現代の物価変動をどうみるか:
その構造・実態・影響を考える
2021年以降、インフレーションの進展が世界的に顕著になっている。アメリカでは、2022年6月の消費者物価指数が対前年比で9.1%の上昇を記録し、約40年ぶりの高水準となった。イギリスにおいては、2022年10月に11.1%を記録し、同じくこれも約40年ぶりの記録だという。ユーロ圏においては2022年10月に10.6%を記録し、比較可能な1997年1月以降で過去最高の水準を更新した。
1990年代以降、経済のグローバル化が一段と進行する中で、先進資本主義諸国で物価上昇が起こりにくい経済環境が定着してきたことを思うと、ここ最近の物価上昇はやや奇異に映る。長年デフレ基調にあった日本においても、2022年12月に消費者物価指数が4.0%の伸びを見せ、第2次石油危機以来の水準を記録した。このような約半世紀ぶりの物価の動向は、経済学の主流/異端を問わず注目されるところとなっている。
振り返ってみると、経済理論学会の共通論題においてインフレや物価上昇がメインテーマに据えられたのは1973年の第21回大会が最後であった。「現代資本主義とインフレーション」をタイトルとした共通論題では、当時の物価上昇に対して、独占価格論を軸に据える立場、通貨増発に力点を置く立場から活発な議論が交わされた。また、国際通貨体制の変動に伴うインフレの国際的波及メカニズムについての議論も提示され、充実した成果が生み出された。
他方、この半世紀の間に現代資本主義は大きく変貌を遂げた。ケインズ主義から新自由主義へと大きく舵を切る中で、資本主義のグローバル化・情報化・金融化が進展した。多国籍企業が世界中に展開したサプライチェーンのなかで生産を行うことが主流になった。インターネットをはじめとした情報通信技術の発展がそうした連関を支えている。また、金融取引の拡大が実体経済の規模を大きく凌駕するようになり、金融を起点とした経済危機が頻発するようにもなった。各国の財政金融政策には、頻発する危機への対応から財政の拡大や金融緩和の継続など新たな傾向が生じている。
このような現代資本主義の変貌を踏まえるとき、資本主義の総合的な把握を目指す経済理論学会の視点からすると、昨今の物価上昇はどのように分析されるだろうか。今回の共通論題では、理論・実証の両面を含む視点から、歴史的水準ともいわれる久方振りの物価上昇の分析を企図している。もとより、その契機をコロナショックに求めるという点については、大方の同意が得られるものと思われる。異例の規模での財政拡大と金融緩和の深掘りが試されるなか、需要面では、コロナ禍でのロックダウンを経て、その後のリベンジ消費を含む急拡大が進んだ。供給面では、サプライチェーンの混乱もあり、部品不足の深刻化を含む様々な供給制約に見舞われた。そこにさらなる追い打ちをかけたのが、ロシアによるウクライナへの侵攻であった。エネルギーや食料品・農産物などの価格高騰が発生し、コストプッシュ要因が発生した。日本においては、日米金融政策のスタンスの違いから歴史的な円安が進行し、輸入インフレの様相も加わった。今回の物価上昇の複合的な性格が伺えるであろう。
こうした複雑な現象を分析するためには、少なくとも(1)今次の物価変動を、前世紀末から資本主義諸国・地域が築き上げてきた経済構造のうちに位置付けて俯瞰する試みは欠かせないであろう。さらに、(2)そうした構造を構成する各国・地域に即した経済実態の把握も不可欠であろう。たとえば、20世紀末以降、他の資本主義諸国がマイルドな物価上昇を経験してきたのとは対照的に、日本は長らくデフレ基調にあったが、それはなぜだったのか、今次の物価上昇は、世界経済のなかのこれまでの日本の立ち位置を変えうるのか否か、といった問題の立て方は必要であろう。また、(3)そうした経済構造の中で暮らす人びとの生活にどのような影響が及ぼされており、そのことが現在の格差や貧困の固定化にいかにつながっているのか。そして、こうした問題に対してどう向き合っていくべきか、といった論点の考察も必要となろう。「現代の物価変動をどうみるか」というテーマに対して、「その構造・実態・影響を考える」とサブタイトルを付す所以である。本学会の総合学会としての特徴を活かした議論を通じて、現代資本主義のさらなる構造的解明を進める契機としたい。
以上の趣旨にご賛同いただき、自薦・他薦を問わず、会員の皆様による報告者の積極的なご推薦をお待ち申し上げます。
第71回大会準備委員会