植物は土壌からの吸収や光合成により獲得した窒素や炭素などの資源を用いて、新しい根や茎、葉を作り成長します。私たちは長い年月をかけて成長する木本植物について、成長過程で根、茎、葉に起こる様々な形質変化の適応的意義を明らかにすることを目指して研究しています。
成長に伴う形質変化の意義としては、成長に伴って他個体との競争の強さが変わることや、森林内での樹高変化により光環境が変化することといった環境の変化に対する適応が挙げられることが多いですが、環境が大きく変化せずとも形質変化は起こっており、その要因は個体の内部にもあるはずです。私たちは、植物の内部にある要因として、個体内の窒素や炭素などの資源量に注目しています。
オオバアサガラにおける幼木と成木の違い
維管束植物は根で吸収した土壌の水分を光合成器官である葉へ輸送します。維管束の通水を担う組織には仮道管と道管の2種類があります。形態的に道管は穿孔で長く軸方向につながるのに加えて、仮道管よりも直径も大きいため、高い通水効率をもちます。進化的に新しい被子植物では道管をもつ種がほとんどである一方、系統的に古いシダ植物では大半の種が仮道管のみをもちます。しかし、シダ植物でもワラビなど一部の種では被子植物とは独立に道管を獲得しており、シダ植物の道管は、被子植物とは形態的にも大きく異なることが分かってきました。
本研究では、道管をもつシダ植物の通水機能や光合成速度などの生理生態学的な形質を道管をもつ被子植物や仮道管のみをもつシダ植物などと比較することで、シダ植物が道管を獲得した適応的な意義を探っています。
植物体の中を水が通るときには、長い輸送距離のほとんどを維管束組織の木部にある道管や仮道管という細胞を流れていきます。ひとつの仮道管は、直径が約20 μm、長さが1 mmほどの細長い死んだ細胞で中空な筒状の構造を持っています。側面には壁孔という小さな孔があり、ここを通して水が隣り合った仮道管へと流れていきます。一方で、道管も中空の死んだ細胞で構成させていますが、仮道管よりも大きな直径をもちます。さらに、個々の細胞の両端にある穿孔と呼ばれる孔で軸方向に数 cmから数十cmもつながった、長いパイプ状の構造を特徴としています。道管のパイプ状構造の端の部分では穿孔はなく隣り合う道管と壁孔接していて、仮道管と同様にここを通して水が流れていきます。壁孔の中には壁孔膜と呼ばれる細胞壁由来の構造があって、水は細胞壁のセルロース微繊維の細かい隙間を通って流れます。
こうした道管や仮道管の直径や長さで示されるかたちや壁孔の微細構造は、植物体内の長い距離を水が効率よくかつ安定して移動できるように進化してきたはずです。私たちは、生活史戦略の異なる植物種間のおける道管や仮道管のかたちや水輸送機能の違いがどのように環境適応にかかわるのかに興味をもち、研究を行っています。
仮道管と道管のかたちと水の流れ方 左はシラビソの茎、右はウリハダカエデの茎の木部構造
関連する主な文献: Ooeda et al. (2018) Tree Physiol 38:223-231, Yazaki et al. (2020) Amer J Bot
土壌から吸収された水は根、茎、葉の3つの器官を通って大気へ水蒸気として蒸散していきます。根、茎、葉では水の流れやすさがそれぞれで異なるので、効率的に水を流すために3つの器官のバランスが重要になります。一方で、それぞれの器官は水輸送以外にも重要な機能を担っています。例えば、根では無機塩の吸収であったり、茎では葉を力学的に支えることです。最終的に決まる“根、茎、葉のバランス”は一つなので、根や茎が担う複数の機能のうちでどれか一つが優先されて個体のかたちが決まり、その機能は植物種や生育する環境によっても変わるはずです。私たちは、根、茎、葉の間のバイオマスの分配パターンに注目して、植物のデザインを決める機能や環境要因について考えています。
成長を最適にする根、茎、葉の物質分配
関連する主な文献: 種子田、舘野 (2003) 生物科学 54:154-163,Taneda & Tateno (2004) Amer J Bot 91:1949-1959,Taneda & Ikeda (2021) Amer J Bot 108:1932-1945
樹木はたくさんの葉をつける大きな樹冠をもっています。どの葉でも無駄なく十分な光合成が行われるためには、その葉の一つ一つに十分な量の水を送る必要があります。単純に考えると、水の移動距離が長かったり、多くの分枝があったりすると樹冠の先端にある葉ほど水が供給されにくくなると予想されます。こうした問題はそのほかの組織にも適用できます。例えば、葉でも、効率的な光合成のためには複雑に分枝した葉脈を通って葉全体へ均等に水が供給されるべきです。こうした「流れの下流(樹冠や組織の先端)への水の供給が輸送距離や分枝により制限されてしまう効果」を克服しない限り、植物は自由に枝や葉を伸ばすことはできないはずです。私たちは、植物体内や組織内の水の流れやすさの分布を詳しく調べて、葉身や樹冠の隅々にまで水が供給される仕組みを研究しています。
植物体内の均等な流れを調べる クズを用いた長距離輸送の研究の様子と輸送途中での水漏れを防ぐ葉脈の形態
関連する主な文献: Taneda & Tateno (2007) Funct Ecol 21:226-234,Taneda & Tateno (2011) Tree Physiol 31:782-794,Taneda et al. (2016) Tree Physiol 36:1272-1282,Ohtsuka et al. (2017) Plant, Cell & Envirn 41:342-353
植物の葉や花弁といった一次組織の表面は、疎水性の高いクチクラや外表ワックスの結晶で覆われています。こうした構造は、体の内部からの水の損失を防ぐことや、表面への水滴の付着や外部から組織内部への水の浸入を防ぐ役割があるとされています。亜高山帯に分布する針葉樹では、冬の間、土壌や茎の凍結のために針葉への水の供給が止まります。健全な水分状態を保って冬を越すためには、針葉からの水の損失を小さく抑える必要があります。私たちは、針葉のクチクラや外表ワックスの結晶などの表面構造と水損失速度との関係を定量化し、越冬のために必要なクチクラの性能について研究を行っています。
