円高フラッシュクラッシュは凶夢

夢見の原因は、FRBのドル資金回収による1ドルあたりの価値防衛が限界

2019年1月9日(水)アナリスト工房

「正月の2日夜に就寝してから翌朝までにみる初夢は、新年の吉凶を暗示する」との古くからの言い伝えがあります。

1月3日早朝のオセアニア市場では、開始から30分以内に対米ドルの円相場がなんと3.8%も暴騰し一時104.87円まで円高進行。このとき日本円は、対豪ドルや対トリコリラをはじめ、世界の主要通貨に対し吹き上がりました(下記)。

【円高フラッシュクラッシュ(Jan 3rd 2019)】

・米ドル/円: 3.8%円高進行(108.88円→104.87円)

・豪ドル/円: 7.7%円高進行( 76.07円→ 70.64円)

・トルコリラ/円:10.1%円高進行( 20.12円→ 18.27円)

読者の皆さんのなかには、海外為替市場での円暴騰の異常事態を伝えるモニター画面を夢見心地の寝ぼけ目で眺めた方々がいらっしゃるでしょう。翌1月4日の東京市場の円相場が暴騰前の108円台まで回復したことからも、3日早朝の"フラッシュクラッシュ(瞬間暴騰落)"はまるで初夢のようでしたね。

為替のフラッシュクラッシュの元祖は、2016年10月7日の英ポンド(対米ドルのポンド相場が数分間に6.1%暴落:1.2613ドル→1.1841ドル)。AIを活用したアルゴリズム取引(人工知能が意思決定を下すコンピュータによる自動売買)が、イギリスの国民投票がEU(欧州連合)から離脱を決めた直後の不安定な通貨ポンドを薄商いの早朝オセアニア市場で売り浴びせました。

一方、アルゴリズムが比較的安定した日本円を買い漁った19年の円暴騰の"初夢”では、売り浴びせられたのは米ドルをはじめさまざまな外国通貨です。このとき、円は外国通貨に対し大きく祭り上げられました。とはいえ、円高は輸出立国の日本経済にネガティブ(悪材料)なので、日本人にとっての円暴騰は暴落した外国通貨と同様に”クラッシュ”といえましょう。

世界的な危機の際に"逃避先通貨"の役割を担う日本円へ世界のマネーが殺到した事実から、すでに18年10月からバブル崩壊しはじめたグローバル市場はいま世界金融危機の入口へ接近中とみてとれます。市場の実態と舞台裏の真相はどのようになっているのでしょうか?また、円高フラッシュクラッシュの”初夢”が暗示する新年の市場と取り巻く国際情勢の展望は?

▼FRB引き締めに伴うドル資金の調達難とコスト急増が、市場を締め上げ

グローバル市場のバブルを崩壊させ金融危機への懸念を浮上させた主犯は、FRB(米連邦中銀)の執拗な金融引き締め政策です。金利と資金量での締め上げが債券価格と株価を直撃しました。

2018年10月、欧州中銀が量的緩和(金融商品を大量に買い取ることにより市場へ資金供給する金融緩和策)の規模を月150億ユーロへ半減させたのと同時に、FRBの量的引き締め(過去の量的緩和で買い取った金融商品を売り出すことにより市場から資金回収する金融引き締め策)は上限枠を500億ドルまで引き上げいっそう規模拡大しました(下記)。

【FRB量的引き締めによる資金回収額*)

・2017年10−12月: 月平均50億ドル

・2018年1−3月 :月平均130億ドル

・2018年4−6月 :月平均270億ドル

・2018年7−9月 :月平均300億ドル

・2018年10−12月:月平均430億ドル

欧州発の資金供給が細るとともにドル資金が次々と回収されていくなか、資金流動性が枯渇したアメリカの債券市場のバブル崩壊がスタート。18年10月9日、米国債10年物は一時3.259%まで14年以降の高利回りを更新し価格急落しました。

まもなく米国債価格は持ち直しましたが、債券バブル崩壊は低格付け社債、翌11月にはレバレッジドローン(金融機関の低格付け企業への貸出債権)およびその証券化商品"CLO(ローン担保証券)"へ拡大。米国債の価格反発は、.デフォルト懸念が強まる信用力の比較的乏しい他の債券からの資金逃避にすぎない。

レバレッジドローンとCLOの市場悪化を受けて、貸出債権の市場売却がままならなくなった金融機関は、12月からは資金調達に苦戦しているのが実情。いわゆる”信用収縮(信用不安に伴う金融機関の貸し渋り)”です。

