情報入試委員会は
「情報入試」をこう考えます
2023.04.16版
情報処理学会 情報入試委員会
私たち、情報処理学会情報入試委員会は、2012年から現在まで、高等学校情報科の学力を評価する問題を多く作成し、公表してまいりました。(情報入試研究会のwebサイト http://jnsg.jp/?cat=6 で公開しています。)
2022年11月9日に大学入試センターが「令和7年度試験の問題作成の方向性,試作問題等」を、また2022年11月8日に文部科学省が「高等学校情報科担当教員の配置状況及び指導体制の充実に向けて」を公表しました。これに対して、情報処理学会は「大学入試センター試作問題および文部科学省による情報科指導体制の充実に係る公表に対する見解」を発出しました。
一方、情報入試に関する報道や、発表をご覧になった方から、団体公式ページやSNSなどで、意見や質問が出されています。そこで、これらの意見・質問や、今後想定される意見・質問に対して、私たち、情報処理学会情報入試委員会の「考え」を作成し、2023年4月に更新しました。
私たちの考えは、大学入試センターとは、まったく独立に作成したものです。この文書に関するお問い合わせは、情報処理学会 情報入試委員会にお知らせください。
お問合せ先はこちらです。
A. 共通テストの教科・科目に関すること
現時点で高校で教えていない教科を、いきなり、共通テストの教科にしていいのか?
高等学校の情報科は、2003年度(平成15年度)から施行された高等学校学習指導要領で、必履修として取り入れられており、現時点で、すでに20年間の歴史があります。2022年度から新学習指導要領が実施され、科目「情報 I 」が必履修となりました。これを学んだ高校生が大学に進学するタイミングで共通テストの教科にすることを2021年7月に文部科学大臣が決定しています。
情報 I の内容を教えることができる教員が高等学校に十分に配置されていないのに、実施していいのか? また、地方格差がある状態で、実施してよいのか?
情報I は必履修科目であり、すべての高等学校で教員が教えることができるよう手当てされることになっています。2022年度から新カリキュラムに移行することを見越して、ここ数年、情報科教員の採用数が増加しています。文部科学省の調査でも2024年度には教員配置の不足は解消していることが示されています。
「情報」は単位数が少ない。したがって、独立した試験科目として相応しくないのではないか?
共通テストの科目として予定されている数学 I は3単位ですから、情報 I の2単位が極端に少ないとは言えません。以下で述べるように、その重要性に鑑み、2単位の情報 I が独立した科目として入っていることは妥当と考えられます。
数学の場合は、小学校の算数、中学校の数学、高校の数学と、数学 I の前に十分な準備段階があり、その後も数学 II や数学 III などの科目が充実しているという意見があるかもしれません。しかし、数学と同様に、情報 I の後には情報 II があり、中学校では技術の情報分野が情報 I の準備段階となっています。もちろん、その充実度は数学とは比べ物にならないと思いますが、入試科目になることと学校教育の充実は、同時に進んで行くことです。
情報で学ぶ内容は情報化社会において誰もが必要とするものです。さらに、数学と同様に、情報の学習内容は大学において多くの分野で活用されます。その幅広さを考えれば、数学よりも多くの分野で活用されると言っても過言ではないでしょう。現実に、理系だけでなく文系の多くの分野でも活用されています。したがって、情報を独立した科目として採用すべきことは明確です。このことについては、情報処理学会(高等学校共通教科情報科の大学入学共通テストでの実施に関する意見)やその他の学会等からの提言・意見にも書かれています。したがって、2単位であっても独立した試験科目として設置することは適切です。
2022年11月9日に大学入試センターが、独立した時間帯に60分の試験をすることを発表しています。
試験問題を作り続けることができるのか。
私たち情報処理学会情報入試委員会は2012年より情報の問題を多数作ってきており、問題を十分作り続けられることを既に実証しています。情報では、数学のように、少数の原理を様々に組み合わせて解くような問題を出すこともできますし、社会のように、現実社会の具体的な課題に知識を応用する問題を出すこともできます。
B. 高校の情報教育に関すること
「パソコンの使い方なんて薄っぺらいことを入試にしていいのか?」「ワードの使い方が分かれば、大学に合格できる世の中になったのか。」
2022年度から始まった情報Iでは、情報社会の問題解決、コミュニケーションと情報デザイン、コンピュータとプログラミング、情報通信ネットワークとデータの活用を扱うことになっています。確かに2003年度(平成15年度)から施行された高等学校学習指導要領のもとでは「情報活用の実践力」に重きをおいた科目情報A があり、実際にはワードなどの操作スキルばかりが教えられていました。しかし、現在では操作スキルの教育は情報I・IIに限らず、各教科で必要に応じて実施されています。実際の試作問題をご覧いただければ、操作スキルを問うような問題になっていないことがおわかりいただけると思います。
情報は、実技科目であり、筆記試験になじまないのではないか?
