「未来につながる学びをひらく造形教育の今」
~わたしをみつめる・わたしをひらく・美術をみつめる・美術をひらく〜
1 子供たちの未来
子供たちが社会人となる未来はどんな姿でしょうか。2020年には、少子高齢化が進行し、高齢者の割合が3割を超え、生産年齢人口は総人口の6割を下回ることが見込まれています。また、グローバル化や情報化が進み、一つの出来事が広範囲かつ複雑に伝播し、先を見通すことがますます困難になってきます。このような状況の中で子供たちが将来就くことになる職業も、技術革新等の影響により大きく変化することになります。子供たちの65%は将来、今は存在していない職業に就くとの予測や、今後10年~20年程度で、半数近くの仕事が自動化される可能性が高いなどの予測もあります。また世界規模での人口の増加への対応、温暖化等地球規模での環境対策にも取り組んでいかなければなりません。日本では、Society5.0やSDGsといった新しい社会への対応の仕方や行動目標を打ち立てて、未来の社会に対応すべき施策を想定しています。つまり、子供たちは、今までの知識や経験では対応できない予測不可能な社会で生きていかなければならないことを自覚し、これからの未来を見据えて自分の学びをつくっていかなければならない状況にあるのです。
2 学習指導要領が目指すもの
新しい学習指導要領が今年度から高等学校までのすべての学校園で全面実施となりました。キーワードは「生きる力 学びの、その先へ」です。この中で、子供たちが様々な変化に積極的に向き合い、他者と協働して課題を解決していくこと、様々な情報を見極め、知識を概念的に理解し、新たな価値をつくっていくこと、複雑な状況変化の中で目的を再構築していくこと等ができるようになることが求められています。
そして子供たちに必要な力について三つの柱「実際の社会や生活で生きて働く、知識及び技能」「未知の状況にも対応できる思考力、判断力、表現力」「学んだことを人生や社会に生かそうとする学びに向かう力、人間性」が示され、主体的・対話的で深い学びの視点から「どのように学ぶか」を重視して「学ぶことに興味を持ち、自分の学びを調整していく主体的な学び」「他者との学び合いを通じて自分の考え方を広げ深める対話的な学び」「見方・考え方、知識・技能を働かせ、より豊かな表現を目指す深い学び」の3つの学びのあり方が示されたのです。加えて、その学びは学校を超えた地域ぐるみの教育を行うことを通して「よりよい学校教育を通じ、よりよい社会をつくるという目標を学校と社会が共有すること」を目指し、社会に開かれた教育課程の構造化が求められているのです。
3 あらわす子ども:表現領域
表現領域には、造形遊びと表現活動があります。 幼児期では、造形遊びを通してつくり出す楽しさを味わい、仲間と協働して活動をどんどん広げていくことを大切にします。小学校期では、造形遊びの質を変化させて思いを広げたり、仲間ともに表したりしながら造形活動の楽しさを共有するような活動を仕組んでいきます。これらの継続的なつながりをもった活動が表現活動をする上での大切な動機付けになると考えるからです。中学校期から高校期では、今までの経験をもとに表現活動を進化させていきますが、導入の段階に造形遊び的な活動を取り入れることで活動意欲を持続させて、その後の造形活動を進めていく手がかりになります。また、自分の思いや願いを広げながら意味や価値をつくりだしていくと同時に自分の思いや願いの中に美術や美術文化を取り込み、新しい発想や着想を得て更なる表現活動を進めていくことの重要性が求められています。
ここで大切にしたいのは、自分にとって必要な価値づくりや意味づくりです。活動しながら感じ、考えたことを、表現していく過程の中に自分らしい価値や意味が生成されます。私たちは、子供たちの表現行為を通してその価値や意味の発現をみとり、更に広がったり深化したりするような指示や支援、言葉がけを通して、子供の新たな意味づくり、価値づくりにかかわりたいと考えています。
4 おもい・つたえる子ども:鑑賞領域
