東京大学環境放射線情報FAQ(代替版)

環境放射線情報に関するQ&A (有志による代替版)

現行の東京大学「環境放射線情報に関するQ&A」の問題になる箇所について、私たちの提案する代替案を以下に示します。

Q1:本郷や駒場と比較すると、柏の値が高いように見えますが、なぜですか?

A1 : 柏(1)の計測値は、2回大きな増大を見せています。3月15日には最大0.72μSv/時 が観測されましたが、その後は急速に減少しました。次に3月21日に最大0.80μSv/時 程度まで増加し、その後の減少は遅く、同地点での(今のところ)最終計測となった5月13日でも0.35μSv/時 であり、他地域に比べて高い値となっています。これら2回の増大は、福島第1原発より放出され風で運ばれて到来した放射性物質によるものと考えられます。特に、3月21日には降雨によって降下した放射性物質に半減期の長い放射性セシウム等の核種が多く含まれ、現在までその影響が残っているものと考えられます。

平常時の自然放射線の値は、高度やその場所の地質によって異なりますが、柏周辺は花崗岩等の地質基盤は1km以深にあり、特に自然放射線の強い地域ではなく、関東地方の平均的な値である 0.05μSv/時 程度もしくはそれ以下と推定されます。

参考: 日本地質学会 「日本の自然放射線量」 http://www.geosociety.jp/hazard/content0058.html

測定地点の状況によって特に平常値が高いことも原理的にはあり得ます。しかし、柏(1)測定地点に関しても、(原発事故後の)3/18〜3/20の計測データの平均は0.12μSv/時 程度ですので、平常値はこれ以下と考えられます。

近隣の国立がん研究センター東病院の敷地境界での測定結果

http://www.ncc.go.jp/jp/information/sokutei_ncce.html

と、「放射線・原子力教育関係者有志による全国環境放射線モニタリング」

http://www.geocities.jp/environmental_radiation/

による柏市松ヶ崎での測定結果を柏(1)の計測値と合わせて、3/17から4月下旬までの時間変化をグラフにすると、以下のようになります。(「柏ママの放射線だより」

http://members3.jcom.home.ne.jp/2143800701/ より、許諾を得て転載)

これを見ても、柏(1)の高い測定値は、測定地点の特殊な事情による自然放射線量ではなく、原発事故の影響を反映したものであり、周辺地域の状況と一致していることがわかります。

また、5月以降、周辺自治体等でも公園や学校等での放射線量測定が行われ、柏(1)での測定結果から予測されるものとほぼ一致する範囲の結果が報告されています。

東葛地域における空間放射線量の測定結果について(千葉県):

http://www.pref.chiba.lg.jp/taiki/press/2011/230602-toukatsu.html

従って、柏キャンパスで観測されている高い線量は、原発事故により放出された放射性物質がキャンパスの周辺地域に(関東地方他地域に比べ)多く降下したことによるものと判断されます。

Q2:キャンパス内で測定されている放射線量(空間線量率)は人体への影響はありますか?

柏キャンパスでの線量は関東地方他地域に比べると高いものですが、急性放射線障害が発生する値に比べると低いというものが一般的な理解です。しかし、健康への長期的な影響については、科学的な知見が限られており、断定的なことを言うのは難しい現状です。

いわゆる低線量被曝によるがん発生についてはいろいろな説がありますが、被曝線量に比例して発がんリスクが増加すると言う線形しきい値無し(Linear No Threshold = LNT) 仮説が標準となっています。これは、たとえば2005年の米国National Research Council BEIR VII委員会報告 http://www.nap.edu/openbook.php?isbn=030909156X でも支持されています。

放射線防護に関する国際機関ICRPの勧告も、この仮説に基づいており、被曝は合理的に達成可能な限りなるべく低く(As Low As Reasonably Achievable = ALARA)という原則も提唱されています。日本でも、(少なくとも今回の事故以前には)これらに基づいた政策が取られていました。たとえば、平成18年4月21日 原子力安全・保安院資料「我が国の原子力発電所における従事者の被ばく低減について」

http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g60501a05j.pdf

では、当時までの原発での労働者の年間被曝の平均は放射線業務従事者の法的な規制値(5年平均 20mSv/年) を大きく下回る 1 mSv/年 程度となっていますが、ALARA原則に従って更なる低減を図ることが提唱されています。

このような立場からすれば、どんなに低い線量でも平常値よりも高いならば「影響がない」とは言えません。「影響は無視できるほど小さい」と言う判断はあり得ますが、これは本来は個々人が判断すべき問題です。一つの目安として、ICRP勧告では平常時の一般公衆の被曝限度は(自然被曝・医療被曝を除いて)1 mSv/年 となっており、日本政府も法令により、一般公衆の被曝限度を1mSv/年と定めています(「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行規則」(1960年9月30日総理府令第56号・最終改正2009年10月9日文部科学省例第33号)及び「放射線を放出する同位元素の数量等を定める件」(2000年科学技術庁告示第5号・最終改正2006年12月26日文部科学省告示第154号)。放射線量の平常時からの増加分をたとえば 0.3 μSv/時 とすると、ずっとその場所にいるとした単純計算で 2.6 mSv/年 となり、この限度を超えてしまいます。実際には屋内にいる時間は被曝が少ないと考えられますが、一方で、食物その他からの内部被曝等も考慮すると、簡単に「人体に影響を与えるレベルではなく、健康にはなんら問題はない」とは言えない状況です。特に、胎児や子どもは一般に放射線に対する感受性が強いとされているので、より慎重な判断が求められます。

言うまでもなく、福島県内などで柏キャンパス周辺よりも放射線量の高い地域については、なおさら健康への影響が懸念されます。