主な研究成果

◆強相関トポロジカル系の研究

トポロジカル絶縁体における強相関効果

<背景>

HgTe/CdTeの量子井戸などで発現するトポロジカル絶縁体は新たなバンド絶縁体として注目を集めていた。一方で、2009年頃からSmB6やNa3IrO4でトポロジカル相の発現の可能性が議論され、強相関効果の解明が求められていた。しかし、当時は強相関系でどのようにトポロジカル相を特徴付ければよいか明らかでなかった。

<成果> 

本研究ではトポロジカル絶縁体の一種であるスピンホール絶縁体における強相関効果を解析した。特に、スピンホール伝導度が強相関系でも量子化されることを確認し、動的平均場理論を用いてトポロジカル相の特徴づけを行った[1]。解析の結果、自由粒子系のトポロジカル絶縁体は常磁性のモット絶縁体に一次転移することを明らかにした。さらに、強相関領域で反強磁性秩序とトポロジカルな構造が共存した反強磁性トポロジカル絶縁体の発現も明らかにした[2]。

<文献>

[1] T. Yoshida, S. Fujimoto, and N. Kawakami, PRB 85, 125113 (2012).

[2] T. Yoshida, R. Peters, S. Fujimoto, and N. Kawakami, PRB 87, 085134 (2013)

有限温度領域におけるスピンホール電導度の相互作用依存性。T=0では緑の線のように量子化される。

(文献[1]より引用)

トポロジカルモット絶縁体の確立

<背景>

通常のトポロジカル絶縁体ではバルクのトポロジーが試料端に局在したギャップレスの電子励起に反映される。一方で、トポロジカルモット絶縁体ではバルクのトポロジーは試料端のギャップレスのスピン励起にのみ反映される(電子励起は試料端でもギャップを持つ)。このような強相関系特有の量子状態は、スレーブボソン法を用いた解析で提案された。しかし、その後の二次元系での変分モンテカルロ法などの高精度な数値計算手法では確認されず、その発現が明らかでなかった。

<成果>

本研究では強相関一次元系を密度行列繰り込み群法で解析し、トポロジカルモット絶縁体の発現を確立した[1]。この研究を発展させて二次元のトポロジカルモット絶縁体の確立や、高次トポロジカルモット絶縁体という新しい強相関トポロジカル状態の提案を行った。

<文献>

[1] T. Yoshida, R. Peters, S. Fujimoto and N. Kawakami PRL 112, 196404 (2014).

(a)ワインディング数の相互作用依存性(b)エンタングルメントスペクトル(c)端状態の電子励起ギャップ(d)端状態のスピン励起ギャップ 。

(文献[1]より引用)

強相関トポロジカル相の分類学

<背景> 

トポロジカル絶縁体・超伝導体の分類表は、トポロジカル相の研究で重要な役割を果たす。元来、この分類表は相互作用が無い場合に得られたが、強相関効果が分類の結果を変更することが明らかになった。例えば、一次元のカイラル対称な系ではZ->Z4のように変化する。その一方で、この特異な現象がどのような系で観測されるのか明らかになっておらず、実験での観測はなされていなかった。

<成果> 

本研究では、実験での観測に向けた理論的提案を行った。具体的にはCeCoIn5/YbCoIn5の人工超格子ではトポロジカル超伝導体が発現するが、Ce層が4層のときにはエッジ状態が強相関効果によって破壊されることを明らかにした[1]。さらに、Erなどの冷却原子系でも観測可能なセットアップの提案を行った[2]。

(これらの成果は京都大学在籍時に得られたが、理研で行った研究が大いに役立った。)

<文献>

[1] T. Yoshida, A. Daido, Y. Yanase, and N. Kawakami, PRL 118 147001 (2017).

[2] T. Yoshida, I. Danshita. R. Peters, and N. Kawakami, PRL 121, 025301 (2018)

(a)CeCoIn5/YbCoIn5の人工超格子のスケッチ。(b)Dipolar fermionの一次元冷却原子系(c) 一次元冷却原子系でのエンタングルメントスペクトル。

(文献[1] [2]より引用)

◆強相関系における非エルミート・トポロジー

重い電子系における例外点の発現

<背景>

系を記述する行列が非エルミートとなる系では通常のエルミート系に無い特有のトポロジカルな構造が見られる。典型例として例外点が挙げられる。これまで例外点は散逸のある光学系や開放量子系等で研究がなされてきたが、その発現の舞台は非平衡系に限られてきた。

<成果>

本研究では非エルミート行列であるグリーン関数に焦点に着目し、平衡状態の重い電子系で例外点が発現する事を近藤格子模型を解析することで明らかにした[1]。この際、動的平均場理論を活用し精度の高い結果を得た。


<文献>

[1] T. Yoshida, R. Peters, and N. Kawakami, PRB 98 035141 (2018)

[Web of Science high impact paper]

二次元近藤格子模型におけるω~0での一粒子励起スペクトル。

(文献[1]より引用)

対称性に保護された例外円・例外面の発見

<背景> これまでのトポロジカル絶縁体の研究で、対称性がトポロジカルな構造を多様化することが明らかとなっている。一方で、非エルミート系では例外点という特有のトポロジカルなバンド構造が見られるものの、対称性の効果は解明されていなかった。

<成果> 本研究では、例外点におけるカイラル対称性の効果を解析した。その結果、二次元(三次元)系で対称性に保護された例外円(例外面)という新しいトポロジカルバンド構造を発見した[1]。さらに、PT, CP対称性も考慮し分類表も得た[2]。

[※PT=(空間反転×時間反転)、CP=(電荷共役×空間反転)]

<文献>

[1] T. Yoshida, R. Peters, N. Kawakami, and Y. Hatsugai, PRB 99, 121101 (2019).

