Boat Designs
子供の頃はカリフォルニアの海辺の街で育ち、ディンギーに乗ったり、機械いじりをしているうちにいつの頃からかボートビルダーになることを夢見ていました。 そして工学部の学生であった20歳くらいの頃から日・米・欧の著名なボートビルダー、素材メーカーの技術者の方々とのお付き合いがはじまり、彼らから様々なことを教えてもらいました。
結局、彼らの期待を裏切り、ボートビルダーにはなっていません。 彼らへのせめてもの罪滅ぼしの気持ちをこめて(?)、ここではボート設計にまつわる基本的なことをまとめてみたいと思います。 これを通じて若い人たちがボート設計に興味をもってくれれば、と思っています。
なんか、教科書のようになってしまいましたが、初心者の方を対象に専門的なことはなるべく避けたつもりです。 高校生、大学生で船の構造に興味のある方々からメールをいただいたことがあります。 専門的なことを学びたい方がおられるようでしたらぜひ連絡ください。
1.キールの長さ (all about keel length):
キールの水平な部分(エントリーまでの長さ)が短いほうがスピードが出ます。 そのかわり波に対して過敏に反応するため、暴れやすく運転しづらい船ができてしまいます。
上の画像は70年代、80年代に一世を風靡したハイドロストリームというジャジャ馬艇です。 スピードは出ますが、操作が難しく、挙動が激しくなってしまいます。 エンジンのトリム角度もかなり上がっていることがわかります。 これではプロペラの推進力に無駄が生じているだけでなく、いつブローアウトをしてもおかしくないでしょう。 (ブローアウト=高速域で前触れもなくペラが空回りをしてしまい船がスピンしてしまうことです。)
90マイルで走っていると突然船がスピンして大怪我をしてしまった、といった事故が多数おきてしまいました。 今ではもっと安全に100マイルを狙える船が出てきていますが、プレジャーボートでこれだけのスピードが出せる船として、ハイドロストリームが出てきたことは当時としてはとても画期的な出来事だったのです。
キールが長いとスピードは犠牲になってしまいますが、操作性が著しく向上し、波に対しても安定して走る船ができあがります。 アリソンはキールの長さを保ちながら、極力スピードを犠牲にしないように作られています。 運動オンチな管理人でも普通に100マイル出せてしまいます。 いきなり操縦不能に陥る、といったサプライズも今のところ経験したことはありません。
Allison Boatsのウエブサイトから拝借したXB-21の画像です。
運転されているのはダリス社長ですが、彼が主張したいことはたくさんあります:
・175馬力でもここまで船を浮かせて走ることができます。 他のメーカーの21フィート艇では考えられないことです。 船が浮くほど水の抵抗が少くなり、スピードが出せて燃費もよくなります。
・トリム・アウトをしなくても(=トリム角度をほとんど出さなくても)艇体がこんなに浮きます。 プロペラの力が効率的に推進力に生かされます。
・ここまで浮かせても片手で操縦できるくらい安定しています。 キールも長いことから、操作性が極めて高く、安全な船であることがわかります。
当然ながらトライトン・ボートもキールの長さを意識しています。 上の画像は1997年のTR21モデルです。
こちらは2010年の21HPモデルです。 キールの水平部分が微妙に長くなっていることがわかります。
アール・ベンツ氏によるとニューモデルを出すたびにキールの水平な部分を長くしてきたのだそうです。(上の2枚の画像はインターネットから拝借してきました。)
2.ハル構造のトレンド (recent trends in hull construction):
近年のバスボートの艇体構造には大きく分けて2つの大きなトレンドがあります。
「ひとつ目」はトライトンが1996年に導入したオール・コンポジット艇です。 No-woodとか、wood-freeとも言います。
これはボートのコア材として従来多用されていた「木材」を一切使わずに、ポリウレタン系の高密度な「発泡材」を代用することを意味します。
上の画像は2011年2月にトライトンのフリッピン工場で撮影したものです。 「木材」が一切使われていないことがわかります。 オール・コンポジットの工法自体は1960年代から存在はしていたのですが、それを量産バスボートに初めて起用したのはトライトンです。
