核融合の安全性

核融合発電の話をすると、必ずリスクまたはデメリットは何ですかと聞かれます。そこで、このページでは、核融合発電のリスクを簡潔にまとめたいと思います。リスクを大きく分けると次の4点になります。

  1. 反応に使う三重水素(トリチウム)の漏洩
  2. 反応で発生する中性子の漏洩
  3. 廃炉後の放射化物(低レベル放射性廃棄物)の管理
  4. 冷却材喪失による炉内機器の温度上昇

なお、核融合発電のプラズマは、原理的に暴走、爆発しません。ですからリスクにはならないのですが、その理由をこのページの後半で説明します。

トリチウム

★図は、核融合発電における燃料の循環を示しています。実際に核融合反応を起こすのは、重水素と三重水素(トリチウム)ですが、三重水素は自然界にほとんど存在しないので、リチウムを使って炉内で生産します。最終的に灰となって出てくるのは無害なヘリウムだけです。

★トリチウムは、水素の仲間(同位体)で、水素とほぼ同じ化学的性質を持っていますが、ベータ(β)線という放射線を出す放射性物質です。このβ線の力は弱く、空気中では1センチメートルほど飛ぶと止まってしまいます。またアルミ箔で止めることもできます。このようにトリチウムが隔離されていれば、怖がることはありません。しかし、トリチウムを体の中に摂取すると少なからず影響があります。つまりトリチウムは私たちから隔離する必要があるということです。

★先に述べたように核融合発電所では、トリチウムは最初の運転に必要なだけで後は増えも減りもしません。その量はだいたい数キログラムと見積もられています。(原子炉の燃料は約100トンなので、それに比べると桁違いに少ないです。)管理することなく外部に放出することはありませんし、どうしても分離回収できなかったトリチウムは、法令基準を守って外部に放出しますが、法令基準は環境に影響を与えないほど小さな値です。

★核融合発電が完成するまでにはまだ時間があるので、トリチウムを何重にも隔離する方法、トリチウムを除去回収する技術を重点的に研究する必要があります。

中性子

★核融合発電では、中性子の運動エネルギーを使って、熱エネルギーを生み出し、それを発電に使います。炉内のブランケットと呼ばれる壁に当たった中性子は、速度を落としていき、最後はリチウムと反応し、三重水素(トリチウム)とヘリウムに変わります(他のものにも変わります)。ですから、核融合発電の仕組みとしては、中性子は炉の外には出てこないことになります。

★しかし、なんでも100%というわけにはいきません。ブランケットを通り抜け、炉から飛び出てきた中性子は、建物のコンクリート壁で遮へいします。それでもコンクリート壁を通り抜けるものがあるでしょう。その量(他の放射線も含めて)は、原子力発電所では敷地の境界で年間50マイクロシーベルトという目標値が設定されています。核融合発電所も完成すれば、この基準を使うでしょう。さて50マイクロシーベルトが大きいのか小さいのかが気になってきます。中性子は宇宙から常に降っています。高度が高いほど中性子が多く、アメリカやヨーロッパまでのフライト片道で50マイクロシーベルトの中性子を受けます。敷地境界に年中ずっといて、50マイクロシーベルトという基準は、過度に怖がる量ではないと思います。

★それでは、ブランケットが壊れて、中性子が大量に漏れ出ることはないのでしょうか。それはありません。プラズマは、真空中でかつ水素以外の不純物がない状態でないと維持できません。ブランケットや金属壁が少しでも壊れた時点で、すでに真空が劣化し、不純物が混入しているはずなので、プラズマは消滅しています。プラズマが消えれば、中性子の発生は止まります。(この辺が原子力発電より安全性が高い所以です。)

放射化物

★核融合発電では中性子のエネルギーを利用するので、装置に使われる金属は中性子が当たって放射能(放射線を出す性質)を持つ放射性物質になります。(これを放射化といいます。)これだけ聞くとものすごく環境影響があるように感じます。しかしその放射性物質の性質を理解してください。『核融合発電でできる放射性物質は100年で消失する』ものがほとんどで、後世にまで廃棄物を残しません。(消失するといいましたが、科学的にはゼロにはなりません。最終的にリサイクルができるので、全てが廃棄物になるわけではありません。)

★この図は、廃炉後に放射性物質(の毒性)がどのように減っていくかを相対的に表したものです。原子力発電(赤線)は、高レベル放射性廃棄物を含むので、ほとんど減っていきません。ですから地層処分し、1万年以上の管理が必要になるのです。核融合発電は廃炉直後はやや多いですが、数10年で減っていくことがわかります。(青線は第1世代、緑線は先端材料を用いた第2世代)ここで石炭火力発電(黄線)が示されているのが不思議に思われるかもしれません。石炭にはウランとトリウムという放射性物質が微量ですが含まれ、燃えかすにも残ります。微量で環境影響はないのですが、これらの放射性物質は1億年たっても消えることはありません。(地下にずっと残っていたのですから)廃炉後時間が経てば、石炭火力発電より核融合発電のほうが放射性物質が少なくなることが分かります。