[Web of Science high impact paper]

[2] T. Yoshida, R. Peters, N. Kawakami, and Y. Hatsugai, PTEP 2020, 12A109 (2020).

[JPS hot hopic]

[3] 吉田恒也、初貝安弘, 日本物理学会誌 2022年4月号 (最近の研究から) (掲載決定)

カイラル対称な系における一粒子励起スペクトル。緑の曲線が対称性に保護された例外円を表す。

(文献[1]より引用)

非エルミート分数量子ホール状態

<背景>

これまでの研究で、トポロジカル相は、対称性に保護されたトポロジカル相とトポロジカル秩序相の二つに大別されることが明らかとなっている。後者は強相関効果が本質的に効いた相である。一方で、非エルミート系においては大半が自由粒子系の研究であり、強相関効果は解明されていない。特に、上述のトポロジカル秩序相が非エルミート系で発現し得るのかという基本的な問題すら明らかにされてこなかった。

<成果>

本研究ではトポロジカル秩序状態の代表例である分数量子ホール状態に焦点を当て、以上の問題に取り組んだ。二体ロスのある冷却原子系を想定した解析の結果、非エルミート系でも分数量子ホール状態が発現することを初めて明らかにした[1]。さらに、密度行列をベクトル化し、擬スピンチャーン数による特徴づけの方法も提案した[2]。なお、この方法は一次元の強相関トポロジカル相にも適用できる。

<文献>

[1] T. Yoshida, K. Kudo, and Y. Hatsugai, Sci. Rep. 9, 16895 (2019).

[2] T. Yoshida, K. Kudo, H. Katsura, and Y. Hatsugai, PRR 2, 033428 (2020).

(a)非エルミート分数量子ホール系のエネルギースペクトル。(b)基底状態のチャーン数。

(文献[1]より引用)

◆学際領域におけるトポロジカル現象の開拓

メタマテリアルにおける非エルミート・トポロジー

<背景>

トポロジカル絶縁体は電子系の研究に端を発するが、その後の研究でトポロジカル現象はメタマテリアル系でも見られることが明らかとなった。例えば、フォトニックメタマテリアル、メカニカルメタマテリアル、電気回路でエッジ状態の発現が理論的に提案されている。

<成果> 

本研究ではメタマテリアル系におけるトポロジカル現象を非エルミート・トポロジーという観点から解析した。特に、メカニカルメタマテリアルにおいて対称性に保護された例外円がみられること[1]や、トポロジカル電気回路においてミラー表皮効果という新しい非エルミート・トポロジカル現象を提案した[2]。なお、フォトニックメタマテリアルでも創発的対称性に保護された例外円の発現を明らかにした。


<文献>

[1] T. Yoshida and Y. Hatsugai, PRB 100, 054109 (2020).

[2] T. Yoshida, T. Mizoguchi and Y. Hatsugai, PRR 2, 022062R (2021).

(a)対称性に保護された例外円がみられるメカニカルメタマテリアル(b)ミラー表皮効果がみられるトポロジカル電気回路

(文献[1][2]より引用)

熱伝導系でのバルク-エッジ対応:新たな舞台の開拓

<背景> 

良く知られているように、古典系の拡散方程式は虚時間のシュレディンガー方程式と見なすことができる。一方で、シュレディンガー方程式で記述される電子系ではトポロジカルに保護されたエッジ状態の発現が報告され注目を集めていた。

<成果> 

以上の数学的な対応関係に着目し、本研究ではトポロジカル現象の新たな舞台として熱伝導系を提案した。具体的には一次元・二次元の熱伝導系を解析し、バルクのトポロジーによって試料端にエッジ状態が発現することやエッジ状態が熱伝導速度を速めることを明らかにした[1]。

本研究の提案後に実験が行われ、中国のグループによって以上の振舞いが観測されている。[link1][link2]

<文献>

[1] T. Yoshida and Y. Hatsugai Sci. Rep. 11, 888 (2021).

(a)一次元の離散熱伝導系(b)拡散係数のスペクトル。青がエッジ状態を表す。(c)エッジ状態に起因した動的性質。

(文献[1]より引用)

ゲーム理論でのトポロジカル現象

<背景> 

トポロジーに誘起された顕著な現象としてカイラルエッジ状態の発現が挙げられる。この端状態の伝搬はバルクのトポロジーに制御されており、一方向にのみ伝搬するという特異な性質を持っている。一方で、ゲーム理論では生物の繁殖や人間の合理的振る舞いを数理的に取り扱うことができ、学際的な興味を集めている。


<成果>

本研究ではカイラルエッジ状態の学際領域での発現を目指し、カゴメ格子状に拡張されたじゃんけんゲームを解析した。特に、この系と磁場下のスピンレスフェルミオン模型との対応関係を議論することで、カイラルエッジ状態の発現を明らかにした[1]。さらにこのエッジ状態が一方向にのみ伝搬するプレイヤーの流れを引き起こすことを見出した。この研究をさらに発展させ、じゃんけんゲームで非エルミート・トポロジカル現象が見られることも明らかにした[2]。

<文献>

[1] T. Yoshida, T. Mizoguchi, and Y. Hatsugai, PRE 104, 025003 (2021).

[2] T. Yoshida, T. Mizoguchi, and Y. Hatsugai, Sci. Rep. 12, 315 (2022).

(a)カゴメ格子状の拡張じゃんけんゲーム。(b)プレイヤーの密度の時間変化。矢印の方向へ伝搬する。(文献[1]より引用)