オール・コンポジットの工法そのものは、実験データから信頼性がもてることは立証済みでした。 ですが、果たしてそれが実際の市場環境で強度面、耐久面で使用に耐えられるのか、当時トライトンと競合するボートメーカーたちは懐疑的に見ていました。 結果としてトライトンは瞬く間に市場で高い評価を受け、今ではほとんどのバスボートメーカーがオール・コンポジットの工法を導入しています。
木材は長い目で見れば腐ってしまいます。 永遠に腐らない船、それがオールコンポジット艇です。
補足ですが、「コンポジット」とは直訳すると「化合物」を意味しますが、ボート業界では一般的に「高分子化合物」を意味します。 また、アリソンボートはコア材に高分子化合物に加え、「アルミ板」も使用しています。
ところで木材を使用することは悪いことなのでしょうか? 必ずしもそうではありません。 理由については下の「素材について」の項目で記述することにします。
「2つ目」のトレンドはゼロ・フレックス・ハルと称する技術です。 ゼロ・フレックスはトライトンボートの登録商標なので、一般的には別の表現があるのかもしれません。 ユニ・ボディー工法とも呼ばれています。
上の画像はトライトンのハルの構造を示します。
(1)のストリンガーについては、従来では木材が使われていました。 ですが、トライトンは木材の使用を一切やめ、このストリンガーの部分、さらに(2)浮力体、(4)ハル・レールをもFRPで形成し、それにウレタンフォーム材を注入することによって強度と浮力を確保しています。
この工法はそれまで存在はしていたのですが、量産バスボートに導入したのはこちらもトライトンが初めてとなります。 現在では多くのバスボートメーカーが影響を受け、ゼロ・フレックス・ハルと似通った工法を導入しています。
こちらは2010年9月にフィニックスボートを訪問したときの画像です。 ご欄のとおりゼロ・フレックス・ハルに影響を受けた工法を採用しています。
こちらは2011年2月にバスキャットを訪問したときの画像です。 あいにく画像を撮りそびれてしまったのですが、バスキャットも似通ったストリンガーシステムを導入していました。
ところで、誤解を避けるために述べますが、決してフィニックスもバスキャットもトライトンの真似をした、ということはありません。
そもそもこの工法自体はトライトンが導入する以前から存在していたもので、決してトライトンが発明したわけでもありません。 トライトンはその工法の市場投入の突破口を開き、他社がその影響を受けただけです。
フィニックスもバスキャットも明らかに影響を受けている思いますが、彼らの工場を見学して言えることは、彼らなりの独自の発想がふんだんに加えられており、とても独創的なストリンガーシステムであったということです。
とくにフィニックスにおいては、ハルと圧着される箇所にとてもユニークな設計ノウハウと技術力が活かされていました。
バスキャットにおいては、ハル内に滞留した水分を効率的に船外へ排出するための「水路」がとても巧妙に作られていました。 設計力だけでなく、それを形成する作業員の卓越した職人技も必要となります。
その他にも多数の独創性と技術力が見受けられました。 決して他社の模倣をしているのではなく、互いに刺激をし合いながら、切磋琢磨しながら、バスボート各社は成長しているのだと思います。 そしてこの工法がさらに進化をしていくのです。
3.材料:
すべてのバスボートの艇体はガラス繊維、コア材、樹脂から作られています。 ガラス繊維、といってもさまざまな種類が存在します。 コア材については木材を使うか、それともコンポジット(高密度の発泡材)を使用するか、といった大きな選択肢があります。
それぞれ一長一短あり、甲乙がつけられません。 ここではそれぞれの特徴についてまとめます。
3.1 ガラス繊維 (all about glass fiber):
クアドアクシアルなど(作成中)
FRPも腐るのだ! オズモーシスについて(作成中)
3.2 コア材 (sandwitched cores):
コア材としてはコンポジットのコア材と木材の2つに分けて記述したいと思います。