2013年度(平成25年度)から高等学校の情報科では、実習時間の下限が撤廃され、実技科目とは言えなくなりました。2022年11月に大学入試センターが公表した試作問題を全体的に見たところ、実技科目ではなく、他の入試科目と同様、知識、思考力等を見る問題となっています。
情報の学習はパソコンのプロになる人に任せておけばいい。したがって、大学入学共通テストに入れるのはおかしい。
情報の内容は今後一部の人だけが学ぶのではなく、全ての人が学ばねばならない、と言うのが指導要領の考えで、私たちも、その考えを支持しています。指導要領では総則第2款で教科横断的に学ばれるべき内容をあげていますが、その中に情報活用能力が挙げられています。
C. 高校における他の教科との関係に関すること
情報よりも、数学と理科の勉強をやるべきではないか。
何を学ぶのが将来にとってよいかは人により様々ですが、情報を学ぶことは多くの人にとって数学や理科と同じくらい有用だ、というのが私たちの考えです。具体的には、数学や理科の理論、実験では解決できない課題が社会には多くあります。それらはコンピュータシミュレーションやデータサイエンスを用いて解決されているのが現状です。したがって、情報の考え方による問題解決方法を学んでおかないと現代人としてはバランスが悪いと考えています。もちろん、大学に進学後は、情報の考え方による問題解決方法は、理系だけでなく文系でも必要です。
情報は大学に入ってから勉強すればよいのではないか。高校で教える程度の付け焼き刃の情報の知識よりも、しっかりと理系の土台になる学力を高めたり、哲学、文学、芸術などの教養に若いうちから学ぶ機会を作った方が、長い人生で長期的には人間性豊かな人になる。
情報は、国語、数学と同様の基礎的科目と認識されています。国語と数学を大学に入ってから学べはよいと考えないでしょう。情報で学ぶの考え方は、わたしたちが出くわす様々な課題を解決するために有用なものであり、教養と同じく若いうちから学ぶことが重要と認識され、2020年度からは小学校でも情報の考え方を学ぶことになっています。情報は理系科目ではなく、広い分野で必要となる学問です。あらゆる学問の分野で、情報技術を導入した新たな研究手法がでてきています。また、社会について考えるときにも情報分野を前提とすることは必須となってきています。
データサイエンスは統計なので、数学で実施するべきであり、情報で実施するべきでない。したがって、情報で入試を行い、統計を問うことはおかしい。
データサイエンスは、データを扱う事全般を扱っており、統計はその一部として数学で学びます。新学習指導要領では、情報と数学で補完してデータ分析やデータサイエンスを学ぶことになっています、現象のモデル化、データの可視化、整理されていないデータの扱いなどは数学では学ばず、情報で学びます。
教科縦割りの学習だけではなく、複雑化した社会で生きていくために教科を横断した学習も必要とされています。学習指導要領でも数学Iと情報I、数学IIと情報IIで補完し合いながら学ぶことが推奨されており、数学と情報の両方でデータの活用について横断的に学ぶことが必要だと考えます。
D. 大学の現状に関すること
出題科目を増やすと受験生が減る可能性があるのではないか。
そのような考え方で悩む大学/学部/学科は少なくないと思います。実は情報の素養を持つ学生に入学してほしいと考えている大学/学部/学科は多いのです。勇気をもって情報を入試科目とする大学/学部/学科が増えることをわたしたちは望んでいます。情報科目が得意である受験生への誘引となる可能性も有ります。そのような受験生は増える傾向にあります。
国立大学協会が6教科8科目の原則を発表しています。多くの大学が同時に情報を入試科目に導入することになるので、リスクは低減していると考えます。
「本学では情報を出題する教員を確保できない。」「本学では、作題の負担が大きい。」
大学入試センターが実施する大学入学共通テストに、高等学校の情報科を問う試験科目「情報I」を入れることが決定されています。各大学で、独自に情報を試験として実施することは必須ではありません。
多くの大学・学部・学科(情報系の単科大学・専門学部・専門学科以外)では、大学入学共通テストの「情報I」を受験させ、それを合否判定に用いることにすれば十分で、個別に試験問題を作成する必要はないと思われます。以下、指定の具体例を示します。(この他に、合否判定に用いる点数計算式の提示が必要です。)
