ユニットリーダー
2025-現在 東北大学大学院医工学研究科 客員教授
研究テーマ
農業や環境問題を解決するために、植物が元素をどのように取り込み、体内で運んでいるかを鮮明に描き出す『RIイメージング技術』の開発を進めています。植物が持つ生理機能を明らかにすることで、新しい栽培技術を作り出すことが目的です。また、このRIイメージング技術を医療分野にも応用し、放射線によるがん治療の効果を目で見ることができる新たな技術開発を行います。さらに、実験室の中だけで終わらせるのではなく、開発した技術を農業・環境・医療分野の具体的な課題解決につなげ、広く社会で役立つことを目指しています。