2025.12.31版
情報処理学会 情報入試委員会
私たち、情報処理学会情報入試委員会は、2012年から現在まで、高等学校情報科の学力を評価する問題を多く作成し、公表してまいりました。(情報入試研究会のwebサイト http://jnsg.jp/?cat=6 で公表しています。)
2022年11月9日に大学入試センターが大学入学共通テスト(以下、共通テスト)について「令和7年度試験の問題作成の方向性,試作問題等」を、また2022年11月8日に文部科学省が「高等学校情報科担当教員の配置状況及び指導体制の充実に向けて」を公表しました。これに対して、情報処理学会は「大学入試センター試作問題および文部科学省による情報科指導体制の充実に係る公表に対する見解」を発出しました。
一方、情報入試に関する報道や、発表をご覧になった方から、団体公式ページやSNSなどで、意見や質問が出されています。そこで、これらの意見・質問や、今後想定される意見・質問に対して、私たち、情報処理学会情報入試委員会の「考え」を作成し、2023年4月に更新しました。この文書は、2025年春の大学入試「情報」元年を受けて、当委員会が考える「情報入試」を、2025年12月に更新するものです。
私たちの考えは、大学入試センターとは、まったく独立に作成したものです。この文書に関するお問い合わせは、情報処理学会 情報入試委員会にお知らせください。
お問合せ先はこちらです。
「「情報Ⅰ」の内容を教えることができる教員が高等学校に十分に配置されていないのに、実施していいのか。また、地方格差がある状態で、実施してよいのか。」
情報科の教員配置は、2022年度の新課程移行に伴い採用数が増加し、急速に改善しました。臨時免許等の教員もわずかにいますが、他教科と同程度の水準です。文部科学省の調査[1]でも、2024年度には配置不足がすでに解消していることが示されています。
[1] 文部科学省:高等学校情報科に関する特設ページ > 通知・事務連絡等
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/mext_01837.html
「「情報」は単位数が少ない。したがって、独立した試験科目として相応しくないのではないか。」
共通テストの科目である「数学Ⅰ」は3単位、「公共」は2単位ですから、「情報Ⅰ」の2単位が極端に少ないとは言えません。以下で述べるように、その重要性に鑑み、2単位の「情報Ⅰ」が独立した科目として入っていることは妥当と考えます。
「数学」の場合は、小学校の「算数」、中学校の「数学」を経て、高校の「数学Ⅰ」の前に十分な準備段階があり、その後も「数学Ⅱ」や「数学Ⅲ」などの科目が充実しているという意見があるかもしれません。しかし、「数学」と同様に、「情報Ⅰ」の後には「情報Ⅱ」があり、中学校では「技術・家庭」科の技術分野の一部が「情報Ⅰ」の準備段階となっています。その充実度は「数学」ほどではないものの、入試科目になることで学校教育の充実は、同時に進んで行きます。
「情報」で学ぶ内容は情報化社会において誰もが必要とするものです。さらに、「数学」と同様に、「情報」の学習内容は大学において多くの分野で活用されます。実際に、理系だけでなく文系の多くの分野でも活用されています。したがって、「情報」を独立した試験科目として採用すべきことは明確です。このことについては、情報処理学会の「高等学校共通教科情報科の大学入学共通テストでの実施に関する意見」[2] やその他の学会等からの提言・意見にも書かれています。以上のことから、2単位であっても独立した試験科目として設置することは適切です。
[2] 情報処理学会:高等学校共通教科情報科の大学入学共通テストでの実施に関する意見(2020)
https://www.ipsj.or.jp/release/teigen20200326.html
「パソコンの使い方なんて薄っぺらいことを入試にしていいのか。」「ワードの使い方が分かれば、大学に合格できる世の中になったのか。」
2022年度から始まった「情報Ⅰ」では、情報社会の問題解決、コミュニケーションと情報デザイン、コンピュータとプログラミング、情報通信ネットワークとデータの活用などを扱うことになっています。実際に大学入試センターが出題した共通テスト『情報Ⅰ』の問題を見れば、操作スキルを問うような問題になっていないことが読み取れます。
なお、2012年度(平成24年度)入学生まで施行されていた高等学校学習指導要領のもとでは実際にはオフィスソフトウェアの操作スキルなどの「情報活用の実践力」に重きをおいた科目「情報A」 があり、多くの学校で選択されて教えられていました。しかし、現在では操作スキルの教育は「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」に限らず、小学校から各教科等で必要に応じて実施されています。
「「情報」は、実技教科であり、筆記試験になじまないのではないか。」