例1:当学部を受験するものは、大学入学共通テストの「情報」を受験すること。配点は100点とする。
例2:当学部を受験するものは、大学入学共通テストのうち、「X」、「Y」、「情報」のいずれかを受験すること。配点は100点とする。
情報系の単科大学・専門学部・専門学科では、それぞれのアドミッション・ポリシーに応じて、情報系に尖った学生を選ぶことを目的として、情報 I だけでなく情報 II まで出題範囲を広げて情報入試を独自に作題して実施する必要が生じることもあるでしょう。独自の情報入試を実施することで、学生が大学入学後に受ける教育への、大学側の準備に、よい影響を与えることになると思います。
情報系の学部をもっていないので、情報を入試に導入する予定はない。
情報で学ぶ問題解決方法は、情報系学部だけでなく、医歯薬理系学部はもちろんのこと理系学部だけでなく文系学部でも同様に重要ですので、情報の素養が豊かな学生を入学させることは意味のあることではないでしょうか。たとえば、米国には文系を含めた全学部でデータサイエンスを必修科目にしている大学があります。そのような大学は日本でも増えています。高等学校の情報科では、大学でこれらを学ぶ基礎的な素養をつけます。一般に社会科学は社会の複雑な事象を対象とします。そのような複雑なものの問題解決に情報的問題解決法が有用となることを確信しています。また、法学の分野では、情報化社会の根本を理解した法律作りや判決が必要となります。経済・経営・ビジネスの分野では情報システムやデータ分析は必須です。
情報の考え方はすべての学部の研究に必要です。情報に関する知識や技能は、学部の種類に関係なく、大学生活で必要不可欠な素養です。大学入学前に、一定程度取得しているかどうかを測ることは重要であり、共通テストに情報を設けるのもそのためだと思います。
E. 情報の試験の実施形態について
CBT(コンピュータで行う試験)の方が良いのでは?
データサイエンスの基礎となるデータ分析、モデル化とシミュレーション、プログラミングに関しては、PBT(紙で行う試験)で評価するには出題および解答の双方に限界があり、CBTを用いるとより幅広く評価でき、メリットがあります。大学入試センターは、今後とも、CBTによる試験実施の可能性は、継続的に検討すると表明しています。
大阪大学、東京大学、情報処理学会が行った調査研究においては、2025年ころを予想すると、大規模なCBTを安定的に実施することができる見通しが得られないとしました。情報技術、社会インフラ整備、社会的合意、現実的な実施コストが揃っていない現状では、PBTによる実施も受け入れざるをえないと考えます。
PBT(紙で行う試験)では知識を問う出題になってしまう。
2022年11月9日に大学入試センターが公開した試作問題全般はPBTですが、多くの設問が知識だけでは解けない出題だと考えられます。また、これまでセンター試験では情報関係基礎の試験が実施されてきましたが、知識を問うだけではない良問が多く出題されています。
過去にも、他教科ではPBTで思考力を評価する問題がたくさん作られてきました。「紙では知識を問うことしかできない」ということはないと思います。
PBT(紙で行う試験)でプログラムやデータの活用の問題を作ってもうまく行かない。
2022年11月9日に大学入試センターが公開した試作問題の第3問や第4などはPBTですがよくできているのではないでしょうか。他に、過去に出題されている大学入試センター試験「情報関係基礎」の問題や、私たち(情報処理学会情報入試委員会)が作って来た情報の試験問題に、PBTでよい問題が多くみられます。
すべての教科の試験をCBT(コンピュータで行う試験)で行うべき。
試験実施のコストパフォーマンスだけを考えれば、なるべく多くの教科で実施する方が有利です。
例えば、数学の筆算を明示することが必要となる答案を必要とする試験をCBTで実施できるようになるには、デバイスなどの性能が向上し、価格が十分に下がることが必要となるでしょう。それまでは、PBTを受け入れるしかないと思われます。
CBTだと気軽に書き込みができないので、プログラミングのような問題であれば、PBTの方が良いのではないでしょうか?
