南吉成小学校は,仙台市の北西,市の中心部からバスで約 30 分,東北自動車道・仙台宮城ICと接続する県道37号八乙女折立線(仙台北環状線)が学区を縦断して通る,交通至便な場所に位置しています。当学区は,4つの団地を持ち,そのうち吉成,中山吉成の両団地は昭和 40 年代に造成され,現在は小学生を持つ家庭も減少しつつあります。また一方,中山台,南吉成の 2 つの団地は昭和 60 年代から開発が始まり,現在も隣接地に新しい住宅が建設され,全国各地から児童が転入してきています。
県道沿いには新しい大型の店舗が次々と建設され,活況を呈しています。また,「東北インテリジェントコスモス構想」の施設もあり,今後の発展が期待される地域でもあります。この学区からは,南に太白山,北に泉ヶ岳,遠く船形山などの山々を仰ぐことができるとともに,伊達藩時代の御狩場であった雑木林や,仙台城(青葉城)の石垣用の石を運び出した場所(大石ヶ原:現在の南吉成7丁目付近)もあり,豊かな自然に恵まれています。
南吉成小学校の校舎前の時計塔には,伊達政宗の兜の前立てと同じ三日月が掲げられています。これは,前述のように,仙台城に縁のある場所に新設する学校であったためです。校舎設計の段階で政宗の居城である仙台城をイメージし,校門は大手門,校舎1階下部・花壇は石垣の模様,校舎の色は白亜,最上部は天守閣を思わせる造りとなっています。なお,校門は強風による倒壊の可能性がでてきたため,平成19年2月,屋根の部分を撤去しています。
校章の五枚の花弁は,校木の梅の花です。これは,学区の各団地から集まった児童が和をつくり,青い空と輝く太陽と澄んだ大気のもとで,大きな夢と希望を持ち,未来に向かい前進することを表しています。花芯の「M」は,北方に見える泉ヶ岳の山なみをイメージ化し,また,「MINAMI(南)」の「M」を兼ね合わせたものです。その中に吉成の「吉」を形どることにより,南吉成小学校を表しています。 (考案者 太田佳代子)
早春,百花にさきがけて馥郁(ふくいく)とした香りを放って咲く梅は,桜とともに風雅の表徴(ひょうちょう)として日本になじみ深い花です。樹性は強健で,寒さ,霜,雪に屈せず,また切込みにもよく耐え,寿命が長いといわれています。このことから,南吉成に学ぶ児童も心身ともに健康に育ち,春一番に咲く梅のように希望がみなぎり,奥ゆかしさの中にも気品と誇りを持ち,社会の変化にも足を地に着けて自分を見失わず,自らの判断で強くたくましく生きてほしいという願いと,学校がますます発展してほしいという願いを込めて選びました。