★ 核融合発電の廃棄物は、固くて重い金属なので、勝手に環境に放出されることなく、生活圏から隔離して保管できます。

冷却材喪失

★核融合発電の安全性を研究している研究者は、「最悪の事故を仮想」したシミュレーションを行っています。その結果は『どんな最悪事故を仮想しても周辺住民の避難が必要な事態にはならない』です。この結果は核融合発電のリスクの低さを示すものです。また発電所の立地条件を緩和します。

★最悪事故の例を挙げます。1億度のプラズマを閉じこめている金属壁の冷却が止まってしまい、そのまま何もせずに放置します。放射化した金属壁は、崩壊熱で発熱していますから、温度が上昇します。シミュレーションの結果を図に示しますが、最も高いところで1200℃近くになります。鉄の融点は1500℃ですから、この温度で溶けることはありません。その他、地震や火事を想定し、燃料である放射性物質の三重水素(トリチウム)が外部に放出される事故を想定しても、周辺住民が避難するような危険な状態にはなりません。(外部リンク:ヨーロッパの核融合発電所概念設計報告書(英文)

★このような最悪事故は何重もの安全装置で回避するのは当然のことですが、最悪事故を仮想しておくことも社会に受け入れてもらうためには必要な研究です。これはどのようなエネルギー源についても言えることです。

核融合発電のプラズマが暴走・爆発しない理由

プラズマが壁に当たったら?

★核融合発電では、1億度の水素ガス(プラズマと呼びます)を作ることが必要です。でも、「1億度の水素プラズマが金属容器に当たるとドロドロに溶けてしまうのではないか」というご質問をよく受けます。

★まず、通常の運転では、プラズマは目に見えない磁場のカゴで閉じ込められ(浮遊し)、金属容器の壁には当たっていません。(離れていて、間は真空)だから壁が溶けたりはしません。

★でも、磁場のカゴが急になくなって・・・と心配になりますよね。装置として実物のある大型ヘリカル装置(LHD)を例にしてお答えします。水素プラズマの周囲にある金属容器の重さは65トン(6500万グラム)です。これに対して、1億度の水素プラズマの重量はたったの0.02グラム。これは金属容器の重さの30億分の1という小ささです。さて、コップの水(室温)に、100度のお湯を一滴入れたとして、お湯の温度は変わるでしょうか。また、重たい鉄板にお湯を一滴垂らしてみたらどうでしょうか。コップの水や鉄板の温度はほとんど変わりません。これと同じで、65トンの金属容器に0.02グラムの水素プラズマが当たっても(それがたとえ1億度であっても)溶けたりはしません(壁に傷が付くことはありますが)。あまりにも重さが違いすぎるのです。

核融合発電のプラズマが爆発しない理由

★核融合発電では、1億度のプラズマ(真空に近い希薄な水素ガス)を使うので、爆発するのではという心配を皆さん持つようです。(核爆発を連想するのかもしれません)でも安心してください。「原理的」に爆発しないのです。

★爆発というと、一気にエネルギーを発生して、火の玉のように温度が上がって、爆風を伴って周りのものを吹き飛ばすというイメージですよね。核融合発電のプラズマは、運転条件の(例えば)1億度よりさらに温度を上げることが、その原理からして不可能なのです。だから一気にエネルギーを発生したり、温度が勝手に上がっていくというようなことが起こりません。また1億度のプラズマが周りの金属を溶かすようなこともありません。

★どうしてかもう少し説明します。 プラズマは希薄すぎるため、壁に当たると温度が下がってしまうので、目に見えない磁場のかご(籠)を使って閉じ込めます。(図の左側)広がろうとするプラズマを磁場の力で押さえ込んでいる感じです。この広がろうとしたり、押さえ込もうとしたりする力のことを「圧力」と呼びます。ここでプラズマの圧力は「温度」×「粒子の数(密度)」に比例し、磁場の圧力は超伝導電磁石が作る磁場の強さによって決まっているというのがミソになります。そしてプラズマの圧力と磁場の圧力が上手く釣り合ってこそ、初めて運転ができるのです。(その圧力は、核融合発電の場合、数気圧ですので、爆発することはありません。)このバランスが崩れると、プラズマの温度は一瞬に下がってしまいます。