3.2.1 コンポジット (composites):
no wood: トライトンのゼロ・フレックス・ハル(Zero-Flex Hull)、ディビニセル、クレジセル、トライコアなどなど。(作成中)
3.2.2 木材 (wood):
コンポジットの項目では木材について否定的なことを述べているように思われるかもしれませんが、実はそんなことはありません。 木材はハイ・パフォーマンス・ボートにとても適した素材なのです。
これは2005年頃、アメリカのとあるF1ボートレースチームを訪問したときに撮影した画像です。 クラッシュして大破してしまったF1ボートのスポンソンなのですが、ご欄のとおりベニア板がふんだんに使用されています。
クラッシュする前はこのような船でした。 キャノピーなど上半分はFRPですが、下半分のハルの部分はほとんどがベニア板で形成されています。
木材は、衝撃をやわらかく吸収し、そして多少破壊されても元の状態に回復してしまう、といったとても優れた素材なのです。 人間が石油ベースで開発した新素材ではまだそこまでの性能はもっていません。 しかも、木材はなぜかスピードが最も出しやすいのです。
仮に20フィート程度のまったく同じ形状の艇体をFRP、アルミ、木材それぞれの素材で作った場合、木材で作った船がもっともスピードが出るのです。
そして操作性も良いのです。 矛盾するようですが、硬いけれどとてもしなやか、まっすぐにスパッと加速するけどターンでは柔らかくしなってくれます。 よって多くのF1ボートにも採用されているのです。
だけど木材は腐るでしょ、といわれるかもしれません。 ですが、実は木材はなかなか腐らないのです。 それについては以下の項目で詳しく述べてみます。
3.2.2.1 ベニア板 (ply wood):
90年代までは、ほとんどのバスボートのトランサムとかデッキにはベニア板がふんだんに使われていました。 ベニア板はいずれ腐ります。 でもベニアで作った船はダメなのでしょうか。 ここではベニアの信頼性についてまとめてみます。
ご存知のとおり、ベニア板は合板で、薄く果物の皮のように剥かれた木材が何枚も接着されてできています。 そして意外に思われるかもしれませんが、ベニアの耐久性は使われている木材ではなく、使用されている接着剤で大きく異なります。
廃船などで、腐ったり、フカフカに水を含んだトランサムとかデッキをみかけることがあります。 ベニア板がこのようになってしまう主な原因は使用されている接着剤にあります。
ベニア板が長期間、湿気と高温にさらされていると接着剤がとけて、合板が剥離してしまうのです。 そして、木材そのものが水を含んでしまうのです・
ベニア板にはいくつかの規格があります。
ベニアの種類
耐久年数(目安)
マリングレード、フェノール系(特類、BS1088規格) 30年
マリングレード、メラミン系(1類) 10年
一般的なベニア板(2類) 1年
※耐久年数: JAS規格、BS規格の試験データを元に算出した推定値です。
これは使用環境によって大きく変わります。
船に使われているのはマリン・グレードのベニアで、日本では一般的に耐水ベニアと呼ばれています。
いわゆる耐水ベニアには大きく2種類が存在します。
まずはJAS規格で「1類」に分類されるメラミン系の接着剤を使用したものです。 こちらは「2類」に分類されている一般的なベニア板にくらべ5~10倍の耐久性があります。
そして日本では平成11年に新たに「特類」という規格が定められました。 こちらは欧米で以前から存在したBS1088と似通った規格で、なんと耐久性は2類の30倍程度にもなるのです。 「特類」、「BS1088」共にフェノール系の樹脂が接着剤として使用されています。
BS1088の規格品には上の画像のようなハンコが押されています。 画像はネットで無作為に検索してみつけたものです。
JAS特類はこちらのハンコが押されています。 こちらもネットで検索した画像です。
以前、日本の老舗のボートビルダー(バスボートではありません)で、木造船の製造に「1類」のベニアを使用している職人さんを見かけたことがあります。 これは憶測ですが、「特類」が制定されたのが平成11年とまだ日が浅いため、その規格の存在が現場の職人さんまで浸透していなかったのかもしれません。 これは数年前の出来事なので今は違うかもしれません。
