90年代以降、デジタル社会を生き抜く力を総称したデジタルリテラシー(以下DL)への関心が高まっています。しかしながら、DLの射程は広く、何を教授すべきか、何を学ぶべきかを見極めるのが困難です。さらに、デジタルツールの操作技術に加えて情報デザインの知見が必要になるなど、いくつかの障壁があります。
こうした課題を解決するために、2019年に北海道大学とアドビ株式会社で共同研究契約を締結し、DL教育を実施する教育者や、DLの基礎を学びたい学習者が活用できるオープン教材(=誰もが自由に利用できる教材)を開発しました。
以下に、高等教育の初年次教育を想定したDL育成・学習の課題と、本オープン教材による課題解決の提案を掲載します。
デバイスやソフトウェアの操作から、創造的問題解決にデジタルテクノロジーを応用する能力まで、DL概念がカバーする射程が広いため、どこに焦点を合わせるべきか見極めるのが困難です。
提案:探究学習や課題解決に必要な観点を厳選
DL教育で重視される批判的思考や創造的問題解決力は、知識を道具として活用する力です。本教材では、思考は道具とともにおこなわれるという構成主義の観点に立脚するとともに、制作活動を通してメディアを批判的に読み解く力を育成するメディアリテラシー教育の知見を踏まえ、ユネスコの「Digital Literacy Global Framework(以下DLGF)」における「3. Digital content creation」領域に焦点をあてました。
デジタルツールを活用したコンテンツ制作を講義に導入するさいに、限られた授業時間のなかで、「コンテンツ制作に必要な知識伝達と制作実践をいかに両立させるか」といった課題が発生します。
提案:授業で「制作活動」に専念できる環境をつくる
本教材は、学習者が実践に必要な知識や原理をあらかじめ教材で学び、理論を実践に橋渡しすることを目的として設計されました。メディア制作に必要な知識や原理を学生が予習・復習できる本教材を活用することで、授業では知識を活用する活動に専念することができます。
デジタルツールの操作技術に加えて、画像や動画、ウェブページにおける効果的なビジュアル表現について理解を深めるなど、多くの教員や学習者にとって専門外である「情報デザイン」の知見が求められます。
提案:デザインの本質だけに焦点をあてる
本教材の利用者がデザインの専門家ではないことを前提とし、教材の活用方法をはじめ、カリキュラムや評価方法のモデル化を目指しています。また、教材で扱う内容もデザインの本質的な考え方である「正しい問題を発見・解決する」態度に焦点をあてました。みなさまが日常的に実践している活動と、デザイン思考の共通点が実感できるように工夫しました。ぜひ、第2章の教材を眺めてみてください。
本教材は、DLGFの「3. Digital content creation」領域に焦点をあてるとともに、批判的思考や創造的問題解決力を根底から支える思考技術として「デザイン思考」を学ぶことが、DL学習に効果的であると仮説をたて、教授内容を選択しています。
デザイン思考は、「観察、アイディア創出、プロトタイピング、テスト」を反復する探究的な学習サイクルであり、すばやく思考を外化し、失敗から学ぶ知識創造のプロセスです。
デザイン活動における「人間中心デザインサイクル」は、デザインされた人工物と人間とのインタラクション(=相互作用/対話的やりとり)に焦点をあて、より良い体験を生み出すために試行錯誤を繰り返すプロセスを示しています。
たとえば、制作したポスターが受け手に伝わらなかったなら、受け手の経験をふまえてなぜ伝わらなかったのかを考える必要があります。デザイン思考を実践し、制作者と受け手双方の視点を経験すれば、デジタルコンテンツを批判的に分析する習慣が身につくとともに、探究的に学ぶ方法を習得する近道になると考えられます。
オープン教材は、デザイン思考のプロセスに対応した「読解」「設計」「制作」のステップ毎に学習できます。
第1章 デジタルプロダクトの読解では、デジタルプロダクトが目的にあった機能を実現できているかを分析するために役立つ観点「インタラクションの基本原則」を使って、デジタルプロダクトと人との接点に生まれる相互作用を観察・分析・評価する方法を学びます。
第2章 デジタルプロダクトの設計では、デザイナーが創造的問題解決に取り組むさいに心がけている「正しい問題を発見し、正しい問題を解く」プロセスに着目し、デザイン思考を活用して探究的な課題解決にとりくむ方法を学びます。
第3章 デジタルプロダクトの制作では、デジタル社会における創作と共有の文化、すなわち、著作権とライセンスの基本について学びます。また、デジタル画像の編集に焦点をあて、言語表現と視覚表現を組み合わせて、デジタルツールを介したコミュニケーションを強化する方法を学びます。
本教材は、学習者が自ら知識を使いはじめるために必要な道具(原理やモデル、観点など)を提供し、知識を使う準備を整えるために活用できます。
本教材を閲覧するだけでは、知識を道具として活用する力は身につきません。個々の学習者が、学んだ道具を現実の文脈に適用し、試行錯誤するなかで、自ら道具の本質を発見する必要があります。文字通り、身体で理解するプロセスが重要です。
DL教育を実施する場合は、学習者が「知識を使う」活動をカリキュラムに組み込むことをおすすめしています。
本教材の役割は、エンゲストロームらの「探究的学習サイクル」における「動機づけ、方向づけ、内化」に働きかけ、知識を活用する「外化(応用)、批評、統制」にスムーズに橋渡しすることです。
本教材では、学習者が実践的な困難や葛藤を抱き、学習目標と現実とのギャップを把握することが「動機づけ」につながると仮定しました。そこで、学習内容に関する知識がない状態でクイズに取り組み(動機づけ)、本編で思考の道具と使用方法を学び(方向づけ)、最後にあらためて同じ課題に取り組む(内化)構成を採用しました。
教材の構成は下記の通りです。
キークエスチョン:クイズで学習目標とのギャップを把握する(動機づけ)
知識伝達:単元の核となる道具について学ぶ(方向づけ)
知識活用のデモンストレーション:道具の使用方法を学ぶ(方向づけ/内化)
キークエスチョン(再):最初と同じクイズに取り組む(内化)
学習の前後で実施する「キークエスチョン」は、教材で学習する道具を使うことで深く掘り下げることができます。教材を学ぶ前後で全く同じクイズに取り組むことで、学習による変化を自己省察し、実践で知識を使いはじめられるように準備します。
Adobe が教育機関向けに無料で提供しているソフトウェア「Adobe Express」を使えば、簡単にウェブページやポスター、動画などのデジタルプロダクトを制作できます。現在、高等教育だけでなく、初等中等教育におけるデジタルリテラシー育成・学習に役立つツールとして活用されています。
デジタルリテラシーを学ぶうえでは、一から十まで自分で制作するというよりも、著作権の基本知識を身につけ、テンプレートやフリー素材を適切に組み合わせることからはじめると良いでしょう。本教材の第2章〜第3章では、「Adobe Express」でウェブ記事を制作するプロセスに焦点をあて、情報をデザインする考え方や、著作権をふまえたコンテンツ制作について学びます。
また、本教材も「Adobe Express」で作成したウェブページ形式の教材です。各オープン教材に個別のURLがあり、ウェブページで学習します。「Adobe Express」で作成したウェブページの事例としても、ご活用いただけます。
最終更新日:2022.06.16