2013年度(平成25年度)から高等学校の情報科では、実習時間の下限が撤廃され、実技教科・実技科目とは言えなくなりました。2025年1月に出題された共通テストの『情報Ⅰ』の問題は、他の入試科目と同様、知識・技能、思考力・判断力等を評価しています。
「「情報」の学習はパソコンのプロになる人に任せておけばいい。したがって、共通テストに入れるのはおかしい。」
「情報」の内容は今後一部の人だけが学ぶのではなく、全ての人が学ばねばならない、というのが学習指導要領の考えで、私たちも、その考えを支持しています。学習指導要領では総則第2款で教科横断的に学ばれるべき内容をあげていますが、その中に情報活用能力が挙げられています。
「「情報」よりも、「数学」と「理科」の勉強をやるべきではないか。」
何を学ぶのが将来にとってよいかは人により様々ですが、「情報」を学ぶことは多くの人にとって「数学」や「理科」と同じくらい有用だ、というのが私たちの考えです。社会には、理論や実験だけでは解決できない課題が多くあり、中にはコンピュータシミュレーションやデータサイエンスを用いて解決されるものもあります。したがって、情報の考え方による問題解決方法を学ぶことは現代人として必要です。もちろん、情報の考え方による問題解決方法は、すべての学問領域で必要です。
「「情報」は大学に入ってから勉強すればよいのではないか。」「高校で教える程度の付け焼き刃の「情報」の知識よりも、しっかりとした理系の土台になる学力を高めたり、哲学、文学、芸術などの教養を若いうちから学ぶ機会を作った方が、長い人生で長期的には人間性豊かな人になる。」
「情報」は、「国語」「数学」と同様の基礎的教科と認識されています。「国語」と「数学」を大学に入ってから学べばよいとは考えないでしょう。「情報」は、私たちが出くわす様々な課題を解決するために有用なものであり、教養と同じく若いうちから学ぶことが重要と認識され、2020年度からは小中高を通して学ぶようになっています[3]。情報学は、広い分野で必要となる学問です。例えば、あらゆる学問の分野で、情報学に基盤を置く新たな研究手法がでてきています。また、市民が社会について考えるときにも、情報学の知識が必須となってきています。
[3] 文部科学省:【情報編】高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説(2018)
https://www.mext.go.jp/content/1407073_11_1_2.pdf#page=17
「データサイエンスは統計なので、「数学」で実施するべきであり、「情報」で実施するべきでない。したがって、「情報」で入試を行い、統計を問うことはおかしい。」
データサイエンスでは、様々なことを学ぶ必要があり、その中には統計も含まれます。高校で統計は「数学」で学びます。学習指導要領によると「情報」と「数学」で補完してデータサイエンスを学ぶことになっています。教科縦割りの学習だけではなく、複雑化した社会で生きていくために教科を横断した学習が必要とされています。学習指導要領でも「数学Ⅰ」と「情報Ⅰ」、「数学B」と「情報Ⅱ」で補完し合いながら学ぶことが想定されており、「数学」と「情報」の両方でデータの活用について横断的に学ぶことが必要だと考えます。実際、「情報」で出題されているデータサイエンスの問題は、統計だけでなくその活用まで含んだ、現実の問題解決をめざしたものとなっています。
「「情報」の検定教科書や、アプリの使い方などのhow-to本はあるが、参考書や模擬試験が存在していない教科では、勉強したい高校生が困るのではないか。」
すでに、多くの参考書や問題集があります。また、模擬試験も各業者が実施しています。さらに、動画共有サイトなどで情報科の内容や、共通テストの解説動画なども多く公開されています。他教科と同様に、多くの人が教材作成・公開をするようになっています。
また、当委員会が主体的に関わり、情報処理学会の会誌において、次の連載記事を公開しています[4]。
[4] 情報処理学会 情報入試委員会:教科「情報」の入学試験問題って?(随時更新中) https://note.com/ipsj/m/m1ca81b5d1e66
「出題教科に「情報」を加えると受験生が減る可能性があるのではないか。」
2025年の大学入試では、ほとんどの国立大学が、共通テストの試験教科「情報」の受験を出願要件に加えました。しかし、その結果として国立大学の受験者が減ったという変化は公開情報から確認できません。また、私立大学でも個別入試に「情報」を導入する大学が増え始めています。各大学が工夫して導入を進めた結果、「入試科目に『情報』を入れると受験生が減る」という懸念は、杞憂であったことが示されつつあります。
個別入試や、二次試験においては、そのような考え方で悩む大学/学部/学科は少なくないでしょう。しかし、情報の素養を持つ学生に入学してほしいと考えている大学/学部/学科は数多くあります。「情報」を入試科目とする大学/学部/学科が増えることをわたしたちは望んでいます。情報科目が得意である受験生への誘引となる可能性もあります。そのような受験生は増える傾向にあります。