人によって思考の方法が異なるので、「プログラミングなら」という前提があったとしても、一概にPBT・CBTのどちらかがいいというわけではありません。
CBT試験であっても、(持ち出しができない)手書きのメモ用紙を準備するなど、試験会場でカバーすることができます。CBTの資格試験等でも実際に使われています。
また、プログラミングやアルゴリズムを題材にした問題を扱うCBTと言っても、従来の多肢選択問題を電子的に回答する従来の形式だけが想定されるわけではありません。実際にプログラムの入力やデバッグの工程も含め画面上で行う試験というのも将来的に想定されます。
CBTだとカンニングがしやすくなりませんか?
今後大学入学共通テストのような大規模な試験にCBTを導入するにあたっては、十分な対策が必要だと考えます。出題の方法も含めて、情報処理学会情報入試委員会でも引き続き研究を続けてまいります。
F. 問題の内容に関すること
公平性のために疑似言語を試験に用いるというのは、社会で役に立たないことを子供に覚えさせることになり無駄で害悪。
学習指導要領では、プログラム言語は各高校で選択することになっています。そのため、試験問題で特定のプログラム言語を使うことは公平性の観点から適当ではないと考え、1997年から大学入試センター試験で出題されている「情報関係基礎」では、プログラム言語ではなく、プログラミングを問うために、DNCLという記法(疑似言語)が用いられてきました。その疑似言語は、プログラミングを学んだ人なら、学んだプログラム言語に関係なく、すぐに、問題の意図を理解できるようになっていました。したがって、この疑似言語を覚える必要はないので、このための学習時間は不要です。共通テストでも、同様の方針になると予想しています。また、このような複数のもの(この場合は、プログラム言語)の本質的なところを抽出した一つのもの(言語)にすることは、一種の抽象化であり、社会の問題を解決する上で重要な手法の一つです。この抽象化する能力は「情報」で育てることでもあります。
実社会に出たら検索して済むような問題は意味がないです。アルゴリズムの思考など、プログラミングで何かを作り課題解決していく中で必要となることを問うて頂きたい。
ご指摘の通りです。アルゴリズムの思考など、プログラミングで何かを作り課題解決していく中で必要となることを問うべきです。大学入試センターが公開している試作問題などはそのような問いが多く含まれていると認識しています。
G. 他の試験に関すること
ITパスポート試験がすでに存在しているのに、それを使わないのですか?
ITパスポート試験は、目的や求められている達成度レベルも情報 I と異なるため、これで置き換えることは不適切だと考えます。
基本情報技術者試験がすでに存在しているのに、それを使わないのですか?
基本情報技術者試験は、情報技術者として備えておくべき基礎レベルの知識を問う試験であり、情報 I の指導目標とは異なっています。また、出題範囲も、情報 I の内容の一部分のみ重複していて、達成度レベルも異なるため、これで置き換えることは不適切だと考えます。
H. その他
パソコン得意な人と、そうでない人で、格差が広がりませんか?
高校の教科「情報」は2003年度に必履修として設けられましたが、取り組みに地域差が大きい状況でした。また、我が国の情報教育の状況は、諸外国とくらべて十分とはいえない状況です。このままでは、デジタル化が進む社会にあって、経済格差・社会格差が広がっていくでしょう。2022年からは、高等学校の情報教育が情報 I に一本化されました。それを履修した生徒に対して、共通テストに高等学校の情報科が導入されることは、格差を広げないように働くと思われます。
情報教育を必須にすることは、パソコンの売上を増やそうとする電機メーカーの陰謀ではないか? 試験制度を変更することは、試験で儲けている企業を、さらに儲けさせることになるのではないですか?
電機メーカーの陰謀ではなく、日本の将来全般を考えて、国民全員に対して情報教育を充実させることが必要と言っているのだと思います。
以上