明治8年に、保渡田地区と生原地区は箕輪小学校から分離し、生原の善龍寺を借り「保生小学校」を開校させました。井出地区は2月13日に棟高小学校から分離し、井出上宿の大円寺を借りて「井出小学校」をつくりました。明治21年に町村合併があり、生原村・中里村・保渡田村・井出村の4つの村によって新たに上郊村ができ、「上郊尋常小学校」が誕生しました。場所は善龍寺にありました。
明治33年、上郊尋常小学校は「上郊尋常高等小学校」と名前を変え、現在の保渡田の地に校舎を新築しました。明治時代後期と大正時代には、校舎を増築したり、校地を拡張したりしました。
昭和時代には、「上郊国民学校」、「上郊村立上郊小学校」、「群馬町立上郊小学校」と名前を変え、平成18年に群馬町が高崎市と合併し、現在の「高崎市立上郊小学校」となりました。
令和の時代になり、コロナ禍を経て学校教育にも大きな変化がありました。オンラインでの授業や行事の実施、タブレットを使った個別学習や連絡配信等の必要から、GIGA スクール構想による 1 人 1 台端末の活用やデジタル教材の導入が加速しました。また、社会の劇的な変化を背景に、「令和の日本型学校教育」が示され、「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実が図られています
上郊小学校は、令和7年に開校150周年を迎え、地域の歴史や伝統、文化と結びついた郷土愛あふれる学校として、地域力を生かした特色ある教育活動を推進しております
本校の校舎・施設は、子どもたちが安全で快適に、そして学びを深められる環境を提供しています。
全教室に大型モニターを整備し、ICTを活用した授業に対応しています。また、イングリッシュルーム、音楽室、図工室、理科室、家庭科室などの特別教室も充実しています。
体育館は、各種行事や体育活動の中心です。地域の行事や社会体育団体にも広く活用されています。また、広々とした校庭は、体育の授業や学校行事での活用はもちろん、休み時間に子どもたちがのびのびと運動できるスペースとしても活用されています。校庭西側の「けやき広場」は様々な遊具や樹木があり、子どもたちが楽しく遊べる場所です。
調べ学習や読書活動の拠点であり、学習支援ボランティアによる放課後学習でも活用されています。
災害時の指定避難所としての機能も備えています。地域の人たちや子どもたちが安心して利用できるよう、施設の維持管理と安全対策に努めています。
高崎市内に在住・在勤・在学の方々を対象に、小・中学校の体育施設(体育館・校庭)を社会体育・生涯スポーツのために開放する制度の利用条件や登録方法などをご案内しています。