昭和10(1935)年10月制定。
「開校記念日の歌を第一校歌とし、校歌を第二校歌とする」と、当時の音楽の先生がいったとか言わないとか...
第二校歌は、作られはしたが当時も現在も歌われていない。歌詞は残っているが、楽譜が消失している。
歌われなかった原因は「歌詞ならびに曲調に遺憾な点あり」とのこと。
生徒たちは歌わなかったが、当時の音楽部(現吹奏楽部)がNHK前橋局からラジオ放送をした。
昭和11(1936)年4月27日
指 揮 : 舘山甲午教諭
曲 目 : 国家、騎士、校歌、
春の花、群馬県の歌
一
北関東の平野の要
商業文化の中心地なる
大前橋の一角に
聳ゆる?を君見ずや
和魂商才?り?ふ
吾等の尊き學舎ぞ
二
山又山の眞清水集め
夜?流るる大利根の
清き眺西に見て
學に勤しむ友よ友
至誠一貫旨として
皇國を成す有る人たれや
三
眞北?髙く朝夕仰ぐ
上州鎮護の赤城の山也
千秋??動きなき
雄志を我等?心?る
弘?正大 名を掲げて
母校の譽をかがやかせ