私は小学生の頃、家庭の事情でうつ状態になり、引きこもりになっていました。
この頃は文字通り何もできない日も多かったのですが、元気な時なら好きなゲームを遊ぶ事ができ、それが私の生きる理由にもなっていました。
20歳ごろに家庭環境が変わり、精神的には徐々に回復していたのですが、26歳になった頃、それまでの不規則な生活から体調を大きく崩した事を切っ掛けに「このまま何もせずに死んでいくなんて嫌だ」と考えるようになり、一念発起。
まずは生活改善から始め、身体的にも回復した翌年の4月に横浜翠嵐高等学校に入学、部活動では演劇部に入部し精力的に活動、高校1年の後半からは現在も継続している飲食店のアルバイトも始め、順調に社会復帰していきました。
定通芸術祭にて最優秀賞を頂いた時の写真
その後、自分の将来を考えた時に、辛い時期を支えてくれたゲームというエンターテインメントを、より良い形で提供できる人間になりたいと考え、横浜デジタルアーツ専門学校に入学、現在までゲーム制作を学んできました。
引きこもり時代の経験は辛いものでもありましたが、同時に沢山の時間ゲームと向き合い、分析することで、造詣を深める事ができ、今のゲーム制作に活きていると感じています。
横浜デジタルアーツ専門学校での様子
10年ほど遅れてのスタートになりますが、新社会人として0からキャリアを積み、「時に心の支えにもなるようなゲームを、より良い形で提供できる人間になる」という目標のため、努力を続けていきたいと思います。