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本ページではヒト白血球抗原(human leukocyte antigenないしhistocompatibility leukocyte antigen: HLA)について概説し、本地方会の紹介といたします。
HLAを見出した先駆者はフランス人医師ジャン・ドーセ(1916-2009)で、1980年にノーベル医学生理学賞を受賞しています。軍医として兵士への輸血業務を担っていたドーセは、赤血球に血液型という多型があることから白血球にも何らかの抗原多型があるのではないかと考えました。ある人の白血球と繰り返し輸血を受けた患者の血清とを試験管内で混合すると白血球の凝集を生じたことから、特定の白血球抗原に対する免疫反応が存在するとドーセは確信しました。その後日系アメリカ人ポール・テラサキ(1929-2016)を始めとした多くの研究者がこの領域で協業を進めました。その結果ヒト白血球のみならず全ての細胞はそれぞれ固有のHLA抗原を持つこと、そしてHLA抗原は膨大な多型を持ち、一部に限っても完全に一致するのは数万ないし数十万人に1人という低い確率であることが明らかにされました。現在HLA多型は血清学的な抗原抗体反応で決定される抗原レベルに加えてアミノ酸配列で定義されるアレルレベルまで明らかになっています。最近はHLA分子の三次元構造に着目してその免疫原性を担う構造単位としてエピトープ(エプレット)レベルの多型まで明らかにされつつあり、臨床応用が期待されます(図1)。
HLA多型はヒトからヒトへの移植や輸血における自己・非自己の認識およびその免疫反応の程度を決めています。よってHLAは移植医療、すなわち造血幹細胞移植や固形臓器移植の臨床において重要です。ドナーの細胞ないし組織がレシピエントに移植されたとき、両者のHLAが同じなら免疫反応が起こらず生着しますが、異なれば拒絶されます。HLA多型が同じ人は数万人に1人なので、ドナー・レシピエント間でHLAが完全に一致することは固形臓器移植ではほぼありません。よってレシピエントがドナー細胞を拒絶する働きを抑制するため強力な免疫抑制剤が投与されます。造血幹細胞移植では家族や骨髄バンクからドナーを募ることでなるべくドナーとレシピエントのHLAを一致させますが、それでも若干の不一致を生じることがあります。造血幹細胞移植では大量抗がん剤投与でレシピエントの免疫系を破壊するため拒絶反応はほとんど起こりません。しかし逆にドナーリンパ球がレシピエント組織を傷害することがあり(移植片対宿主病:graft-versus-host disease, GVHD)、その抑制のためやはり免疫抑制剤が投与されます。とはいえ現行の免疫抑制剤で拒絶反応やGVHDを完全に抑制することはできず、不幸な転帰を取ることがあります。すなわちドナーとレシピエントのHLAに不一致があってもその間で「免疫寛容」を成立させることは移植免疫学の大きな課題であり挑戦です(図2)
HLAはまた外来・内在する抗原ペプチドを免疫原としてT細胞に提示する機能を持っています。B細胞や樹状細胞、マクロファージなど抗原提示細胞と呼ばれる免疫担当細胞は抗原を細胞内に取り込み断片化(プロセシング)し、T細胞に提示します。HLAはその構造によってDP, DQ, DR抗原を含むクラスIとA, B, C抗原を含むクラスIIの2種類に分類され、それぞれ4つのサブユニットからなり細胞膜から細胞表面に発現しています。そして抗原提示にあたってHLA分子はてっぺんの溝の部分にペプチドを挟み込んでT細胞に提示し、免疫反応を惹起します(図3)。
HLAは膨大な多型を持ち、ペプチドとの親和性やその提示能は多型毎に異なると考えられています。このことは細菌やウイルスに対する抵抗力、またがんや他疾患へのかかりやすさや治療反応性と相関する可能性があります。例えば近年がん医療に導入され素晴らしい効果を示している免疫チェックポイント阻害剤も万能ではなく、奏効しないことがあります。また新型コロナウイルスに感染しても無症状や軽症の人から重症化する人まで症状は様々です。これらはいずれもHLA多型が関係する可能性がありますが、まだ分かっていないことが多く残っています。
さらにHLAは自然免疫系を調節する働きを持っています。例えばNK細胞受容体の1つkiller cell immunoglobulin-like receptor(KIR)はHLA以上に豊富な多型性を持ち、NK細胞に活性化もしくは抑制性シグナルを伝える働きを持ちます。そして特定のHLAアレルは特定のKIRアレルと会合することが知られています。例えばHLAが抑制性KIRと会合すればNK細胞は抑制されますが、会合しない場合はNK細胞を活性化します(図4)。NK細胞は自然免疫系に分類され、T細胞に代表される獲得免疫系を補完する働きを持ちますが、HLAは両者ともに調節する橋渡し役として機能します。ただNK細胞受容体はKIR以外にも多数存在し、それらとHLAの相互作用については不明な点が多く存在します。近年開発された新規がん免疫療法CAR-T細胞に続く次世代型細胞療法のプレイヤーとしてNK細胞が注目されていますが、HLAはその有効性や可能性を強める重要なファクターと考えられます。
このようにHLAの働きはとても多岐にわたり、うまく活用すれば移植免疫や感染免疫、がん免疫の最適化や新規治療法開発に貢献できると期待されます。しかしHLAはヒト特有の分子であることもあって研究には様々な障壁があり、分かっていないことがまだまだ多く存在します。
これまでのHLA研究の歴史から学ぶべきは、ドーセやテラサキらが国籍を超えて広く協力し、ヒト検体を使った研究を粘り強く続けたこと、そして個々の患者さんや健常人ボランティアから得られたデータを深く見つめ続けたことです。
私たちは、検査技師や基礎研究者、さらには領域横断的な医師を含めた混成チームで今ある問題の解決に貢献したいと考えています。本地方会での発表演題は症例や検査法の報告から基礎研究まで幅広く、毎回活発なディスカッションが交わされることが特徴です。その先には専門領域や立場の違いを超えた協業でいつの日か課題を克服できると信じています。
(文責:進藤岳郎 図作成:平田真章、加藤安梨沙 京都大学医学部附属病院血液内科 )