生殖と性行動の協調的制御に関わる神経機構の研究 

多くの動物にとって、生殖と性行動のタイミングをうまくあわせることは、受精を成功させるために極めて重要である。生殖の制御機構として、生殖腺刺激ホルモン放出ホルモンGnRHとよばれるペプチドが視床下部（Hypothalamus）ニューロンの脳下垂体内軸索終末から放出され、それが脳下垂体（Pituitary）からの生殖腺刺激ホルモンを出させることにより生殖腺（Gonads）を成熟させると共に、生殖腺から性ステロイドホルモン、メスの場合にはエストロジェンを放出させる。この制御機構を、それぞれの頭文字を取ってHPG軸とよぶ。こうしたHPG軸の存在や、性行動が性ステロイドホルモンの影響を大きく受けることはこれまでにも考えられてきたが、それらの脳内メカニズムは不明であった。私たちはこれまでの研究成果から、エストロジェン受容体を発現するペプチドニューロンが鍵を握ると考え、研究を進めている。つまり、エストロジェン受容体をもつペプチドニューロンが生殖腺からのエストロジェン情報を受け取る事により、HPG軸調節を介した生殖の制御を行うと同時に性行動を制御する、という作業仮説である。この作業仮説を実証すべく、各種分子遺伝学的技術を適用して作成した遺伝子改変メダカの脳を用い、形態学、生理学、行動学等の多角的な神経科学の手法を用いて研究している。 

生殖と性行動の協調的制御の鍵を握ると考えられるペプチドニューロンの神経分泌・神経修飾機能に焦点を当て、本研究を実施する上で実験に最適なメダカなどの小型魚類を用いて多角的な手法を用いて研究を行っている。

•形態学的手法は、特定の遺伝子の発現を脳の組織標本上で調べたり、電気活動を記録したニューロンの形態を調べたりするのに用いる。

•遺伝子操作を用いてトランスジェニックメダカを作成している。写真はkiss1遺伝子を発現するニューロンだけをGFPの緑色蛍光で標識したメダカ脳の蛍光写真であり、脳や体が透明なので、全脳のin vitro標本を作製して生理食塩水で灌流すると、蛍光顕微鏡により特定のニューロンの同定が可能になり、このニューロンからのパッチクランプ電極を用いた電気記録が可能になる。

•神経系・内分泌系の機能を個体レベルで調べるのに行動実験は欠かせない。ここでは雌雄のメダカの性行動をビデオ記録している。CRISPR/Cas9等の遺伝子編集技術により特定のペプチドニューロンだけを特異的に機能破壊したメダカの行動を半定量的に記録する実験も行っている。

•電気生理学的手法はトランスジェニックメダカを作成して特異的にGFP標識したニューロンからパッチクランプを用いて電気活動の記録をとったりする（左上図）のに用いる。右上図はGnRH3ペプチドニューロンから取られた活動記録。下図はパッチクランプ電気生理学実験セットの１例。

•各種分子生物学的手法も日常的に用いている。ここでは電気生理記録を行ったニューロンの細胞質をパッチピペットの内部に吸入して、その細胞に特異的に発現する遺伝子を調べる方法を示している（single-cell RT PCR）。

•細胞内のCaイオン濃度の時間変化をリアルタイムに可視化できるカルシウムイメージングの一例。細胞内Caイオンはニューロンからのペプチド放出の引き金を引くことが知られている。

 メダカはゲノムデータベースが整備されていて、分子遺伝学的実験操作を容易に適用できる。また、長日条件下で適切な水温と豊富な栄養状態に置いて飼育することにより毎朝規則的に性行動を行い産卵するので、性行動や生殖を調節する神経・内分泌学的なメカニズムを研究するのに最適の動物である。さらに、脳と体の透明性が高いことから、丸ごとの脳を剖出してin vitroに保った全脳in vitro標本を用いてGFP標識した単一ニューロンからの電気活動記録なども可能であり、この実験系は本研究の目的に極めて適している。上記の写真は、GnRHの3種のパラログ遺伝子であるgnrh1, gnrh2, gnrh3をそれぞれ産生するニューロンをGFP標識したトランスジェニックメダカの脳におけるGnRHニューロンの蛍光写真。

参考文献：

Oka, Y. (2023) Neural control of sexual behavior in fish. Zoological Science, 40(2). https://doi.org/10.2108/zs220108 

Oka, Y. (2023) Neuroendocrine regulation of reproduction by GnRH neurons:  multidisciplinary studies using a small fish brain model. Endocrine Journal, 70(4). https://doi.org/10.1507/endocrj.EJ22-0669