また、花弁を使って、花弁表面の撥水性と表皮細胞やクチクラのかたちの関係についても研究を行っています。花弁の表面構造は極めて多様で、こうした微細構造の撥水性への寄与や環境依存性を物理学、生態学の視点から解析しています。
針葉(シラビソ)のクチクラと花弁のクチクラ 左はシラビソの針葉の横断切片でクチクラが黄色く染まっている。右側はヒマラヤ産の植物 Potentilla penduncularisの花弁表面のSEM画像。
関連する主な文献: Taneda et al. (2015) Ann Bot 115:923-937, Watanabe-Taneda & Taneda (2019) Flora 257:151417
※こちらのサイトで本郷キャンパスで採取した花弁の形態をまとめました。ご参照ください。
植物の葉は、異なる種の間でも同じ個体の中でも大小様々なサイズになります。葉の面積が大きくなるほど蒸散で失う水の量も増えるので、葉は面積に合わせた輸送システムを作る必要があります。タバコの葉では、葉面積と主脈や側脈の木部面積が正比例の関係があり、こうした葉面積と葉脈のバランスが葉の発生中に作られるメカニズムに注目しています。どのような発生パターンが葉の面積に合わせた水輸送システムを作るのか、また葉面積の情報を葉脈がどのように把握しているのかという、発生学と生理学の観点から研究を行っています。
タバコにおける葉のサイズと木部の形態の関係 葉面積が変わっても同じように水を供給できるようにサイズに応じて道管や師管の数やサイズを調節している。
関連する主な文献: Taneda & Terashima (2012) Ann Bot 110:35-45
植物の維管束の道管や仮道管では、引き上げる方向の力(木部張力)によって水が移動します。このため、道管や仮道管にある水には負の圧力がかかっていて、内部に気泡が侵入すると負の圧力により膨らんで、内腔を満たしてしまいます(エンボリズム)。エンボリズムが起きて空洞化した道管や仮道管では木部張力が伝わらず、根から葉への水の移動が止まってしまいます。茎にある道管や仮道管の多くで木部閉塞が起きると葉へ十分な量の水を供給できず、気孔閉鎖に夜光合成の低下や深刻な乾燥ストレスによる枝、個体の枯死の原因になります。
道管や仮道管の内腔への気泡の侵入は強い乾燥ストレスがかかった時や木部液が凍結したときに起きます。そこで、砂漠の乾燥環境や冷温帯や亜高山帯といった寒冷環境に分布する植物にはエンボリズムへの対処が植物の生存に重要になります。私たちは、エンボリズムへの抵抗性やエンボリズムを起こした道管や仮道管の水輸送能力の回復が生活形の進化や分布域の制限にあたえる影響について研究を行っています。
エンボリズムによる通水阻害とその解析方法 左から、cryo-SEM法による木部水分布の可視化、MRI法による非破壊的な木部水分布の可視化(東京大学大学院農学生命研究科・福田健二教授との共同研究)、単一道管レベルでの還流法、枝の採取風景
関連する主な文献: Taneda & Tateno (2005) Tree Physiol 25:299-306,Li et al. (2008) New Phytol 117:558-568,Taneda & Sperry (2008) Tree Physiol 28:1641-1651,Sperry et al. (2012) Plant Cell & Envirn 35:601-610,Maruta et al. (2022) Tree Physiol 42:1228-1238,Taneda et al. (2022) Plant Physiol 190:1687-1698
モミ属の優占する亜高山帯の森林では、しばしば等高線に沿って白骨化した枯死木が帯状にならぶ「縞枯れ」が発生します。長野県の八ヶ岳の山域にそびえる縞枯山では、南西斜面に縞枯れが観察できます。縞枯れの枯死帯は高標高側の成木が枯死していくことで、平均して年に約2 mの速度で標高の高い場所へ向かって移動することが知られています。しかし、このような頻度で個体が枯死していくメカニズムはまだ完全には分かっていません。私たちは、亜高山帯の森林の優占種であるシラビソ(マツ科モミ属)で、枯死帯の風衝環境が促進する冬の乾燥ストレスや、と夏の蒸散速度と光合成生産に注目して、針葉樹の大きな個体が枯死していくメカニズムの解明を目指しています。
北八ヶ岳の縞枯れ現象と解析方法
関連する主な文献: 種子田 (2018) 遺伝 72:57-62,Ogasa et al. (2019) Tree Physiol 39:1725-1735,Miyazawa et al. (2025) Ecol Res 40:188-206
植物の生育環境は標高や緯度によって大きく変化します。日本では北海道に生息するトドマツ(マツ科モミ属)は、広い標高域に分布しており、生息する標高環境に局所適応したエコタイプが確認されています。私たちは、東京大学農学部附属北海道演習林の天然林や共通圃場での植栽を用いて、自生標高で遺伝的に固定している形態やそれに関連する遺伝子座や遺伝子の検出を試みています。こうした解析を突き詰めることで、局所適応のメカニズムの解明を目指しています。また、トドマツを自生環境よりも温暖な地域へ移植して、成長や生存率がどのように変化するか、それらの変化が起きる原因を水利用の観点から解析しています。
トドマツの形質の観察と生理生態学的特性の測定
関連する主な文献: Taneda et al. (2020) Trees 34:507-520,Goto et al. (2021) Genes 12:1110,Goto et al. (2025) Can J For Res 55:1-12