★ここで温度が突然上がったらどうなるか考えてみます。温度が上がると、プラズマの圧力が上がります。一方、磁場の圧力は変わりません。(磁場の強さは一定ですから)これでは上手く閉じ込められなくてバランスが崩れ、(シャボン玉が割れるような感じで)プラズマの温度が瞬時に下がってしまいます。また、燃料を入れすぎた場合を考えてみます。今度は粒子の数が増えて、やっぱりプラズマの圧力が上がります。磁場の圧力は変わりません。今度も上手く閉じ込められず、プラズマの温度が下がってしまいます。このように一定の磁場の圧力によって、温度や密度が異常に上昇することを抑制しているのです。バケツの水で例えると、いくら沢山の水(プラズマの圧力)を入れようとしても、バケツの大きさ(磁場の圧力)が決まっているので、ある量以上の水は絶対に入らないというのと似ています。(図の右側)

★電源を喪失した場合はどうでしょうか?その時は、超伝導磁石に流れている電気が止まり、磁場がなくなります。磁場がなくなれば、プラズマを閉じ込められなくなり、温度が瞬時に下がります。一方、超伝導磁石に設計値以上の電流を流そうとしても、超伝導の臨界電流(超伝導特有の限界性能)を超えて、磁場がなくなってしまいます。

核融合発電のプラズマが暴走しない理由

★ご家庭のコンロを想像してください。コンロに天ぷら油を入れた鍋をかけて暖めます。コック(ツマミ)を調節して油の温度を適当なところに調節して、そして天ぷらを揚げます。ここで、間違ってコックを目一杯開いて、放置したらどうなるか想像してください。油の温度はどんどん上がり、炎が上がります。こうなるともうなかなか消えません。核融合発電ではこのような『暴走』という現象が起きません。

★核融合発電では、コンロと同じようにツマミを開いて燃料(熱)を供給し、温度を高めて行きます。ちょうど良いところで、つまみを調節して燃え続けるようにします。ところが、それ以上にツマミを開くと、温度が下がって、逆に燃焼が止まってしまいます。天ぷら油の場合と違いますね。だから暴走しようがありません。

★実際の運転では、図のように温度や粒子密度を上手く制御して、磁場の圧力と釣り合うようにします。昔は手で制御していたものが、今ではコンピュータを使って制御できるようになったので、 実験でも、高い温度を長時間維持できるようになってきました。原子力発電(核分裂)のような、連鎖反応を抑制する制御方法ではありません。そして核融合プラズマの長い研究の歴史の中で、暴走・爆発のような現象は起こっていません。

補足1:核融合エネルギーにも「核」という文字がつきます。残念なことですが核融合エネルギーも非人道的兵器に利用されたことがあります。水素爆弾(水爆)と呼ばれるものです。1950年代に米国によって実験が行われました。第5福竜丸が被曝したのも水素爆弾の実験(1954年)です。水素爆弾は原子爆弾(ウランかプルトニウム)の中心に重水素化合物(おそらく固体)を入れて、核融合反応を起こして爆発力を強めたものです。つまり核融合反応を起こすための『起爆剤に原子爆弾』を使ったもので、原子爆弾を使わなければ水素爆弾はできません。また水素爆弾の放射性降下物のほとんどがウランやプルトニウムからできたものです。

「制御された」核融合エネルギー(核融合発電所)は、純粋な重水素と三重水素(どちらも水素の同位体)の気体を混ぜて、真空に近い状態でゆっくりと反応させます。ウランやプルトニウムは使いません。核融合発電所の発電量は火力発電とほぼ同じ100万キロワット程度です。これに対して水素爆弾は、核融合発電で生じる「3年分の総エネルギー」を、10万分の1秒という一瞬に放出します。核融合発電と水素爆弾は反応の速さが桁違いに違う、全く別のものなのです。

補足2:日本で出版されたいくつかの書物に、「核融合発電のための超伝導磁石はTNT火薬○○トンのエネルギーを蓄積しているので『爆発』するかもしれない」と書かれています。中には、「日本物理学会編」というものもあります。私は長い間、超伝導磁石の研究をしていますが、超伝導磁石自身が爆発したというはなしを聞いたことがありません(当然、永久磁石でも)。そもそも爆発といのは、物体(ガスなど)が一瞬で膨張して、周りに爆風などをもたらすことです。さて、超伝導磁石は電磁石です。導線を巻いて電流を流すコイルです。(磁気エネルギーを持っているので、外側に膨張しようとする電磁力が働いているのは事実です)そこで、少し膨張させてみましょう。導線は切れて、電流は流れなくなります。それ以上電磁力は働かず、膨張はしません。(もし、導線がゴムのように伸びるのであれば、一瞬で膨張させることもできるかもしれませんが)回りくどい言い方かもしれませんが、超伝導磁石を爆発させることは不可能です。