本研究プロジェクトは,技術哲学における媒介理論や社会物質性の研究において明らかにされてきた人間-技術-世界の複雑な絡まり合い(intertwinement/imbrication)の特性に関する研究成果と日本情報経営学会「AI人工物の監理」研究プロジェクト(2018~2022年度)の活動を通じて明らかにされてきた知見を基礎に,人工知能(AI: Artificial Intelligence)やロボット,ブロックチェーンなどの情報通信技術(ICT: Information and Communication Technology)を中心とする現代技術の開発と利用が人間存在と企業経営ならびに社会のあり方にどのように関わってくるのかを,とりわけ「越境」,すなわちこれまで物理的・法的・社会的・心理的など多様な形で存在してきたさまざまなタイプの境界線を越える,あるいはそうした境界線が機能しなくなる,または消滅するという現象に着目して探究していくことを目的とする。
私たちは現在,自然環境と技術とが織りなす環境の中に置かれており,そこではすでに自然と人工物との間の境界線は曖昧になりつつある。個人の日々の行動や判断,体験も,その多くは技術によって媒介されており,私たちは意識的・無意識的な技術とのインタラクションを通じて私たち自身の存在を定義・再定義するとともに,技術の解釈・再解釈,そして世界の構築・再構築を行っている。ICTの発展と普及がもたらす越境に焦点を当ててみると,すでにSCM(Supply Chain Management)は企業間の境界を越えたシームレスなビジネスシステムを機能させ,CRM(Customer Relationship Management)は企業と個人顧客の間の境界線を消失させている。シェアリングエコノミーは所有と共有の意味を近づけ,ビッグデータをAI解析することで個人に対するリコメンデーションを生成するシステムは,とりわけ消費活動における私たちの判断を人間と機械のハイブリッドエンティティが実行するものへと変えつつある。ブレインチップのようなインプランタブル機器,またヘッドマウントディスプレイやスマートグラスといったウェアラブル機器は人間のサイボーグ化を推し進める一方で,環境知能の普及が経済・社会そのものをサイボーグ化すると考えられている。メタバースはさまざまなバーチャル空間の間の壁を取り壊してインターバーチャル空間を生成し,さらにリアル空間との融合をもたらそうとしている。
このように越境という現象に焦点を当てることで,ICTを中心とする現在の技術が,企業経営をどのように進化させ,また経済ならびに社会の発展にいかに寄与するのか,そしてその一方でどのような社会問題あるいは倫理問題をもたらしうるのかを明確かつ統合的に考察することができる。このことから,本研究プロジェクトは情報経営研究の新しい地平を切り開く可能性を持ち,この点で高い学術的意義を有する。同時に,情報経営の実務に対しても今後のそのあるべき姿について考える上での重要な視点を提供することができ,また社会問題・倫理問題をもその考究対象としているという点でより善い経済・社会の実現に資するという社会的意義を有している。