小学校期においては、既に定まっている評価や価値を教え込むことなく、対象から自分らしく感じたこと、自分らしく捉えた思いを大切にして仲間と話し合い、見方・感じ方を広げることを大切にします。話し合う視点は「製作した作品を互いにポジティブに批評し合うこと」です。これは教科の枠を超えた学び合いの基本になるもので「関わり合いながら、それがよりよい仲間との関係性を高めること」につながると考えます。
中学校期や高校期では、鑑賞の対象が自分の作品だけでなく美術や美術文化に広がり、文化的遺産としての美術についての見方・感じ方の深化を求めています。さらに、高校期では、その対象に対して「価値意識をもって」から「自己の価値観を高めて」、「自己の価値観を働かせて」と広げ、自分にとっての美術や美術文化の有り様を一つの価値としてどう捉えるかにまで高めていきます。それは、我が国の美術文化を大切にするための自分の切り口をもってほしいという願いから生まれたのだと考えます。自分の感じ方を仲間と共有し、「自分にとっての美術」という視点で価値を高め、それを礎として日本の美術的な文化を自分らしくつくっていく一人の日本人としての「個」への高まりを求めていると考えます。
5 わたしたちの意思:本大会テーマ
小学校図画工作科、中学校・高等学校美術科の目標には、育成を目指す資質・能力の三つの柱にそれぞれに「創造」を位置付け、図画工作科や美術科の学習が「造形的な創造活動」を目指していることを強調しています。さらに、授業においては、教科固有の「見方・考え方」を働かせ、深い学びを成立させることを重視しています。そこで私たちは、「造形的な見方・考え方」を「感性や想像力を働かせ、対象や事象を、形や色などの造形的な視点で捉え、自分のイメージを広げながら意味や価値をつくりだしていくこと」と捉え、主体的で深い学びの過程を通して新たな意味や価値を創造する子供の姿を目指して実践を進めていくことにしました。それが本大会テーマにある「未来につながる学びをひらく」の意味であり、「今」を生きる子供たちの姿であると考えたのです。この姿を目指すために次のような表現活動、鑑賞活動を位置付けました。
感じ、考え、意味や価値を創造する表現活動
創造的な表現活動を支えるのは、子供たちがそれぞれにもっている美的感性です。その感性は、正に子供の過去の経験から獲得されたものであり、それぞれの子供にそれぞれの感性があることになります。考える行為は、過去の経験から獲得された知に照らして自分らしい紡ぎ方で新たな知をつくりだす行為です。それは、一人で間接的な対話を通してつくりだされる場合もあるし、他者との直接的な対話によってつくりだされる場合もあります。いずれにしても考えることは自他との対話によって行われます。その対話によって新たな意味や価値がつくられて、自分の経験から得られた知識・技能を駆使して表現することが創造的な表現活動にあたると考えます。それぞれの発達段階や特性に合わせた「自分自身が感じ、考え、意味や価値を創造する姿」を大切にして、子供たちの表現活動を保障することが重要だと考えました。
見方・感じ方を広げる創造的な鑑賞活動
創造的な鑑賞活動を支えるのも、子供たちがそれぞれにもっている美的感性です。この感性は、自分の作品づくりの過程、仲間の作品、目に見える・肌で感じる感覚、美術品や美術文化との出会い等を通して感じる感覚等、それぞれの子供たちの発達や特性に合わせて広がり、深まっていく感覚だと考えます。今までの美的感覚が鑑賞活動を経て、新たな感覚をつくりだし、自分の造形表現に変化・変容を促すことで生まれるのが「造形的な表現活動」であるとすれば、表現と鑑賞は「感じ、考え、意味や価値を創造する表現活動」の中で一体化しているということになります。鑑賞活動には、対象が必要になります。また対象は「もの」だけではなく「こと」の中にもあります。その意味で発達段階や特性に合わせて様々な対象との出会いを通じて子供たちの鑑賞活動を保障することが大切だと考えました。
6 それぞれの意思:校種別テーマ
幼稚園・保育園期「わたしをみつめる」