2025年春 教科「情報」による個別学力検査・一般入試を実施する大学は、以下のURL[5] で公開されています。
[5] わくわくキャッチ(河合塾):2025年春 教科「情報」による個別学力検査・一般入試を実施する大学(2024)
https://www.wakuwaku-catch.net/nyushi240801/
「本学では「情報」を出題する教員を確保できない。」「本学では、作題の負担が大きい。」
作題が困難な場合は、共通テストの「情報」を受験させ、それを合否判定に用いることも可能です。
情報系の単科大学・専門学部・専門学科では、それぞれのアドミッション・ポリシーに応じて、情報系に尖った学生を選ぶことを目的として、情報入試を独自に作題して実施しているところもあります。独自の情報入試を実施することで、学生が大学入学後に受ける教育への準備に、よい影響を与えることになります。
「情報系の学部をもっていないので、「情報」を入試に導入する予定はない。」
「情報」で学ぶ問題解決方法は、情報系学部だけでなく、すべての学部で重要ですので、情報の素養が豊かな学生を入学させることは意味のあることではないでしょうか。実際、数理・データサイエンス・AI人材の育成をすべての大学で行なうことが国の目標となっています。多くの大学ではこのような教育が行われています。高等学校の「情報」では、大学でこれらを学ぶ基礎的な素養をつけます。一般に社会科学は社会の複雑な事象を対象とします。そのような複雑なものの問題解決に情報学的問題解決法が有用となることを確信しています。例えば、法学の分野では、情報化社会の根本を理解した法律作りや判決が必要となります。また、経済・経営・ビジネスの分野では情報システムやデータ分析は必須です。
情報の考え方はすべての学部の研究に必要です。情報に関する知識・技能は、学部の種類に関係なく、大学生活で必要不可欠な素養です。大学入学前に、一定程度習得しているかどうかを測ることは重要です。
「CBT(コンピュータで行う試験)の方が良いのではないか。」
データサイエンスの基礎となるデータ分析、モデル化とシミュレーション、プログラミングに関しては、PBT(紙で行う試験)で評価するには出題および解答の双方に限界があり、CBTを用いるとより幅広く評価でき、メリットがあります。大学入試センターは、今後とも、CBTによる試験実施の可能性は、継続的に検討すると表明しています。
実際に、2025年の入学者選抜でCBTを導入した電気通信大学の例があります。今後は、各大学での導入が増えていくでしょう。
「PBTでは知識を問う出題になってしまうのではないか。」
例えば、共通テストでも、知識・技能のみならず、思考力・判断力等を評価する良問が他教科・他科目でも出題されています。「紙では知識を問うことしかできない」ということはありません。
「プログラミングやデータ活用はコンピュータを使って実施するものなのに、PBTで、その能力を評価できるとは思えない。」
CBTでは測れるが、PBTでは測れない能力はあるでしょう。しかし共通テストなどの問題をみてもPBTによって「情報」で学ぶプログラミングやデータ活用の内容について、適切に測れる部分があることも事実です。
「すべての教科の試験をCBTで行うべきだ。」
試験実施のコストパフォーマンスを考えれば、なるべく多くの教科で実施する方が有利です。
例えば、数学のように筆算の記述(プロセス)が求められる試験をCBTで実施するには、デバイスなどの性能が向上し、信頼性が向上し、価格が十分に下がることが必要となるでしょう。他教科でも同様です。それまでは、PBTを受け入れるしかないでしょう。
「CBTだと気軽に書き込みができないので、プログラミングのような問題であれば、PBTの方が良いのではないか。」
人によって思考の方法が異なるので、「プログラミングなら」という前提があったとしても、一概にPBTとCBTのどちらかがいいというわけではありません。
CBT試験であっても、(持ち出しができない)手書きのメモ用紙を準備するなど、試験会場でカバーすることができます。CBTで実施されている資格試験等でも実際に採用されています。
また、プログラミングやアルゴリズムを題材にした問題を扱うCBTと言っても、従来の多肢選択問題を電子的に解答する従来の形式だけが想定されるわけではありません。実際にプログラムの入力やデバッグの工程も含め画面上で行う試験というのも将来的に想定されます。
「CBTだとカンニングがしやすくならないか。」
今後共通テストのような大規模な試験にCBTを導入するにあたっては、十分な対策が必要だと考えます。出題の方法も含めて、情報処理学会情報入試委員会でも引き続き研究を続けてまいります。
「公平性のために擬似言語を試験に用いるというのは、社会で役に立たないことを未来を担う子供に覚えさせることになり無駄で害悪だ。」
学習指導要領では、プログラミング言語は各高校で選択することになっています。試験問題で特定のプログラミング言語を使うことは公平性の観点から適当ではありません。
