ニホンジカ(学名:Cervus nippon、英語ではsika deer)は、日本では最も馴染みぶかい大型哺乳類のひとつです。その日本における生息域は、北は北海道から南は沖縄・慶良間島まで、非常に多様な環境に生息しています。
以前より体サイズなど地理的変異が大きいことも指摘されており、北海道に生息するエゾシカと屋久島に生息するヤクシカでは、体重にして2倍以上の違いがあります。
したがって、ニホンジカは生息環境と形態の関係を探る上で、非常に適した動物種なのです。
このニホンジカの地域個体群間の比較から、
1.下顎骨や歯牙に見られる形態変異と食性の関係
2.歯の磨耗と食性・生息環境の関係
3.体サイズと生息環境の関係(ベルクマンの法則の検討)
などを明らかにする研究を行ってきました。
琉球列島の石灰岩洞窟からは更新世に生息していた動物の化石が豊富に産出します。中でも、絶滅シカ類は産出量も多く、当時の哺乳動物相を代表する動物です。
そのうちの1種であるリュウキュウジカは、現生のニホンジカの半分程度の大きさしかありません。「島では大型動物は小型化し、小型動物は大型化する」という「島のルール」に合致する例として古生物学ではよく知られてきました。一方で、絶滅シカ類の生態的な特徴についてはほとんど明らかになっていませんでした。
また化石シカ類は、琉球列島へのヒトの渡来とほぼ同時期に、姿を消します。シカ類の絶滅にヒトは何らかの影響を及ぼしたのでしょうか?
化石シカ類の古生態を復元することを目的に、ニホンジカなどの生態のわかっている現生種で骨や歯から得られるデータを基にして、以下のような研究を行ってきました。
1.歯の磨耗や安定同位体分析を用いた、食性・生息環境の推定
2.リュウキュウジカの年齢構成の復元と、先史時代人の狩猟活動の影響
歯は動物の体の中でもっとも硬い組織(エナメル質)でできているため、化石として残りやすいという特徴があります。歯のエナメル質の表面を顕微鏡で観察すると、マイクロウェア(microwear)と呼ばれる「食べ物を食べたときにできた傷」がみられます。この傷の特徴から、顎の動かし方や食性を復元する研究を進めています。ニホンジカだけでなく、イノシシや恐竜形類、獣弓類(哺乳類の祖先)など、共同研究により幅広い動物を対象にしています。
マイクロウェアは、古典的には走査電子顕微鏡(SEM)による二次元画像の観察が使われてきましたが、当研究室では共焦点レーザー顕微鏡により歯表面の微小領域の三次元データを取得し、傷の形状を定量的に評価することを進めています。
1.ニホンジカなど食性の明らかな現生種を利用し、食性とマイクロウェアの関係を明らかにする
2.近縁な現生種のいない絶滅種を対象に、マイクロウェアから顎の動かし方を推定する
写真はドイツ・シュツットガルト州立自然史博物館でマイクロウェアの採取を行ったときの様子。
当研究室で管理している共焦点レーザー顕微鏡VK-9700(キーエンス社製)
上段は2次元表面画像(SEM風)、下段は3次元表面形状モデル。いずれも視野サイズは約100μm×140μm。左側は木本植物の葉を主に食べる屋久島のニホンジカ、右側はイネ科植物(シバ)をよく食べる宮城県金華山島のニホンジカ。金華山島のニホンジカは表面の起伏が激しく粗い(カラースケールバーに注目)。
(個々の研究の詳細は、これから順次追加する予定です)