幼年期は、「感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して,豊かな感性や表現する力を養う」段階です。身近な環境の中で自分のしたいことを決め、活動に入っていきます。活動することに目的があるので、活動の途中で目的が変わることがよくあります。また、活動するメンバーも一人だったり、複数だったり、入れ替えがあったりと随時変化していきます。そこで、大切にしたいのは活動をしている子供自身が「造形活動への見方・感じ方」を意識することです。
様々な子供の姿に子供の活動への見方・考え方が表れています。このような経験を通して、自分自身の造形活動において「してみたいことやできるようになりたいこと」をたくさん見つけていると考えるのです。これが「わたしをみつめる」姿です。実践では、子供たちが生き生きと創造活動を行っているときの一人一人の見方・考え方に着目し、子供にとっての活動の意味や価値をじっくり探ることが大切だと考えます。
小学校期「わたしをひらく」
小学校期は、「自分の中にある造形的な意味や価値をもとに自分や他者との主体的な対話を通じて新たな見方・考え方を広げ、新たな意味や価値をつくる」段階です。子供たちは、表現活動を行うとき、自分の造形活動への見方・感じ方をもとにして活動を始めます。活動を進めていくうちに、「ここから、どうすればいいかな」という意識が生まれ、自分や他者との対話が始まります。そして新たな見方・考え方を取り入れ、活動を継続していくのです。
自分や他者との対話を通じて行われることは、対話した本人が新しい考えに触れ、自分の表現にとって必要な見方・考え方を得て、次の表現に生かそうとすることです。それが新しい表現にかかる意味や価値を獲得する姿だと考えます。これが「わたしをひらく」姿です。実践では、自分の造形的な意味や価値を使って、創造的な造形活動を進める場面と自分や子供同士の対話から生まれる新たな意味や価値をもとに再度活動を進める場面が相互に行われるよう授業が大切だと考えます。
中学校期「美術をみつめる」
中学校期は、「自分の中にある造形的な意味や価値をもとに、感性や想像力を働かせて、対象や事象を造形的な視点で捉え、新たな意味や価値をつくりだす」段階です。子供たちは、「感じ取ったことや考えたこと」「伝える、使うなどの目的や機能」を考え発想や構想を行い、「主題を生み出すこと」を意識しながら表現を進めていきます。鑑賞では「美術作品など」と「美術文化」の2点で活動を行い、造形的なよさや美しさ、作者の心情や表現の意図を感じ取ったり、美術や美術文化について考えたりしていきます。
小学校期が「わたしをひらく」だったの対し、中学校期では、生活や社会の中の美術や美術文化等にまで視点を拡大して、新たな自分の意味や価値をつくることを目指します。これが「美術をみつめる」姿だと考えます。実践では、主題を意識した造形活動を通して自らの造形的な見方・考え方をもとにした表現を行い、培った新たな意味や価値をもって生活や社会にある美術や美術文化とどうかかわっていくかを考えるような授業づくりが大切だと考えます。
高等学校期「美術をひらく」
高等学校期は、「美術に関するより専門的な学びを通して、感性や美意識、想像力を働かせ、対象や事象を造形的な視点で捉え、よりよい人生や社会の在り方を考え、新たな自分としての意味や価値をつくりだす」段階です。子供たちは、入学後、選択科目として美術を選びます。それは、美術に興味があり、美術を通して自分の見方・感じ方を活かして新たな意味や価値をつくりたい(自身を成長させたい)という意欲をもった子供たちだということです。
学ぶ領域も以前の3つ(美術史、素描、構成)から5つ(美術史、素描、構成、美術概論、鑑賞研究)に増えました。造形的な視点の拡張を図るのがねらいだと考えられます。それは造形要素に目を向ける視点と大きな視点に立ってイメージを捉えるという視点で物事を複層的に感じる視点をもって、より総合的に考え、自分にとっての新たな意味や価値をつくることを目指しているのです。これが「美術をひらく」姿だと考えます。自分にとっての様々な美的体験を通して、自他の作品を見つめるだけではなく、見つめている作品や作者の背景にある生活や歴史、風土などにまで意識を広げ、様々なことを感じ取る力、創造性、研究心などを豊かにはぐくむような授業づくりが大切だと考えます。