1997年から大学入学センター試験で出題されていた「情報関係基礎」では、DNCLという記法(擬似コード)が用いられてきました。2025年1月に実施された共通テストの『情報Ⅰ』では、「共通テスト用プログラム表記」[6] が採用されています。それらの記法は、学習した言語に関わらず、プログラミング経験者であればすぐに意図を理解できるものでした。したがって、この記法を覚える必要はないので、このための学習時間は不要です。
[6] 大学入試センター:令和7年度大学入学共通テスト 試作問題「情報」の概要, pp.18-24(2022)
https://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?d=744&f=abm00003141.pdf&n=6-1_%E6%A6%82%E8%A6%81%E3%80%8C%E6%83%85%E5%A0%B1%E3%80%8D.pdf
また、このような複数のもの(この場合は、プログラミング言語)に共通する本質的なところを抽出した一つのもの(記法)にすることは、一種の抽象化であり、社会の問題を解決する上で重要な手法の一つです。この抽象化する能力は「情報」で育てることでもあります。
「実社会に出たら検索して済むような問題は意味がないです。アルゴリズムの思考など、プログラミングで何かを作り課題を解決していく中で必要となることを問うべきだ。」
ご指摘の通りです。アルゴリズムを思考することなど、プログラミングで何かを作り、課題を解決していく中で必要となることを問うべきです。共通テストの問題には、そのような問いが多く含まれています。
「プログラムはAIが書く時代なのに、なぜ、プログラミング能力を問う情報入試をするのか。」「データ分析はAIができるのに、なぜ、データ分析能力を問う情報入試をするのか。」
小学校では足し算や掛け算を学び、実践していますが、私たちはほとんどの計算を電卓やコンピュータで行っています。しかし、「いまは電卓があるから手で足し算などできなくてよい」とはなりません。基礎的な計算の理解と実践はその後の数学的な理解の礎となり、その後に続く数学、また多くの実際的な専門分野での応用のためにあるものです。同じように、プログラミングやデータ分析をAIがやってくれるからといって、基礎的なプログラミングやデータ分析の原理や手法の理解などなくてよい、実践など不要だ、とはなりません。AIがプログラムを書くとしても、そのプログラムがどのような動作をするかはきちんと考え、AIに伝える必要があります。また、AIで作ったプログラムが、考えた動作をきちんと実現するものになっているか、チェックする必要があります。最初に考えた動作を実際に確認すると、手直しの必要があると分かることも多く、修正指示をAIに伝え、チェックを繰り返すことが必要だったりします。これらがきちんと行える人でないと、信用に足るプログラムは作成できないのです。その素養を評価するためにも、情報入試が必要なのです。
AIがデータ分析を行った場合でも、そのデータを利用するのは人間です。どのようなデータを分析するのか、どのように合意を取って利用するのかを確認する作業は、データ分析をしたことがない人では取り扱えないでしょう。
現在のAIは、「その人が、過去にしてきたこと」を代替する機能はありますが、「その人が過去にしたことがないことを適切に代替する」ことはできないでしょう。将来的にどのようなことをするべきかわかる力を見るために、情報入試が重要です。
「ITパスポート試験がすでに存在しているのに、それを使わないのか。」
ITパスポート試験は、目的や求められている達成レベルも「情報Ⅰ」と異なるため、これで置き換えることは不適切だと考えます。
「基本情報技術者試験がすでに存在しているのに、それを使わないのか。」
基本情報技術者試験は、情報技術者として備えておくべき基礎レベルの知識を問う試験であり、「情報Ⅰ」の指導目標とは異なっています。また、出題範囲も、「情報Ⅰ」の内容の一部分しかカバーしておらず、達成レベルも異なるため、これで置き換えることは不適切だと考えます。
「パソコンが得意な人と、そうでない人で、格差が広がらないか。」
高校の教科「情報」は2003年度に必履修として設けられましたが、取り組みに地域差が大きい状況でした。また、我が国の情報教育の状況は、OECD加盟諸国とくらべて十分とはいえない状況です。このままでは、デジタル化が進む社会にあって、経済格差・社会格差が広がっていくでしょう。2022年からは、高等学校の共通必履修科目が「情報Ⅰ」に一本化されました。それを履修した生徒に対して、共通テストに高等学校の情報科が導入されることは、格差を広げないように働くでしょう。
「情報教育を必須にすることは、パソコンの売上を増やそうとする電機メーカーの陰謀ではないか。」「 試験制度を変更することは、試験で儲けている企業を、さらに儲けさせることになるのではないか。」
電機メーカーや試験業者の陰謀ではなく、日本の将来全般を考えて、国民全員に対して情報教育を充実させることが必要です。
以上