実はテネシー州のバスボート・ビルダーの間でも1995年頃まではBS1088規格の存在はあまり知られていませんでした。 それまでは「1類」に匹敵するメラミン樹脂を使用したベニアを使用しているメーカーがほとんどだったようです。 1995年頃から一気にBS1088規格品の使用が広まったのです。
よって木材を現在も使用している某メーカーの幹部によると、BS1088規格品を採用する以前に製造したボートではデッキ、トランサムなどが腐ってしまい、その修理を依頼されるケースが何件もあるそうです。 ですが、BS1088を採用してからはそのようなクレームは一切来ていない、と断言されていました。
画像は2000年頃にNorris Craftの工場で撮影しました。 トランサム、デッキなどにふんだんにベニア板が使われています。 もちろんベニアには「BS1088」のハンコが押してありました。 「BS1088」は通常のベニアの5倍くらいのコストなので「オールコンポジット」に代えても製造コストはあまり変わらないかも、とクラムリー社長は言っておられました。
こちらは2010年9月にブレット・ボート社を訪問したときの画像です。 Bulletは今でもトランサムとデッキにベニア板を多用しています。 同社は1997年からすべてのベニアを「BS1088」規格品に変更しました。
話がそれますが、ブレットはこちらの発泡材を用いた100%オール・コンポジットの船も特注ベースで対応してくれます。
3.2.2.2 バルサ・コア (Baltek balsa cores):
ホームセンターでも売られているバルサは軽くて頑丈で、天然素材のなかでは船体のコア材に最も適しています。 ですが、船体に使用されるバルサは少し異なる形状になっています。
船体にコア材として使用されるバルサはこのような形状でボート・メーカーに納入されます。 ブロック状のバルサが敷き詰められているのです。 バルテック(Baltek)という会社のエンド・グレイン・バルサ・コアという製品です。
近くで見るとこのようになっています。 バルサの木目に沿ったブロックが多数敷き詰められているのです。 バルサはこの木目に沿った強度が抜群なのです。
さらに顕微鏡でバルサをのぞくとセルはこのようなハニカム構造になっています。 それぞれのセルが閉じられているので、水分が左右に浸透しずらいのです。
よって海船の多くはバルサコアを使用しています。
このようなオフショアパワーボートもほとんどがバルサ・コアを使用しています。
バスボートの中で唯一バルサ・コアを採用しているのはブレットです。 バルサは海用の船では30年以上もの実績と信頼があるのですが、なぜかバスボートの世界では採用が進まないままオール・コンポジットの時代に突入しました。
いずれにしても、結論として言えることは、「すべてのコンポジット・コアはバルサを目指している!」 ということです。
3.2.2.3 木材の王様:
耐水ベニア、バルサの歴史はまだ30年程度ですが、モハガニー、イェローパインなどは大昔から船に多用されていました。
なんだかんだ言って、結論としては 「ちゃんとした品質の木材を使用して腕のある職人さんが作った船」 は何十年も持つのです。
海船のストリンガーに従来から使用されているモハガニー、イェローパインなどで腐っているのを見たことあります?
これはミシガン州のメーカーが製造するモハガニーでできたボートです。 ため息がでてしまうくらい美しいです・・・
管理人がボートビルダーになることを諦めた理由・・・それはこんなに美しい職人芸を20代の頃に見てしまったからです。
こんなに優れた技術を目の当たりにするととてもじゃないけどボートビルダーになる自信がなくなってしまいます。。。
4.ブループリンティングでスピードアップ (all about blue printing):
より早く走るためのブループリンティングについて。 パッドの加工についてまとめます。
ブループリンティング、とは・・・
①船をひっくり返して、
②トランサムとスプラインの角をツンツンに鋭角にして、
③パッドを400番のペーパーでザラザラにすることです。
角をツンツンにすると操作性が向上し、水切りもよくなります。
パッドをザラザラにすると水との層間摩擦が低減し、加速とトップスピードが向上します。