流動性枯渇に伴う金融機関の調達難に追い討ちをかけたのは、FRBが17年12月から3カ月ごとに連続実施中の利上げ。いまのドルの政策金利は2.25〜2.5%。そのレンジの中間値でみた金利水準は、15年12月にゼロ金利(0〜0.25%)が解除されてからなんと19倍に跳ね上がりました。長期金利(米国債10年物利回り)の上昇が収まった一方、翌日物の短期金利は利上げに伴い急騰しています。

18年12月31日、金融機関などが米国債などを担保に資金調達する”GCレポ"の翌日物金利は、なんと6.125%へ跳ね上がりました(前営業日は2.5%)。翌営業日の19年1月2日のGCレポ翌日物金利は4.25%と依然高水準。信用不安と流動性枯渇による金融機関の貸し渋りと調達コストの急騰は、年末の年越え資金需要がらみの特殊要因だけでは済まず、年明けになっても続きました。

▼流動性枯渇し細ったドルがクラッシュ。金融危機突入後は新通貨体制へ

FRBの金融引き締めによるバブル崩壊は、債券と短期資金調達の市場だけではなく、企業の自社株買いが必死に支えていた株式市場も直撃。2018年9月に史上最高値をつけた米国企業500社の株価指数S&P500は、12月には最高値から一時20.2%安の株価水準まで反落しました。

14年以降のS&P500企業は、自社株買いと配当を合わせた株主還元の額が純利益を上回り、過度の株主還元が企業価値を損なう状態が続いています。これらの米国企業は、大量の自社株買いを行い発行済株式数を減らすことで株式市場が注目するEPS(1株あたりの純利益)を高め、株価時価総額でなく1株あたりの株価の水準を強引に押し上げてきました(日銀保有株は誰が引き取るのか?)。

しかし18年10月以降は、流動性枯渇に苦しむ市場参加者から株式市場へのマネーが細り、自社株買いでつり上げた高水準の株価が維持できなくなったのです。

時価総額でなく1単位あたりの市場価格を押し上げる奇策は、企業による自社株買いと増配だけでなく、中央銀行による量的引き締めと利上げでの通貨防衛も同様。

基軸通貨ドルの発行国アメリカは、オバマ前政権のときからデフォルト騒動と政府機関閉鎖を繰り返しており、明らかに実質破たん状態とみてとれます。そこで通貨の番人FRBは、2つの引き締め手段を駆使することにより、米ドルの市場価格を衛ってきました。

しかし、FRBが招いた流動性枯渇し細った市場のマネーは、最薄商いの早朝のオセアニア為替市場を奇襲し、対円でのドル急落のフラッシュクラッシュを引き起こしたのです。市場の反乱を招いた通貨の番人のドル防衛の効果は、いよいよ限界が近づいてきました。

FRB引き締めでのドル防衛がままならなってきた2019年の円相場は、日米貿易戦争での1980年代と同様に円高圧力が次第に強まっていく可能性が高い点を踏まえ、年末までに1ドル=100円への円高進行が予想されます。

なお、市場参加者の間でドル資金調達の行き詰まりが連鎖し大手金融機関の破たんに至ったときには、リーマンショックに続く世界金融危機へ突入する可能性が高い。その場合、いまのドル基軸の国際通貨体制に限界が訪れ、新たな通貨体制が生まれることになるでしょう。

金本位制の復活を狙うBRICS勢の中国が投機筋に売り浴びせられた人民元をなんと半年間(18年4−10月)も金価格に連動させるリハーサルに成功したとみてとれる現象**)は、次の国際通貨体制がどのようなものかを暗示しているかもしれません(中国元の金連動リハ成功と次の一手)。

アナリスト工房 2019年1月9日(水)記事

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*)FRB量的引き締めによる資金回収額の月平均は、FRB公表の各月最終週のB/S(貸借対照表)に計上されている米国債とMBS(住宅ローン債券)の合計額に基づく計算値。

**)4月23日から8月15日までの約4カ月間は、ドル防衛志向の投機筋に売り浴びせられた元の対ドルレートが9.2%急落したにもかかわらず、元建ての金価格がおおむね1オンス=8,300元を中心に上下わずか1.2%の狭いレンジ(8,200〜8,400元)で安定化しました。

翌8月16日から10月10日までの約2カ月間は、人民元の金価格連動に気づいた投機筋が元だけでなく金も大量に売り浴びせたため、中国人民銀行(中銀)による元の金ペッグ操作が比較的容易になったとみてとれます。

元建て金価格は、より元高水準のおおむね1オンス=8,225元を中心に上下なんと0.9%のいっそう狭いレンジ(8,150〜8,300元)で極めて安定的でした(中国元の金連動リハ成功と次の一手)。