研究室で対象にしている主な糖質関連酵素は、糖質の加水分解反応を触媒するタイプ(加水分解酵素)や多糖を合成するタイプ(合成酵素;糖ヌクレオチドを利用しない)であり、多種類の酵素について研究を行っています。酵素は触媒する化学反応によって分類されます。これは古典的な分類法ですが、最近は「触媒活性に関わる蛋白質構造体(ドメインあるいはモジュール)の配列」に着目した分類がなされています。すなわち、蛋白質構造体におけるアミノ酸配列の類似性(立体構造の方が良い)を基本とし、Glycoside Hydrolaseファミリー(GH)に番号を付して分類する方法です。当研究室ではGH 13・GH 15・GH 31・GH 97に所属する糖質関連酵素を中心に、それらに関連する他のGH酵素や輸送タンパク質、さらには機能性糖質の研究も進めています。
研究に用いる実験手法は、分子生物学(DNAの取り扱い・遺伝子組換え・微生物培養)、生化学(酵素(タンパク質)や糖質の取り扱い)、機器分析(低分子の構造決定)、バイオインフォマティクス(配列解析・構造解析)など多岐にわたります。
研究成果は日本農芸化学会や日本応用糖質科学会で発表することが多いです。
GH 13は最大のGHファミリーであり様々な酵素が分類されていますが、我々はデキストラン・グルコシダーゼ(DGase)などのα-グルコシダーゼ類に特に興味を持っています。虫歯菌のDGaseはα-1,6グルコシド結合から成る長鎖の糖質を好んで作用することが特徴であり、天然ではデキストラン代謝に関与する重要な酵素です(デキストランはα-1,6グルコシド結合を主鎖とする多糖)。この特徴的な性質を支配する構造因子を発見しました。さらに立体構造を明らかにし、その情報を基にオリゴ糖合成を高収率に行う有用酵素を作製しました。
その他にも、蜂蜜生成に関わるミツバチα-グルコシダーゼ・アイソザイムやなどの研究も行ってきました。
デキストラン・デキストリナーゼ(DDase)の基礎応用研究を展開しています。DDaseはα-1,4グルコシド結合を主鎖とするデキストリンに作用してα-1,6グルコシド結合を主鎖とするデキストランを生産するユニークな酵素です。デキストラン生成に関わる基礎的な研究を行い、反応条件の制御やDDaseへの変異導入によってデキストランより低分子のメガロ糖(構成するグルコース数が10〜200の糖質)の生産に世界で初めて成功しました。メガロ糖の機能として、抗糖尿病や抗動脈硬化作用などが報告されているフラボノイドの体内吸収を高める作用や環境汚染物質であるアゾ色素の酵素分解を促進させる作用を発見し、食品素材や新しい環境浄化法への応用が期待されています。
DDaseの他にも新規GH15酵素の探索研究を行い、イソマルトースを特異的に分解するイソマルトース・グルコハイドロラーゼの発見とそのユニークな触媒メカニズムについて報告しています。
GH 31では主にα-グルコシダーゼに注目しています。α-グルコシダーゼは一般的に短鎖マルトオリゴ糖への作用が高い酵素(そのためにマルターゼとも呼ばれます)ですが、植物のα-グルコシダーゼは長鎖糖質(長鎖マルトオリゴ糖やデンプン)を加水分解できるという特徴があります。我々はイネやテンサイのα-グルコシダーゼを対象に立体構造解析や蛋白質工学的手法を駆使し、植物酵素が有する「長鎖糖質を認識する固有の構造因子」を明らかにしました。これらの結果から植物種子発芽におけるデンプン粒分解の鍵酵素にα-グルコシダーゼも候補となることが分かり、新しいデンプン粒代謝機構を提唱できました。
また他方では、菌類由来のα-グルコシダーゼを利用した機能性オリゴ糖の合成など、α-グルコシダーゼの応用研究も積極的に行なっています。
GH 97は極めてユニークなグループであり、触媒機構が異なる酵素が属しています。すなわち、反応後にアノマーを保持するタイプ(基質と生成物のアノマー構造が一致)およびアノマーを反転させるタイプ(基質のアノマー構造を反転させた生成物を生産)がGH 97に含まれます。この点において通常のGHと異なります。分子進化を見据えた保持・反転型酵素の触媒機構について研究しています。
糖質関連タンパク質では、特定の糖質を認識結合して細胞内への輸送を担う溶質結合タンパク質(Solute Binding Protein, SBP)の研究をしています。
さらには、我々の得意分野である組換えタンパク質調製やタンパク質工学的な手法を活かし、低受胎率の乳牛を治療するためのタンパク質製剤の開発研究にも参画しています。